3-4
新都めぐりが終わったのは夕方だった。
途中、斬鬼と遭遇するアクシデントもあったものの、雷牙達は全員無事に玖浄院へ戻ってくることができた。
舞衣は財布を見て「私の財産が……」と、恨めしげな声をもらしていたが、恐らく気のせいだろう。
「いやー、楽しかった。やっぱり新都ともなると観光地がたくさんあるな」
「まだ全部も回れていないが、喜んでもらえたなら何よりだ。また暇ができたら行こう」
「おう、頼むな」
雷牙を先頭に寮への道を歩む四人であるが、ふと足を止める。
彼等の視線を追うと、校舎の入り口から二つの人影が出てくるところだった。
夕日に照らされた人影に玲汰が驚きの混じった声を上げる。
「あれって、まさか大城か?」
視線の先にいたのは先日、自宅謹慎が通告された大城和磨であった。
大城も四人の姿を確認したようで、薄笑みを浮かべた。
やがて彼は雷牙達の前までやってくると、穏やかな声をかけて来た。
「やぁ、しばらくだね。そして……」
大城の瞳が雷牙を捉える。雷牙は彼を見据えるものの、続いたのは意外な言葉だった。
「……あの時は、申し訳ないことをした。ごめんよ、綱源くん」
「え……。あぁいや、俺は別にそこまで気にしてはいねぇけど」
「そう言ってもらえると助かるよ。そうだ、僕のカウンセリングをしてくれた先生を紹介するよ。新宮先生だ」
「新宮カイトと言います。よろしく、皆さん」
ソフトハットを胸に当てて軽く会釈をした男、新宮カイトはにこやかに挨拶をする。
「けどアンタ、どうして玖浄院に来てるわけ? 謹慎解けたの?」
「来週の頭から復帰できるようになったんだ。今日はその面談をしにきただけだよ」
「停学一週間って、随分ゆるいのな」
「彼は十分反省していましたからね。それが配慮されたんでしょう。四月末からは五神戦刀祭の代表選手を決める選抜戦も開始されますしね」
「まぁ先生がカウンセリングをしてくれたからだと思うけどね。それじゃあ、また来週からよろしく。綱源くん、本当にすまなかった」
最後に大城は深く頭を下げ、新宮と共に玖浄院の正門をくぐって行った。
一週間前とはあまりにかけ離れた様子に、雷牙達はそれぞれ顔を見合わせる。
「なにあれ、なんか人変わりすぎじゃない?」
「双子とかじゃねぇよな」
「いや、大城家に子供は彼だけだったはずだ。しかし、あの代わり様、不可解ではある。」
「こういっちゃなんだけど、カウンセリングであそこまで代われるもんか?」
一様に口にするのは、大城の態度の急変であった。
一週間前は、雷牙のことを嫉妬と怒りが入り混じったような視線で見ていたのに、今会った彼からは微塵もそれらが感じられなかった。
七英枝族の権力を振りかざすような言動もなく、それこそ本当に人が変わっているレベルだ。
だからこそ不気味なのだ。
雷牙は、謝罪してきた大城の顔を思い起こす。
顔や眼は確かに笑っていた。それも非常に穏やかに。だが、その表情はどこか歪で、まるで顔の上に別の顔を貼り付けているかのようだった。
「まぁとりあえず、しばらくは何もしてこないでしょ」
「そうだな。さすがにこれ以上、自分の評価を落とすことはしないだろう。ただ――」
瑞季が雷牙を見やる。
それに頷いた雷牙は、神妙な面持ちで答えた。
「――ああ、用心は怠らない方がいいな」
今はもう見えなくなった大城を注視するように目を細める。
「よく堪えましたね」
新宮は、隣を歩く大城和磨に優しく声をかけた。
「本当なら、あの場で殴り倒してやりたい気分でしたよ。だけど、先生との約束でしたし」
「いい傾向ですね。これならば、あの刀を扱える日もすぐに来るでしょう」
「アレを使わせてくれるんですか!?」
「もちろん、と言うよりアレは君のために用意したものです。これからも土日はカウンセリングに来てください。そうすれば、君はもっと強くなれる」
大城の肩に手を置くと、「はい!」とうれしげな声を上げる。
けれど彼の瞳は、雷牙への憎しみを吐露していた時よりも更に濁り、淀んでいた。
故に彼は気がつけない。
自分を見る新宮の口元に浮かんだ、三日月を思わせる残忍な笑みに。
翌週から、大城は本当に学校に復帰してきた。
当初は皆その速すぎる謹慎解除に、遠巻きに彼を眺めていたものの、以前の性格が嘘かのように丸くなった彼がクラスに溶け込むには、そう時間を要さなかった。
雷牙に対しても妙な挑発をしてこなかった。
訓練と授業は進行し、早いもので雷牙達が玖浄院に入学してから、一ヶ月近くが経とうとしていた。
日々行われる訓練と授業に、一年生の身体が慣れ始めた頃、一日の終わりのホームルームでも一年A組の担任、遠山愛美が口を開く。
「今日の訓練と授業は終わったわけだけど、皆にお知らせがありまーすッ!」
やや疲れた表情をしている生徒達を前に、いつもどおりのハイテンションの愛美に対し、生徒達はもはや驚くこともしなくなっていた。
「週明けから、いよいよ選抜戦が開始されるよー!」
彼女の宣言にクラス全体にわずかながら緊張が奔る。
選抜戦。下級生、上級生入り乱れて戦うこの試合の上位成績者のみが五神戦刀祭への出場を認められる。
五新戦刀祭へ出場できれば、ハクロウからの目線も集まり、その後の進路は殆ど確定すると言っても良く、かなり旨みのある話だ。
とはいえうまい話ばかりではない。いい話には相応の対価が付き物だ。
そのためこの試合は、辞退を願い出る生徒も多い。
理由の一つとして上げられるのが、試合の時に使用される鬼哭刀は本物であることだろう。
本物の刀で行うということは、場合によっては命の危険すらあるということだ。運よく命を落とさなくとも、身体に後遺症が残る可能性も否めない。
無論、育成校側もそれらには万全の配慮をしている。
試合が行われるバトルフィールド近くには教師を含め、刀狩者が詰められており、事故が起きないように見張っている。
危険な試合だと判断されれば、レフェリーによるストップもあるだろう。
だとしても、人間同士が戦うのだから万が一もありえる。絶対安全はありえないのだ。
辞退をすること辞退は別段珍しいことではなく、一年生の殆どは辞退を願い出ている。
当然だろう。ここで大怪我を負って後遺症を残して刀狩者になることを諦めるくらいなら、地道に研鑽を積んだほうがマシだ。
だが、一部の生徒はそれでは満足しないのだ。己の強さを追い求め、強者との戦いを強く望む者達にとっては、この選抜戦は外すことのできない機会なのだ。
「さて、それじゃあ確認しておくけど、我が一年A組からは、三十人の生徒がエントリーしてる。一応今ならやっぱり辞退したいですってのも受け付けられるけど、どうする?」
一クラスで三十人のエントリー。これは例年の一年生に比べてかなり多い方らしい。
この一ヶ月の間の訓練中、愛美が言っていたことだが、この数は雷牙と瑞季による影響が大きいという。
エキシビジョンでの闘いを見た同じ一年生が、自分達ももっと強くありたいと願ったのだろう。
選抜戦は危険もあるが、それ以上に学ぶことも非常に多い。負けたとしてもそれは自分の糧にすることができる。
「なるほど、辞退者はなしね。うん、これは例年よりも試合数が多くなりそうだねぇ」
辞退を願い出るものはいなかった。
「あの、先生」
ふと女子生徒が手を上げる。
「強い人と当たったときのアドバイスとか、ありませんか?」
「うーん、アドバイスか。そうだねぇ、勝ち進んでいけばその分強敵にあたることもある。もしそうなった時は、相手から絶対に眼を離しちゃいけない。確かに上級生は君達よりも強い人がいる。だけど、その差はみんなが考えているよりも、割と小さいんだよ」
指と指で小さな隙間を作ってみせる愛美。
上級生の中には確かに強い生徒は多い。中には前年の五神戦刀祭に出場して二つ名めいたものを持っている者達もいる。
「訓練だけが全てじゃない。君達の殆どは剣道や剣術、そのほかの武道を経験しているでしょ? だったら、その土俵に引きずり込んじゃうのもありだよ。だってこれは対人戦闘。鬼哭刀を絶対使って勝てなんてルールはない。とにかく相手を戦闘不能にすればいいんだから、やりようはいくらだってあるよ。
ただ、それでも勝てないと判断したのなら、そこはギブアップするのも判断の一つだね。大きな怪我をするよりは、一歩退いてみるのも必要。さぁ、他に何かある?」
生徒達からの質問はなかった。
どうやら皆、既に覚悟を決めたようだ。
彼らの様子を見た愛美は小さく笑みを見せると、「よし」と手を打ち鳴らす。
「それじゃあ今日はこれで終わり! 明日から休みだけど、あまりだらけ過ぎないようにね。あと、対戦相手を知らせるメールも送られると思うから、忘れずにチェックしておくように、じゃあ解散!」
夜、学生食堂の一角で、一年A組の生徒がなにやら集まっていた。
「えー、ごほん! それでは僭越ながらこの私、狭河玲汰が一年A組の決起集会開始の音頭を取らせていただきます!」
「なんでお前なんだよー!」
「そこは普通首席の瑞季ちゃんでしょー!」
「もしくは綱源だろうよ!」
「うるせー! こういうのはやったもん勝ちだ!!」
ギャーギャーと騒ぐクラスメイト達を遠巻きから見やる雷牙は、肩をすくめた。
この決起集会をやろうと言ったのは、玲汰だった。彼も選抜戦にはエントリーしており、皆のやる気を漲らせるため、一週間くらい前から呼びかけていた。
まぁ結果としてクラス全員が集まったのだから、玲汰にもしっかりと人望があるのだろう。文句を言われているいるが。
雷牙と瑞季もこの一ヶ月でクラスにもかなり打ち解けており、最初は遠巻きで観察していたようなクラスメイトも、段々と声をかけてくるようになり、現在ではこのように皆で大騒ぎができるようになっている。
「まぁちょっと騒ぎすぎな感じもあるけどな……」
一応、学校側の許可は取っているらしいが、あまり騒ぎすぎると他のクラスや学年から苦情が来そうである。
とはいえ、玖浄院へ入学して最初に訪れた大きなイベントだ。皆が昂ぶるのも無理はないだろう。
「雷牙、少しいいか?」
目の前で騒いでいるクラスメイトを眺めていると、ふと瑞季に声をかけられた。
「なんだ、宣戦布告でもしにきたか?」
「そういうわけではないが。お互いに頑張ろうと、伝えたくてな」
「ああ、頑張ろう。だけど次は負けないぜ?」
「望むところだ。私も負けるつもりはない」
彼女の返答は自信満々であった。
だが、そうでなくては困る。その彼女を叩き潰す勢いで挑まねば、五神戦刀祭に勝ち上がることも、雷牙が目指す刀狩者にもなれはしない。
自然と拳を瑞季に向けていた。
彼女もその意図を理解したのか、拳を出し、雷牙と瑞季はグータッチをかわす。
「あー! なんか瑞季ちゃんと雷牙くんが楽しそうなことしてるー!」
「なにぃ!? 聞き捨てならねぇ!! おい綱源、そこ変われ! 今度は俺が痣櫛さんとグータッチの番だ!!」
「なんだそりゃ。そんなにしてぇなら俺が代わりにやってやるよ。ホレ!」
「やめろォ! 男としたって全然うれしくないだるるぉお!?」
「なんで巻き舌なんだよ! 興奮しすぎだぞお前等!!」
なにやら瑞季とグータッチをしたせいで、騒ぎが最初よりももっと大きくなってしまった。
怒鳴り声にも近い声だったが、皆の顔には一様に笑顔があり、この状況を楽しんでいるようだ。
こうして決起集会をしながら夜は更けていく。
一夜明け、昼過ぎ。
雷牙は玖浄院の野外練習場で日課のトレーニングに勤しんでいた。朝の時点でランニング二〇キロメートルは終えたので、今は鬼哭刀による素振りと仮想敵とのイメージトレーニングだ。
イメトレの相手は雷牙の師匠である、柳世宗厳だ。くりだされる剣閃を回避し、受け止め、弾き、追撃する。
けれど、イメージの中であっても師匠は一切手を抜くことはなかった。
それは雷牙の記憶に刻み込まれている彼が余りにも強すぎるからである。
「……イメージとは言え、全然勝てるビジョンが見えて来ねぇ……」
ハハハ、と乾いた笑いを漏らした雷牙は、持ってきていたスポーツドリンクに手を伸ばす。
そのままそれを煽っていると、携帯端末にメールを知らせる着信がはいる。
口元を拭ってから端末を開き、メールを確認すると、少しだけ驚いた表情を見せた。けれど、それも一瞬で、すぐに小さな笑みが浮かぶ。
「なるほど。面白い対戦相手選ぶもんだ」
メールの内容は、まさに最初の試合の相手を知らせるものだった。
ディスプレイには試合日程の後に対戦相手の名前が記載されている。
『午後の部、第一試合。一年A組・綱源雷牙 対 一年B組・大城和磨』




