表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
斬閃の刀狩者  作者: 華月建
第二章 異国の剣士
28/421

1-3

 雷牙は教室の最前列よりも前。位置的には教卓のすぐ横辺りに準備された席で項垂れていた。


 隣には雷牙がこうなる元凶となったレオノアが、クラスメイトから投げかけられる質問に答えている。


「ほほーう、つまり綱源くんとレオノアさんのお母さんが将来的には二人を結婚させよう的な約束をしていたと」


 何人かの質問を終えた後、先ほどまでの威圧感を引っ込めた愛美が、今度は心底面白そうに彼女に聞いた。


 項垂れている雷牙からはわからないが、恐らくかなりイイ笑顔をしているはずだ。


「はい! 私も小さな頃から雷牙さんの写真を見て育ちました」


「え、でも雷牙とは面識なかったんでしょ? 写真って?」


「これです」


 舞衣の問いにレオノアは懐から写真を取り出す。


 雷牙とレオノアは面識がない。


 話の流れ的に赤ん坊の頃に、一度だけ彼女の母親とビデオチャットと対面したことがあるようだが、そんな記憶など残っているわけがなかった。


 雷牙も顔を上げてレオノアが出した写真を覗き見る。


 写真には笑顔を浮かべる黒髪の女性と、彼女に抱かれている赤ん坊の姿があった。


 その写真を見てすぐにわかった。あの女性は母であると。


 師匠の家にあったアルバムにも同じ女性が写っていた。


 どうやらレオノアの母と雷牙の母が友人関係であったというのは本当らしい。


「おー、綱源くん。この人ってお母さん?」


「そう、っすね」


「いったとおりでしょう」


「けど、いくら許婚だからって、赤ん坊の頃の写真でよくそこまで……」


「最初は不安もありました。一度も会ったことのない人と、うまくやっていけるのか、そもそも好きになれるのか……。けれど、あの動画を見て私の不安は吹き飛びました!」


 あの動画というのは、恐らく雷牙がアリーナで斬鬼を一刀両断にした動画だろう。


 一般ネットでの拡散は何とか防ぐことができたようだが、刀狩者と育成校の生徒が使う専用ネット回線では、削除されないらしい。


「私の夫となる人はあんなにも強く、勇敢で、かっこいいのだと、心から想いました」


 ぽわわーんとした雰囲気で、頬を赤らめた彼女は雷牙の腕を抱いてきた。


「どわっ!?」


「はずかしがらないでください。雷牙さん。これからはずっと一緒なのですし」


「いやだとしてもひっつき過ぎだ! 第一俺は了承なんてしてないっての!」


 なんとかレオノアを引っぺがした雷牙は、肩で息をしている。


 同年代の女子に耐性がないわけではない。ただ、あのように引っ付かれたり、キスされたりなどは初めてである。


 以前、瑞季の胸を事故的に揉んでしまったがあれはノーカウントだろう。


 クラスメイトの視線が非常に痛い。もはや体中に穴があきそうなレベルで見られている。


 雷牙は一度大きく溜息をつくと、携帯端末を取り出しつつ廊下へ向かう。


「あ、綱源くん」


「すみませんけど、ちょっと電話してきます。少ししたら戻ってくるんで」


 そのまま自動ドアがスライドし、雷牙は少しだけ足早に教室を出て行く。


 他のクラスは授業中で廊下は静かなものだった。


 教室を出てきたのは正解であったのかそれとも間違いであったのかはわからないが、正直あの場に長くいたら更なる波乱が巻き起こる可能性があったので、とりあえずはこれで良しとする。


 運よく空き教室を見つけた雷牙は、周囲を見回した後中に入ってから携帯端末を取り出す。


 何回かのコール音の後、相手が電話に出た。


『はーい。どうしたの雷ちゃん』


 出たのは雷牙の育ての親でもあり、学業などを中心に教えてくれた安生美冬であった。


「美冬さん、師匠いる?」


『宗厳さん? あー、ごめんね。いまさっきちょうど出かけちゃって。急な用事?』


「あーうん、まぁ急と言えば急かな……。でも、美冬さんでも知ってるかな……」


 内心ではいつも暇そうにしているくせに何故今日に限っていないんだあのジジイと文句を浮かべながらも、雷牙は続ける。


「美冬さんさ、俺の母さんのこと知ってるよね。母さんの知り合いに英国のヴィクトリアって人がいるって聞いたことない?」


『ヴィクトリア……あぁ! 確か光凛さんが話してたわ。光凛さんが貴女を身篭った直後に、英国に戦技教導のために向かったんだけど、その時仲良くなった人が確かそんな名前だったような』


「その人と母さんが何か約束してるとか聞いたことは!? 例えば子供同士を将来的に許婚にするとか!」


『許婚ぇ!? なんでそんな……あ、でもちょっと待って……』


 電話越しに美冬が言葉を詰まらせた。しばしの沈黙の後、『あー!!』と焦りと驚愕が入り混じった声がスピーカーから洩れる。


「なにか思い出した!?」


『ええ、随分と前、雷ちゃんが生まれてすぐの頃だったかな。うちに挨拶に来た光凛さんがそんなようなことを言って気がするのよね。でも、許婚って言ってたかな……』


「でも何かしらの約束はしてたってことだよな」


『それは確実。なんかすごく楽しそうにしてたの覚えてるし。けど、許婚かぁ。あの光凛さんが子供の将来を勝手にすることなんて――』


 彼女は僅かに言葉を詰まらせたものの、すぐに。


『――あるわね』


「あんのかよ!」


『割と適当なところもあったし、もしかしたら冗談で約束したのかもしれないし……。まさかとは思うんだけど、その許婚ちゃんが来ちゃってたり?』


「そのまさかだよ」


『おぉ……。結構迫られちゃってる?』


「目があった瞬間にキスされたよ。結構濃厚なやつ」


『うっそぉマジ!? ちょっと詳しく聞かせて。私そういうの大好物だから!』


「美冬さん……!」


 なぜかテンションが上がってしまった美冬に対しすこしだけ凄んでみる。


 彼女は『あ、ごめん』と申し訳なさそうに謝り軽い咳払いで上ずった声の調子を整える。


『と、とりあえずお赤飯でも炊く?』


「なんで結婚肯定派に回ってんだよ! 俺はまだ結婚するつもりもないし、許婚を許した覚えもない!」


『うーん、けど向こうは許婚テンションで結婚する気満々なわけか。だったら……玖浄院の決闘システムを使ってみればいいんじゃない?』


 決闘システムとは、全ての育成校で承認されている生徒同士の私闘のことだ。


 単に実力を向上させるための一環でもあるのだが、決闘には別の使い方もある。


 それは生徒間同士でなにか問題が発生した場合、決闘を行ってその勝敗で問題を解決させるというものだ。


 一度決闘で決まった勝敗は覆してはならず、同じことで複数回決闘することも禁じられている。


「決闘って確か両者の合意があって、先生が絶対についてやるあれか」


『そう。私も学生だった時は何度もあったよ。それで雷ちゃんが勝ったら、許婚の話を保留にするなりチャラにするなりして、負けた場合は潔く認める感じにすれば?』


「負けたら結婚か……」


『そこはもうしょうがないよ。恨むなら光凛さんを恨むしかないね』


 故人、しかも親をなるべくは恨みたくはないが、子供の未来を勝手にいじくったのだから、しょうがない。


 長期休みに入って屋敷に戻ったら遺影の前で恨み言でもいってやろう。


「はぁ、わかった。それで話つけてみる」


『がんばってー。斬鬼を倒せた雷ちゃんなら勝てるって。まぁもし負けちゃったらお赤飯炊いてあげるから』


「ハハハ……全然笑えねぇよ……」


 雷牙は渇いた笑い声を漏らしたあと、通話を切ってからその場で頭を抱えた。


「ぐおぉぉぉおお……母さんのやつ。子供の人生なんだと思ってんだー」


 呻く雷牙の心は決して穏やかなものではなかった。


 別にレオノアのことが嫌いなわけではない。会ってからまだ数十分しか経っていないが、彼女が礼儀正しく、優しさのある性格なのは大体理解できた。


 同時に、雷牙のことを愛する気持ちも本物であるようで、彼女の目には決して虚偽の色など微塵もなかった。


 外見もかわいく、誰もが羨ましがるだろうが、雷牙にはどうしても今彼女を許婚として認めるわけにはいかなかった。


 理由は勿論、少し前に瑞季と交わした約束である。


 生まれる前に親が結んだ約束と、雷牙自身が結んだ約束。


 どちらが大切かと言えば、恐らくだがどちらも大切なんだろう。


 レオノアは一度も会ったことがない男のことをあそこまで想ってくれている。


 一人の少女の十五年という歳月を使わせてしまったことに対する敬意と、感謝を込め本来ならば彼女の気持ちにこたえるのが絶対的にいいはずなのだ。


 けれど、ダメだ。


 たとえ臆病とか、血も涙ないと言われても、瑞季との約束を途中でたがえるようなことだけはしたくなかった。


「――戻るか」


 雷牙は覚悟を決め、教室へと足を向ける。





 雷牙が教室を出て行ってすぐ、レオノアは彼を追おうとしたが、それを止めるものがいた。


 瑞季だ。


 彼女は真剣な面持ちで、彼女を見やっており、レオノアもその気迫に僅かに押されたのか、若干緊張した面持ちいる。


 けれど、瑞季が最初に起した行動は頭を下げることであった。


「先ほどは、声を荒げてしまってすまなかった」


 あっけにとられたのはレオノアだけではなく、クラスの生徒全員であった。


「あ、いえ。私も思わず暴言を……。申し訳ありません」


 レオノアも雷牙のことを守るためとはいえ、彼女に対して心無い言葉を吐いてしまった言葉をわびる。


 互いが互いに謝罪を入れたところで、瑞季が凛とした声を張る。


「君は、雷牙のことを愛しているのか?」


「もちろん。たとえ会ったことがなかったとしても、この愛だけは偽物のはずがありません」


「そうか……」


 レオノアの答えははっきりと力の籠ったもので、並々ならぬ覚悟があるのが見て取れた。


 それもそうだろう。一度も会ったことのない男を、赤ん坊の頃の写真を持ち続けて、愛し続けた。


 常人ではまず推し量れない覚悟である。


 瑞季もそれは十分に理解しているのだろう。けれど、彼女とて譲れないものがあるのだ。


「だが、愛しているなら雷牙の気持ちも尊重すべきではないのか?」


「雷牙さんの、気持ち?」


「ああ。彼の様子を見ていて、許婚ということにたじろいでいるのが見えただろう。君の愛は確かにすごい。だが、一方的な愛を愛とは呼べない。それは自己満足でしかなく、きっといつか雷牙を苦しめる」


「自己満足……」


 なにやら瑞季はいい話風、なおかつ情に訴えかけるようにしているが、クラスメイトは思っていた。


『この女、なんとしても許婚の話をなきものにしようとしている!!』と。


 実際、A組の面々は瑞季が雷牙へ向けている感情の正体に気が付いている。


 ゆえに彼女の行動は全て理解できるのだ。


 どう考えても瑞季はレオノアをたらしこんで雷牙との許婚話を白紙あたりにまで戻そうとしている。


「自己満足の愛の行き着く先は、相手の自尊心や自立心を著しく傷つける。最悪の場合は愛そのものが殺意に変貌することすらある。君は今のままで雷牙と幸せになれるか?」


「それは……」


 レオノアは言葉を詰まらせる。


 彼女自身、どこか思うところがあるのだろう。


 雷牙は完全拒否はしていなかったが、状況がよく飲み込めてはいないようだった。


 そんな彼にこれ以上迫ってよいものかと、彼女も考えあぐねているのだ。


「しかし、だとすれば私にどうしろと? 貴女に妙案があるというのですか?」


 瞬間、瑞季の顔が不敵に歪んだのを、様子を静観していた舞衣だけは見逃していなかった。


「簡単だ。私達は刀狩者の見習いで、育成校には決闘システムがある」


「……なるほど。決闘をして勝った方の言うことを聞く、と」


「そういうことになる。雷牙は戦うことが好きだ。決闘で出た結果であれば首を縦に振るだろう」


 完全に瑞季のペースであった。


 見事に決闘システムに導き、雷牙を勝たせようとしている。


 雷牙が勝てば恐らく許婚の話を放棄するだろう。


「いいでしょう。貴女の案を使わせていただきます。それに決闘を通じてもっと雷牙さんのことを知れそうですし」


「そ、そうか。ならよかった」


「先生。決闘の申請をしてよろしいでしょうか?」


「いいよー。どうせ五神戦刀祭のためのトーナメントを戦う代表者を決めるために、レオノアさんの実力を見たかったし。雷牙くんならちょうどいいし」


「ありがとうございます!」


 レオノアは頭を下げると、瑞季の手を取って感謝の言葉を口にする。


「貴女も、ありがとう。確か瑞季さんとおっしゃいましたね。よろしくお願いいたします」


「あ、あぁ。よろしく。痣櫛瑞季だ」


 一応フルネームを名乗っておき、瑞季は席に戻っていくがその途中で舞衣が彼女に小さな声で告げた。


「敵に塩を送ったことにならなきゃいいけどねぇ」


「……大丈夫、なはずだ。恐らく、たぶん、きっと」


 瑞季はただ祈るような声を漏らしていた。


 すると、電話をおえた雷牙が教室に戻ってくる。


「えーっと、レア? ちょっと話があるんだけど――」


「――その前に! 私からお話をさせていただいてもいいですか?」


「へ? あ、はいどうぞ」


「綱源雷牙さん。私と決闘をしてください!!」


「……はえ?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ