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斬閃の刀狩者  作者: 華月建
第二章 異国の剣士
27/421

1-2

 一年A組の面々は、珍しくホームルームが始まるのを待ち望んでいた。


 いつも気だるげな生徒も、今日ばかりは皆どこか浮き足立っている。


 理由はもちろん、件の転校生である。


 転校生の話は、愛美から話があった日の昼までには全校に広がっており、一年生だけでなく上級生も注目しているようだった。


 無論、それは雷牙も同じであり、気にしていない素振りは見せてはいるが、どこか落ち着きがなかった。


 頬杖を付いている腕をしきに組み替えてみたり、グラウンドや寮の方を見たり、ボールペンをカチカチしてみたりとそわそわしているのは明白であった。


「君が緊張しても何もならないぞ」


 見かねたのか、他の生徒とは裏腹に落ち着いた様子で朝の読書を嗜む瑞季が本から視線を逸らさずに言ってきた。


「いやまぁわかってっけどさ。俺こういうの初めてだし」


「あぁ、そうか。修行中は山篭りだと言っていたな」


「おう。だからなんつーか、俺にとっては色々新鮮でさ。一昨日なんかは気にしてなかったんだけど、いざ当日になってみると結構そわそわするもんなんだな」


 雷牙にとっては学生生活というもの自体が初めてであるため、意識しないようにしても自然と意識が向いてしまうものなのだ。


 とは言ってもあまり緊張しすぎるのもどうかと思うので、雷牙は端末を出して適当なニュースに目を通すことにした。


 トップニュースは大物政治家の問題発言だったり、芸能人の麻薬使用など、スキャンダラスなものが多かった。


 特にこれと言って面白いものはないかと、トップニュースの項目を閉じようとした時、最後の項目に目が留まった。


 見出しにはこうあった。『英国刀狩者、序列第五位、英国籍を放棄』と。


 序列というのは、各国が独自に作り上げている刀狩者の戦闘能力を基準にして作られた、いわば強さのランク付けである。


 日本にもあるらしいが、あまり公にはなっておらず、ハクロウ内部で目安として扱われているらしい。


 玖浄院にも新聞部やら広報委員が使うときがあるというが、まだそれを見たことがないためなんともいえない。舞衣あたりならなにか知っているだろうか。


「なぁ、瑞季。英国の序列五位って――」


「――はーい、静かに静かにー! 朝のホームルーム始めるよー!」


 なぜか自動ドアなのにスパーンと自分の手で開けてきた愛美によって、雷牙の声はかきけされてしまった。


 瑞季にも届くことはなかったのか、彼女は本にしおりを挟むと教壇に向き直った。


 まぁ特に関係がある話でもないので、昼休みにでも話題の一つとしてあげればいいと想いつつ、教壇に立つ愛美に視線を向ける。


「ふふーん、なるほど。みんなそわそわしてるねぇ」


 クラスの様子を一目見て理解したのか、愛美はにんまりとしている。


 どうやらクラス全体が転校生に浮き足だっているのを見抜いたようだ。


「せ、先生! 転校生ってもう来てるんですか!?」


 勇気があるといえばいいのか、それとも我慢ができなくなったと言えばいいのか、トトカルチョの興行主である田辺が手をあげた。


 ちなみに彼は女子に賭けているかと思ったが、本人曰く「裏を書いて男子にかけてるぜ!」と言っていた。


 舞衣の情報を教えてもよかったが、興行主が勝ってしまえば胡散臭くなってしまうのでやめておいた。


 決して大勝したいとかそういうのではない。断じてない。


「そうだよねぇ、皆気になるよねぇ。それじゃあ、まどろっこしい話は抜きにして入ってきてもらいましょう! 入っていいよー!」


 愛美の声の後、自動ドアがスライドした。


 自然と皆の視線がそちらに集まったが、みなの視線は入って来た人物に釘付けになった。


 教室に入ってきたのは、なんというべきか、ブロンドヘアーのゆるふわ系美少女であった。


 腰まで伸びたブロンドの髪は僅かに癖があるものの、綺麗に整えられており、青と白のヘアリボンがちょっとしたアクセントになっている。


 目元はおっとりとしたタレ目気味で、ブルーの瞳は宝石のようであった。


 顔の形も整った卵型で、体つきも欧米人らしくメリハリが効いている。


 このクラスの中で別格の美人と言われるのが瑞季なのだが、彼女にも匹敵しうる存在であることは、誰もがこの一瞬で直感的に理解した。


 彼女は教卓の横に立つと、スカートの端をチョコンとつまんで礼をする。


「はーい、みんなー。この子が今日からクラスの一員になるレオノアさんでーす。それじゃ、軽く自己紹介お願いできる?」


「はい」


 レオノアと呼ばれた少女は微笑を浮かべて自己紹介を始める。


「レオノア・ファルシオンといいます。生まれは英国で転校前は、英国のラウンドナイト校に所属していました。玖浄院へは母の薦めで転校することになりました。日本に来てまだ日は浅いですが、これからよろしくお願いします」


 ふかぶかと頭を下げた彼女の日本語は非常に流暢だった。


 それこそ目を瞑って聞けば日本人が話しているのとなんら変わらないレベルだ。


 教室はしばらく静寂がながれていたものの、誰かの声で「か……」と聞こえた瞬間、教室、というか一年A組がある階が揺れた。


「「「かわいいいいぃぃぃぃぃ!!!!」」」


 男子女子入り混じり、立ち上がっての大歓声であった。


「うわ、ちょすご! めっちゃかわいい!」


「髪きれー! 目ぇおっきー!」


「痣櫛もレベル高いけど、あの子もかなり高ぇ!!」


「これは学年別美少女ランキングに手を加えておかないとですね……!」


「俺完全にレオノアちゃん派……」


「痣櫛さんの冷たい瞳で睨まれるのもいいけど、レオノアちゃんの優しい瞳で見られるのもたまらねぇ……」


 皆口々に言っているものの、後半は変態しかいなかった。


 というかなんだ、学年別美少女ランキングって。


「はいはい、興奮するのはわかるけど、みんな静かにー」


 パンパンとかるく手を鳴らした愛美に言われ、生徒達はぶつくさ言いながらも席につくものの、ふと雷牙は少しだけ驚いた様子のレオノアと目が合った。


 一瞬、彼女は目を見開くと、「レオノアさんの席はー……」と教室を見回している愛美の横を通り過ぎ、真っ直ぐに雷牙の下へ向けてやってきた。


 ブルーの瞳が雷牙のことを真っ直ぐと見つめ、雷牙も一瞬たじろいでしまう。


「えっと……なにか、用か?」


「やっと、会えました……!」


「え……」


 彼女が搾り出すような声を出してからは一瞬であった。


 彼女の美しい顔が近づいたかと思うと、やわらくて少しだけ湿った感触が唇に伝わった。


 レオノアの唇が雷牙の唇に重ねられたのだ。


「「「なッ!?」」」


 クラス全体が驚きの余り声を詰まらせる。


 時間的には十秒前後だったが、唇を奪われた雷牙からすると、一分か数分くらいに感じていた。


 離れた唇の間には僅かにだが糸が引いており、それなりに濃厚なキスだったことがわかる。


 レオノアの頬は僅かに紅潮しており、彼女自身も恥ずかしかったことがわかる。


 しかし、それは雷牙も同じであり、彼の顔は赤く染まり完全に固まってしまっている。


「なにをやっているんだ君はぁぁぁぁぁ!!!!」


 突然隣で行われた濃厚なキスに、あのいつも冷静な瑞季が絶叫した。


「雷牙! どういうつもりだ君は!?」


「ま、待て待て待て! 俺も何がなんだかわかんねぇ! だからそんな首を絞めないでください……!」


 襟をつかまれそのまま持ち上げられたせいでまったく息ができなかった。


 瑞季はすぐに解放してくれたものの、行きも絶え絶えな雷牙に彼女が詰め寄る。


「さぁ、納得のいく説明をしてもらおうか……!」


「いや、あの瑞季さん? お目目がすごく怖いんですが……」


「雷牙さんに何をしているの、この暴力女!」


 まさしく鬼の形相の瑞季に睨まれ、ガクブルと震えている雷牙をレオノアが抱くように守った。


 柔らかな胸の膨らみが雷牙の顔を襲う。


 しかしそれがいけなかった。


 目の前の瑞季は鬼の形相を通り越し、もはや虚無。瞳はどこか虚ろで、黒目は奈落の底よりも更に濃い闇一色であった。


 体からは黒いオーラのようなものが見みえるし、明らかに怒りを超えてしまっている。


 さすがにこれ以上はヤバイと判断したのか、レオノアの抱擁から脱出した雷牙は、レオノアに向き直って彼女に問う。


「えっと、レオノアさん!? なぜに急にキス!? 俺達なんかあったっけ!?」


「ふふ、レオノアさんなんて他人行儀はやめて、レアと呼んでくださいな」


「お、おう、じゃあレア。じゃなくて!! アレはどういうつもりなんだよ!!?」


「アレとは、キスのことでしょうか」


「それ以外になにもありませんよね!?」


 焦った様子の雷牙の質問に対し、レオノアは不思議そうな表情をした。


「もしかして雷牙さんは、お母様から手紙などは貰っていないのですか?」


「母さんって、俺の母さんか?」


「はい、綱源光凛さんです」


 レオノアが言ったのは間違いなく母の名前だった。


 彼女は既に亡くなっているので、手紙というのは遺書のようなものなのだろうか。果たしてそれとレオノアがどう関係しているのだろう。


「光凛さんと、私の母、ヴィクトリアは旧知の仲でして、二人は私達が生まれる前ある約束をかわしたそうです」


「約束?」


「はい。お互いの子供が育成校に入学したら、互いに切磋琢磨し、支えあえる友人になろうと」


「けど、それがなんでキスに結びつくわけ?」


 いきなり割って入ってきたのは、事態を面白おかしく眺めていた舞衣だった。


 彼女の目には「興味津々です」といった光が爛々と輝いている。よからぬことしか想像できない。


「それは……」


 レオノアは一瞬うつむくと、指を何度か絡ませた後、恥ずかしげに雷牙を見てから告げた。


「……約束はもう一つあったんです。もしも男女の子供だったら、その時には二人を許婚としようと」


「ほうほう、つまりレオノアさんと雷牙はぁ……」


「はい。許婚です」


「「「許婚!?」」」


 なぜ二度言わせたのだろうかこのパパラッチ。


 教室は耳が痛いくらいの静寂が蔓延っていたものの、許婚発言のせいで再び熱が入ってしまったようで、あちらこちらでざわめく声が聞こえた。


 玲汰はポカンとしているし、陽那は大爆笑、樹は我関せず、舞衣は聞くだけ聞いたら席に戻ってペンを走らせている。


 時々「綱源殺す」とか「クラスメイト 殺し方 検索っと」といったような物騒な声が聞こえた。


 瑞季は、多少なり理解する思考能力が残っていたのか、どす黒いオーラのようなものは消えていた。けれども、席に座って完全に項垂れてしまっている。


 もはや事態は完全に収拾がつかなくなりかけていたが、突然ドゴンッ! という音が教室に響いた。


 見ると、愛美の足元が大きくへこんでいた。どうやら彼女の震脚の音だったようだ。


「みんな、静かに。ね?」


 顔は笑っていたが、どう見ても心までは笑っていない様子だった。


 なにか言葉を発すればそれこそ殺されそうな威圧感である。


「綱源くんとレオノアさんの話はとりあえず後にして、まずはホームルームを終わりにするからね。……返事は?」


「「「イエス、マム!!!!」」」


 クラスの心が一つとなった瞬間であった。

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