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斬閃の刀狩者  作者: 華月建
第二章 異国の剣士
33/421

2-2

 トーナメント一回戦が終了した日の夜、雷牙達の姿は寮の共同スペースにあった。


 あの後、つまりは保健室の準淫行教師、晶と密着していた誤解をなんとか解き、今は一回戦突破を祝う、所謂祝勝会めいたものを開いている。


「それにしても全員勝ち上がれるとは思わなかったよねー」


 あむっとテーブルの上に乗せられたスナック菓子を摘んだ陽那は、感慨深げに呟いた。


 確かに彼女の言うことも最もだ。


 雷牙達の対戦相手には上級生も混じっていた。それでも全員勝ち残ったのは大したものだといえるだろう。


「相性もあったんだろうな。だが、勝てたからと言って気は抜けない」


「勝って兜の緒を締めよというやつですね。母から聞いたことがあります!


「そうだな。だが、俺はお前達と違って余裕のある勝利ではなかった」


 レオノアと瑞季の言葉に反応し、少しだけ悔しげに拳を握ったのは樹だ。


 彼の相手は一年生で、互いの力は殆ど拮抗していた。実際、どちらが勝ってもおかしくなかったはずだ。


 雷牙も自分の行動を見直してみると、決して褒められたものではない。


 あんなことができるのは、学生同士の試合だったからだ。これがもし、犯罪者や斬鬼相手だった場合はそう上手くはいくまい。


 少しだけ場の空気が重くなるものの、パンという音がそれをかき消すように鳴り響いた。


「とりあえず一回戦は突破できたんだから、今ぐらい喜んでもいいじゃん。勝利は勝利、余裕があろうとなかろうと、関係ないでしょ」


「舞衣の言うとおりだぜ。あんまり気負ったってしょうがねぇ、だろ?」


 舞衣と玲汰の言葉に、雷牙達に流れていたやや暗い雰囲気がなくなった。


「そうだな。あんま深く考えてもしょうがねぇ! 勝つことだけ考えてりゃいいんだ。んで、俺は絶対に五神戦刀祭に出る!」


「はい! 私も全力で戦って、戦刀祭に出ます!」


「私も立ちふさがるものは何者であっても容赦はしない。斬り倒すだけだ」


「当然俺もそのつもりだ。お前達にも負けるつもりはない」


「私もねー。らいちゃんとはすぐ当たるだろうし、覚悟しといてよ」

  

 そうだ。今こそ皆、和気藹々とできているものの、トーナメントである以上、雷牙達はどこかでぶつかる可能性がある。


 特に、陽那と雷牙との組み分けは近く、もう二試合ほど行えばぶつかる可能性があるのだ。


 敵。というわけではないが、倒すべき相手ということに変わりはない。



「随分と強気なんだな、今年の一年は」



 やや威圧するような声が雷牙達に届く。


 全員が声のした方を見ると、制服を着崩した目つきの悪い男子生徒がいた。


 制服の配色の違いから見るに三年生のようだ。


 彼は不適な笑みを浮かべると、雷牙達のいるテーブルに近づき、置いてある菓子に手を伸ばすと、そのまま摘んだ菓子を口に運んだ。


「活きのいい一年がいるって聞いて来てみれば、確かにトーナメント一回戦を勝つだけはある」


 しゃがれた声で言う彼は、座っている雷牙達を睥睨してきた。


 鋭い眼光は、肉食獣のそれを思わせる。


「自己紹介がまだだったな。三年の(つじ)直柾(なおまさ)だ。よろしくな」


「ど、どうも」


 緊張した面持ちで答えたのは玲汰だったが、雷牙は直柾から決して視線はそらさない。


 この男が持っている雰囲気は決して油断できるものではない。


「そう緊張すんな。別に今ここで戦おうってんじゃねぇ」


 雷牙の緊張を感じ取ったのか、直柾は好戦的な視線を少しだけ柔らかくした。


「今日はお前等にちょっとした忠告をしに来ただけだ」


「忠告?」


「ああ。一回戦突破して強気になってるところ悪いんだが、こっから先は一瞬たりとも気は抜けないと思っとけ。一回戦、二回戦なんてのはただの小手調べだ。俺と最初に戦うことになるのは誰か知らねぇが、簡単に負けてくれるなよ」


 口元に笑みを浮かべた直柾に、雷牙と瑞季が反応し、鬼哭刀に手をかける。レオノアは壁に立てかけてあった大剣まで一気に移動している。


 見ると、直柾も鬼哭刀の柄に手を置いており、何時でも抜けるようになっていた。


「どういう、つもりですか?」


「あんたさっき、戦うつもりはないって言わなかったか?」


「ああ、戦う気はない。……なるほど、やっぱりだ。テメェら三人は合格だ。せいぜい勝ち上がって来いよ」


 彼は柄から手を離すと、そのまま三年生寮に消えていく。


 雷牙達三人は彼の後姿が見えなくなるまで、決して気を抜かず、ジッと彼を見据えていた。


 やがて彼の姿が完全になくなると、ようやく脱力することができた。


「瑞季、レオノア。アイツ……」


「ああ。かなりの手馴れだ」


「すごく濃密な殺気でしたね」


「だろうね。今調べたらあの人すごかったよ」


 舞衣が操作していたタブレット端末の画面を皆に見えるようにホログラムとして投影する。


 投影されたホログラムには、彼の写真と戦歴が表示されていた。


「辻直柾。去年の五神戦刀祭において、三位入賞。東西交流戦では都合によって不参加だった生徒会長に代わり出場し、一位を獲得、学外大会でも数多く優勝、入賞経験あり。実力的には生徒会に迫るかもね」


「なるほど、あの殺気はハッタリではなかったということか」


「らいちゃんとかは動けてたけど、正直私達は動けなかったよー」


 二人の言動に雷牙は彼の言っていた「合格」の意味を理解した。


 あれは彼の試験というか、選別だ。


 ようは雷牙達は試された。彼が気持ちよく戦える相手か、そうではないかという振るいにかけられたのだ。


「ふざけたまねしやがって……」


「ああ。戦うことを楽しむのは構わないが、あれは正直不快だ」


「私も同感です。人を自身のものさしで見るなど、強者にしてはあまりに幼稚です」


「せっかく皆が前向きになれたのによー。邪魔しやがってあの先輩!」


「けど、あの人が言ってることも正しいかもね。多分この後のトーナメントは激しさが増すから」


 舞衣がいうと、位置早く反応したのは雷牙だった。


 拳を握りこむと、口元に笑みを浮かべる。


「上等だ。俄然やる気が出てきたぜ。生徒会も、アイツもぶっ倒す!」


「あ、話の腰を折るようでわるいけど、雷牙は多分決勝まで上がらないとあの人と戦えないかも」


 意気込んでみたはいいものの、舞衣の言葉でひざから崩れ落ちる。


「な、なんでだ!」


「だってブロックが違うし。一番戦えそうなのは……レオノアだ。順当に行くと三回戦でぶつかるかな」


 全員の視線がレオノアに集中するも、彼女は壁に立てかけられていた大剣を掲げる。


「大丈夫です。絶対に勝って見せますよ。お母様とも約束してますから」


「その意気だ。ああ、遠慮なくぶっ倒してやれ」


「はい! では、私があの人に勝ったらお付き合いを」


「それはダメ」


「そんなー……」


 自然な流れで付き合う方向に持っていかれそうになったが、なんとか回避することが出来た。






 夜。


 新都の一角では、警察による規制線が張られていた。


 人が殺されているという通報があったのだ。


 場所は繁華街近くの人通りのない路地裏。


 警察車両が近くの道路を封鎖し、民間人が立ち入れない中へ、髭をたくわえた強面の男性警部補がタバコを加えながら入っていく。


 彼の登場に気がついた、新米の刑事が警部補に続く。


「警部補、お疲れ様です!」


「おう、お疲れ。ガイシャは?」


「はい。鑑識さんの話では、被害者は女性、年齢は二七歳。所持していたものから近くのキャバクラに勤めていたことがわかりました」


「キャバ嬢ね。さぁって、仏さんはどんなもんか……」


 警部補は被害者の遺体にかけられているブルーシートを捲り上げる


 瞬間、彼の表情が一気に強張った。


 彼の背後では、新米刑事が彼に続いてブルーシートの下を見ると、彼は顔面を蒼白にするやいなや、すぐさま近くの排水用のグレーチングのまでいって胃の中のものをぶちまけた。


 だが、彼が吐いたのも無理はない。


 ブルーシートの下の遺体は、切り刻まれていたのだ。


 胴体は胸の辺りから真っ二つ。腕は肩から落ち、細切れに。足も似たようなものだ。


 頭は飛ばされ、滅多刺しにされており、人間の顔とは思えなかった。


 怨恨にしても、明らかに常軌を逸していた。


 タバコを携帯灰皿につっこみ、ブルーシートをかけなおすものの、不意に規制線の方から注意するような声が聞こえた。


 路地裏から顔を出すと、規制線を越えた黒い服の連中が目に付いた。


 警部補はすぐに彼らが何者なのか理解した。


 ハクロウの連中だ。

 

「おい、あんた達。一体何をしに来た?」


「殺人事件の報告を受け、派遣された。あとの調査は我々が行う。君たちは帰っていい」


「馬鹿いうな。殺人に対しての捜査権は警察の方が上だ。あんた達こそさっさと――」


「――確かに。貴様の言うとおり、通常の殺人事件なら捜査権は警察が上だ。しかし、これは刀狩者による犯罪行為だ」


「なんでそんなことがわかる」


「話のわからないおっさんだなー。ホラ、これ見ろよ」


 若い刀狩者が、ズイッと端末の画面を見せた。


 訝しげにそれを見やるとなにかのパラメータのようなものが写っている。


「これがなんだってんだ」


「これは妖刀や斬鬼が発生させる瘴気の数値。ここに近づくにつれて、このパラメータがどんどん上昇傾向にあるんだよ」


「斬鬼だと!? だが、姿なんてどこにも!」


「それを我々が調査する。刀狩者、及び妖刀が絡んだ犯罪においては、我々の方が君たちよりも捜査権が上だからな」


 終始高圧的な態度で言ってくる中年の刀狩者に、警部補は小さくしたうちをすると「遺体は向こうだ」と短く告げる。


「感謝する。いくぞ、お前達」


 男に続き他の黒服連中が路地裏に入っていく。


 その後姿を忌々しげに睨みつけながら、警部補は規制線の外へ出て行く。


「ち、ちょっと待ってください。先輩! いいんですか!? ハクロウのやつらに好き勝手させて!」


「刀狩者の犯罪となれば捜査権はやつらの方が上だ。俺達は手を出せねぇ」


「しかし!」


「くどい。さっさと戻るぞ」


 食い下がってくる後輩にぴしゃりと言い放つと、警部補は遠くに見えるハクロウの本部を睨みつけた。






「ならぬ」


 厳かな声が大きな円卓が備えられている部屋に響く。


 壁には見事な彫刻が彫られ、調度品は下品さのないもので整えられている。


 ここはハクロウ英国支部の円卓議会(えんたくぎかい)


 英国内での刀狩者上位十二人と、支部長、及びその補佐官、各課のリーダーのみが入室をゆるされた厳粛な議会場である。


「何故ですか、支部長」


 厳かな声の主、ハクロウ英国支部長の前の席にいる女性、ヴィクトリア・ファルシオンは問う。


「国内での手続きも、私が請け負った他の案件も全て終わらせました。それに、私が五位の座についてから話したはずです。私はいつかこの国を離れると」


「今貴様が出て行くのは我が英国へ損害を齎す。ゆえにならぬ」


「後継の育成も行い、既に次期円卓加入者も決まっていると、貴方は仰っていました。後継に席を譲れと言ったのも貴方ですが?」


「証拠でもあるのか?」


 威圧的な態度に、ヴィクトリアは小さく溜息を着くと、端末を取り出して音声ファイルを再生させる。


『君ももういい年だ。いい加減後継にその座を空けわたしてはどうだ?』


『では、近いうちにでも』


 声は支部長のもので違いなかった。


 座っている支部長の表情が剣呑なものへみるみるうちに変わっていく。


「この声はどう聞いても貴方のものです。支部長」


「貴様……。だが良いのか? 夫の墓をこちらに残したままで」


「夫は火葬いたしました。日本で新たに墓を作ればいいだけのことです」


「……どうあっても、この国を出て行くというのか?」


 苦虫を噛み潰したような表情の支部長に対し、ヴィクトリアはただ「はい」と凛とした声で告げる。


 しばしの沈黙の後、彼は額に手をあてて大きなため息をつく。


「……いいだろう。そこまで出て行くというのなら、出て行くがいい。だが、誓ってもらおう。今後一切、刀狩者としての行動はするな。日本のハクロウに所属することも許さん。破ればどうなるか、貴様もわかっておろうな」


 彼の言葉のすぐ後に、自身の背後に何者かが立つ気配を感じた。


 ようは、誓いを破れば殺すという意味だろう。


「構いません。今となっては、日本にとっても私は大した人材ではないでしょう。あとの人生は娘に捧げます」


「ふん、ならばいい。とっとと出て行け。二度と英国支部に足を踏み入れるな、この売女が」


 中傷する声が背中にかけられるものの、ヴィクトリアは大して気にした様子もなく、円卓議会を後にした。




 ヴィクトリアが出て行った円卓議会で、英国ハクロウ支部長、ウーゼル・ヴォルテグナスは円卓を思い切り拳で打った。


「あの女。英国ハクロウからいなくなるだけではなく、日本へ行くなどとぬかしおって」


「いかがなさいますか」


 控えていた彼の補佐官が問うと、ウーゼルは鼻で嗤った後口元に残忍な笑みを浮かべる。


「殺せ。生かしておけば我々の邪魔になる。だが、英国内では殺すな。日本へ到着したところを狙うのだ。責任は本部に取らせればよい」


「承知しました。それで、派遣する人間は?」


「円卓や英国所属の刀狩者ではバレる。奴らを使え。報酬をたっぷりと用意すると伝えておけ」


「そのように」


 補佐官は腰を折ってから静かに退室していったものの、ウーゼルは低く嗤うのだった。

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