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斬閃の刀狩者  作者: 華月建
第一章 鬼と刃
21/421

4-4

時間にして約十分前後だっただろうか。


 大城の刃は雷牙の体を何度も刺し貫いていた。


 雷牙の体には数にして数十箇所以上の刺し傷があり、傷口からは血が溢れ続けている。ここまでの傷をつけられれば常人であれば失血死、ないしはショック死は免れないだろう。


 しかし、雷牙は生きている。呼吸は浅いが、確かにその体は上下している。


 アリーナにいる生徒の殆どがその惨状に声を上げられずにいた。


「さすがにもう反応すらしないか」


 突き刺した刀を引き抜いた大城は、雷牙の頭を踏みつけると、勝ち誇った様子だった。


「いいだろう。ここまで耐えて見せた褒美だ。教えてあげよう、僕がどうやって力を得たのかを」


 ニィっと笑う大城の顔は、ぼやける雷牙の視界でもしっかりと確認することができた。


 そして彼は雷牙の頭から足を離すと、自身が持っている刀を指差す。


「この刀は新宮カイト先生から頂いたものの一本でね。一見すると鬼哭刀に見えるが、刀身には妖刀の一部が使われている。それも検査に引っかからないレベルでね。しかし、ひとたび霊力を纏わせれば、その効果は絶大。傷さえつけてしまえばそこから瘴気と同じ成分の有害物質が体内に入り込む」


「そんなものを使っていてなぜ貴様は斬鬼に変異しない?」


 問うたのはバリアの外側で大城を睨みつけている瑞季だった。


「おお、怖い怖い。そんな目で僕を睨まないでくれよ。同じ七英枝族どうしじゃないか」


「ふざけるなよ、外道。貴様などに七英枝族を名乗る資格はない」


「やれやれ、随分嫌われたね。これも君に感化されたからかな?」


 大城は下卑た笑みを見せながら雷牙に問うものの、返答はなく、ただヒューヒューという微かな息遣いが聞こえるだけだ。


「まぁいい。それで僕がどうして斬鬼に変異しないか、だっけ? それは、体に斬鬼の力を馴染ませたからだよ。こんな風にね」


 言い切ると同時に制服の袖を引き千切った。


 瞬間、アリーナに僅かながら悲鳴が木霊する。


 大城の腕、正確に言えば肩から手首まで届かない程度までが変色していた。それは、斬鬼の外皮と同じ見た目であった。


「これは斬鬼の細胞の一部を先生に移植してもらった結果さ。すごいだろう。僕は自分の意思を保持しながら、斬鬼の力を手に入れたんだ!!」


「なんて馬鹿なことを……!」


「もちろん、施術にはそれなりの危険もあったさ。だが、先生は言ったんだ『君ならきっと適合できる』とね! そして僕は勝った!! 斬鬼すらも従えたんだよ!! ハハ、ハハハハハハハハ!!!!」


 狂笑。


 まさに狂ったような笑い声だった。


 誰もがその様子に恐怖と驚愕を表すことしか出来なかった。


「何故雷牙を恨む。確かに貴様との演習に彼は勝った。勝負を申し込む前の雷牙の態度にも非はあったのかもしれないが、それは貴様も同じだったはず! なぜそこまでに憎悪する!?」


「コイツが劣等種の分際で僕に勝ったことがいけないんだよ。僕は七英枝族! だったら勝つのが当然なんだ!! 負けるはずがないんだ!! 悪いのは全てこの綱源雷牙なんだよ! 僕が懲罰室送りになったのも、停学を通告されたのも、父に叱られたのも!! 全部全部、コイツが自分の立場をわきまえないからだ!!」


 完全なる逆恨み。


 雷牙は演習において不正などしていない。ただ実力で大城に勝っただけ。


 大城はただそれが気に入らないのだ。たったそれだけの理由でその身と心を外道に落とした。


「僕は悪くない。悪いのは全てコイツだ。コイツさえいなければよかったんだ!」


「……まるで幼児だな」


「ああ。赤ん坊よりも手がつけられないぜ」


 みっともなく喚く大城に瑞季と玲汰は怒りや驚愕を通り越して、ただ呆れるだけだった。


 逆恨みに加え、わがままである。もはや彼にはなにを言っても無駄だろう。


「だが、新宮先生のくれたこの力があれば、コイツを殺せる! 刀狩者なんて知ったことか!! 力があれば全てが僕の思うがままだ!!」


 斬鬼の細胞に侵食された腕を高く掲げながら宣言する大城。


 けれど、そんな彼に瑞季が冷淡な言葉を投げかける。


「力が全て、確かにそうかもしれない。だが貴様は詰めが甘い。そして、相手の力量すら、分析することが出来ていない」


「なに……?」


 ギロリと瑞季を睨む。もはやその瞳は人間のものではなかった。


 瞳は僅かに赤く変色し、白目は血走っている。


「この一ヶ月。私は綱源雷牙という男をずっと見てきた。エキシビジョンでの闘いに見惚れたからだ。そしてもっと彼のことを知りたいと思った。気付けば雷牙のことをずっと目で追っていた。それだけ彼に魅力を感じたから、()()()()()()()()()()()()()()からだ!」


「なにを言い出すかと思えば、ようは君はこの劣等種に惚れてるのかい?」


「それはわからない。これが恋愛感情なのか、羨望なのかはわからない。だが、唯一ついえることは、私が見てきた綱源雷牙は、貴様程度の男がいくら強くなっても、負けはしない!!」


「ハ、ハハ、アハハハハハハハハハッ!!!! 負けはしない? 馬鹿なことを。こんなボロ雑巾がこれ以上なにをすることができる!? 既に虫の息! 後一刺しすれば死ぬこの劣等種がなにをできるというのかぺッ!!!!????」


 嘲笑交じりに振り返った大城の顔面に拳が叩き込まれた。


 しっかりと体重ののったそれは、大城を吹き飛ばすのに十分な力があり、彼はバリア近くまで殴り飛ばされる。


 何度かフィールドを転がった大城は、殴られた顔面を押さえながら悲痛な声を漏らす。


「い、痛いィ!! ぼ、僕の顔!? 僕の顔が!!」


「そら、だから言っただろう。綱源雷牙は、貴様程度に負ける男ではないと」


 自信たっぷりの瑞季の視線の先には、全身に膨大すぎる霊力を纏い、確かな足取りで立っている雷牙の姿があった。






「あー、ったく。人のことザクザク、ザクザク……。黒髭危機一髪じゃねぇんだぞ俺は」


 首をゴキゴキと鳴らした雷牙は、口元の血を指で拭う。口の中にもなにか違和感があったのか、もごもごと口を動かした後、血液交じりの唾液をフィールドに吐き出す。


『た、た、た、立ったあああぁぁぁっ!!? 綱源選手、立ち上がりました!! アレだけの傷を負い、なおかつ瘴気が含まれた鬼哭刀で刺されたというのに、立ちました!!』


 黙っていた実況が歓喜にも似た声を発した。


 同時にアリーナ全体がワッと歓声に包まれる。


 誰もがあの状態からの雷牙の復活を予想していなかったこと。大城による数々の暴言とその態度を打ち砕くような鉄拳が皆を歓喜させたのだ。


「お、お前、なんで……!?」


「いや、体の解毒が終わったのがいまさっきで、お前が隙丸出しだったからぶん殴っただけだ」


「解毒……!? まさか瘴気を治癒術で解毒したって言うのか!?」


「おう。まぁ普通の治癒術と勝手が違ったから結構手こずったけどな」


 頭を掻いた雷牙の傷は見る見るうちに治癒しており、最初の方につけられた傷など既に完全にふさがっている。


 雷牙の治癒は、治癒術にしては異例の回復速度を持つ。常人が一時間かかる治癒でも、雷牙の場合はものの数分もかからない。


「瘴気っつっても、結局は霊力で出来てるわけだし、それを俺の霊力で上書きすれば解毒完了だ。けど、やったこと無かったし、こんなに時間かかっちまった。けど、()()()()()。次お前に斬られても、解毒にゃ数秒もかからないぜ?」


 ニッと不敵な笑みを浮かべながら言うものの、そんな簡単なことではない。


 瘴気を上書きするということは、自身の体の中に入った毒素を感知し、それらを霊力で包み込む必要がある。


 それなりに修練を積んだ刀狩者ならば出来なくはないのだろうが、それでも十分やそこらで出来るものではない。


 膨大な霊力と、精密な霊力操作があってこそ出来る芸当だ。


 雷牙の体に残っていた最後の傷がふさがった。治癒が完了したのだ。


「さてと、それじゃあ覚悟はいいかな? 大城和磨くん?」


 鬼哭刀を構えた雷牙が放った言葉は、大城が雷牙に向けて言った言葉そのものであった。


 対し、現実を受け止められない大城は、首を振って否定する。


「な、なんだ、なんなんだよお前ええぇぇ!! 七英枝族でも無いくせに、劣等種のくせに、なんで僕の前に立つんだよおおぉぉぉ!!」


「知るか。俺はただ、刀狩者になりたいだけさ。母さんや、師匠を超えるような、強くて、皆を守れるような刀狩者にな」


 雷牙は足に霊力を込め、兼定にも霊力を纏わせる。


 膨大すぎる霊力の奔流がバトルフィールドを吹き荒ぶ。圧倒的な霊力によって、兼定がチリチリという音を立てる。

『な、なんつーバカ霊力だ!?』


『というかアレ、霊力って呼んじゃダメじゃない!』


『痣櫛の技量もバケモンだが、アイツは霊力が段違いだ!!』


『本当に人間かよ!!』


 アリーナを振るわせるほどの霊力は、観客席にいた上級生すらも圧倒し、バトルフィールドの周りに控えていた教師達もその様子に驚愕を隠せないでいる。


 その光景を密閉されたバリア空間でもろに受けていた大城は、ガチガチと歯を鳴らして恐怖している。けれど、雷牙はその様子を見ても攻撃をやめる気はない。


 フゥッと息をつくと、一瞬だけ瞳を閉じる。


 刹那。雷牙の姿が消える。


 実際には消えたように見えるほどの速度で移動したのだが、殆どの生徒には消えたように見えただろう。


 雷牙が現れたのは大城の眼前。


 瞳には闘争心しかなく、手加減や容赦などという色は微塵もありはしなかった。


「う、うわああああああああぁぁぁぁぁ!」


 自棄になったのか、大城は鬼哭刀を振るうものの、それは虚しく空を斬る――。


 ――ことすらなかった。


 ボトンという湿り気と渇いた音が混ざったような音が聞こえたかと思うと、鬼の細胞に侵食された腕が雷牙の背後に転がった。


「え、アレ、僕の……?」


 神速で放たれた剣閃は、斬鬼の力によって強化されていた動体視力を超え、大城が刀を振るよりも早く彼の腕を刈り取ったのだ。


「ぎ、ぎゃああああぁぁぁぁぁッ!!!??? ぼ、僕の腕、僕の腕ェ!!??」


 一拍遅れて悲鳴が上がる。大城の肩からは大量の血液が噴き出し、バトルフィールドに大きな血だまりを作っていく。


 けれど、雷牙は悲鳴を聞いても、容赦などせず、刀の峰で大城を弾き飛ばす。


 短い悲鳴の後、バトルフィールドを転がった彼を冷徹な瞳で見やった雷牙は、斬り飛ばした大城の腕に近寄るとそれを一息の後に粉砕した。


 悲鳴を上げて転げまわっている大城を見ると、先ほどのような再生は始まっていない。


「なるほどな。やっぱりそうか。あの腕に移植された斬鬼の細胞があの再生の元凶だったってわけだ」


 泣き喚いている大城を見やりながら、雷牙は兼定を鞘に納めてバリア外にいる愛美に声をかける。


「先生。試合は中止って言ってたけど、この場合はどうなるんスかね?」


「え、あぁそっか……!」


 愛美はやや焦った様子ながらレフェリーの下へ走る。


 大城はというとその間も悲鳴を上げていたが、腕がなくなった程度なら医療用ポッドにぶち込んでおけばすぐに再生する。


 出血は酷いが雷牙もかなり血を流したのでお相子だろう。


 だが、やはり出血の影響は雷牙の体にしっかりと残っており、一瞬ふら付くのを感じ取る。


「審議の結果、試合終了! 勝者、綱源雷牙ッ!! 」


 レフェリーの判定に会場が湧き、続いて実況が高らかに宣言した。


『試合、終了ォー!! 混乱と惨劇はありましたが、試合を制したのは綱源雷牙選手です! あ、バリアの方はあともう少しで解除されるそうなので、もうしばらくお待ちください!』


「へいへい。あー、疲れた」


 雷牙はひざに手を当てて大きく息をついた。結果は勝利したが、一時は危なかった。


「よう、雷牙! お疲れさん!!」


 振り返ると、にこやかな表情の玲汰に満足げな瑞季が立っていた。


「おう。心配かけたな。お前等」


「心配なんてもんじゃねぇよー。死んじまうかと思ってたぜ」


「わるかったって。瑞季もありがとな、あの言葉、うれしかったぜ」


「なんのことかな?」


 瑞季は気恥ずかしいのかプイっとそっぽを向いてしまった。かわいい。


 雷牙は苦笑を浮かべつつも、彼女等の後ろにいる舞衣に声をかける。


「舞衣、言質は取れたか?」


「そりゃもちろん。バッチリ音声データで残ってるよ。それにもう送ってあるし」


 言質と言うのは大城が言葉全てだ。


 彼は新宮カイトから力を貰ったと言っていた。そして、彼が持っていたのは人工の妖刀と言っても過言ではないシロモノ。


 現在新都で発生している観測されない妖刀に新宮カイトが関わっているのはこれで確実になっただろう。


「じゃあまさか最初から大城を吐かせるための演技だったのか?」


「いや、あの刀で傷つけられた時は結構マジに危なかった。けど、大城の再生の仕方と、瘴気に似た症状が俺に出た時点でピンと来た」


「私はまぁ人工妖刀の話を出したあたりから録音しておいた方がいいかと思ってね。まぁこんなことしなくても、あの人たちなら新宮に目星はつけてると思うけどね」


「違いねぇ」


 雷牙は肩を竦める。


 バリアはいまだ解除されないが、なにはともあれ大城との戦闘は終わったのだ。今は体を休めよう。





 ――――僕が、負けるはずがない。


 痛みにのたうちながら、大城は仲間達と談笑する雷牙を見やる。


 沸々と湧き上がってくるのは、彼に対する憎悪のみ。


 そして、頭の中で先生と慕うあの男、新宮カイトの声が木霊する。


『この刀を使えば、君は莫大な力を得ることができるでしょう。ですが使うときは、ここぞという時に』


 ここぞという時。


 ならば今がそれだ。


 勝利すべき自分を負かし、勝利を掴み取ったあの男。


 綱源雷牙を殺すのは、今この時しかないのだ。


 自然と大城の腕はもう一本の刀に伸び、その柄を掴んだ。


 瞬間、彼は内側から湧き上がってくる力を感じたが、次の瞬間には視界は暗転し、彼の意識は完全になくなった。




 玖浄院からやや離れたビルの屋上で、新宮カイトは小さな笑みを浮かべていた。


「使いましたか。いい実験体だったんですが、まぁいいでしょう。最期の時、存分に戦いなさい」


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