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斬閃の刀狩者  作者: 華月建
第一章 鬼と刃
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1-2

 斬鬼の咆哮は人々の恐怖心を煽り、混乱を加速させる。けれど、悲鳴と咆哮が入り混じった中で、雷牙は僅かに遠い位置から聞こえてきた微かな泣き声を耳にする。


 弾かれるように声のした方を見やると、鬼の目の前に五歳程度の少女が一人取り残されている。先ほどの混乱の中で親とはぐれたのだろう。

 

 少女は鬼と対峙して完全に足が竦んでしまっており、立ち上がることすら出来ず、ただ涙を流すことしか出来ずにいる。


 瞬間、雷牙は駆け出していた。


 確かに師の言うことは正しい。ライセンスの無い者、責任を負うことが出来ない者が一時の正義感で動くのは、ただの自己満足であり、独りよがりである。


 けれど、たとえ自己満足の独りよがりだったとしても、雷牙は目の前の状況を看過できるほどの精神は持ち合わせてはいない。


「悪いな、師匠。俺は目の前で救えるかもしれない命を放っておけるほど非情にはなれねぇ」


 師に謝罪してから、雷牙は大きく深呼吸をすると、自身の足に力を込め、ダンッ! とアスファルトを思い切り踏みつけて一気に加速する。


 刀狩者の素質がある者は皆、体内に普通の人間とは別に『霊脈』と呼ばれる器官を持っている。


 妖刀が観測されて以降、地球上では新たなエネルギー体が発見された。それは今現在『霊力』と呼ばれ、現在妖刀と斬鬼に対抗できる唯一の力であり、雷牙が今やったのは霊力による身体能力の強化である。


 強化された雷牙の速力は、鬼が振りかぶった腕を少女に振り下ろすよりも速く、巨大な腕が少女を押し潰すすんぜんのところで少女を掠め取る。


 速度を殺しつつ斬鬼から目を離さないようにすぐさま視線を後方に向ける。斬鬼は、獲物が突然いなくなったことに理解が追いついていないようだ。


 止めていた呼吸を再開し、肩で息をしながらその様子を見ていると「香奈!」という女性の声が耳に入る。見ると、うら若い女性が目尻に涙を溜めながら心配そうにこちらを見ている。


 どうやら雷牙が救った少女の母親のようで、少女も「ママ!」と、雷牙の腕の中から抜け、母親の下へ走っていく。


 大きな怪我がなかったようで、ホッと胸を撫で下ろしていると、母親が娘を抱えながら雷牙に頭を下げ、娘と共に避難していく。


 視線だけを一瞬そちらに向ける雷牙。が、視界の端から飛んできた何かに反応し飛び退く。


 ほぼ同時に先ほどまで雷牙がいた場所に、アスファルトの塊が飛来し、土煙を上げながら砕け散る。


 着地、すぐに斬鬼を見据える。真っ赤に光る双眸で雷牙を睨みつける斬鬼は、完全にターゲットを雷牙に絞ったらしい。


 ゆうに五メートルを超える巨体が走って雷牙に迫る。動きは鈍重、完全に肉薄するまでは数秒の時間がある。


 肩に掛けている袋の紐を解き、自身の得物を抜く。彼の手にあったのは、鞘に納まっている日本刀であった。


 柄巻は赤く、鍔には特殊な意匠が施されている。ただ、鞘は木製ではなく、金属で出来ているようで、陽光を鈍く反射させている。


 バシュッという圧縮された空気が漏れ出すような音と共に、刀の鯉口が切られる。雷牙はそれを瞬時に抜き放つと、数メートルの距離まで迫った斬鬼に切先を向ける。


「その首、今ここで落としてやる」


 言い切る雷牙の口元は、小さな笑みがある。本音を言ってしまえば今の状況を少しばかり楽しんでいる。無論、恐怖心も多少あるようで、顔には汗が浮かんでおり、何度か生唾を飲み込んでいる。


 雷牙の瞳にギラついた光が宿ると同時に、斬鬼の巨腕が雷牙を潰さんと振り下ろされる。それを右に飛び退いて回避した雷牙は、アスファルトに叩きつけられた腕に、赤黒い刃をした小さな刀が握られている。


 否、握られているのではなく、融合していると言った方が正しいか。血管のような管が斬鬼の手のと指に広がっており、一体化していることがわかった。


「あれが、妖刀……!」


 はじめて見る本物の妖刀に一瞬気を取られていると、頭の上から「グオォォッ」という憎憎しげなうめきが聞こえ、反射的にそちらを見ると、斬鬼は次の一手として左拳を振り下ろしていた。


 回避は間に合わない。であるならばやることは一つだと、雷牙は刀に霊力を流し込む。


 同時に刀身全体が青色の燐光を帯びる。拳が眼前に迫る直前、斬鬼の腕の周囲を二度、光の筋が煌めく。


 一拍遅れ、巨腕の肘から先に二筋の線が入ると、ずるりと腕が落ち、やや粘り気を含んだ血液が大量に零れだす。


 すぐさま斬鬼の足元から退いた雷牙は、肩で息をしながらも視線を戻す。


 斬鬼は斬り落とされた腕に奔る痛みにのたうち、苦しげな声を上げていた。


「危なかったけど、なんとか出来たか」


 背筋に冷たいものを感じながらも、雷牙は自信にも似たものを感じていた。本物の斬鬼との戦闘はこれが初めてであったが、自分が今まで師匠の下で作り上げてきたものは決して無駄ではなかったと実感できたからだ。


「よし、このまま一気に……ッ!?」


 すぐさま態勢を立て直し、痛みにうめく斬鬼に追撃をお見舞いしてやろうとした時、雷牙は目の前の光景に声を詰まらせる。


 斬鬼の腕が再生を始めていたのだ。うじゅるうじゅるという不気味な音を立てながら、腕の骨から神経、血管のようなものが構成され、次に筋肉、皮膚の順に再生していく。


 時間を巻き戻すかのように再生していく光景に息を飲む。


 これが斬鬼の持つ再生能力だ。妖刀によって変異した斬鬼の体組織は、異常な再生能力を持ち、完全に殺すには、全身を司っている頭部を胴体を切り離すか、叩き潰す、もしくは再生の根源とも言える妖刀を破壊する他手段はない。


「けどここまで再生速度が速いなんてな」


 短く舌打ちしつつ言うものの、その表情は曇らず、ニッと笑みを浮かべて再び向かってくる斬鬼に淡い光を放つ刀の切先を向ける。


 周囲にいた民間人は殆ど逃げることが出来たようだが、未だにハクロウからの刀狩者は来ていない。ここで雷牙が倒れれば斬鬼は手当たり次第に破壊を始めるだろう。それだけは避けなくてはならない。


 プロの刀狩者がいない今、目の前の斬鬼を倒せる手段を持っているのは雷牙ただ一人だ。だからこそ、覚悟を決める。


「次で確実に殺す」


 大きく深呼吸をして再び刀に霊力を込める。淡い光が強い光となり、刀身全体を包み込む。


 それに呼応するように、斬鬼の持つ妖刀も赤く発光を始め、斬鬼の身体から赤黒いオーラのようなものがあふれ出す。


「そっちも本気ってか?」


 冗談交じりに言ってみるが、斬鬼は呪詛のような咆哮を浴びせてくる。どうやら先ほど腕を斬りおとした事で怒りが頂点に達したらしい。


 雷牙は心を落ち着け、師に言われた言葉を思い出す。


『斬鬼を討伐する上で最も簡単なのは頭を斬り飛ばすことじゃ。妖刀を破壊することでも斬鬼は消滅するが、お前ではまだ出来ぬ。だから、もしお前が斬鬼と戦わなければならぬ状態になったら、何よりもまず頭を狙え』


 眼光鋭く、斬鬼を睨みつけると今度は肉薄される前に、雷牙自身が駆け出す。


 斬鬼の咆哮を全身で浴びながらも、一切臆さず、恐怖することもなく眼前の敵を討伐するため、走る。


「斬鬼になったばかりのやつは、動きが鈍い。攻撃の軌道を見逃さず、刃が届く距離まで近づいて……ぶった斬るッ!!」


 師匠から教えられた言葉を反復し、放たれた巨大な拳を短く跳躍することで回避。そのまま腕の上に着地して駆ける。


 途中、左腕が人間が腕についた羽虫をはらうような挙動で襲ってきたが、流れるような動作でそれを切断すると、鬼の肩口まで一気に駆けると、残った右腕を肩口から斬り落とし、勢いをそのままに、大木のような首へむけ、力任せに刀を振りぬく。


「ラァッ!!!!」


 気合い一閃。確かな手ごたえを感じながらも、雷牙は最後で気を抜いたようで、駆け上がった時のスピードを殺し切れず、斬鬼の背後に弾かれてしまった。


 地面に叩きつけられる直前で受身には成功し、大きな衝撃だけは何とか殺せたが、スピードが乗っていたためか、完全に止まることはできず、何度かアスファルトの上を転がる


 何とか止まったところで、すぐに立ち上がって刀を斬鬼に向ける。叩きつけられた際の擦過傷が頬や手の甲に出来ていたが、そんなことは気にも留めず、こちらに背を向けて立っている敵を睨む。


 ここから見ると、斬鬼の頭はまだ落ちていない。殺しきれなかったかと、嫌な想像をしてしまう。


 心臓の鼓動はドクドクと速くなっているし、呼吸も荒いものになる。


 生きているのか、それとも死んでいるのか、確証が持てず、嫌なイメージばかりが先行する。


 けれど、雷牙の心配は杞憂に終わることとなる。頭が僅かにずれたのだ。ずれた頭はそのまま重力に従って落下する。


 大きな頭部が生々しい音を立てて落下し、同時に頭のあった部分から大量の血が吹きだした。


 頭を斬り落とされたことで、斬鬼は力なく仰向けに倒れる。再生する様子は、ない。


 ズゥンっという振動を感じながら雷牙は全身の力が抜け、その場にへたり込む。同時に緊張の糸が切れたのか、全身からドッと汗が噴き出す。


 地面に手を着いて呼吸を落ち着けてから、再び斬鬼に視線を向ける。斬鬼の死体はまだ残っていたものの、斬り落とした腕や頭は既に消滅を始めている。


「なんとか……勝てた、か」


 額に浮かんだ大粒の汗を拭うと、自然と口元に笑みが出来てしまう。けれども、それとは対照的に腕や足は微かに震えている。


 極度の緊張状態と命のやり取りから解放されたことで、神経が少しばかり乱れているようだった。


「は、ハハ。こんな風に震えてちゃ、世話ねぇな」


 渇いた笑いを漏らしながら何とか立ち上がるも、やはりかなりふら付いている。


 すると、背後から何人かが走ってくる足音が聞こえた。視線だけをそちらに向けると、戦闘服を身に着けた者達がやって来ている。


 どうやらようやくハクロウからの応援が来たようだ。


「ったく、遅ぇっての」


 悪態を尽きながら、鞘に刀を納める雷牙は、近くに乗り捨てられている車のボンネットに腰を預ける。


 表情はどこか穏やかな雷牙ではあるものの、心中はそれほど落ち着いてもいなかった。なぜならば時刻は既に午前八時四十五分をさしており、遅刻は間違いなく、処罰は免れないこと。


 そしてライセンス未取得者の自分が戦闘を行ったことによる、プロの方からのお叱りを想像して心中は落ち着いてはいられなかった。


「どうすっかなぁ……」


 かっこつけて悪態をついてみたものの、正直に言えば自分がこの場を離れるまで来て欲しくなかったというのが本音である。


 そんなことを考えている内に逃げればいいのだろうが、戦闘の緊張から解放されたことで、足は震えっぱなしであり、走ることすらままならない。


 やがて、足音は雷牙のすぐ傍までやって来て、現場の状況を見た刀狩者の一人から恫喝にも似た声を浴びせられた。


「そこのお前!! これはお前がやったのか!?」


「はい。まぁ」


 怒声に対しやや気が抜けたようなあいまいな返事をする。声をかけて来た人物を見ると、戦闘服を着込み、腰の剣帯に刀を差した、エラが張った四十代後半と思しき男性が顔に脂汗を浮かべ、驚いたような、苦虫を噛み潰したようななんともいえない表情をしていた。


「貴様はまだ学生だろう! ライセンスは!?」


「ありません」


 下手に取り繕ったとしても無駄なだけだろう。雷牙は正直に問われたことに答えた。男性は「この小僧……!」と腹立たしげな声で雷牙を睨みつけると、彼の襟を掴みあげる。


「この愚か者が!! 玖浄院の生徒ならば、ライセンスを持たん者が斬鬼と戦うことを許されていないことなど知っているだろう! これだから最近の若い連中は……ッ!! 教育がなっておらん!!」


 掴みあげられたまま、思い切り背後の車の車体に叩きつけられた。それでも雷牙は抵抗せずに沈黙している。


 するとその様子を見かねたであろう、まだ若い女性の刀狩者の一人が中年男性に声をかける。


「高見さん、そのあたりで……」


「私に意見するつもりか、大垣?」


 ギロリと鋭い眼光で睨みつけられ、大垣という女性は「あ、いえ……」と言葉を詰まらせた。


 その様子に高見という中年男性は「フン、小娘が」と鼻で笑うと、雷牙にエラの張ったゴツイ顔を近づけて凄む。


「これから我々は現場の事後処理に入る。貴様は決してそこを動かず、待っていろ!!」


「……わかりました」


 罵声にも近い言葉を浴びせられながらも、雷牙は静かに答える。


 子供を守るためだったとはいえ、雷牙が行ったことは確実なルール違反であることは変わりはない。ルールを破ったものは処罰を受けるのが当然である。


 雷牙もそれは重々承知しているため、この後下される処罰も甘んじて受け入れるつもりである。正直に言ってしまえばこの高見の物言いというか、言い方には引っかかるところも多々あるが。


 返答を聞いた高見は、明らかに雷牙にも聞こえるであろう音で舌打ちをした後、「各自、被害状況を確認後、妖刀の封印処理に入れ!! 速くしろ!!」と部下に指示を出した。


 各々の仕事に取り掛かる様子を見ながら、雷牙は高見の背中を睨みつけるが、大きく溜息を着いた後自分が倒した斬鬼の死体を見やる。


 死体はもう殆どが消えていたが、肉片などが所々に残っている。ただ、消えかけている肉体の横で、妖刀だけは消えず、異様な存在感を放っている。

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