4-5
「オオオオオオオオオオオオッ!!!!」
雄叫びにも、悲鳴にも似た声に雷牙含め、アリーナにいた全員が弾かれるようにそちらを見やる。
声の主は大城だった。
腕からは出血しているが、立ち上がっている。
最初は最後の悪あがきかとも思ったが、大城がこちらを睨んだ瞬間、ゾクリという嫌な感覚が全身を襲った。
瞬間的に鬼哭刀を抜いた雷牙は、まじまじと大城を睨みつける。
瞳は黒目までもが全て赤に染まり、口からは血液交じりの泡をふき、首には血管や神経以外の無数の筋が走っている。
「アアアアアァァァアアァァァァアアッ!!!!」
続けての咆哮。
同時に彼の体に変化が起きた。額付近からはねじれ曲がった一対の角が生え、犬歯が鋭くなり、肌も浅黒く変色していく。
斬り飛ばされたはずの腕すら再生し、新たな腕が生えた。上半身は筋肉が隆起し、制服がはちきれる。
全身から黒いオーラを立ち上らせるその姿は、まさしく人類の敵そのものだった。
「斬鬼化した……!?」
「まさか、あの刀が本当の?」
「人工妖刀ってわけか」
雷牙は切先を真っ直ぐに斬鬼へと変貌した大城へ向ける。
体躯は三メートルも無い。恐らくは以前剣星の部下である天音が言っていた進化過程をすっ飛ばした斬鬼になったのだろう。
しかし、あの時遭遇した斬鬼とは、桁違いの威圧感と殺意を感じる。
「綱源くん!! ソレと戦っちゃだめ!! それはただの斬鬼じゃないよ!!!!」
必死な声は剣帯に鬼哭刀を差した愛美からだった。
彼女の周囲の教師陣の内、刀狩者のライセンスを持っている者達は既に鬼哭刀を剣帯に差している。
「斬鬼じゃないってじゃあなんなんスかあれ」
「本当はもう少し経ってから教えようと思ってたんだけど、仕方ないね。アレは堕鬼。斬鬼であることに変わりはないけど、刀狩者や刀狩者としての訓練や素質を持った者が変化したもの」
「堕鬼……」
「強さは個体にもよるけど、通常の斬鬼を超える。とてもじゃないけど消耗した君が勝てる相手じゃない」
今一度雷牙は大城、いいや堕鬼を見やる。
赤い双眸は雷牙を射殺すよう睨みつけており、彼は全身に鳥肌が立つのを感じると共に、心の奥底から湧き上がってくる高揚感のようなものを感じていた。
恐怖もある。だが、なぜか口元に笑みが出てしまった。
「先生、バリアが解除されるまであとどれくらいかかるんですか?」
「あと数分。だから君は戦わずに逃げることのみを考えて! 堕鬼の相手は私たちが――」
「――冗談でしょ」
雷牙の口元には確かな笑みがあり、それを見た愛美と瑞季達は戦慄した。
「お、おいまさかお前!」
「戦いたいってわけ!? あんなのと! この前アンタと瑞季が囮になった斬鬼よりもヤバげなのよ!!」
「やめろ、雷牙!! お前も消耗しているし、逃げることだけに集中するんだ!」
「ああ、わかってる。逃げた方がいいなんてことは、俺が一番良くわかってる。けどなぁ、なんかこう、魂が言ってる気がするんだよ。アイツをぶった切りたいってな」
ニィっと口角を吊り上げる雷牙の表情は、剣士というよりは、狂戦士のそれだった。
強い相手と戦い、それを下したい。
彼が浮かべる笑みはもはや狂気に踏み込んでいるものだった。
「先生、たとえ俺が死んでも、誰のせいでもない。俺が馬鹿やって死んだってことにしといてください」
「ちょ、綱源くん!? そんなことは認められないよ!! 冷静になって!」
呼びかけてくるものの、もはや雷牙にそんな言葉は届かなかった。
視線の先にいる堕鬼は、完全に雷牙を捉え、低い唸り声を上げながら妖刀を構えはじめた。
「向こうもやる気満々と来た。こりゃもう、やるしかねぇだろ……!!」
「君は闘いになると、本当に馬鹿だな……。もういい、私は止めない! だが勝て!! 絶対に死ぬなよ!!」
「瑞季ィ!? アンタまでなに言ってんの、そんなこと言ったら余計に……」
「オーライ、正面からたたっ斬ってやる!!!!」
兼定を両手で持ち、正面で構えた雷牙の全身から霊力があふれ出す。それこそ先ほどの比ではない。
誰もが悟った。
雷牙はこの一撃のみで堕鬼を沈めるつもりだと。
それは自然と観客席の上級生達もひきつけ、教師陣の避難誘導にも耳をかさず、勝負の行方を見守っている。
大きく息をついた雷牙は高揚する心を落ち着かせる。呼吸はなだらかに、心拍は落ち着いた状態で。
勝負は一瞬で決まる。
堕鬼の妖刀が先に届くか、雷牙の鬼哭刀、兼定が先に届くかだ。
人間よりも体がやや大きい分、腕のリーチはあちらにぶがある。だが、それがなんだというのだ。
リーチにぶがあるなら堕鬼よりも早く接近して、より速く斬ればいいだけのこと。
雷牙の師匠である柳世宗厳も言っていた。刀での戦いなんてものは、より相手に近づいて、斬ることのみを考えればよいのだと。
だから、そうする。
自身の渾身の一撃を叩き込める間合いに入り、ただ刀を思い切り振り下ろす。
そこに余計なものはいらない。
あるのは斬るという確固たる信念唯一つ。
ギンという音がしそうなほど強く堕鬼を睨みつけると、それに答えるかのように堕鬼が咆哮を上げながら駆け出した。
続けて雷牙が動く。
フィールドを強く蹴り、疾風が如く駆ける。
交錯は一瞬。叩き込むのは渾身。
全霊力、全体力をただ一刀に込める。
そしてついにその瞬間は来た。
「オオオオオオオッ!!!!」
怨敵に対する雄叫びを上げたのは堕鬼。
雷牙は刀を振り上げた状態で、気合いの声を上げる。
「斬ッッッ!!!!」
雷牙と堕鬼の姿が重なったのは一瞬。まさしく刹那の速さで交錯した二つの影はそのまま一定の距離を開けて背中合わせとなる。
どちらも刀を振り下ろした状態であった。
勝利したのはどちらか、生き残ったのはどちらか、皆が息をのむと、堕鬼の体が真正面から縦にずれた。
やがて体全体が徐々にずれて行き、堕鬼の体は文字通り、縦真っ二つに両断された。
ズンっという音が耳が痛いほどの静寂が流れるアリーナに響く。
数瞬、沈黙が続いたが、やがてそれは破られる。
本日何度目かになる歓声が響いたのだ。それこそアリーナ全体が割れるのではないかと言うほどの。
『だ、堕鬼沈黙! し、勝利したのは、一年A組!! 綱源雷牙ーーーー!!!!』
実況も興奮してしまったのか、勝利宣言などいらないのに高らかに雷牙の勝利を宣言してしまっている。
同時に、ガラスが割れるような音と共に雷牙と閉じ込めていたバリアが解除される。
歓声の中で、雷牙は拳を高くあげたものの、次の瞬間、彼は仰向けに倒れた。
「雷牙!!」
「保健委員と医療班、すぐに保健室へ!!」
薄れていく意識の中で、微かに聞こえたのは自身を呼ぶ瑞季の声と、指示を出す愛美の声であった。
「おや、負けましたか。仔狼とはいえ多少は期待していたのですがねぇ」
玖浄院近くのビルの屋上にて、新宮カイトは大城和磨のバイタルサインが消えたのを確認した。
「まぁ実験体としては役に立ったので、よしとしましょう。そろそろ潮時ですし、本部に戻るとしましょうか」
「本部。どこにあるのか聞かせてくれません?」
不意に投げかけられた声に、新宮はすぐさま振り返った。
そこには柔和な笑みを浮かべた優男がいた。しかし、新宮は僅かに顔をゆがめる。
男が身に着けていたのは、ハクロウの隊入りを果たしている者のみが来ている黒い制服だった。
「これはこれは、ハクロウの隊所属の方、しかも隊長殿が何の御用でしょうか?」
「失礼、僕の名前は京極剣星といいます。それよりも、下手な芝居はやめてくださいよ。元人工妖刀開発主任研究員、新宮カイト……いえ、新宮・カイル・トラヴィスさん」
「人違いではありませんか? 私は新宮カイト、心理カウンセラーです」
「しらをきるのならそれでも構いませんが、あなたの行っていたことはもう調べがついています。カウンセラーの立場を利用し、患者を洗脳し、自分が作り出した人工妖刀で斬鬼へと変貌させた」
「だから何を言っているのか――」
僅かに体を動かして疑問を投げかけようとしたが、自身のすぐ真横を目にも止まらぬ速さで剣閃が駆けていった。
「――動くな、外道。次に動けばその首を刎ねる」
声には確かな殺意があった。目の前の男は明らかに自分よりも格上であると、魂が警鐘を鳴らしている。
額から流れた汗が頬を伝うのを感じながら、新宮は小さく息を漏らす。
「どこで私に行き着いた?」
「最初我々は通常の妖刀と人工妖刀の相違点ばかりを探していた。けれど、データを見ていくうちにありえないことに気がついた。人工妖刀は全てにおいて同じ形状、刃紋、そして内在霊力も同じだった。通常そんなことはありえない。妖刀の出力は全て異なるのだからな」
「確かに。だがそれ以外にも気がついたんだろう?」
「貴様は自分が実験体にした人々のデータを隠蔽しようともしていなかった。被害者が皆カウンセリングを受けていたとわかってから貴様に行き着くのは簡単だったよ」
「それにしては動くのが随分遅かったじゃないか」
「確実な証拠がなかったからな。しかし、情報提供者が音声データをくれた」
剣星は携帯端末を取り出してスピーカーの音量を最大にした状態で音声を流した。
それは自身が手を加えた実験体、大城和磨の声だった。
「なるほど。しかし、証拠が無くては拘束すらこんなに遅れるとは、ハクロウものん気なものだ」
「それに関しては僕もそう思うよ。だが今は、貴様を拘束するほうが優先だ!」
瞬間、剣星が動く。その速さたるや雷鳴の如く瞬間的な速さで、新宮は反応することすら出来なかった。
「ぐっ!?」
「このままハクロウ本部に移送する。その後はヤタノカガミにて裁判が行われる」
「……フン、やはり貴様達は昔からなにも変わらない。私が、何の用意もなしにここにきていると思ったか?」
拘束されながらも新宮は勝ち誇った表情を見せた。
「今ハクロウ本部は手薄だろう? 部隊は海外への遠征中、残っているのは雑兵と貴様の隊程度。この状況で同時多発的に斬鬼が現れればどうなる? どう足掻いても対処しきれるはずがない」
『隊長!』
剣星のインカムから声がもれる。
「そら来たぞ。お仲間はどうするかな……?」
「……どうした?」
問いに対し、新宮はにやりと笑う。
『言われたとおり、人工妖刀の破壊と、新宮の患者の身柄の確保、終わりました!』
「なっ!?」
「ご苦労様。他にもあるかもしれないから、皆気をつけて」
「ば、馬鹿な! どうやって人工妖刀の場所を観測した!? 鐘魔鏡には反応がないはずなのに!」
狼狽する新宮であるが、それをよそに剣星は小さな笑みを見せる。
そして彼は笑みを崩すことなく続ける。
「いつまでも我々が後手に回っていると思うな。鐘魔鏡の精度は日々向上している。妖刀観測課はそれこそ死に物狂いで人工妖刀観測ができるようにプログラムを新たに組んだ。ハクロウを舐めるなよ、老い耄れ」
凄まれた新宮はうちのめされたように項垂れるが、力任せに剣星の拘束から脱した。
酷く荒い息を漏らしながら剣星に向き直った彼の顔は、若い容貌が見る影も無かった。顔には深く皺が入った箇所と、若い箇所があり、酷く歪だった。
「貴様ら狼共は、またしても私の邪魔をするのか!! 五十年前もそうだった! 私の意見を聞きもせず、頭ごなしに否定しおって!!」
「貴様の研究は危険だった。だから凍結された、それだけの話だ」
「黙れ、小僧が!! もとより貴様などがわかる話でもあるまい。ならばもう、私が鬼となり、この新都を火の海にかえてやろうぞ!!」
新宮は懐から脇差程度の刀を取り出し、それを抜き放つ。間違いなくそれは人工妖刀であった。
「クハハハハ!! 私も元は刀狩者。それが斬鬼となればどうなるか、小僧とはいえ貴様も知っていいるだろう!!」
「……」
剣星は答えない。
新宮の体は見る見る位置に変異を始めるが、次の瞬間、新宮は自身の視界が反転し、落下していくのを見た。
「な、なん、だ……!?」
声がうまく出せない。
落下しながら、新宮は目の前にありえないものを目にした。
彼の目の前にあったのは、鬼へと変貌を始めていた自身の体だった。けれど、その頭部にはあるはずの頭がなく、止め処なくどす黒い血液が流れている。
落下がおさまると、新宮の視界に剣星の姿があった。
彼は一歩もその場から動いていない。そればかりか刀を抜いた挙動すら見えなかった。
「ば、馬鹿な、貴様なにを……!?」
「鬼となるのなら、貴方に話しを聞くことは不可能。ならば、殺すほかやむなし」
剣星はそのまま踵を返して屋上から去っていく。その瞬間、チラリと見えた彼の腕章に描かれた動物に、首だけとなった新宮は戦慄する。
――――馬鹿な、アレは、あの紋獣は……零の……。
思考はそこで停止した。
斬鬼は頭を落とされると同時に消滅が始まる。これはどれだけ強大な斬鬼であっても同じことだ。
新宮・カイル・トラヴィスは、自身を屠った男が、決して適う筈の無い相手であったことを悟り、消えたのだ。




