1-5
首下に刀を押し当てると、レオノアは一瞬息を詰まらせ、僅かによろめいた。
雷牙はすぐさま彼女の手を掴み、倒れないように支える。
「大丈夫か?」
「は、はい。ありがとう、ございます」
「わるい、もしかして変なところ打っちまったか?」
「いえ、そんなことはないです。ただ少しビックリして」
レオノアは落ち込んだ様子でいるものの、体に傷はなさそうだ。
雷牙はホッと胸を撫で下ろすと、兼定を鞘に納めてから自身が弾き飛ばしたレオノアの大剣を拾いに行く。
フィールドに突き刺さった大剣の周りにはいくつか亀裂が走っており、刀身も真ん中辺りまでが埋まっている。
グッと力をこめて柄に手をかけると、意外と簡単に引き抜くことが出来た。
「おっとと」
やはりと言うべきか、彼女の大剣はかなりの重さだった。
雷牙もそれなりにハードなトレーニングを行っていて、筋力には自信があったものの、まさかここまでとは。
少しだけ体に力を入れ、よろめく体を支えると大剣を肩に担ぎ、彼女のそれを返却する。
「ほらよ。かなり強く弾いちまったけど、ヒビとか入ってないか?」
「大丈夫だと思います。……それにしても、すごいですね」
レオノアは大剣を受け取ると、驚嘆の声を漏らす。
「あの一瞬、私は勝利を確信していました。雷牙さんの防御がいかに上手くとも、あの時点でなら防御の上から叩き伏せられると思っていました。けれど、実際は簡単にこの子を弾き飛ばされて……」
大剣を抱くように持つレオノア。
雷牙も彼女が最後に見せた攻撃が、留めの一撃だったことはわかっていた。
恐らく彼女はあの技で多くの対戦相手を倒してきたに違いない。
だからこそ悔しいのだろう。
「なんつーかまぁ、俺も隙を突いただけなんだけどな」
「え?」
悔しげな彼女を前に、雷牙は思わず口走っていた。
「お前さ、さっき言ったよな。勝利を確信してたって。それが俺が言ってる隙ってやつなんだ」
「それはどういう……」
「あの攻撃がお前の留めの技ってことは見せた瞬間に理解できた。んで、アレで何人も倒してきたはずだ。そこが俺に付け入る隙を与えちまった。確実に勝ってきた技を使うことで、勝利を確信したからこその油断ってやつだな」
「油断……」
「ほんの一瞬だけ俺は力を抜いたんだよ。で、お前は油断した。殆ど無意識のうちだったと思うけどな。けどそこを狙って俺は剣を絡めとって弾き飛ばしたんだよ」
剣と刀が激突した瞬間、レオノアは確かに本気で打ってきた。この瞬間には油断などなかったのだ。
だが、ほんの一瞬、それこそ一秒にも満たないほどの瞬間に、雷牙はほんの少しだけ力を緩めた。
ほぼ拮抗していた状態が崩れれば、勝利を確信するのは当然だ。しかし、それゆえエレノアは自分でも気付かないうちに力を抜いてしまった。
雷牙はその隙を見逃さず、刀を捻り上げて勢いをそのままに、レオノアの手首を揺らしたのだ。
当然、力が一瞬緩んだ彼女にそれが対処できるはずがなく、剣は後方へと飛んでいくこととなった。
「あの一瞬でそこまでしていたのですか!」
「そうだけど、結構賭けでもあったぜ。お前が隙を見せてくれなけりゃ、お前の言うとおり、防御の上から叩き潰されてた」
肩を竦める雷牙であるが、レオノアは大剣を背中にしまいつつ、密着してくる。
そのまま彼女に手をとられると、レオノアの感動に輝いたブルーの瞳が近づけられた。
「賭けだったとしてもすごいです! 私が自分でもわからないうちに見せていた隙を読み取り、的確な対処で、剣を弾き飛ばす。生半可な覚悟と決意ではできない芸当です!」
目を爛々と輝かせて言うレオノアに、雷牙は僅かにたじろぐ。
なぜなら彼女が余りに近づいたせいで、柔らかいものが押し当てられてしまっているのだ。
瞬間、雷牙の背筋になにやら凄まじい悪寒が走った。
首を動かして少しだけそちらを見ると、冷徹な視線と、感情のない表情でこちらを見ている瑞季の姿があった。
これはやばい。
咄嗟に判断し、レオノアの肩を掴んでそのまま引っぺがす。
「と、とにかくだ! 決闘には勝ったわけだから、これで許婚の話はなしってことでいいよな?」
「もちろんです。決闘において一度交わした約束を違えるなど、育成校の生徒としてあるまじき行為です。なので、許婚の話は白紙に戻していただいても構いません」
ふぅっと、雷牙は息をつく。
何はともあれ、これで許婚やら結婚やらの話とは解放された。
まったく故人のせいでとんでもない目にあったものだ。
「で・す・がっ!!!!」
安心したのも束の間。
突然発せられたレオノアの声に、雷牙は一瞬固まる。
見ると、彼女はとてもイイ笑顔浮かべているではないか。
雷牙の背筋に再び悪寒が走る。
「なんだよ。なんかあったか?」
「確かに、許婚としての話はこれで白紙になりました。けれど、私が雷牙さんと恋仲になってはいけないということはありませんよね?」
「え……?」
「なので、必ず貴方を私のものにしたいと思います。こう見えて私、欲しいものは何が何でも手に入れようとする性格なので」
「いやいやいや、許婚が解消されたんだから、お前も他に好きなやつと付き合ったりすれば――」
「――それはありえません。だって、今の私には、雷牙さんしか見えていませんから」
「うぉ……」
気持ちがいいくらいの笑顔を見せるレオノアに、雷牙は思わず頬を赤くする。
遠まわしや、はぐらかしているわけでもない。今のは完全なる告白であった。
生まれて初めて、ここまで明確に好意を向けられたことがないため、雷牙はただただ赤面するしかなかった。
「ひゅーひゅー」
耳元で軽くちゃかしてきたのは、にんまりと笑い、今までの状況を楽しんでいた愛美だった。
「……なんスか」
「いやぁ、青春だなぁって思って」
「楽しんでません?」
「楽しんでるよ!」
即答だった。
この女教師、完全に生徒の恋愛事情を楽しんでいやがる。
「まぁ決闘も終わったわけだし、そろそろ教室もどろうか。皆も戻るよー」
バトルフィールドから愛美が言うと、観客席の生徒たちもそれぞれ席を立つ。
雷牙も先を行くレオノアと愛美に続くものの、その口からは大きなため息が零れるのであった。
決闘から始まった転校初日、レオノアは寮の自室の端末を操作していた。
「だから、許婚の話はなくなっちゃった。ごめんね、お母様」
雷牙達と話すときのような、丁寧語ではなく、非常に砕けた口調の彼女の前に投影されたモニターには、手続きの関係で英国に残っている母、ヴィクトリアだ。
『そう。けど貴女はそれでいいの?』
「大丈夫。許婚としての関係は解消されちゃったけど、なにが何でも雷牙さんを振り向かせて見せるから!」
拳を握り締めて言うレオノアに対し、ヴィクトリアは口元を押さえて小さく笑った。
『本当に、強い子ね。けど、貴女と雷牙くんには酷いことをしてしまったわね』
少しだけうつむくヴィクトリアの声のトーンが下がる。
『親とはいえ、勝手に人生を決めてしまって。いくら私達が若かったからとはいえ、ゆるされることではないわね。本当にごめんなさい』
「謝らないでいいってお母様! だって、お母様たちがそういう約束をしてくれてたから、私は雷牙さんとこうして会えて、戦えたんだもん!」
『レア、貴女……』
「確かに、二人の約束は勝手だったとは思うけど、それがなかったら私達は出会えなかった。それに、許婚の話がなくなっても、恋愛関係になっちゃいけないってわけじゃないんだし」
『……ありがとう。レア』
ヴィクトリアの目尻には光るものがあった。
それを見たレオノアは空気を変える為に、話題を別のものにする。
「あ、そうだ! 私ね、五神戦刀祭の代表メンバーを決めるトーナメント選手に選ばれたんだよ!」
『あぁ、日本の五つの育成校で選抜された選手が戦うアレね。すごいじゃない』
「うん。トーナメントに出るからには、負けないよ。お母様は、いつぐらいに来れる?」
『実は結構上と揉めててね。早く次の世代に譲れとか言ってるくせに、いざ抜けるってなると色々とうるさくてね。あともう少しかかりそう』
「そっかぁ。じゃあお母様が日本に来られたら、雷牙さんと一緒に食事でも行こう! お母様も憧れた人の息子さんと話したいことがあるでしょ?」
『フフフ、その時はよろしくね、レア』
「任せといて! それじゃあ、雷牙さん達と夕飯を食べる約束になってるから、また後で連絡するね」
『ええ。楽しんでらっしゃい』
レオノアは軽く手を振ったあと、通話を切ってからラフな格好に着替える。
まだ少し時間があるが、待たせるよりはいいだろう。
足早に部屋を出たレオノアは、集合場所であるロビーへ足を向けた。
屋敷の自室にて愛娘との通話を終えたヴィクトリアは、ふぅっと息をついてから高級そうな椅子の背もたれに寄りかかる。
「光凛さん。貴女の息子さんと、私の娘は、上手くやっていけるみたいです」
許婚の話は、実を言うとヴィクトリアの中では、光凛が亡くなった時点で解消すべきなのかもしれないと考えていた。
しかし、当時のヴィクトリアはそれが出来なかったのだ。
それを白紙にしてしまったら、憧れ、敬愛していた彼女とのつながりがなくなってしまうと想ったから。
だからレオノアに押し付けてしまった。
光凛との繋がりを断ちたくなかったがゆえに、娘の十五年を奪ってしまった。
同時に、何も知らないはずの、雷牙にすら迷惑をかけてしまった。
全てはまだ若かった自分達が起してしまった騒動だ。
国での手続きが終わり、日本に行くことが出来たら、もう一度レオノアに謝り、雷牙にも謝罪しなくては。
そのためには、頭の硬い上の連中を納得させなくてはならない。
作業に取り掛かろうと、机に向かうと、自然に光凛が写った写真立てに視線が向く。
レオノアが雷牙に負けたという話を聞いて、ヴィクトリアは光凛と初めて出会ったときのことを思い出した。
初めて会ったときは、日本のちょっと実力の高い刀狩者のことがいけ好かなかった。
だから、最初に彼女に対して決闘を申し出たのだ。
その鼻っ柱をへし折ってやる気満々で。
けれど、結果は惨敗もいいところだった。
攻撃は全てかわされ、受け流され、掠りもしなかった。
やっとの思いで全力の一撃を叩き込めたと思ったら、自分が気付かない内に生み出していた隙を疲れて鬼哭刀をいとも簡単に弾かれていた。
最初は悔しくてたまらなかった。だが、彼女と何度が戦ううち、いつしか彼女の戦い方が綺麗に見えた。
恐らくその時からだ。光凛に羨望と敬愛を持つようになったのは。
レオノアから聞いたところ、彼女も渾身の一撃を弾かれて負けたのだという。
血は争えないのだと改めて痛感した。
思わず口元から笑みが零れるものの、今は明日行う上層部との会議の準備をしなくては。
「さてと、それじゃあ私も日本に行くために頑張ろう」
彼女の顔は、レオノアが日本に発つ朝に見せた時よりも、幾分か晴れ晴れとしていた。




