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斬閃の刀狩者  作者: 華月建
第二章 異国の剣士
29/421

1-4

 第三アリーナのバトルフィールドには兼定を剣帯に納めている雷牙と、決闘のレフェリーを務める愛美の姿があった。


 周囲の観客席の一角にはA組の面々が座っている。


 レオノアは準備に時間がかかっているようでまだ来ていない。


 あの後、決闘を挑もうとした雷牙は、逆にレオノアから決闘を申し込まれた。


 舞衣の話では、瑞季が彼女を説得して決闘するという流れに持って行ったのだという。


 雷牙にとっては非常に助かった。自分だけではレオノアを説得できたか怪しかったからだ。


 とりあえずその後二人で話し合った結果、この決闘で雷牙が勝利した場合は、許婚の話はなし。レオノアが勝利した場合は、そのまま許婚の関係を継続することになっている。


 瑞季との違えられない約束があるのだから、雷牙は負けるわけにはいかない。


 レオノアは決して気を抜いて戦える相手ではない。これはあくまで雷牙の直感であるが、彼女を改めて見たとき、そう頭が警鐘を鳴らしたのだ。


 アレはただの刀狩者志望の少女ではない。


 雷牙や瑞季と同じ、自身の力をひたすら研磨し、高みを目指す者だ。


 観客席の生徒達がざわついた。レオノアが姿を見せたのだろう。


 控え室に続く入場ゲートを見やった瞬間、雷牙は目を見開いた。


 駆けて来るレオノアが背負っていたのは、彼女の身の丈を超える大剣だった。


「すみません、準備に手間取ってしまって」


 ペコリと頭を下げる彼女の動きはほとんど剣の影響を受けていない動きだ。


 以前、瑞季が選抜戦で戦った相手、都賀も大剣を使っていたが、レオノアの剣はそれを超えていた。


 刃の幅は広く、厚みも段違いだ。それでいて刃全体は見事なまでに磨かれている。


「でかい剣だな」


「この子ですか? よく言われます。両刃の大剣の中でもかなり大きい部類に入るそうです」


 剣を背中の剣帯から外し、片手で抜くと、重々しく空気を切った音が聞こえる。


 あれだけ大きく、そして分厚い大剣をまったく体重を移動させることなく抜いた。


 やはり自分の見立ては間違っていなかったと、雷牙は生唾を飲み込むと、腰に納めた兼定を抜く。


「どっちも準備はいいかな?」


「「はい」」」


 愛美の問いに、雷牙とレオノアが同時にこたえる。


「よろしい。それじゃあ……決闘開始!」


 瞬間、動いたのは雷牙であった。


 足に霊力を集めて身体能力を強化し、一気に肉薄する。


 たとえレオノアがどんなに強い力を持っていたとしても、それを出させる前に沈めればいい。


 決闘の方式はそれぞれの怪我や来週から始まるトーナメントのことも考えて、寸止め方式。


 相手の致命傷になる部位に刃を当てられた方が勝ちとなる。


 だから雷牙は速さをそのままに瑞季の首下へ兼定を押し当て――ることは叶わなかった。


 キィン! という甲高い音と共に彼女の首下で火花が散った。


 見ると、彼女は大剣の柄で刀を防いでいたのだ。


 ゾワリと、嫌な感覚が雷牙を襲う。


 瞬間的に判断し、雷牙は一気に後方に飛び退くものの、それを追うように轟風が吹き荒ぶ。


 レオノアが大剣を凄まじい速さで振り抜いたのだ。


 フィールドに着地しながらレオノアからは視線をはずさない。


 最初雷牙は霊力を乗せた振り抜きで、風が巻き起こったのだと思った。けれど、それは違ったのだ。


 通常、霊力を使用した攻撃にはある程度の余波があり、霊力の残滓のようなものが僅かに見える。


 レオノアの振り抜きにはそれがなかった。つまり、彼女は自身の身体能力だけでアレだけの風を起したということになる。


「さすがですね。雷牙さん」


「……ちょっと皮肉っぽく聞こえるぜ。それ」


 雷牙は肩をすくめたが、レオノアは首を横に振ってそれを否定した。


「いいえ。先ほどの一撃、反応がほんのすこしだけ遅れていれば、勝負はついていたでしょう」


「ありがとよ。お前も、すげぇ力してんな。霊力使ってないだろ」


「母にひたすら鍛えられました。つぎは、確実に叩きます……!」


 レオノアの纏っている雰囲気が変わった。


 勝負をつけに来ているわけではなさそうだが、攻勢に転じようとしているのはすぐわかった。


 それを迎え撃つように構えた雷牙の口元には小さな笑みが見えた。






「……彼女、強いな」


 A組の生徒が座っている観客席の一角。


 瑞季はバトルフィールドで激突する二人を見て呟いた。


「みーちゃんが言うってことは間違いないね。らいちゃん勝てるかなぁ」


「どうだろうな。スピードでは綱源の方が勝っているようにも見えるが……」


 彼女の右上の席から顔を出したのは陽那。前方で難しげな声を上げたのは樹だった。


「実力的には雷牙と殆ど拮抗しているようだが、素の力がかなり驚異的だ。あの力に身体能力強化が加われば、かなり厄介だ」


 瑞季はバトルフィールドを見据える。


 実際、瑞季が言ったとおり、レオノアと雷牙の力は今のところ殆ど拮抗している。寧ろ剣速は雷牙の方が早いくらいであり、彼が攻勢に出ればレオノアは防御に傾倒している。


 しかし、もっとも警戒すべきなのは観客席にいてもわかるレオノアの力だ。


 これは霊力の多さとかの問題ではなく、単純な彼女の筋力のことだ。


 自身の背丈以上の得物をまるで重さを感じていないかのように振り回しているその姿は、誰もが霊力で補助を入れているのだと思うだろう。


 以前、瑞季が戦った三年生の都賀という生徒もバスターソードと呼ばれる大剣を使っていたが、彼でさえ剣を振るう際に一定の霊力を使っていた。


 だが、彼女は違う。


 レオノアは純粋な筋力のみであの大剣を手足が如く振るっている。


 華奢な体に見えて、かなりの鍛錬を積んでいたのだろう。出なければあの怪力は手に入らないはずだ。


 もともと刀狩者は普通の人間と比較して体が頑丈だが、それと比較しても彼女の力はとんでもないといえるだろう。


「あー……。マジか……」


 ふと隣で端末を弄っていた舞衣が難しげな声を漏らした。


「どうした?」


「んー、いや。あの子の名前どっかで聞いたことがあったから色々調べてたんだけど、ちょっとヤバイかも」


「なにがやばいんだよ。もったいぶらずに教えろって」


「今から言うとこだっての。アンタはホント、せっかちなんだから」


 説明を求める玲汰に溜息をつきながら、彼女は瑞季達に聞こえるように説明していく。


「あの子、レオノア・ファルシオンは、英国の『ラウンドナイツ』の序列第五位、ヴィクトリア・ファルシオンの子供だよ」


「ラウンドナイツ? あの英国の序列上位者達か!?」


 驚きの声を上げたのは前に座る樹だった。


 瑞季もその名前は聞いたことがある。


 ラウンドナイツ。英国が保有している刀狩者の中でも最高の戦力を持つとされている十二人であり、実力は日本のハクロウの隊長クラスだとか。


「ファルシオンって名前でなんか引っかかってたんだけど、あの大剣でピンと来たから調べてみたら、ビンゴだったよ。まったく、もっと早く気付けばよかった……情報屋としての名前が廃る……」


 大きく溜息をつく舞衣だが、瑞季は彼女を心配している暇はなかった。


 ドンッ! という凄まじい轟音がアリーナに響いたのだ。


 見ると、レオノアの大剣がフィールドに叩きつけられ、フィールドの一部に大きな亀裂が入っている。


 レオノアの体と鬼哭刀からは僅かな霊力の残滓が、青い光の粒となって零れていた。


 先ほどまでの筋力にものをいわせた攻撃ではない。霊力を乗せ、出力を上げた攻撃だ。


 すぐさま雷牙は攻め立てていき、レオノアの防御を崩しに行った。


 雷牙とレオノアの攻防はまさに一進一退であった。


 瑞季の表情が僅かにかげる。もしかすると雷牙が負けるかもしれない。


 そうなった場合、自分はどうすればいいのか。気持ちを伝える前に彼が遠くに行ってしまうのではないか。


 キュッと胸の辺りで拳を握る瑞季は雷牙を見やる。


 けれど、瑞季の心配は杞憂であった。


 雷牙の口元からは笑みが消えておらず、寧ろ強くなっていた。


 同時に、瑞季も笑みを見せる。


 そうだ。自分が見惚れたあの少年は、強者と対するほど笑みを見せるほどの戦闘狂。


 時にそれは常人の理解の範疇を超えるが、一度戦ったことのある瑞季だからわかる。


 笑みを見せた時の雷牙ほど強く、警戒すべきものはないと。


 そして彼は言うのだ。


『もう慣れた』と。


 瑞季は心に浮かんだ影を払い、雷牙とレオノアの決闘に集中した。





 剣と刀がぶつかるのはこれで何度目だろうか。


 レオノアは襲ってくる雷牙の刀を受け、力で弾き飛ばす。


 母から受けた指導と鍛錬で培ってきたこの力は、彼女にとっては自慢だった。


 今まで戦った同年代でこれを掻い潜ったものはおらず、彼女はこの力と霊力を兼ね合わせて相手を叩き潰してきた。


 だから、雷牙と戦うときも心配はあったが倒せると踏んでいた。


 倒して許婚としての約束を確固たるものに出来ると。


 だが、実際に彼と戦って自身の読みが浅かったことを知った。


 何度目かの打ち合いの後、雷牙の表情が急に笑みに変わったのだ。


 その時からだ。彼の剣速が徐々に上がっていき、力すらもレオノアに追いついてきたのは。


 攻撃はまだはじけるものの、正直それも騙し騙しである。


 再び襲ってきた雷牙の斬撃を弾くと、レオノアは彼に問う。


「どういう原理なんですか?」


「なにがだ?」


「貴方の動きです。最初に比べて上がっているし、力だって増しています。一体なにをしたんですか?」


「別になにもしちゃいねぇよ。ただ、()()()んだ。レア、お前の闘い方にな」


「慣れた……?」


 衝撃的だった。慣れだけでどうこうできる問題ではない。


 力も速さも、ただの慣れで上がるはずがないのだ。


 レオノアは生唾を飲み込むと、一度深呼吸をしてから霊力を全身にくまなく循環させる。


 これはレオノアが相手を確実にしとめる時に使う霊力の運用である。


 筋肉と神経に内在霊力をくまなくまわすことで、反射神経、筋力、速力を飛躍的に上昇させ、相手が動く前に叩く。


「へぇ、まだそんな隠しだまがあったか。おもしれぇ……!」


 雷牙の笑みはさらに強くなった。


「雷牙さん。貴方の強さは私の想像を超えていました。だから、私も全力で答えたいと思います。そして、勝ちます!」


「そうか。だけど俺も負けられねぇ」


 小さく息をついた雷牙の体から僅かに霊力が溢れだしたかと思うと、フィールドはおろかアリーナを揺らすほどの霊力が吹き荒れた。


 自身の倍近くある霊力にレオノアは思わず息をのむものの、決して恐れなかった。


 ここで負けることだけはしたくなかったからだ。許婚の話もあるが、今はそれ以上にこの目の前にいる少年に勝ちたいのだ。


「行きます……!」


 覚悟を決め、レオノアが一歩を踏み出すと同時に、彼女は大剣を持っているとは思えないほどの速度で雷牙に迫る。


 雷牙は刀を真正面で構えたまま動かない。


 ならば雷牙が反応するよりも打ち下ろしを見舞うだけだと。レオノアは大剣を振りかぶる。


 寸止めとは言われているが、正直それを守っていては勝てる気がしないのだ。それに、この攻撃で彼の防御を崩せれば、そこへ剣を突きつければいい。


 一呼吸の後に、レオノアの剣は雷牙の肩口へ振り降ろされる。


 ここでようやく雷牙が動き、剣を防ぎにかかるものの、彼女は告げた。


「もう遅いですよ! 防御したとしても上から叩きます!!」


 雷牙は答えなかったが。彼女はおかまい無しに剣を振り下ろす。


 雷牙の刀とレオノアの剣がぶつかり、金属音が響いた。


 レオノアはこのまま打ち下ろせると思っていた。しかし、彼女の顔は驚愕に染まることとなる。


 キィン! と鳴ったのは甲高い金属音。


 ぶつかった瞬間、僅かに軸がぶれたかと思うと、雷牙の剣の何倍の厚みと太さがある大剣が弾かれたのだ。


 それもただ弾かれたのではない。大剣はレオノアの腕から離れ、彼女の後方へと飛ばされていたのだ。


「え……?」


 疑問符を口にしたのも束の間、レオノアは首下に冷たい感触が触れたのを感じた。


 見ると、雷牙の顔がすぐ近くにあり、刀が首下に押し当てられていた。


 あと一押しされれば頚動脈、もしくは首そのものを刈り取られるこの位置は、勝敗を決するには十分すぎた。


「そこまで、決闘終了! 勝者、綱源くん!!」


 愛美の声が響いたものの、刀を押し当てられたレオノアは、あの一瞬で何が起きたのか理解ができていなかった。

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