4-1 堕ちし者
週の明けた月曜日。
玖浄院では五神戦刀祭を決める選抜戦が幕を開けた。
選抜戦は勝とうが負けようが個人で二十試合行われる。ただし、不戦敗になった場合は以後の選抜は試合を放棄したものとみなされ、選考からは除外となる。
午前中、第一アリーナの客席には雷牙、舞衣、玲汰の姿があった。
彼等の周りには何人かA組の生徒の姿もある。
他のアリーナでも試合は行われているが、ここだけは別格に生徒の入りが多かった。
なぜならば……。
『それでは第一アリーナ、午前の部、第一戦目を開始いたします。選手入場となります』
淡々としたアナウンスの後、第一アリーナ初戦の生徒がバトルフィールドへ上がる。
皆の視線がフィールドへ上がる二名の選手に注がれた。
が、殆どの生徒の視線は濡れ烏のような髪を毛先で小さく纏めた少女、今年の新入生首席である痣櫛瑞季を見ていた。
『さぁて、痣櫛はどれほどのもんか』
『エキシビジョン見てた奴らはかなり強いって言ってたけど、どうなるかね?』
『けど相手は三年の都賀先輩だろー? 無理じゃね?』
観客の多くは瑞季の実力の偵察に来ているものが殆だった。
「都賀先輩って強いのか?」
「三年生でも上位ランクかな。戦刀祭に出場経験はないみたいだけど、学内でのランキングもかなり高い。使用する鬼哭刀は、バスターソード」
舞衣の説明が終わると、会場が湧いた。
見ると、バトルフィールドに立った都賀が背負っていたバスターソードを振りまわし、豪胆なパフォーマンスをしている。
鬼哭刀は言ってしまえば、霊儀石が使われていればなんでも鬼哭刀となる。
基本は皆、刀を主流としているものの、近年では自分の戦闘スタイルに合った鬼哭刀を持つ者も多い。
バスターソードやロングソードは勿論、シャムシール、青龍刀、変り種では槍にまで手を伸ばす生徒もいる。
ただし、形状が大きくなればなるほど、刀身部分に纏わせる霊力が多くなるため、扱いずらさも増すのだ。
「相手を叩き潰すような闘い方から、ついたあだ名が破壊者」
「まんまだな」
「まぁ単純なほど強さもわかりやすいしね。ちなみに属性覚醒も果たしてて、保持属性は大地。瑞季でも苦労するんじゃない?」
「マジかよ。瑞季、大丈夫か……」
「アンタは瑞季の心配よりも自分の心配しなさいっての!」
「へーきへーき、俺の試合明日だし。今日は偵察に時間を割くんだよ」
「この馬鹿……アンタが偵察なんてしたって大して役に立たないでしょーが。そういうのはもっとレベルの高い人がやるもんなのよ」
「あんだとぉ!?」
「おい落ち着けって二人とも。喧嘩すんなら外。そろそろ始まるぞ」
放っとくと取っ組み合いの喧嘩を始めそうだったので、雷牙が二人を引き離して場を諌めると、マイクを通じて先ほどのアナウンスとは別の声が聞こえた。
『こほん! さてさて堅苦しいアナウンスはこれにて終了! 今からは玖浄院放送委員と、広報委員がお送りしまーす!!』
随分とハイテンションであった。どうやらこれからはアナウンスではなく、実況を行うようだ。
バトルフィールドでは審判役の教員を挟んだ状態で、瑞季と都賀が立っている。すると、教員が手を上げて試合の準備が整ったことを知らせ、バトルフィールド全体に淡い光の膜が張られる。
あれは試合による余波で怪我人が出ないようにするためのバリアである。
教員はバトルフィールドから折り、手を上げる。
『両者ともに準備が完了したようです。さぁ果たして勝つのはスーパールーキー、痣櫛瑞季か!? それとも、三年生都賀彰信が破壊者の異名の通り叩き潰すのか!?』
実況が終わると、教員が振り上げた腕を振り下ろす。
『試合開始ですッ!』
選抜戦、初日一戦目が幕を開けた。
「悪いな、一年首席! なるべく痛くないようにしてやるから、負けてくれやぁ!!」
坊主頭の三年生、都賀は身の丈ほどの大剣、バスターソードを振り上げると「ラァ!!」という気合いの声と共に、バトルフィールドへ刀身を叩きつけた。
途端、地震のような揺れが瑞季を襲う。同時に、足元が盛り上がったかと思うと、巨大な岩塊が突き出した。
『おぉーっと! 最初に仕掛けたのは都賀選手! 容赦のない属性攻撃が痣櫛選手を襲います!!』
「俺の属性は大地! 地面そのものが俺の味方だと思うんだな!!」
大地の属性は、霊力で土や砂を生み出せるわけではない。しかし、自然にある霊力に干渉することで、地面の隆起はもちろん、地割れに地震も起せるという。
隆起した岩塊を避けるものの、再び隆起した地面が追撃を仕掛けてくる。
「掠っただけでも重傷は避けられないぜ!?」
「……」
煽るような台詞にも瑞季は答えない。
冷静な視線を迫る地面に向けると、彼女は剣帯にかかっている鬼哭刀、虎鉄に手をかける。
――痣櫛流殺鬼術四之刃……。
驚異的な判断で迫る岩塊に足を乗せた彼女は、一呼吸のうちに刀を抜く。
途端、岩塊に幾重もの剣閃が奔る。
岩塊は空中で四散し、その姿を拳大の石に変えた。
「……香散見草」
『なんとぉ! 都賀選手の放った岩塊が一瞬にして小石程度の大きさに切り刻まれたぁ!?』
「チィ、流石にやるじゃねぇの首席!! けど、小石にしたのは誤算だったな!」
ニッと割った都賀は、砕かれた石に向けて霊力を注ぎ込む。すると、彼の霊力に干渉されてか、ふわりと浮き上がり、瑞季へ向けて弾きだされる。
瑞季はそれを避けるものの、石は彼女が砕いてしまった分、ほぼ無数にある。
連続で飛来するそれをギリギリで回避し、時には両断する。
「砕けば砕くほど数は増えるんだぜ?」
『これは痣櫛選手、砕いてしまったのが逆に仇となってしまったかー!? じりじりと防戦に追い込まれていきます!!』
「……なるほど。確かに厄介だ。だが、こちらにも手はある」
ふと彼女は回避するのを止め、虎鉄を正面で構える。
同時に彼女に向けて全方位から石つぶてが飛来した。
「終わりだ!」
「ああ、これで終わりだ」
途端、霊力で作りだされた水の奔流が彼女を守るように包み込む。
撃ち出された石つぶては、水の壁に阻まれ、彼女にダメージは通らない。しかし、それだけではない。
石つぶては水に飲まれ、完全に制御を失っていた。
『痣櫛選手による水の盾に阻まれ、石つぶてはダメージを与えられない!! そればかりが制御を奪われてしまっているのかー!?』
「なに!?」
「これは私が作り出した水。即ち石つぶては私の霊力下にあるも同然です。そして、これで本当に終わりです」
驚愕の表情を浮かべている都賀に対し、瑞季は虎鉄をまるでタクトのように振るう。
瞬間、水流が生まれ、刀の周囲を回転し始めた。
「フッ!!」
小さな気合いの声と共に、刀を振るった彼女に続くように、水流が都賀に向けて放たれた。
すぐさま都賀はバスターソードを振るって壁を作り出す。
大量の水が叩きつけられる音が響く。
『なんという轟音! しかし、水流は壁に防がれてしまっています!! 都賀選手、この間に攻勢に戻れるでしょうか!』
「甘かったな! この程度じゃ俺はやれないぜ?」
「いいえ、これでいいんです。いったでしょう。終わりだと」
瞬間、岩壁に小さな亀裂が入る。
都賀に戦慄が走った。
ただの水であればここまでおびえることはなかった。けれど、今瑞季が操っている水には、無数の石つぶてが含まれている。
削っているのだ。まるで川が長い年月をかけて侵食する様に。
亀裂が入ってからは一瞬であった。僅かな亀裂はやがて大きなほころびになり、壁は一瞬にして
瓦解した。
『岩壁が砕けたーッ! 都賀選手も水流に飲み込まれていきます!!』
都賀はそのまま声も上げることが出来ずに、大量の水とそれに含まれていた大量の石の濁流に飲み込まれた。
やがて瑞季は水流を止めた。念のため、僅かな水を周囲に残しておくが、既に勝敗は決したようだ。
彼女の視線の先には仰向けに倒れた都賀の姿があった。顔や腕には小さな切り傷や、打撲痕がある。
「都賀彰信、戦籐続行不能! よって勝者、痣櫛瑞季!」
教員の高らかな勝敗の判定が告げられた。
『ここで試合終了ー! 一時は攻勢に出ていたかに思えた都賀選手でしたが、初日一戦目を制したのは、一年生首席、痣櫛瑞季選手! 顔色からはまだまだ余裕が感じられます!』
実況に観客が湧く。
瑞季は保健委員に運ばれていく都賀に対して軽く頭を下げた後、虎鉄を鞘に納めてバトルフィールドを降りる。
「やっぱりというか、心配する必要微塵もなかったわね」
「ああ。この一ヶ月で更に磨きかけてやがる」
「つか石入った水で攻撃とか何気にえぐくね?」
「確かにえぐい」
終わった試合を思い返しつつ、雷牙達はバトルフィールドを降りていく瑞季に手を振る。
彼女もこちらを見つけたのか、軽く手を上げた。
「さて、瑞季の試合も終わったし、この後どうする?」
「この後瑞季が来るから、もう一試合見て速めにお昼食べちゃわない? アンタも試合控えてるわけだし」
そうだ。午前中の試合が終われば、今度は雷牙の番だ。多少なり因縁のある大城和磨との一戦が控えている。
まぁ因縁は向こうの一方的なものだが。
「ちなみに、瑞季ほどじゃないだろうけど、アンタも結構警戒されてるわよ」
舞衣は視線を周囲に向ける。
『どうなってんだあの一年。都賀が遊ばれてたぜ』
『属性もそうだけど、単純にクロスレンジも強そう』
『まさか今年の一年全員ああってことはねぇよな……』
『いや、確か次席に選ばれた綱源ってやつはアレとかなりの接戦をしたらしい』
『嘘だろ!? バケモンぞろいかよ、今年は!』
ざわざわと興奮冷めやらぬ空気の中で、少しだが雷牙の名前も聞えた。
彼女の言う通り警戒はされているらしい。ただ、瑞季ほどではないのか、本人が目の前にいてもあまり気付いているものはいない。
「ほらね?」
「ほらねって……。流石に瑞季と同列に見られるつもりはまだないぞ?」
「いやいやいや、謙遜すんなって雷牙。ってか、んなことよりもお前、大城戦大丈夫なのかよ」
「大丈夫って何がだ?」
「この前あいつに会った時、性格がスゲェ変わってただろ? ああいうのってなんかよからぬこと考えてるんじゃねぇかな」
「おぉ、アンタにしては鋭い」
「アンタにしては、余計だ」
この一ヶ月、大城は特になにかちょっかいを出してくることはなかった。
そればかりか廊下で会えば多少の挨拶を交わすまでになってしまっている。
けれども、彼の表情には妙な違和感が張り付いたままであった。本当の顔を歪な笑顔で隠すような、不気味な感覚は僅かに雷牙の心をざわつかせていた。
「まぁ俺も一ヶ月鍛えてたし、演習の時は本気じゃなかったしな。とりあえず、なにかされる前にやってやるよ」
「一応警戒はしてるってわけか。とりあえず、お前が負けるビジョンは見えないけど、気をつけとけよ」
玲汰からの忠告に、雷牙は頷いておく。
以前のままの大城であれば、さほど警戒しなくてもいい。だが、この一ヶ月、彼も鍛錬を積んでいたし、あの一週間で雰囲気が著しく変化した。
なにか隠し玉があると思ってもいいだろう。
『さぁさぁ、次の試合行ってみましょう! 選手は準備をお願いしまーす!!』
多くの生徒が選抜戦が行われているアリーナに集まっている中、午後の部で雷牙との試合を控えている大城和磨は自室で一振りの刀を眺めていた。
鬼哭刀であることに代わりはないのだが、なにか妙な威圧感のある刀は、独特の刃紋をしている。
これはカウンセラーである新宮に渡された刀だ。
彼はこういっていた。
『これを使えば君は今以上に莫大な力を手に入れることができる』
莫大な力。
言葉の誘惑は非常に強かった。
できることなら戦闘開始の時点から使いたいところだが、新宮との約束で、ここぞという時に使えといわれている。
幸いなことに自分は二刀流。鬼哭刀を複数持ちこむことも可能だ。
カウンセリングのかいもあってか、自分はそれなりの力を手に入れることが出来た。けれど、年には念を入れなければならない。
暗くよどんだ笑みを浮かべたかれは立ち上がると、二本の鬼哭刀を剣帯に納め、自室の扉を開く。
扉の前には、自分の指示に忠実な取りまきたちがいた。
彼らの表情には若干の緊張が見られ、坊主頭の少年、川西がやや不安げな声を漏らす。
「あの、大城さん。本当に大丈夫なんですか? バレたら俺達停学どころじゃすまないんじゃ」
「安心していい。僕が教えた計画通りに動けば、なにも起きないよ。そして僕が勝利を掴めば、君達のこれからの人生は一生安泰だ」
取りまきたちの顔が僅かに明るくなった。
そう。ようは勝てばよいのだ。
たとえそれが卑劣とされる手段であっても、どんな形であれ、勝てばそれでいい。
ニタリと笑った彼の口元は、新宮のそれと似通っていた。




