4-3
誰もが目の前で起きている出来事に理解が追いついていなかった。
大城和磨は確かに綱源雷牙の手によって斬られたはずだ。右肩から左脇腹にかけての一閃は、試合を終了させる決定打になるほどの傷を作っていた。
大量の出血も観客席にいた状態でも確認はできていた。
けれど現実はどうだ。
斬ったはずの綱源雷牙が一瞬ふら付き、数秒耐えた後にひざをついた。
逆に斬られたはずの大城和磨が立ち上がり、何事もなかったかのように平然としている。
傷は煙のようなものを上げながら治癒していき、やがて完全に修復された。
無論、誰もが治癒術のことを思い浮かべたが、大城のそれは治癒術とはかけ離れていた。
形勢逆転というレベルではない。なにか得体のしれないことが起きていることは明白であった。
『こ、これは一体どうしたことでしょう!? 先ほどの一閃、確かに大城選手に深手をあたえたように見えたのですが……。今立っているのは大城選手! 逆にダメージを与えたはずの綱源選手はひざをついてしまいました!!』
実況の混乱の声が雷牙の耳に入る。
同時に、観客席からもどよめきが広がっている。
――――どうなってる。
雷牙はぶれる視界で大城を見やる。
あの一閃は、大城の体を的確に捉え、試合終了の判定に申し分ない傷をつけたはずだ。
だが、目の前の彼の体にはそんな傷は見えない。あったのは、傷口がボコボコと気泡のようなものを発生させながら再生していく光景。
その再生の仕方に雷牙は見覚えがあった。
そうだ。あれは確か斬鬼の――。
「――考え事かい?」
嘲るような声はすぐ近くからだった。
いうことをきかない体を懸命に動かすと、すぐ近くに黒い笑みを浮かべた大城がいた。
瞬間、襲ってきたのは左肩を襲う痛烈な痛み。
「ぎ……ッ!?」
見ると、左肩にの切先から数センチがめり込んでいた。
「いい表情だ。そら、次だ!!」
下卑た表情を見せた大城が狙ったのは右足。
雷牙はぶれる視界ながらもそれを察知し、体に霊力を通してなんとかその場から飛び退いた。
ほぼ同時に聞こえたのは刀がバトルフィールドに衝突する甲高い音だった。
体の痺れはなおも侵攻しており、飛び退いたはいいものの着地ができず、そのままフィールドを何度か転がる。
十メートル前後は離れることができたが、距離はすぐに詰められるだろう。
麻痺する体に鞭打ってなんとか起き上がる。
視界の先では勝ち誇った様子の大城がゆっくりとこちらににじり寄ってくる。
麻痺しながらも内心で笑みを浮かべる。
大城は今、動けなくなった雷牙を真綿で首を絞めるようにじわじわと攻め立てようとしている。
だからこそアレだけゆっくり近寄ってくる。雷牙に恐怖を与え、快楽を得るために。
その隙に、体の現状を再確認する。
徐々に進行していく体の麻痺、視界のぶれとわずかなぼやけ、軽度の吐き気、大量の発汗。
幸いだったのは思考能力まで影響がそこまで大きくなかったことか。
全身に出ている症状を確認すると、雷牙は答えを導き出した。
この症状はアレに似ている、というよりアレそのものだ。
瘴気。
斬鬼が発生させる人体への有毒物質。
今雷牙の体に起きている症状はまさにその物質によるものだった。
そして思い起すのは、大城の傷の再生の仕方。
雷牙が得意とする治癒術での再生は、傷口全体に霊力を纏う。しかし、大城の再生は、霊力を用いず傷口が気泡のようなもを発生させながら再生していた。
あの再生の仕方、体に起こっている症状。
どちらにも関係するたった一つの共通点は――。
「――斬鬼、か……!」
麻痺する口でなんとか言葉を搾り出すと、ようやく目の前までやってきた大城が小さな笑い声を漏らした。
「その様子から察するに、気付いたようだね」
「て、めぇ! どうやって、その、力を……!」
「先生から貰ったんだ。けど、君は覚える必要はないだろう。もうすぐ死ぬんだから、ね!」
ザクン、という肉を刺し貫く間隔が太ももの辺りに奔り、痛みが襲う。
大城の刀が太ももに突き刺さっていた。刀はすぐに引き抜かれたが、尖った痛みは依然として続いている。同時に、痺れがさらに強くなっていく。
「その、刀、か……!」
「さすがに気付くか。だけど、それがわかったところで今の君にはどうしようもないだろう」
ぶれる視界の中で、大城の刃が再び煌めいた。
「おい、おいおいおい! なんでこんなことになってんのに先生たち止めないんだよ!!」
焦った様子の声を上げたのは玲汰だった。
観客席では、バトルフィールドで行われている惨状を教師陣が止めに入らないことに疑問の声が上がっていた。
『こんなの、試合じゃないよ……!』
『さすがにそろそろ止めないと綱源のやつ死んじまうぞ!』
『だけど、先生たちもなにかしようとはしているみたいだけど……』
バトルフィールドの周囲には教師陣が集まってなにやら行動を起しているものの、いまだレフェリーからの試合終了の判定はおりない。
「もう判定が出てもおかしくないはずなのに……」
「いや、判定は出ているはずだ。だが、先生方が中に入れないんだよ。見てみろ」
瑞季がバトルフィールドを指差すと、教師の一人がバリアに手を添えようとしていた。
瞬間、指先でこぶし大の光が弾けた。
「まさか、バトルフィールドのバリアが規定よりも強く設定されてるの!?」
「だろうな。そうでなければあんなことは起こりえない」
試合が行われる際、バトルフィールドにはバリアが展開される。これは戦闘中に発生した攻撃の余波が観客席に届かないようにするためだ。
通常、このバリアは人間が通っても一瞬弱い静電気のような痛みが走る程度に設定されている。
しかし、出力を上げれば外部からの干渉が不可能になるほどに強固なものとなり、無理やり入ろうとすれば非常に危険なのだ。
「じゃあ、まさか地下のバリア制御装置を、大城の仲間が弄ったってこと?」
「ほぼ間違いないだろうな」
冷静に言った瑞季はおもむろに立ち上がると、その場から跳躍する。
「ちょ、瑞季!?」
背後から舞衣が呼ぶものの、彼女は止まらずいくつかの背もたれを蹴って空中に躍り出ると、そのままバトルフィールド近くまで落下する。
着地直前で一時的に身体能力を強化。
何事もなく着地した瑞季は近場にいた担任教師である愛美に声をかける。
「先生」
「痣櫛さん!? なんでこんなところに、生徒は観客席に戻って!」
「客席に戻って現状をただ傍観することなどできません。なにか手伝わせてください」
「手伝うって……」
愛美は一瞬戸惑った表情を浮かべたものの、やがて観念したように小さく息をつく。
「わかった。といっても、制御装置の方は他の先生方が見に行って破壊されていたことが確認されてるの。痣櫛さんができることは、綱源くんに呼びかけてあげることぐらいしか……」
「制御装置が破壊されてるって、じゃあバリアを解けないってことですか!?」
瑞季の背後から聞こえたのは舞衣の声だ。どうやら観客席から追いついたらしい。
彼女の隣にはバトルフィールドに向けて悲痛な表情を浮かべている玲汰の姿もあった。
「どうすんだよ、先生!! このままじゃ雷牙が本当に……!!」
「わかってる。だけど、地下の制御装置の設定は休日中に変更してあるの。メインの操作回路はアリーナ実況席の隣にある制御室に移してあるから、いくら地下を弄ったり破壊してもバリアの強度変更はできないはずなんだよ」
「じゃあ、一体誰が!?」
「さっきシステム管理者から連絡があったんだけど、アリーナ全体の制御システムにクラッキングの痕跡があって、システム自体が上書きされてしまっているようなの。だから今はシステムをもう一度書き直している状態」
「玖浄院のシステムにクラッキングって、学校のシステムはハクロウ並に硬いはずなんじゃ」
「うん。だけど、現にクラッキングされた。しかも私も含め、先生たちがだまされるほど巧妙にそしてこの試合だけに反応するようにプログラムされていた。これ自体には間違いなく大城くんが関わっていて、彼の協力者が外部にいる」
愛美の説明に瑞季達はただ驚くしかなかった。
玖浄院含め、育成校はその性質上秘匿されることも多く、システム面はハクロウ並みの強固さを誇っている。
それが破られた今、このような状況が起きてしまっている。
大城が雷牙のことを恨んでいるのは理解はしていた。だが、まさかこんな凶行にまで及ぶとは。
「先生、雷牙なんで急に動けなくなったんだ?」
「それは恐らく大城くんの持っている鬼哭刀ね。あれはつい先日大城くんが申請した刀だったんだけど、その時は規約違反はなくて、他の鬼哭刀となんら変わらないもの。だけど、バリア越しに簡易検査したら、刀身部分に斬鬼が発生させる瘴気と似た反応があった」
「じゃあ、アレは鬼哭刀じゃなくて妖刀……!?」
「断定はできないけど、それに近いなにかってことは確か」
「ちょ、ちょっと待って!! ねぇ瑞季、玲汰、覚えてる? 一ヶ月前に会ったハクロウの京極っていう隊長さんの話」
舞衣は二人の頭を掴んで愛美に聞こえないように引き寄せる。
彼女に問いに瑞季はハッとする。
「まさか、大城が持っている鬼哭刀は、例の人工妖刀だと言うのか?」
「可能性はあると思わない? だって一〇〇パーセントの観測率を持つ鐘魔鏡を欺けるなら、玖浄院の精密検査を掻い潜ることだって簡単だよ」
「だったら先生に知らせようぜ。黙っててもなにも解決はしねぇ」
「わかってる。けどこれはもう先生たちっていうよりも、プロに知らせないといけないレベルの問題よ」
京極たちからは不用意に他者に話さないでくれといわれているが、この際、四の五の言ってはいられない。
改めて瑞季たちは愛美に向き直り、一ヶ月前に京極から聞いた人工妖刀の話を伝える。
「人工妖刀……」
「信じていただけるかはわかりませんが、もしかすると大城が持っている鬼哭刀はそれではないかと」
「いや、信じるよ。生徒のことを信じられなきゃ先生じゃないしね。けど、ハクロウ上層部はそこまで秘匿したいのか。まさか育成校の教師にまで隠しているなんてね」
「私たちが会った隊長さんもそれには疑問を持ってるみたいでした」
「そう。多分その人はハクロウ内部でもかなり人権派だろうね。人工妖刀、まさかそんなものが出回っているなんて……」
愛美はバトルフィールドを見やる。
雷牙は大城の攻撃を受けながらも、僅かに残っている感覚をフル活用して血まみれになりながらも致命傷を回避している。
フィールドにほぼ這いつくばっているとも言っていいが、バリアの向こうにいる彼の目はまだ死んでいない。
双眸には諦めていない者の強い光が灯っている。
『大城選手!! 試合は中止です!! これ以上の戦闘行為は認められません!』
黙っていた実況が声を荒げた。
恐らく事態を重く見た教師陣が試合の中止を伝えたのだろうが、そんなことを今の大城が聞き入れるはずがなかった。
「試合? そんなことはどうでいい。僕はこの大した生まれでもないコイツを殺したいだけなんだよ!!」
アリーナ全体に聞こえるような声で高らかに宣言した大城に、観客席のざわめきが強くなり、実況が声を詰まらせた。
『こ、殺したいだけって。故意での殺害は、貴方の未来にも影響しますよ!? 刀狩者になりたくはないんですか?』
「くだらない。僕は力さえ手に入れられればそれでいい! 七英枝族であるこの僕に誰も逆らわない、絶対的な力があればねぇ!!」
大城は残忍な笑みを浮かべて雷牙の右脇腹を刺し貫く。雷牙の呻き声が上がるものの、それでは満足がいかないのか、雷牙の腹部を蹴りつける。
「おい、もっと悲鳴を上げろよ! 無様な悲鳴をさぁ!!」
連続して叩き込まれる蹴りは、雷牙の傷口を抉る。
しかし、大城の視線の先で、雷牙が血が零れる口元を僅かにゆがめる。
「なにを、笑っている」
「おかしく、てよ。てめぇ、が、優位に、立ってるはず、なのに、怯えてる、みたいでな」
「僕が、怯えてる? 馬鹿も休み休み言えよ、劣等種め。いいか、僕は本来お前たちを傅かせる側の人間なんだ。媚び諂えよ、機嫌を取れよ、頭を垂れて許しを請えよ!!」
にやりと笑う雷牙の頭を思い切り踏みつける。
しかし、それでも雷牙の表情はどこか余裕がある。
どう考えても優位に立っているのは自分だ。目の前で転がっているボロ雑巾のような男ではない。
大城は一度荒くなった息を落ち着かせると、前髪をかきあげる。
「まだ痛みと苦しみが足りないように見える。いいだろう、すぐにでも殺してやろうかと思ったが、まだ殺さない。死んだほうがマシといえるほどの痛みを与えてやる」




