1-1 見知らぬ許婚
堕鬼の一件の後、玖浄院では選抜戦が一時的に停止されていた。
ハクロウの調査が終了して終わりというわけではなく、学校の対応が適切であったか、生徒から斬鬼を出してしまった責任を誰に問わせるのかという問題も上がってきている。
正門前には話を聞きつけたマスコミが連日のように押しかけていたが、許可証の無い者は何人であっても入れないのが玖浄院である。
実際、フリーのジャーナリストが壁を越えて侵入しようとしたが、防衛装置が即座に作動して侵入は叶わなかったらしい。
本来であれば、ハクロウと連携し、徹底した情報規制が張られるのだが、玖浄院のシステムへのクラッキングの影響で対処が遅れた結果、そのような事態を招いてしまった。
選抜戦が行われなくなって一週間が経過しても、教師陣からの明確な説明は無かった。
新聞部や広報委員は『玖浄院。五神戦刀祭不参加か!?』というセンセーショナルな内容の学内新聞を発行している。
一部の生徒は本当に不参加になるのではないかと勘繰り、教師に対する小さなトラブルも見られた。
とは言っても停学者が出るような騒ぎではないが。
やがてそれらも鳴りを潜め、マスコミも殆ど見かけなくなった頃。
各クラスの担任教師から今後の方針について説明が行われることとなった。
それはここ一年A組も同じであり。
「選抜戦はやるよー!」
開口一番、担任である愛美が言ったのは、選抜戦が行われる旨だった。
エントリーしている生徒達は勿論、雷牙と瑞季もそれぞれホッと胸を撫で下ろす。
「でも先生。今からだと五神戦刀祭に間に合わなくないですか?」
手上げて問うたのは舞衣だった。
彼女の指摘は的確であり、事態が殆ど収束した現在は、五月の半ばを過ぎてしまっている。
戦刀祭が行われるのは、七月の終わりから八月の初旬にかけてだ。簡単に見積もっても、準備期間はあと二ヶ月あるかないかだろう。
「そうなんだよねぇ。だから先生達で話し合った結果、今年の選抜戦はクラスから代表者を選抜した上でやることになったわけ」
「ようはふるいにかけるってわけですか?」
「うん。先生達からしてもあまりやりたくはなかったんだけど、状況が状況だからね。本当ならエントリーした生徒全員の実力を見て判断したかったけど、ごめん!」
愛美は教壇の上で深々と頭を下げたが、彼女に文句をいう者は一人もいなかった。
実際、教師陣や一部の上級生が動いたおかげで想定したよりも混乱は大きくならずにすんだのだ。
ここで文句を言うものなどいるはずがあるまい。
「というわけで、代表を発表するよん」
頭を上げた愛美が教卓を軽く叩くと、空間モニターが展開する。
「クラスの代表者は五人だからね。まず一人目は、痣櫛瑞季さん!」
発表に対し、生徒達は「そりゃそうだろ」というように頷いた。
愛美はさらに発表を続ける。
「二人目は、綱源雷牙くん! 三人目は、大神陽那さん! 四人目は岡田樹くん! そして五人目は……」
のこされた五人目の発表の直前、クラス全体が一瞬強張った。
選抜戦に出ることが出来る最後の一枠、もしかしたら自分かもしれないという緊張が走ったのだろう。
しかし、彼らの緊張は見事に裏切られることになる。
「……残念ながらまだ決まってないんだよね!」
まるで一昔前のコント劇のように、クラス全体が椅子から転がり落ちた。
「どーいうことですか先生!?」
「無駄に緊張させやがってー!」
一部の生徒から抗議が上がるものの、愛美は苦笑いを浮かべる。
「いやぁごめんねー。実はうちのクラス、全員揃ってなくてさー」
「それってどういう……」
「こほん、まぁ本当は先に言うべきだったのかもしれないんだけど、実は明後日、海外の育成校から転校生が来ることになってて、五人目の発表はその子の到着を待ってからかな」
「「「転校生!?」」」
愛美が言った単語に、一年A組のクラスが僅かながら揺れた。
しかしそれも無理はない。育成校間での転校は非常に珍しいことなのだ。
留学は一定期間滞在して育成校でのノウハウを学び、自国へかえって自国の刀狩者となる。
転校はそうではない。育成校での転校は国籍を代えて、そのまま転校した国で刀狩者になるということになっている。
刀狩者は現在では国家の戦力に直結しているため、各国は少しでも自国に多くの刀狩者が欲しいはずだ。
なので基本的に転校が用いられることは殆どなく、稀中の稀なのである。
「て、転校生って女の子っスか!?」
「男子黙ってろ!! どこからの転校なんですか!? アメリカ? ヨーロッパ!?」
「美人ですか!!」
「イケメンですか!?」
早速血気盛んな生徒達が愛美に詰め寄るものの、彼女は「んー」と指を唇に当てると……。
「ナ・イ・ショ」
茶目っ気たっぷりにウインクし、彼女はモニターを切り替えて「さぁ授業授業ー」といまだ食い下がる生徒達を無視して授業を始めた。
昼休み。
雷牙は選抜戦の代表者に選ばれたほかの二人、プラスいつもの二人と屋上で昼食をとっていた。
ちなみに、代表者に選ばれた二人とはこうして昼食を囲むのは初めてだが、話すのは初めてではない。
食堂を選ばなかったのは、ざわめきが多すぎて静かに話ができないからである。
「それにしても転校生かー。びっくりしたよね。みーちゃん」
瑞季の前で両方の手におにぎりを持ったわんぱくスタイルの幼女、もとい、背の低い少女は大神陽那。
一年生の中で最も背が低い彼女は、その小さな体を生かしたスピード重視の戦闘が得意で、訓練で何度か手合わせした雷牙も慣れるまでに時間がかかった。
どうにも人の名前を簡略化させる癖があるようで、雷牙もらいちゃんと呼ばれている。
「そうだな。留学は聞いたことはあるが、転校は聞いたことがない。陽那、頬にご飯粒が付いているぞ」
瑞季は手を伸ばすと陽那の右頬についていたご飯粒をとり、彼女の口に押し込む。のこさず食えということなのだろう。
「確かに痣櫛のいうことも最もだ。俺も転校はあまり聞いたことがない。しかもこんな時期に、なにか理由があってのことだろうか」
瑞季に同調するようにテノール調の声が響く。
声の主は六人の中で最も体の大きな男子生徒、岡田樹である。
刈り込まれた頭髪はキッチリ整えられており、制服は皺一つなく着こなしており、絵に描いたような堅物男子だ。そして実際堅物である。
「けどまぁ、転校生の到着を待って五人目を選ぶってことはソイツ結構強いのかねぇ」
「その可能性は十分に考えられるな。だからこそ先生も保留にした可能性が高い」
「どんな子かなー? まーちゃん、何かわかったことあるー?」
「うーん、確定情報じゃないから言いたくないけど、女の子ってことはわかったよ」
「……毎度思うのだが、柚木の情報網はどうなっているんだ」
「気にしたら負けだぜ、岡っち。考えるだけ無駄だから」
玲汰は慣れた様子で、樹の肩にそっと手を置いた。
彼女の情報を聞いた雷牙は最後の一口になったハンバーガーを放り込む。
「そういやクラスで誰かトトカルチョしてなかったか?」
「あぁ、真辺だね。さっき出てくるときに聞こえたら男子予想が勝ってるみたいだったよ」
「んじゃ、俺は女子に賭けて来る」
「俺も俺もー!」
「お前達、賭け事なんてやっている場合か……。来週から選抜戦が再開されるというのに」
樹が大きなため息をついたものの、雷牙と玲汰はそんなものどこ吹く風である。
とりあえず昼休みが終わったら真辺の下へ行ってかけてくるとしよう。こちらには情報収集において右に出るものがいない、舞衣がいるのだ。
不確定情報だったとしても女子であることは濃厚だろう。
「あ、来週からの選抜戦って、トーナメント形式だって言ってたよな?」
「ああ。午前中は授業を行って、午後の時間をトーナメントに当てるらしい」
選抜戦の仕様が変わったことで、いままでのひたすら戦う形式ではなく、トーナメントでの勝ち上がり戦になったのだ。
トーナメントが開始されるのは、先ほど樹が言ったように来週からだ。
対戦相手は一、二、三年生混合で一回戦で上級生と当たることも十分考えられる。
「実際どうなんだよ、瑞季。上級生ってやっぱ強いか?」
「あ、それあたしもききたーい」
「俺もだ。アドバイスなどはないか?」
陽那と樹も彼女に視線を向ける。
何故雷牙達が彼女に問うのか、それは行われた試合の中で上級生と戦ったことがあるのは彼女だけだからである。
瑞季は「そうだな……」と少しだけ悩んだ表情を浮かべる。
「恐らくだが、今回の選抜戦で出てくる上級生はそれこそ各クラスの最強格と見ていい。だから、正直アドバイスと言えるものは殆どない」
「そりゃそっかー。多分生徒会役員も出てくるよねー」
「生徒会ってそんなに強いのか?」
「強いよ。だって、全員が五神戦刀祭の出場経験者で上位入賞者で、会長に至っては一年生で出場して、去年は優勝してるんだよ?」
「ああ。生徒会の役員の中でも、生徒会長は別次元の強さと言われている。トーナメントでも確実に勝ち上がってくるだろう」
「へぇ……」
頷いた雷牙の口元は僅かに上がり、瞳の奥には静かに闘志が燻り始めていた。
斬鬼となった大城との戦い以降、雷牙は少しだけ闘争に飢え始めていた。
もっと強いやつと戦いたいという欲求が沸々と湧き上がってくるのだ。だから、今回のトーナメント形式は正直言って願ってもないことだった。
クラスの代表、つまりそのクラスで強いとされている者達と戦えるのだ。
考えただけで自然と笑みが零れてしまう。
「生徒会長、戦ってみてぇなぁ」
「また君は……」
隣の瑞季は額に手を当ててやれやれと困ったように頭を振っていたが、雷牙は来週から始まる選抜トーナメントに思いをはせるのであった。
夕刻、東京国際空港にはレオノア・ファルシオンの姿があった。
「レアー! こっちよこっちー!」
キャリーケースを引きながら空港のロビーをきょろきょろと見回しながら歩いている彼女の視線の先で、ヴィクトリアよりも少しだけ若い日本人の女性が手を振っている。
レオノアも彼女の姿を見つけパッと表情を明るくして駆け寄って彼女に対して頭を下げた。
「お久しぶりです。湊さん」
「久しぶりね、レア。ちょっと見ない間に随分大きくなっちゃって」
スーツ姿の女性、白瀬湊はレオノアの頭を優しくなでた。
彼女はヴィクトリアの友人の一人であり、日本のハクロウ本部に所属している刀狩者である。
「最後に会ったのは五年くらい前だっけ?」
「はい。あの時は稽古をつけてくれてありがとうございました!」
「稽古ってほど立派なものじゃなかったけどねー。それで、ヴィクトリアさんは後で来るって?」
「ええ。お母様は国籍変更の手続きと出国手続きにもうしばらくかかるからと」
「そりゃそうだよねぇ。っと、立ち話もなんだし、そろそろ行こうか。車で来てるから」
湊はレオノアのキャリーケースを引き、レオノアも彼女にお礼を言ってから後に続いていく。
駐車場に止まっていたのはステップワゴンタイプの車だった。
湊曰く、「たくさん荷物詰める方がいいじゃん」とのことだ。
彼女の車に乗り込み、しばらく高速道路を走っていると、ふと湊が問うてきた。
「ねぇ、レア。玖浄院に転校したのって、あの子が目当てなんだっけ?」
「はい。綱源雷牙さんです。お母様が敬愛する綱源光凛さんの息子さんなんですよね」
「そうだね。んー、でも光凛さんかぁ。懐かしいなぁ」
感慨深そうな声を漏らした湊の視線は、真っ直ぐ前を見ていたもののどこか物悲しい雰囲気だった。
「あの、光凛さんってどんな方だったんですか?」
「うーん。一言で言うなら太陽みたいな人だったかなぁ。どんなに苦戦を強いられていても常に笑顔を忘れず、皆を鼓舞してひたすら最前線で戦い続ける。今の隊長達なんて皆あの人ことを信頼してた」
「すごいですね。皆から慕われていたなんて」
「うん。本当にすごいと思う。その分、失った時のダメージは大きかったよ。葬儀もすごい人の列だったなぁ。けどそっか、あの時見た赤ちゃんが雷牙くんだったのか」
「湊さんは雷牙さんと面識があるんですか?」
出来れば明後日会う彼の情報は少しでも多く仕入れておきたい。
実際レオノアが今雷牙に大して知っているのは、母が敬愛し尊敬している人物の息子で、単身で斬鬼を討伐したことくらいだ。
「あー、ごめん。実は私も雷牙くんのことはよく知らないんだ。あの子、光凛さんの師匠に引き取られてたらしくて、この前上がった動画で初めて成長した姿を見たんだ」
「そうなんですか。じゃあ、ハクロウ本部でも驚いた人はたくさんいたんじゃ……」
「いたいた。中には『会って来る!』とか『光凛さんのこと教えてくる!』なんて言ってたやつもいたかなぁ」
「本当に信頼されていたんですね。雷牙さんもそんな感じの人なんでしょうか」
「どうだろうねぇ。けど、あの人の子供なんだから、たぶん似てるんじゃないかなぁ。まっ、その辺は楽しみにしておいて、今日明日はゆっくり休みな。玖浄院に入ったら忙しいからね」
「はい!」
レオノアは、うれしげに答えると、おもむろに端末のホーム画面を開いて微笑を浮かべた。
ホーム画面には動画の中でアップに写しだされた雷牙の雄雄しい横顔が写っていた。
――もうすぐ、会えますね。雷牙さん。
近づく新都の夜景を見ながら彼女は彼に心の中で語りかけるのであった。




