4-6
玖浄院内部で斬鬼が発生した影響で、初日の選抜戦は午後の第一試合を持って終了となった。
第二アリーナで行われた壮絶な戦いは、会場にいた生徒達の心に強く焼きつき、生徒達のほとんどは興奮冷めやらずにいた。
『いやぁ、あの綱源ってヤツ本当にすごかったな!』
『ホントホント! 堕鬼って危険度赤並に強い斬鬼らしいのにね』
『しかも試合でそれなりに消耗してた上で倒したわけだしな。霊力も半端なかった』
『けどよぉ、なんか堕鬼を倒すとき、あいつ笑ってたよな。なんつーか怖くね?』
『おいおい、お前もしかしてビビってんのかよ』
『ビビッてるわけじゃねぇけどさぁ……』
アリーナから出て行く生徒達は口々に雷牙のことを話していた。
しかし、興奮した様子の彼らをやや疑心を含んだ視線で見ていた人物がいた。
それはアリーナの壁に背を預けている舞衣だった。
「どした、舞衣?」
隣で納得いかなそうな表情を浮かべている舞衣に、玲汰が問う。
「別に」
「いやいや、そんな顔で別にってことはねぇだろ。なにむすーっとしてんだよ」
「……気に入らないのよ」
問いかけに舞衣は大きなため息をついてから続ける。
「確かに雷牙が勝って興奮するのはわかる。けど、自分が招いた結果とは言え、人一人が死んでるんだよ? それなのに、誰も触れようとすらしない。それが気に入らないの」
「ふーん」
「なによ、ふーんって。そっちが聞いてきたくせに」
「いやぁ、お前ってやっぱ優しいよなぁって思って」
「はぁ!!?」
玲汰の言葉に舞衣は僅かに頬を赤くする。
「なんでそういう話になんのよ!」
「だってさ、お前だって大城は嫌いだったわけだろ? それなのにアイツが死んだことを誰も理解しないことをムカついてる。優しくなくっちゃそういう風には思えないだろ」
「それは……」
「俺さぁ、お前のそういう人とちょっと違う視点ってやつ? 結構好きだぞ」
「う……」
ニッと笑う玲汰の笑顔はやや荒みかけていた舞衣の心を落ち着かせた。
小さな頃からそうだった。玲汰ほど自身のことを理解してくれる人物はいなかった。
恐らく、日常的にいがみ合っているからなのだろう。
認めたくはないが、喧嘩するほど仲が良いってやつかもしれない。
「……ありが――」
「――だけど、それ以外のとこは褒められたもんじゃねぇよなぁ。パパラッチはやめたほうがいいって」
前言撤回である。
やはりこの馬鹿とは相容れない。こちらは感謝しようとしたのに、急に方向転換をしてきた。
とりあえず思い切り脇腹に拳を叩き込んでおく。
「ふん!」
「っだぁ!? なにすんだテメェ!!」
「うっさいこのバーカ! あーあ、本当にアンタと幼馴染とか人生最大の汚点よ!!」
「そりゃこっちの台詞だっつの! ったく、人が褒めてんのによー!
「それに関してはどーも。はぁ……なんか疲れた。私達も寮に戻るわよ」
「雷牙と瑞季は放っといていいのかよ」
「ホント馬鹿ねぇ。雷牙の様子からしてあと数時間は目が覚めないわよ。瑞季がついてれば大丈夫でしょ」
「それもそうだな……。じゃあ、戻るか」
少し考えた素振りを見せた玲汰に舞衣はやれやれと被りを振った。
出口へ向かう生徒達の背中に続くように、歩き出すが、ふと疑問符が上がる。
「そういや、バリア制御装置を壊した奴らって、放っといていいのか?」
「先生がもう調べてるでしょ。私達がどうこうする問題じゃないわ」
実行犯は大城の取りまき連中だろうが、既に逃げているだろう。
学校にいるかどうかはわからないが、大城がいなくなった今、彼らはどうなるのだろうか。
玖浄院の広大な敷地には森もある。
校舎の裏にあるその森は時には訓練でも使用されるが、実際はそこまで使われる機会はなく、もっぱら森林浴だったり夏場の肝試しだったりする。
空が茜色に染まり始めた頃、森の中をひたすら走る四つの影があった。
大城の取りまき達だ。
それぞれの表情は焦燥であったり、恐怖であったり、もしくはそれらが入り混じったような表情をしている。
大粒の汗を滲ませながら、ひたすら駆ける。目指すのは玖浄院の外だ。
大城の指示通り、第二アリーナ地下のバリア制御装置の設定を変えて装置を破壊した彼らは、すぐさまそこから出て試合会場に戻った。
けれど、会場で彼らが見たのは、大城が敗北した上に斬鬼へと堕ちた姿だった。
大城だったものは雷牙に討伐されたが、彼らは直感で大城に強力した自分達に処罰が下るのではと考え、一旦は学内に隠れていた。
「おい、やっぱり逃げなくても大丈夫じゃねぇのか!?」
「そうだ。監視カメラの死角を通ったわけだし、ばれちゃいねぇよ!」
追跡されていないことに、取りまきのうち二人が足を止める。しかし、一番先を走っている河西が声を荒げた。
「馬鹿言うな! 俺達が大城さん……いや、大城とつるんでたのは大勢の生徒に見られてんだ! すぐに調査されるに決まってる! 追っ手がいようがいまいが、もう玖浄院にはいられないんだよ!!」
『そうそう、わかってるじゃない』
「「「「ッ!?」」」」
唐突に聞こえたこの場にいる誰でもない声に、四人の顔が引き攣った。
走っていた河西も思わず足を止める。
「だ、誰だ!?」
『おぉ、古典的な反応。今、君達が話してたやつだよ。所謂追っ手ってやつ』
声は女性のものだった。
けれども聞こえるだけで、姿は全く見えない。
そればかりか木々のざわめきのせいで声の正確な位置さえつかめない。
「どうやってここが……!」
『君たち、気配をもう少し殺さないと簡単にわかっちゃうよ?』
「気配って、それだけで追ってきたのか!?」
『そうだよ。まっ、そんなことは置いといて、第二アリーナの制御装置を壊したの君たちでしょ?』
「……!!」
問われ息をのんだ四人の顔は緊張に歪んでいた。
すると、河西が自身の持つ鬼哭刀に手をのばす。
『あぁ、抵抗する気なら容赦しないよ?』
襲ってきたのは圧倒的な威圧感。
すぐさま河西は理解した。声の主は自分達が束になっても勝てる相手ではないと。
鬼哭刀に伸ばした腕を引っ込ませる。
『聞きわけがいいね。さて、それじゃあ拘束させてもらうよ? その後は大城くんがはいった懲罰室だ』
突然、河西の視線の先に白く長い髪を結った女子生徒が降立った。
制服の配色からして三年生のようだ。しかし、彼女からは先ほどのような威圧感は感じられない。
それがまずかった。
「……おい、あの女一人だけなら行けるんじゃねぇか?」
「ああ。鬼哭刀も持ってないし、一斉にかかれば……」
「じゃあ、タイミングあわせて行くぞ……!」
河西以外の三人が、何を思ったか目の前の女子生徒を無力化しようと考えたのだ。
恐らくだが、先ほどの威圧感が別の人物のもので、彼女は拘束役に寄越したとでも考えているのだろう。
「お、おい! やめろお前等……!」
河西が警告するよりも速く、三人は女子生徒に向けて駆け出してしまった。
ほぼ同時に鬼哭刀を抜き、彼女に刃を向けた。
河西は動けずにいたが、一瞬だけ彼女の体がぶれたのはなんとか見えた。
同時に、彼らは刀を持ったままうつ伏せに倒れこんだ。
「なっ!?」
突然起こった現象に息を詰まらせた河西だが、次の瞬間、肩に手を乗せられた。
首だけを動かして手が置かれた方の肩を見やると、そこには先ほど三人を無力化した女子生徒の姿があった。
「君の判断は、賢明だね」
声は優しいものだったが、河西は全身にのしかかってくる重圧に耐え切れないのか息遣いが見る見るうちに荒くなっていく。
そして彼はようやく気がつく、自身の肩に手を置いている女子生徒の正体に。
「あ、アンタは……生徒会長の……!」
「覚えててくれたんだ。ありがとう。とはいっても、懲罰室は確定なんだけど、ね」
瞬間、河西は首下に鋭い痛みが走るのを感じたが、その視界はすぐに暗転してしまった。
「こんなもんかなー」
四人の腕と足を拘束した女子生徒、武蔵龍子はパンパンと軽く手を払った。
「それじゃあ皆、運ぶの手伝ってー」
龍子が呼びかけると、彼女と同じ配色の制服を来た四人の人物が現れた。
圧倒的に一年生や二年生とは別格の風格を見せるのは、ここ玖浄院の中でも最強に分類される四人の剣客。
全員が五神戦刀祭出場経験者の内、上位入賞、もしくは優勝経験者で構成された、玖浄院の生徒会メンバー達だ。
「まったく、このような雑務、俺達に任せればいいものを」
「本当に。会長には他にやっていただかないといけないことがたくさんあるんですが」
厳しい声をかけてきたのは身長二メートルはあるかという巨漢の男子生徒、近藤勇護と、黒縁の丸眼鏡をかけた女子生徒、土岡三咲だった。
「まぁまぁ、会長も息抜きをしたかったみたいだしさ」
「同意。二人はお堅い」
それに対し、やや軽薄そうな男子生徒、沖代士は二人をなだめ、一番背の小さい女子生徒、斎紙一愛は飴を舐めながら冷淡な声を漏らす。
「そうそう、二人の言うとおり。私も書類仕事ばっかりだと肩こるしさぁ。たまには運動しなくちゃ」
「選抜戦で好きなだけ動かせるだろうが」
「それとこれとはちょっと違うんだなぁ。ま、戻ったらちゃんと仕事するから、この子達よろしく」
調子のよい声に「まったく……」と勇護は両肩に二人を乗せ、残った二人は三咲と、もう一人は士が運んでいく。
やがて彼らはいなくなったが、龍子は「フフッ」と小さな笑い声をもらす。
「会長、なにかいいことでもあった?」
「んー? いやぁ将来有望な一年生が入ってよかったなーって思ってさ。んじゃ、戻ろうか」
一愛の小さな体を抱くようにして龍子は彼女と共に職務放棄中の生徒会室へと戻っていく。
――――綱源雷牙くんに、痣櫛瑞季ちゃん、できれば戦いたいかなぁ。
彼女は内心で選抜戦の組み合わせに思いをはせるのであった。
「ん……」
重たい瞼を開けて、雷牙は目を覚ました。
見たことがない天井だったが、薬品の匂いからして保健室だろう。
寝ぼけた頭で記憶を呼び起こす。
そうだ堕鬼を倒した後、倒れたのだ。外傷は殆どなかったが、霊力を一気に使いすぎたのだろう。
大きな欠伸をしながら体を起し、軽く頭を振って意識を覚醒させる。
室内はもう暗くなっていたが、窓から見える空にはまだ茜色が残っていた。
群青と茜色のコントラストが綺麗だ。
視線を壁に立て掛けられてある時計に移すと、午後六時を少し過ぎたところだった。
戦闘が終わったのが午後一時三十分前後だっととすれば、大体五時間前後眠っていたということになる。
「まぁ、一気に解放しすぎたからな。最後のはリミッター外しすぎたし……」
首を軽く振ると、コキコキと音が鳴った。
「あれで気絶するとか、まだまだ修業が足りないな」
自嘲気味に呟くと、不意に保健室の扉が開いた。
自然と視線がそちらに向く。
「起きたのか、雷牙」
保健室に入ってきたのはスポーツドリンクを持った瑞季だった。
「おう、もう大分休んだし。寮に戻ろうと思ってな。なんだ、見ててくれたのか?」
「ん、ああ。心配だったからな」
瑞季はすこしだけ気恥ずかしそうな表情をした。それに小さく笑った雷牙はベッドから降りて立ち上がるものの、霊力を一度に使いすぎた影響なのか、思った以上に体の重心が保てなかった。
「お、っと……!」
「雷牙!」
ふら付く体を支えようと、瑞季が駆け寄ってきてくれたものの、彼女に支えられた瞬間、体重のかけ方を間違え、彼女を押し倒す形で倒れてしまう。
ドタン、という渇いた音が保健室に響く。
思わず目を閉じてしまった雷牙はすぐに目を開けるものの、飛び込んできたのは瑞季の暴力的過ぎるほど綺麗な顔だった。
その距離僅か十数センチであった。彼女の顔は赤く、雷牙も頬が熱くなるのを感じた。恐らく真っ赤になっているだろう。
「わ、わるい。すぐ退く」
弾かれるように、押し倒してしまっている瑞季の上から退こうとするものの、力を入れた右手がふにょん、という柔らかい感触のものを掴む。
「ん……!」
「へっ!?」
瑞季の反応に、雷牙は自身の手のひらが置かれている場所を見る。そこには、制服を着てもなお、激しすぎる自己主張をしている瑞季の豊満な胸があった。
雷牙の手は完全に彼女手をわしづかみにしていたのだ。
「どわああああああっ!!?? わ、わわわわ、わるい!!!!」
ズザザザザ! と音がする勢いで雷牙はあとずさると、勢いを殺せずに背中から壁に激突した。
鈍痛がしたものの、そんなことを気にしている場合ではない。
すぐさま瑞季を見やると、彼女は頬から耳までを真っ赤に染め、潤んだ瞳でこちらを見ていた。




