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斬閃の刀狩者  作者: 華月建
第一章 鬼と刃
16/421

3-3

 目の前で受け止められた妖刀は一切動くことがなかった。


 小さな体とはいえ、人間の倍近くある腕から放たれた剣であるにも関わらず、微動だにしない。


 斬鬼は、恨めしげな咆哮を攻撃を受け止めた男、京極剣星にむけて浴びせる。


「うるさいな」


 瞬間、斬鬼が吹き飛ばされた。


 何歩か後退したとか、後ずさったとかならまだわかる。


 しかし、雷牙達の目の前で起きたのは、三メートル前後の斬鬼が浮き上がって数十メートル飛ばされた光景だった。


「なに……!?」


「うそ、だろ……!?」


 目の前で起きた余りに現実離れした光景に、瑞季と雷牙は驚愕する。


 一方、斬鬼を吹き飛ばした本人はというと、一瞬笑みを見せるてから雷牙の肩に手を置く。


「すぐに終わらせるから、ちょっと待ってて。……みんな、この子達をよろしく」


「はいよー」


「斬鬼の対処は?」


「僕一人で十分だ。手当てを頼むよ」


「了解です」


 見ると、いつの間にか雷牙の周りには剣星と同じ黒い制服を着た人物がいた。


 会話の感じからして彼の部下のようだ。


 剣星が吹き飛ばした斬鬼に視線を戻したかと思うと、彼の姿はその場から消え、次の瞬間には斬鬼の眼前にまで迫っていた。


「はいはい、そんじゃあ君達行くよー。ありゃ、君はもう殆ど傷がないね。治癒術使った?」


「あ、はい。まぁ……」


 剣星の挙動に唖然としていると、やや背の小さい女性隊員に肩を貸された。


 彼女の言うとおり、先ほどの囮役の際に負った僅かな傷や、転がった時に擦りむいた傷は治癒術で既に塞いでいる。


「お、俺は大丈夫なんで、瑞季を。瘴気を吸ってるみたいなんで」


「はいよ。東間、西城、そっちの子お願いね」


「ああ」


 女性はもう一人の東間と呼んだ女性隊員と、西城という男性隊員に命じる。


 三人の手を借り、雷牙と瑞季はその場から脱し、なんとか事なきをえた。





 戦闘は五分もしないうちに終了した。


 それこそ避難なんていらなかったのではと言うレベルだった。


 雷牙達が避難してすぐ、斬鬼が粉々になったのだ。


 どうやら剣星は雷牙達が安全圏に避難するのを待ってから留めをさしたらしい。


 治癒術によって避難したときには殆ど傷が治っていた雷牙は、玲汰、舞衣と合流し、今はハクロウの医療課の治療を受けている瑞季を待っている。


「にしても、危なかったな」


「ホントに。あと少し刀狩者がくるのが遅かったら二人とも……」


「ああ」


 瓦礫に座り、渡された水を煽る雷牙は、悔しげにペットボトルを強く握る。


 表情は険しく、瞳には悔しさが滲んでいた。


 思い起こすのは瘴気にさらされた瑞季の姿だ。何とか反応して彼女を助けることができたが、最初から囮役を自分ひとりがやっていれば彼女を危険に晒すことなどなかった。


「無茶させちまったな……」


「そんなことはないぞ、雷牙」


 即座に立ち上がり、声のした方を見ると、医療課に治療を受けていた瑞季が戻ってきた。


 安堵の表情を見せるよりも速く、雷牙は彼女に走りよると勢いよく頭を下げた。


「すまん!」


「いや、だから……」


「俺が一人で囮をやってりゃお前を危険に晒すことなんてなかったのに、本当にわるかった」


「おちつけ」


 顔を上げずに謝罪していると、軽く頭を小突かれた。


 腰はそのままに頭だけを上げて瑞季を見ると多少ムッとした様子だ。


「いいか、雷牙。私は自分の意思で囮をやった。瘴気を吸ったのも私の不注意だ。お前が責任を感じることはなにもないんだぞ」


「けどよ……」


「くどいぞ。それ以上の謝罪は、自惚れに聞える。お互い大きな怪我もなかったのだから、一件落着でいいだろう」


「瑞季もこう言ってることだし、気にするなよ」


「そうそう。なんやかんや全員無事だったわけだし」


 三人に言われ、雷牙は身体を起すと「そう、か」と頭をかく。


 確かに言われてみれば、やや自惚れているような発言だったかもしれない。


「話は終わったかな?」


 不意にかけられた声に四人がそちらを見やると、剣星と彼の部下の三人が立っていた。


 剣星は一度雷牙を見ると軽く頷いた。どうやら知り合いだということは黙っていてくれるらしい。


「まずはお礼を言わせて欲しい。君達のおかげで被害が想定よりも少なくすんだ。ありがとう」


「俺達もその、無我夢中だったつーか。なぁ?」


 一番近くにいた雷牙が、瑞季達に視線を向けると彼女らも頷く。


 本当に皆が無我夢中だった。斬鬼を前にしながらも、一人でも多くの人をこの場から逃がさなくてはと。


 彼らの様子に剣星が満足そうに頷くものの、怪訝な表情を浮かべた舞衣が手を上げる。


「あの、聞いてもいいですか?」


「なんだい?」


「さっき出た斬鬼って、ネットとかで話題になってるアレですよね。鍾魔鏡に反応がない妖刀ってやつから変異した……」


「……さすがに知ってるよね。そう、君達が対峙した斬鬼は、鍾魔鏡が観測できなかった妖刀によって変異した個体だ。ただ、このことは公にはしていないから、SNSに投稿したりはしないように」


 優しい口調で教えてくれた剣星であるが、瞳には「他言するな」という威圧感があった。


「巻き込まれしまった以上、君達も完全に無関係というわけではなくなってしまったわけだけど、さっきの斬鬼が現れた時、なにか感じたことはある?」


「俺と瑞季は嫌な感覚がしましたけど」


「肌がひりつく様な感じでした」


「なるほど、その辺りは観測される妖刀と同じか」


「あ、そうだ! もう一ついいですか?」


 考え込む剣星にむけて手を上げたのはまたしても舞衣だった。


「斬鬼って、妖刀を掴んだ人間が変異した第二段階目なんですよね。でもさっきのヤツ、なんか進化工程を飛ばしてた感じがするんですけど」


 舞衣の言葉に雷牙と瑞季もハッとした。


 そうだ。斬鬼とは普通、変異した人間の第二段階目の状態のことをさしているという。


 あの斬鬼が発生したのは、雷牙達が嫌な感じを覚えてからすぐだった。


 つまり、進化工程をすっ飛ばしているのだ。


「それはにゃー、斬鬼へと変異した人間が霊脈を持っていたからなんよー」


 答えたのは剣星ではなく、彼の部下の中で一番背が低い女性だった。


 彼女は雷牙達の前に出ると、指を立てて説明を始める。


「刀狩者の素質はなくとも、霊脈を持つ人間はいるのはしってるよねー。そういう人たちは自分でも感知できていない間に霊力を操っている可能性がある。その人が妖刀を掴むと、一段階目の状態、詰まりは鬼の状態を飛ばして一気に斬鬼に進化するんだよ」


「じゃあ今回変異した斬鬼は……」


「そうだねー、霊脈を持っていた人ってことになるね」


 決して授業では知ることができなかった事実に、雷牙達は小さく息をのむ。


 霊脈を持っているか、持っていないかで斬鬼の進化段階まで変わって来るとは。


「ハクロウでも観測できなかった妖刀を調べてはいるんだけど、全て砕けてしまっていてね。解析に時間がかかっているんだ。ただ、最近になってわかったこともある」


「わかったことって?」


 玲汰が首をかしげなら問うと、剣星は部下と雷牙達をそれぞれ見やった後に小さく息をつくと、神妙な面持ちで告げる。


「ここ最近の観測されない妖刀は、人工的に造られたものってことかな」


「妖刀を、人工的に造るぅ!? ムガっ!!?」


 素っ頓狂な声をあげた玲汰の口を舞衣が叩くような勢いで塞いだ。


 周囲には現場を取材に来たマスコミの姿がちらほら見え始め、野次馬も集まってきている。


 音でも拾われれば、それこそ大パニックになるだろう。


「人工的な妖刀ってあるんですか?」


「随分昔の話だけどね。当時、妖刀を研究していた人物が妖刀のデータを基に、より強い刀を造ろうとした。けれど、研究の危険性を危惧したハクロウがその研究を凍結させたんだ」


「毒を持って毒を制すという理由があったのか」


「恐らくはね。確か当時の研究主任の名前は新宮……」


「隊長。それ以上は」


 いいかけた剣星を、部下の一人が止めた。


 どうやら名前を持ち出すのは禁止になっているようだ。彼もそれに頷くと、雷牙達に向き直る。


「今回はありがとう。僕達は行くけど、もし何かあった時のために連絡先を教えておくよ。端末出してくれる?」


 剣星に言われ、雷牙達は持っていた端末を取り出して、彼と連絡先を交換した。


 ちなみに舞衣は予期せぬところで刀狩者とのつながりができたことがうれしかったのか、見えないところでガッツポーズをしていた。


「それじゃあね。行くよ、みんな」


 踵を返した剣星は部下達と共に現場から去っていく。


 彼らがいなくなると、残った刀狩者が現場整理をテキパキと行い始めたので、雷牙達は邪魔にならないよう、現場から離れる。


 現場から程近い公園には殆ど人影がなかった。


 まぁ当然だろう。近くで斬鬼が出たのにのん気に公園に残っている者もいまい。


 走ったわけではないが、雷牙達の額には汗が浮かんでいた。


 先ほどまでは生き残ったことである種の興奮状態と緊張状態だったのか、あまり疲れを感じていなかったが、意識すると疲れが表層に浮き上がってきていた。


 ふと、玲汰が静かながらも驚嘆の声を上げた。


「すげぇ強かったな、あの人」


「当たり前でしょ。だってあの人たち隊入りしている人達よ?」


「なんでわかる?」


「あの人達の制服、黒と赤だったでしょ? アレは隊入りした人にしか着られない制服なのよ。それと、連絡先交換した京極って人と、背のちっちゃかった女の人は腕章してたでしょ。アレはその部隊の隊長と副隊長がつける腕章なの」


 さすが情報通だけはある。いや、どちらかと言うとこれは刀狩者を志している者なら知っていることなのかもしれない。


「多分、あれでも本気なんて出しちゃいないわよ」


「マジかよ! どんだけだ、隊長……」


「それだけの実力がなければ、部隊の隊長など務まらないということだろう」


「だろうね。まぁそれよりも私はいい話聞けてよかったけど」


 舞衣がいういい話というのは、観測されなかった妖刀のことだろう。


 彼はもはや無関係ではないとして、雷牙達に色々と教えてくれた。だが、やはり本質だけははぐらかせていたが。


「人工的な妖刀を研究してた人、誰なんだろうな」


「私達が生まれる前の話だろうな。たとえ生きていたとしても、老人だと思うが」


 最初に起きた人災以降、技術力は飛躍的に向上したが、まだ不老不死は成し遂げられてはいない。


 だから先ほど彼らが言っていた人工妖刀の研究主任も、恐らくもう亡くなっているか、生きていたとしても老人であることが濃厚だ。


 だが、ふと雷牙の頭に別の疑問が思い浮かんだ。


「てか、なんでお前等あんなとこにいたんだ?」


「「えっ!?」」


 お前等、すなわち玲汰と舞衣は揃って体を震わせた。


「それは私も気になっていた。近くで用事でもあったのか?」


「そ、それはえーっとそのー……。そう! 日用品で足りないものがあったからその買出しよ! 結構買う予定だったからこの馬鹿もつれてきたってわけ!! そうよね!?」


「お、おぉ! そうだぜ!! いやーせっかくの休日だってのにコイツには困ったもんでよー!」


 二人はなにやら渇いた笑い声を漏らした。


 正直言って雷牙はほとんど信用していなかったが、あまり詮索してもしょうがないので「あっそう」と頷く。


「んじゃ、瑞季に案内してもらうがてら、舞衣の買い物にも付き合ってやるか。いいよな、瑞季?」


「構わない。いろいろあったわけだし、皆で動いていたほうがいいだろう」


「い、いいよ、私達は! 二人の邪魔しちゃ悪いしさ……」


「遠慮しなくていい。んじゃ、行こうぜ」


「ああ。玲汰も行くぞ」


「お、おう!」


 四人は次なる観光地に向かうものの、道中、舞衣は眼に涙を溜めていた。





「まったく、隊長はすこし口が軽すぎです」


 やや棘のある声で言ったのは、剣星の部下である女性隊員、東間(とうま)(なぎさ)だった。


「ごめんごめん、あの子達なら言ってもいいかなって思ってね」


「まぁ学生とはいえあの行動力はすごいと思いますが……。情報を流しすぎるのも考え物です」


「東間よぉ、隊長にそういうこと言っても効果ないの知ってるだろ」


 呆れたような表情で言うのは、同じく剣星の部下である西城(さいじょう)鋼一朗(こういちろう)だ。彼に続き、一番背の低い女性、風霧(かざきり)天音(あまね)は肩を竦める。


「そうだねー。たいちょーってハクロウの機密性とかたまにガン無視するしー」


「流石の僕でもそこまではしないけど……。ところで妖刀の出所の調べはついてる?」


「ある程度は絞れたよ。でもやっぱりアイツ等が関わってるみたいだね」


 和やかな雰囲気は一転して緊張感に包まれる。


「やっぱり『クロガネ』か」


「ああ。間違いなく奴らが関わってると見て間違いねぇ」


「現在、斬鬼に変異した人物の身辺調査を行っています。恐らくクロガネの構成員が、接触している可能性が高いかと」


「ここでバレると、調査が水の泡になる可能性がある。細心の注意を払って行動するように。いいね」


「了解」


 剣星の指示に、天音たちがその場から姿を消した。

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