1-1 入学と出会い
四月。
多くの人が新たなスタートをきるこの季節。
新都・東京の朝は、今日も通勤通学ラッシュの人々でごった返していた。駅の出口からは、満員電車から解放された人々がそれぞれの新たな職場やら、新たな学校やらへと向かう。
その中に、やや足取りがおぼつかず、フラフラと歩く漆黒の髪を襟足近くまで伸ばした少年がいる。彼は人ごみからなんとか脱出し、駅前の少し開けた場所へたどり着くと、一度大きく息をつく。
「はぁー……。これが新都の朝ラッシュか。美冬さんからなんとなく聞いてたけど、実際経験するとえげつねぇな」
顔をあげた少年の右眉には小さな切り傷が見える。未だに多くの人が出てくる駅の出口を見やる少年、綱源雷牙は、ポケットから携帯端末を取り出すと、『駅に着いたら連絡して』と言われているため、育ての親に一報を入れておく。
パパッとメッセージを送り終えると、雷牙はぐるりと周囲を見回す。
相変わらず人でごった返してはいるが、中には雷牙と同じ意匠の制服を身に付けた少年や、少女達の姿が見られる。
濃紺を基調とし、所々に白と赤の配色がなされた制服はやはり人の目を引くようで、道行く人が時折彼らのことを目で追っている。それは雷牙も同じであり、先ほどから何人かからの視線を感じている。
刀狩者育成学校、玖浄院。それが雷牙含め、同じ制服を着た少年少女達が向かう学校の名称だ。
二〇〇〇年代初頭、世界に同時多発的に発生し、都市部に甚大な被害を齎した災害がある。
災害の名は『刃災』。その名の通り、刃によってひきおこされる災いのことを指す。
刃災の元凶は、妖刀と呼ばれる禍々しくも独特の魅力のある刀である。妖刀を手にした人間は、その身体を変異させ、破壊と殺戮の限りを尽くす鬼となる。
以後、半世紀以上もの間、人類は妖刀とそれを手にした鬼、通称斬鬼と闘い続けている。
闘いの中で、人類は対斬鬼のスペシャリスト、『刀狩者』を生み出した。
雷牙はふと駅の向こうに見える巨大な尖塔のようなビルを見やる。新都東京のどのビルよりも高いそれの周囲には、追随するように四つのビルが建ち並んでいる。
あれこそが刀狩者が所属する国際組織、ハクロウの総本部である。
が、ハクロウが組織された以後も、妖刀と斬鬼の出現は留まることを知らず、未だに根本的な解決には至っていない。
同時に、世界全体的で起こった刀狩者の不足問題。そこで数十年前、ハクロウと国が推し進めたのが、刀狩者の適性のある十代の若者を選抜し、ハクロウが運営する刀狩者育成学校で育て、一人前の刀狩者にするというものだった。
当時はこの策に、多くの批判が集中した。言ってしまえば、これは「お宅のお子さんを鬼と戦わせますよ」と言っているようなものだからだ。
けれど、この策は決して強制ではなく、志願者のみを募るものだった。最初こそ志願者は少なかったらしいが、時が経つにつれ、対斬鬼の戦闘能力の向上や、斬鬼になる前、つまり妖刀の観測が可能になったこと、医療班の確立など、刀狩者は比較的安全を維持できる職種となった。
このような結果が出されて以降、年々刀狩者を志望する若者は増え続け、現在では育成学校の倍率は中々高いものとなっている。
その中でもここ、新都東京にある玖浄院は全国に点在する育成学校のトップの倍率を誇っており、倍率は非常に高い。
「……我ながらよく受かったもんだよなぁ。師匠のしごきに感謝だな」
澄んだ空を見上げながら、過去のハードスケジュールな修業の日々を思い起こす。決していい思い出ばかりではないが、あの修業がなければ玖浄院には入学できなかっただろう。
小さく笑みを浮かべる雷牙であるが、不意に見やった端末の時計を見やると、その笑みは一気に引き攣ったものに変わった。
時刻は午前八時三十分。入学式は午前九時から予定されており、ここから玖浄院までは、徒歩で三十分前後かかる。
今からでは歩いてギリギリと言ったところだ。
「やっべ! このままだと遅刻する!」
雷牙は肩からずり落ちそうになっていた長い袋を背負いなおすと、一度周囲を見回してみる。
先ほどまで十人以上はいた玖浄院の生徒の姿は既に見えなかった。どうやらぼんやりしている内に遅れをとってしまったらしい。
雷牙の師匠曰く、玖浄院のみならず育成学校の入学式に、やんごとなき理由、例えば電車が遅れたりして到着が遅くなったとか、そういった理由もなしに遅れると厳重な処分が下されるらしい。
「入学初日に処罰はさすがにやばいっ」
背筋に冷たい汗を感じながらも、雷牙は玖浄院に向けて一歩を踏み出そうとした。
瞬間、雷牙の背後、数十メートルから破砕音と共に熱風が襲ってきた。
爆発による衝撃波で態勢を崩しつつも、雷牙は背後を見やる。
見ると、駅に隣接するビルから黒煙と炎が立ち上り、周りには爆発に巻き込まれたであろう人々が血を流して横たわっていたり、ビルの壁に背を預けている姿が見えた。
一瞬、爆発が起こった以外、何が起こっているのか理解が追いつかなかった雷牙であるが、一拍置いて聞こえてきた耳をつんざくような悲鳴にハッと目の前を見据える。
立ち上る黒煙の中に巨大な影があった。影はゆっくりと黒煙の中から姿を現す。体色は黒ずんだ緑色で、双眸は真っ赤に染まり、側頭部からはねじれ曲がった角が一対ある。
人間のような四肢は、人一人分よりも更に太く、一歩を踏み出すごとにこちらにまで振動が伝わってくる。
「ざ、斬鬼だぁぁぁぁッ!!!!」
全容を確認するよりも早く、誰かが叫んだ。と同時に、爆発に気を取られて立ち止まっていた人々が悲鳴を上げながら我先にとその場から逃げ始める。
雷牙のすぐ横を恐怖に顔を引き攣らせながら人々が駆けて行き、車道では急停止した車に後続の車が衝突するものの、誰もそんなことには目もくれず、一秒でも早くこの場から逃げるようとしている。
人の波をかわしながら雷牙は無意識のうちに肩に掛けていた袋に手を伸ばす。けれど、途中まで伸ばしたところで脳裏を師の言葉がよぎる。
『よいか、雷牙。新都で斬鬼に遭遇しても決して戦おうとするな。ライセンスを持たぬお前が戦うことは決して許されておらん』
刀狩者にはライセンスが存在する。斬鬼と戦う際、刀狩者の権限は警察や軍よりも上の権限を持ち、国のどんな立法機関も手出しをすることは出来ない。
また、ライセンスを持つことにより、戦闘で発生した民間人や建物などの副次的な被害からの訴訟問題から刀狩者は守られている。
しかし、ライセンスを持たないものはこの限りではない。仮に訴訟問題になった時、誰も守ってはくれないのである。
そのため、育成校に通っている間、斬鬼に遭遇した場合は、逃げるかハクロウ所属の刀狩者に救援を求めるのが最善である。
雷牙も師からの言葉を思い出し、袋に伸ばした手を引っ込め、人の波に紛れてその場から離れようとする。しかし、足を踏み出すと同時に耳に入ってきた言葉が彼の足を止めさせる。
「なんで警報が鳴らねぇんだよ!!」
「ハクロウは何をしてるの!?」
「刀狩者はまだなのかよ!!」
通常、妖刀の発生が観測されると、地域全体と個人の携帯端末に警報が送られ、すぐさまハクロウから刀狩者が派遣されることになっている。
今回はそれがまるでなかった。警報もなければ妖刀発生を知らせるメールすら送られて来なかった。これらのことを考えると、ハクロウはまだ斬鬼が発生したことにすら気付いていない可能性すらある。
つまり、この場で斬鬼と戦える力を持っているのは雷牙ただ一人だけである。
戦うべきか、見て見ぬふりをして逃げるか。選べるのは二つに一つしかない。背後からは鬼の咆哮が聞こえ、身体をビリビリと振るわせる。




