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斬閃の刀狩者  作者: 華月建
第一章 鬼と刃
15/421

3-2

「柳世、宗厳だと……」


 目の前に座る瑞季が師匠の名を言った途端、固まってしまった。


「どうした?」


「いや……本当に君の師匠は柳世宗厳というのか?」


 瑞季は信じられないと言いたげな面持ちで、雷牙を見やる。


「まぁ本人がそう言ってたしな。なんかまずかったのか?」


「そういうわけではないが。……うん。雷牙、私は君や君のお師匠を貶す気はない。だが、よく聞いてほしい」


「お、おう」


 宗厳の名前を持ち出した途端、瑞季がやや気まずそうな表情を浮かべてしまった。


 もしかすると宗厳はそれなりに有名人だったのだろうか。


「私が聞いていた柳世という人は、臆病者の柳世と呼ばれていた」


「臆病?」


「ああ。いつからそのあだ名が付いていたのかはわからない。ただ、私が会ってきた刀狩者の殆どは『柳世のようにはなりたくない』と言っていた」


「そう、か」


 驚きはしたが、なぜか怒りの感情は湧いては来なかった。


 しかし、疑問は残る。宗厳の強さからして臆病者などというレッテルが貼られるとは思えなかったからだ。


 修行中も手を抜くことは一切してくれなかった彼の動きは、幼かった雷牙から見ても素直にすごいといえるものだった。


 それに一度彼が斬鬼を倒した瞬間を見たが、抜刀と納刀の挙動がまったく見えず、気付いたら斬鬼が真っ二つになっていた。


 なぜそこまでの強さがあるのにも関わらず、臆病者などと呼ばれているのか。


 口元に手を当てて考えていると、瑞季が心配そうな声をかけてくる。


「大丈夫か?」


「ああ、驚いてはいるけどわりと平気だ。けど臆病者か」


「もしかすると君のお師匠の実力に嫉妬した誰かが流した噂かもしれないが、人前で話すことは控えた方がいいかもしれないな」


「俺は別に平気だけどなぁ。師匠が強いことは知ってるし、言いたいやつには言わせとけばいいんじゃね?」


「君が平気でもだ。大城のように変な因縁をつけられる可能性だってあるんだぞ?」


「確かに、それは面倒くさいな……」


 あのような因縁というか逆恨みのようなことをされるのは勘弁願いたい。


 よっぽどでもない限り、刀狩者の前で師匠の名前を出すべきではないのかもしれない。いや、学校でも出来ればやめておいた方がいいだろう。


 生徒の中には元刀狩者等に師事して鍛えた者達もいるはずだ。そうなると、雷牙のことを嘲笑する連中も必ず現れるだろう。


 まぁ大して話したこともない他人にどう思われようと、雷牙にとっては正直どうでもいいのだが。


「とりあえず、ウチの師匠が臆病者かどうかは置いといてだ。俺の話も区切りがついたし、そろそろ出るか」


「ん、そうだな。よし、次は観光地にでも行くとしようか」


「おう。任せる」


 ひとまず宗厳の話は置いておいて、雷牙と瑞季は次の目的地へ行くため店を出た。





 新都東京は、いつも多くの人が行きかう。


 殆どの人は通り過ぎる他人に興味を示すことはない。


 それぞれが、それぞれの日常を過ごし、一日が経過していく。


 休日の雑踏の中、一人の女性がおぼつかない足取りで歩いている。


 瞳はどこか虚ろで生気のようなものがまるで感じられない。


 周囲の人々の何人かは、彼女のその状態に気が付いている者もいる。


 けれど、誰も彼女に声をかけようとはしない。


 皆、自分がなんとかしなくても、誰かがなにか行動を起すだろうと考えている。


 恐らくこの場で女性が倒れたとしても、彼女に声をかけるのはかなり時間が経過してからになるはずだ。


 女性は、誰に声をかけられるわけでもなく、フラフラと街中を歩いていく。


 まるで何かに導かれるように。




 その彼女の動向を見守るかのように、近くのビルの屋上から見やる影が一つ。


「もう少しカウンセリングが必要だった気もしましたが、新しい患者も見つかったことですし、手放すにはいい時期だったかもしれませんね」


 不適な笑みを見せるのは、先日大城邸に赴いた心理カウンセラー、新宮カイトであった。


「行きなさい。その先に貴女が求めるものがあるのだから」


 ソフトハットのつばを摘み、彼は踵を返す。


 瞳は妖しく光り、口元には歪んだ微笑があった。





「ほぇー……たっけー……!」


 仰け反るようにして目の前に聳えている電波塔兼観光施設を見上げる。正直高すぎて先端など見えない。


 雷牙が田舎もの丸出しで見上げているのは、二年ほど前に開業した新都の新たなシンボルとも言える観光名所だった。


 名前は確か『アメノミハシラ』だったか。


「やっぱり新都に来たらここだよなぁ」


「電波塔であれば世界で最も高いからな。ちなみに正確な高さは九六三メートルだ」


「こういうのとか、ハクロウの本部とか見ると、やっぱり新都ってスゲェよなぁ。晴れてるし、展望台からの景色が楽しみだなぁ」


 やや興奮気味な雷牙は見上げるだけでは飽き足らず、一目もはばからずに地面に身体を押し付けるようにして携帯端末で撮影を始める。


 完全に田舎もの丸出しで恥ずかしい行動かと思いきや、周囲を見回すと、同じようにアメノミハシラ全体を写真をおさめようとしている人がちらほらと見える。


 しばらく写真を取っていた雷牙は、やがて納得したのか「わるいわるい」と言いながら瑞季の元へ戻る。


「満足したか?」


「おう! とりあえず下からの写真はこれで十分だ。あとは展望台からの写真を撮って、師匠と美冬さんに送る」


「では行こう。そろそろ私達の入場時間だ」


 瑞季が顎で差した方をみると、エレベーターに乗るための列が形成されていた。


 二人もそこに並ぶために、歩を進めるものの、ほぼ同時に彼等の表情が強張る。


 簡潔に言うと、『嫌な予感』がしたのだ。


 だが、雷牙はつい最近、この感覚を経験している。


 間違えようがない。斬鬼の気配と同じだ。


「瑞季、わかったか?」


「なんとなくだが、何か嫌な予感がする。斬鬼か?」


「ああ、たぶんな。けどまだ警報も鳴ってねぇぞ」


 携帯端末を確認してみるものの、ハクロウからの避難警報は来ていない。


 周りの観光客をみてはそれは同じなようで、避難する素振りも見せない


 すぐにでも皆を避難させたかったが、まだ妖刀によって斬鬼が出たのか、確定した情報がない以上、下手な混乱を起すことはできない。


 できることなら、この場で突然出てこないことを祈っていると、雷牙達から見て約三十メートル前方の道路で何かが奔った。


 車ではない。もっとなにか鋭いものだった。


 瞬間的に二人の視線がそちらに向くと同時に、車がスリップするような音と共に爆発音が届いた。


 弾かれるようにして二人は音のした方へ駆け出していた。途中、二人の耳に入ってきたのは、悲鳴とそれをかき消すような重低音の咆哮。


 もう間違えようがなかった。


 二人が爆発と悲鳴のした現場にたどり着くと、そこには真っ二つにされた車が炎上して転がっており、歩道には血まみれで倒れている人の姿がある。


 生存者もいるようだったが、死者の方が圧倒的に多いようで、焦げ臭さに混じって血臭が漂っていた。


 見ると、胴体が分断されたものや、四肢のどこか、衝撃によって建物の壁に叩きつけられて潰れたもの、そしてもはや人間だったのかわからない肉塊が転がっていた。


 眼を背けたくなる光景だったが、雷牙達は毅然とした態度で、この惨状を引き起こした元凶の姿を見る。


 視線の先にいたのは、全長が人間よりもやや大きい三メートル前後の斬鬼だった。


 皮膚はどす黒い赤色で、額のあたりにはねじれた角が生えている。


「斬鬼……!」


「あぁ、しかもこの前見たやつより小さい。多分あいつが先生が言ってた、本当の意味での斬鬼だ」


 斬鬼は二段階に分けられると愛美は言っていた。


 人間離れした体躯を持つものは鬼。人間よりもやや大きい程度の鬼は斬鬼と判定されている。


 彼等の前にいるのは、真の意味で斬鬼と言える存在だった。


 視線の先にいる斬鬼に、雷牙は思わず息を呑んだ。なぜなら、その斬鬼は一週間前に雷牙が討伐した斬鬼よりも小さいのにも関わらず、溢れる威圧感は段違いだったのだ。


 現場は突然発生した斬鬼によって、混乱が生じており、われ先にと避難をしようとする人々でごった返していた。


 そして避難する人々に向けて斬鬼の持つ妖刀が振り下ろされる。威圧感に圧倒されていた雷牙達は一瞬判断が遅れた。


「やめ――!?」


 隣の瑞季が声を発したが遅かった。振り下ろされた妖刀によって発生した剣閃は、避難する人々を瞬く間に切り裂いた。


 鮮血が破壊された建物や車を赤く染め上げる。


 その光景に二人が身体を震わせると、二人の近くで拳銃の渇いた発砲音が響く。


 見ると、まだ若い警察官が震えながらも拳銃を構えていた。


「君達、逃げろ!」


 今にも逃げ出したいだろうに、彼は雷牙達を避難させるため、再び発砲する。


 放たれた銃弾は、斬鬼の身体に命中したものの、大きな傷にはならない。そればかりか、創られた傷はすぐに再生してふさがってしまう。


 斬鬼はグルルという獣に近い呻き声をあげると、赤く発光する瞳を警察官に向ける。


 雷牙は警察官に向けて叫ぶよりも速く、彼に向けて体当たりをかます。


「き、きみ何を――――」

 

 斬鬼の放った剣閃が今まで警察官がいた場所を駆け抜けていく。アスファルトに刻まれた剣閃の傷跡に、雷牙が助けた警察官の顔が青ざめた。


「警官さん。アンタの気概はすごいと思うけど、拳銃じゃあいつにダメージは与えられない。下手に攻撃したら興奮させるだけだ」


「しかし、刀狩者の到着を待っていたら被害が……!」


「わかってる。だから俺たちがあいつの注意を引く。瑞季! 行けるか!?」


「ああ!」


 意図を理解した瑞季が駆け出す。


 雷牙もそれに続こうとしたが、「雷牙!」という自身を引き止める声に足を止める。


 見ると、玲汰と舞衣がこちらに駆けて来ていた。なぜこんなところにと思ったが、今は助かる。


「玲汰、舞衣! お前等は逃げ遅れた人と怪我人を避難させてくれ!! あとハクロウに連絡!」


「ハクロウにはもう知らせた! あんた等はどうすんの!?」


「避難が完了するまで俺たちが囮になる! 頼むぞ!!」


「任せろ! けど死ぬなよ!!」


 頷くだけで返すと、霊力によって強化された脚力で、斬鬼に迫る。


 既に瑞季にが斬鬼の注意を引いている。雷牙もそれに加わると、瑞季に指示を飛ばす。


「瑞季。絶対に戦うなよ!!」


「わかっている! 私達がやるのは、これ以上死者を出さないため、ハクロウが到着するまで注意を引くだけだな!」


「ああ。かなりキツイけど、なんとかやるぞ!」


 斬鬼が振り下ろした腕を間一髪で避けると、バックステップで距離を取る。


 警察官に射ち込まれた銃弾で興奮した斬鬼の動きはまだ単調だ。冷静に見ていれば避けられない攻撃ではない。


 しかし、一瞬でも気を抜けば確実に命を落とすのは間違いない。


 救助活動と避難誘導を行っている玲汰と舞衣に危険が及ばないように、周囲への気を配りながら斬鬼の注意を引き続ける。


 斬鬼からすれば今の自分達は、人間で言うところのハエや蚊と同じだろう。鬱陶しいことこの上ないはずだ。


 ニッと笑みを見せた雷牙は、斬鬼の一撃を間一髪避ける。僅かに視線を動かして玲汰達の方を見ると、まだ避難は終わっていない。


 遠くからは救急車の音も聞えてくる。


 おそらく後数分もしないうちに刀狩者が到着するはずだ。だからそれまで、ひたすら攻撃を避け、注意を引き続ける。


 踏み潰そうとする足をスルリと避けると、瑞季と交代するように距離を取る。


 ――――行ける!


 今のままであれば、刀狩者到着まで時間を稼ぐことは可能だ。


 刀狩者さえくればこちらのものだと余裕を見せ始めた時、斬鬼の体から黒い霧のようなものが発生した。


 途端、今まで軽やかに攻撃を避けていた瑞季の動きが一瞬鈍くなった。


「まさかコイツ、瘴気(しょうき)を……!?」


 瘴気とは、斬鬼や妖刀が発生させる有毒物質で、吐き気や頭痛、四肢の麻痺などの症状が出る。


 少量吸い込む程度ならば問題ないが、瑞季がいた場所は瘴気の発生箇所に近かった。


 ゆえに少量であっても、濃度の高い瘴気を吸ってしまったのだろう。


 斬鬼は動きの鈍った瑞季を見逃さず、彼女に向けて妖刀を振り下ろす。


 足に力を込め、霊力を練り上げる。地面にヒビが入るほど踏み込んだ雷牙は、体当たりするように彼女の体を抱えて救出する。


 間一髪、妖刀が当たる直前で彼女を助けることができたものの、着地などまるで考えていなかったため、転がりながら停止する。


「大丈夫か!?」


「あ、ああ。すまない、油断した……!」


「大丈夫だ。お前は少し下がってろ」


「雷牙、瑞季! 前!!」


 焦った舞衣の声が聞こえた。


 弾かれるようにして言われた方を見ると、先ほどまでいた位置から一瞬で距離を詰めてきた斬鬼が刀を振りかぶっていた。


 これが鬼の状態と、斬鬼の状態の違いの一つである。


 体が小さくなった分、動きが非常に速くなったのだ。


 頭では逃げなければと命令を出すものの一瞬体が遅れる。


 赤い眼光が雷牙を捉え全身が総毛立つ、震え上がるような形相のまま妖刀が振り下ろされる。


 死。という文字が頭の中をよぎる。


 ――――ちくしょう。


 禍々しく光る刀身を見ながら雷牙が思ったのは悔恨だった。


 けれど――。


「――よく持ちこたえたね。君達」


 聞えてきたのはいつか聞いた優しげな声。


 同時に、雷牙の眼前で妖刀が止まった。いいや、止められたのだ。


 突然出現した青い燐光を放つ刀、鬼哭刀によって。


「これから先は、僕達が相手をしよう」


 黒い制服をはためかせ、口元に小さな笑みを浮かべたのは、ハクロウ所属の刀狩者、京極(きょうごく)剣星(けんせい)だ。

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