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斬閃の刀狩者  作者: 華月建
第一章 鬼と刃
19/421

4-2

 昼食を終えた雷牙は、瑞季達と別れると自室へ戻ってきていた。


 試合開始まではあと三〇分前後。十分前までに第二アリーナの控え室についていれば問題ない。


 胸に手を当ててみる、鼓動がいつもより僅かだが早かった。


 試合への緊張のような、戦闘への昂ぶりのような感覚を覚えつつ、雷牙は壁に立て掛けてある鬼哭刀を手に取る。


 師匠が入学祝として渡してくれたこの刀の銘は、兼定。


 知り合いの刀工に作らせたらしいが、雷牙の身体によく馴染み、自身の動きにも特に干渉することのない適度な長さだ。


 実際これを使ったのは入学式の日に戦った斬鬼に対しての一戦のみで、学校の訓練ではもっぱら朝鉄と朝露を使っている。


 正直言えば、使うのがもったいない気がしていたのだ。


 師匠は壊すぐらい使えと言っていたが、もし壊した時のことを考えると、やはりもったいない。


 けれど、玖浄院に来て最初の大きな試合である。ここで使う以外、お披露目のタイミングはないと思う。


「行くか。頼むぞ、兼定」


 剣帯に通した刀に呼びかけるように柄を軽く指でなぞる。


 相手は一悶着あった大城和磨。彼の腕は自分よりも下であると思っていい。けれど、油断はできない。


 この一ヶ月彼を観察していたが、以前のような権力や金を鼻にかけた言動はなりを潜め、クラスでの人気も高くなっている。


 それ自体はいいことだと思うし、雷牙も問題がないのならそれはそれで構わない。


 ただ、どうしても感じるのだ。


 彼の笑顔の裏側にある、こちらを憎悪するかのような視線を。


 本人はうまく隠しているつもりなのだろうが、山間部で修業し、感覚が常人のそれとはかけ離れている雷牙にとっては視線の主を手繰ることなどたやすいことだった。


 確実に試合中なにかをしかけて来ることは明白だ。


 だが、望むところだ。


 なにか仕掛けてくるのであれば、そのことごとくを凌駕してみせる。


 残念ながら負けてやるつもりはこれっぽっちもないし、雷牙の中にあるのは立ちはだかる相手を叩き潰すだけだ。


 デビュー戦を勝利で飾る。いいや、五神戦刀祭に一年生で出場する気なら、全勝する気概で行かなければ意味がない。


 仮に不正があったしてもその不正ごとねじ伏せる。


 ニッと笑みを浮かべた雷牙は第二アリーナへ向けて歩き出す。






 玖浄院のアリーナの地下には、戦闘時に発生させるバリア制御装置がある。


 ただ、一度設定してしまえば、上からの操作も可能なので、警備は手薄である。警備として付いているのは守衛の年配男性ただ一人。


 ゆえに、入ろうとすれば、案外に簡単に入れてしまう。


 警戒すべきなのは監視カメラの位置程度だろう。


「本当にこんなことして大丈夫なのかよ……」


「まだそんなこと言ってんのかよ。大丈夫だ。監視カメラにも写ってないし、警備員のおっさんは眠らせた。一試合分くらいなら何とかなる」


「大城さんが綱源を叩き潰してくれるまでだな。けど、なんでバリアの強度を上げるんだ?」


「バーカ、そんなもん徹底的に綱源を潰すからだろ。レフェリーストップでもかけられたらあいつに痛い目見させられないからな」


 口々に言うのは大城の取りまき連中だった。


 彼らの目の前にバリア制御装置があり、警備員の男性は彼らの後ろで手足を縛られた上体で眠っている。


「よし、そろそろだ。やるぞ」






 第二アリーナには午前中に第一アリーナで行われた瑞季の試合ほどではないが、多くの生徒達が詰め掛けていた。


 もちろん、瑞季達の姿もある。


 彼女ら含め、生徒の大半の目当ては勿論、雷牙である。


『第二アリーナにお集まりの皆さん、お昼休憩はいかがでしたか? ちなみに私は実況に喝を入れるために、カツ丼を食べました! カツだけに!!』


 アリーナ全体の空気が一瞬で凍りついた。


 それはもう南極のボストーク基地もビックリなくらいに。


『……はい! それでは午後の部を開始いたしまぁす!! ここ第二アリーナの午後の部第一試合は、一年生同士の対決となります! まずはこちらの方から! 七英枝族でもあり、入学試験ではあの第一アリーナで華々しい勝利を飾った痣櫛選手に迫る成績で入学を果たした、大城和磨選手です!!』


 凍りついた空気を吹き飛ばすかのように高らかに宣言すると、大城がバトルフィールドに上がり、観客から歓声が上がった。


『あれがもう一人の七英枝族か』


『けどあいつ停学くらったんだろ?』


『まぁ玖浄院は実力があれば性格は二の次の面もあるし。停学自体は珍しくもないよね』


『つか刀二本ってことは二刀流か。二人目の七英枝族、どんなもんだろーな』


 上級生はフィールドに上がった大城に視線を送る。


 実況は特に停学情報には触れないようで、そのまま次の選手の紹介へ進む。


『続いてはこちらぁ!! 本年度の新入生次席であり、戦闘能力はあの痣櫛選手に匹敵するのではとの噂が絶えない、完全なるダークホース!! 綱源雷牙選手です!!』


 紹介され、雷牙がバトルフィールドに上がると、大城と比べると倍近い歓声が上がった。それだけ彼に期待と注目が集まっているのだろう。


『来たぞ、綱源だ』


『エキシビジョン見てたけど、あいつやばいぜ』


『なにがよ』


『戦い方が変則的で決まった型がないんだよ。だから対策が立てづらい』


『我流剣術ってわけか。それが七英枝族にどこまで通用するか、見ものだな』


 瑞季の耳に届いたのは上級生達が雷牙のことを評価し、注目している声だった。


 自分のことではないのだが、なぜか褒められたような気がして僅かに頬がほころぶ。


「瑞季なに笑ってんの?」


「ん、いや。友人が注目されているというのは、自分のことのようでうれしくてな」


「ふぅん。友人、ねぇ」


 なぜか舞衣が含みのある笑顔を浮かべた。なにか変なことを言っただろうか。


「実力的には雷牙が勝ってるだろうけど、瑞季はこの試合どう見てんだ?」


「確かに実力だけの話をすれば雷牙にぶがあるだろう。ただ、大城も決して弱いわけではない。油断は敗北を招きかねない」


「なるほどな。けどまぁ、雷牙なら大丈夫だろ」


「アンタってホント楽観的よね……。向こうはよからぬこと考えてるかもしれないのよ?」


「こういうのは楽観的っていうんじゃねぇ。あいつを信頼してんだよ。友として、な」


 親指を立てた玲汰はイイ笑顔を舞衣に向けるものの彼女は「うわ、キモ……」と冷めた表情をしている。


 だが、玲汰の信頼しているという表現は間違ってはいない。瑞季も雷牙のことを信頼している。


 きっと彼ならどのような形であれ勝利を掴んでくるだろう。






 フィールドを煌々と照明が照らす中、雷牙と大城は開始位置へ足を運ぶ。


「まさか初戦で君と戦えるとは思えなかったよ」


「俺もだ」


 大城の言葉に雷牙も頷きながら答える。実際、試合は行われないのではないかと考えていた。


 片や停学事件の加害者であり、もう一人は被害者側である。


 学校側もなにを思ってこの組み合わせにしたのだろうか。


『両者が開始位置に立ちました。レフェリーの判断で試合開始の準備が整ったことになります!!』


 雷牙は兼定を抜くと大城に切先を突きつけるようにして構える。


 対し、大城も右に差していた刀に手をかけると勢いよく抜き放った。


 けれども、二本目には手をかけない。


『おやおや? 手元のデータでは大城選手は二刀流とのことでしたが、今回は一刀で戦うのでしょうか。それとも戦闘中に使うのか!?』


「一刀に戻したのか?」


「どうだろうね。それは君が確かめてみてくれよ、綱源くん」


 余裕たっぷりと言った様子の大城の顔には笑みがあったが、それは雷牙の嫌いなあの笑みだった。


 レフェリーに視線を向けると、その意図を理解したのかバトルフィールドから出て行く。


 場外にてレフェリーが手を上げると、そのまま振り下ろさる。


『試合、開始ぃ!!』


 実況が響いた瞬間、大城の笑顔が人のよさげなものから、残忍なそれに変化した。


 けれど、それを確認したのも束の間、彼の姿が目の前で消える。


 ゾワリ。という背筋を何かが這い回るような不気味な感覚を覚えた雷牙は、背後に向けて兼定を振るう。


 瞬間、高い金属音が響き、火花が散った。


 大城は一瞬で距離を詰め、雷牙の背後に回ったのだ。


「シッ!」


 続けて追撃を放ってくる大城に、雷牙は的確な防御と回避で直撃を免れる。


 刀を受け止めながら、雷牙は目の前にいる大城が以前の彼とはまるで別人であることを悟る。


 攻撃の速度、威力、そしてタイミング。すべてにおいて以前よりも一瞬、いや数瞬は早くなっている。


『開始直前から大城選手の攻撃が止まりません!! ですが綱源選手も見事な回避で攻撃をいなして行きます!!』


 確実に攻撃を避ける。


 これは絶対に守らなければならない。


 実戦形式である選抜戦は、攻撃を喰らえば当然痛みが走る。


 痛みとは隙だ。


 どんな実力者であれ、痛みには相応に反応する。その反応こそが隙となり、強力な一撃を叩き込まれかねない。


 だからこそ、攻撃は回避か的確な防御が重要なのだ。


 攻撃を受け流している雷牙は違和感を覚えた。


 大城の剣閃は確かに鋭い。だが、どれも雷牙に致命傷を与えるというよりは、傷を与えるだけに留まっているのだ。


 放たれた刀をグッと腰を入れて弾く。反動で大きく後退した大城に雷牙は問う。


「どういうつもりだ、てめぇ」


「……」


 大城は答えない。


 笑みは消えていたが、かわりに瞳の色は酷く淀んでいる。


 答えないのなら、嫌でも答えさせる。


「ッ!!」


 小さな呼吸をした雷牙は足に霊力を回し、身体能力を強化する。


 そのままフィールドを蹴り、大城に肉薄し、一気に切り上げを放つ。


 大城も気がついたのか、それを冷静に対処して受け止めた。


 けれど雷牙は離れず、グッと大城に詰め寄る。


「随分腕を上げたみてーだけど、この一ヶ月でなにがあった?」


「君に答える義理は、ないよ!」


 ニタリと笑った大城が放ったのは腹部を狙う蹴りだった。


 対人戦闘に重きを置いているのだから、鬼哭刀のみではなく時には拳や足による攻撃も当然行われる。


 蹴りを避けるため、バックステップで距離を取りつつ、態勢を低くし、再びフィールドを蹴る。


『綱源選手、再びの高速ダッシュ! 一撃を見舞えるか!!?』


 実況の声を感じながら、雷牙は大城に向けて真っ直ぐに走る。


「なら、すぐに答えさしてやるよ!」


 小細工はしない。やるのは唯一つだ。


「ラァッ!!」


 気合いの声と共に撃ち出されたのは、上段からの振り下ろし。


 大城の顔には、雷牙の速度に焦った色が見えたが、彼も自身の刀を振り抜いた。


 両者の体が交錯したのは一瞬だった。


 同時に、大城の体から鮮血が散る。見ると、彼の肩口から腰にかけて斜めに傷が入っている。


 大城は小さなうめき声の後、その場にひざをついた。


『大城選手がひざをついたー!! これは決まったかぁーッ!?』


 実況の声に、観客もざわつく。


 バトルフィールドの周囲に詰めている教師陣も僅かにあわただしく動きはじめる。


「その出血じゃもう長くは戦えねぇぞ」


「そう、だね。だけど、君も傷を負っている……」


 ふと雷牙は制服の袖が僅かに斬られているのを見つけた。そして、隙間から見える斬り口からは僅かに血が流れていた。


「こんなもん、傷のうちには――ッ!?」


 言いかけたところで視界が歪んだ。


 同時に、体の力が足から抜けるのを感じた。


 なんとかそれに耐えて足を踏ん張るものの、視界の歪みは酷く、持っている兼定でさえ重なって見える。


「なん、だこれ……!?」


「やれやれ。ようやく君に傷を負わせることができたよ」


 不気味な声だった。


 歪む視界で何とか声の主を見やると、彼はゆっくりと立ち上がった。


「さてと、それじゃあ覚悟はいいかな? 綱源雷牙くん」 

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