2-6
大城和磨は、玖浄院から一時的に身柄を自宅へ返されていた。
理由は当然、問題行動による罰則である。カウンセラーによる判断が下るまでの自宅謹慎。
ようは停学処分だ。
七英枝族でもある彼が起した事件ということもあって、校内でもあっという間にこの話は広まり、全校生徒が知るのに時間はかからなかった。
自宅に帰って来た彼を最初に待っていたのは、父親による叱責だった。
大城家の名に泥を塗った。お前には期待していたのに、と散々怒鳴り散らされたのが昨日の夜だ。
カーテンを閉め切った薄暗い自室のベッドの上でひざを抱え、渇いた瞳で虚空を見る。
脳裏に浮かんでくるのは、憎たらしいあの男の顔。
綱源雷牙が憎くてたまらない。
なんの後ろ盾もなければ、名家の生まれでもないただの強いだけのあの男が気に入らない。
七英枝族という選ばれた存在である自分よりも、あの男が強いが許せない。
自分が玖浄院を停学になったのも、父に叱責されたのも、全ては雷牙のせいだと決め付ける。
怒りで噛み締めた歯からギチリという音が鳴り、歯茎から出血した。けれど彼は怒りに我を忘れてか、それにすら気が付いていない。
ふと、部屋の扉が軽めにノックされた。
「和磨? カウンセラーの方がいらしたわ。お通ししていいかしら?」
ノックの後に聞えてきたのは、控えめな母の声だった。
「…………はい」
掠れた声で答えると扉が開けられ、廊下に差し込んでいる日の光が僅かに入ってきた。
扉の前にいたのは母と、濃紺のスーツに身を包み、ソフトハットを胸の辺りで抱えている長身痩躯の男性だった。
ただ、日本人にしては肌がやや白く、くせのついた髪はブロンドがかっている。ハーフなのだろうか。
「和磨、こちらカウンセラーの新宮カイト先生よ」
「新宮カイトです。よろしく、大城和磨くん」
「どうも……」
立ち上がり、それなりの挨拶を返すと、母は部屋の蛍光灯をつけると「お茶を持ってくるわ」と新宮に頭を下げてからいなくなった。
新宮は「お構いなく」と告げたあと、部屋に入りまっすぐに大城を見やる。
口元にはうっすらと笑みがある。日本人離れした青い瞳は、心の中を見透かすようだ。
「……僕はどれくらいで学校に戻れますか?」
俯きながら問うと、人のよさげな声が響く。
「そうですねぇ。君がちゃんと反省をすれば、一週間近くで戻ることは出来ると思います。ただ……君は戻るだけでいいんですか?」
「え……?」
顔を上げると、大城の顔がすぐ近くにあった。大きな青い瞳がこちらをジッと見据えている。
思わず息をのむ。
いくらカウンセラーとは言え、普通初対面の男性にここまで近くに寄られたら後ずさりたくなるものだが、大城は彼の瞳から眼を話すことができなかった。
同時に、先ほど彼が言った『戻るだけでいいのか』という問いが気になる。
「戻るだけ、とは……?」
「言葉通りの意味です。君は同級生との演習で大敗し、それが認められず凶行に及んだ。例えこのまま戻ったとしても、君はその同級生には勝てないでしょう。けれど、私なら……」
両肩に新宮の手が乗せられる。
「君を強くすることができる。私のことをほんの少しだけ信用してくれるだけでね」
「強く……なれる?」
「はい。まぁ一週間というわけにはいきませんが、五神戦刀祭のための選抜戦までには間に合うでしょう。どうしますか?」
既に大城の中で彼がただの心理カウンセラーでないことはわかっていた。けれど、『強くなれる』という言葉の誘惑に抗うことができない。
脳裏に浮かぶのは、怨敵の背中。
あいつよりも強くなる。あいつを皆の前で笑いものにしてやる。
そのためならば、目の前にいる男の申し出を受けよう。
「お願い、します」
ニタリと新宮の口元が不敵に歪むが、大城の眼にそれが入ることはなかった。
「さてさてみんなー。楽しい楽しい午前中最後の座学の時間だぞう!!」
教壇で楽しげな声をあげるのは、一年A組担任である遠山愛美だ。
しかし、彼女の言葉とは裏腹に、生徒達は皆「うへぇ」という表情を浮かべている。
玖浄院は扱い的には高等学校に入る。そのため、毎日の戦闘訓練以外に、通常の授業もしっかりと組み込まれている。
また、ちゃんとテストもあり、下手な点数を取ると追試は確実である。
とはいえ、訓練はほぼ毎日のようにあるため、体力消費は尋常ではなく、まだ身体の追いついていない生徒は机に突っ伏して寝てしまっている。
ちなみに雷牙達はと言うと、雷牙と瑞季はピンピンとしており、舞衣は僅かに疲れた様子を見せ、玲汰は完全に意識を手放している。
「はいはい、いやそうな顔しなーい。というわけで今日の授業はこれでーす」
空間投影型のホロディスプレイに写しだされた文字は、相変わらずなにかのアニメのフォントだったが、あまり楽観的な内容でもなかった。
「こほん。皆は街中に突然現れる斬鬼がどうやって生まれるか、知ってるよね? じゃあ、痣櫛さん。ちょっと説明してみて」
「はい。斬鬼の元の姿は妖刀を手にした人間です。より負の感情が強い者ほど、妖刀に魅了されやすいといわれています」
「せいかーい! そのとおり。みんなも知ってのとおり、斬鬼の正体は元人間です。元に戻す方法はありません」
彼女の言うことは本当である。一度斬鬼になれば、人間の姿には戻れない。これは今やこの世界に住む人々が知っていることだ。
「さてさて、それでは本題。みんなは斬鬼のことを斬鬼斬鬼ってひとくくりにして呼んでるけど、本来は一言で斬鬼とは言えないんだよね。これはあくまで、世間一般的な総称なだけ。では、本来はどういう風に呼ばれているかというと、こぉんな感じ!!」
ホロディスプレイに別のスライドが写しだされ、アニメ調のフォントで、『斬鬼の進化行程』とあった。
眠っていない生徒は、先ほどまでの嫌な表情がどこへやら、真剣な表情でディスプレイを見やる。
雷牙と瑞季も同じようにディスプレイに視線を集中させる。
「ハクロウでは基本、変異したばかりの姿は『鬼』と呼び、そこから進化した姿を『斬鬼』と呼ぶことになってるの」
「先生、見分ける方法ってあるんですか?」
「お、いい質問だね。最も簡単に見分けられるのは、大きさ。大きければ大きいほど鬼で、人間よりもやや大きければ斬鬼って感じかな。ただ強さは斬鬼の方が上ね」
そのまま彼女はスライドを進め、「それじゃあもっと細かい説明行くよー」と授業を進行させていく。
昼食を挟んだ午後から始まったのは、対斬鬼を想定した戦闘訓練だった。
擬似斬鬼を相手に行われるこの訓練は、主にツーマンセルを組んでの戦闘となる。
組み分けは愛美が行ったらしく、雷牙は舞衣と組むことになった。
昨日色々あった二人であるが、戦闘時は息のあった連携を見せ、危なげなく擬似斬鬼の討伐に成功し、現在は他のチームが終わるのを待っている状況だ。
「ところで昨日アレ、ちゃんとフォローしてくれたんだろうな」
「もちろん。大丈夫、瑞季も気にしてないってさ」
「なら、よかった」
「闘いの時はすんごい強気なのに、こういうのは臆病なんだねぇ」
「うっせ」
「はいはい。まぁそれは置いといて、昨日話した斬鬼の話なんだけどさ。色々調べたら気になる情報が手に入ったんだけど、興味ない?」
こちらの顔を覗き込むように首をかしげる舞衣。急な話の転換に一瞬戸惑うものの、興味はあった。
あの時現れた斬鬼は、妖刀の出現を百パーセント観測できるハクロウの鍾魔鏡であっても観測されなかった。
「あるけど、なんかと交換とか言うんだろ?」
「いやいや、昨日ちょっと悪ふざけが過ぎたから、今回は無償だよん」
「じゃあ聞く」
「はいはーい。実はね、新都で鍾魔鏡に反応のない妖刀が観測されたのって昨日が初めてじゃないんだって。少し前からたまーに出てきてるみたい。ハクロウはうまく隠してるけどね」
「そんなことが公に広まればパニックは間違いないからな。けど、何で反応しねぇんだ?」
「それはなんとも。ただ、噂だと妖刀が進化してる、みたいなことは聞くけどね。戦ったアンタとしてはどうだった?」
雷牙はその質問になんとも言えない表情を浮かべる。
そもそも斬鬼と戦ったことすら初めてであるのに、どうだったもなにもあるまい。
「わかんねぇな。けど、そっちも気になるけど、俺としちゃあ、さっきの授業で先生が言ってたことの方が気になるけどな」
「斬鬼の見分け方ってやつ?」
「ああ。斬鬼が人間が変異して出来るってのは一般常識だから気にならなかったけど、ちょっと引っかかったんだ」
雷牙は授業の記憶を手繰り寄せる。
斬鬼は、基本的に負の感情が限界を超えてしまった人間が妖刀に魅了され、それに触れることで変異する存在だ。
そして斬鬼となった者は、破壊と殺戮をただひたすらに繰り返す。
つまり、全ての人間が斬鬼になる可能性を持っている。
「話を聞いてて……もしかしたら刀狩者が斬鬼になることもあるんじゃねぇかって思った」
「それは……。そうか、確かにないとは言えない。けど、もしそうなったらどうなるのかな」
「わからねぇ。けど、民間人と比べて元々のスペックが高い以上、脅威になるとは思う。それに、ハクロウが出来てから半世紀以上、一度も刀狩者が斬鬼になってないなんて考えられるか?」
「うん。言われてみれば確かに……。これは中々面白そうかも。ちょっと調べてみようかな」
「なんかわかったら教えてくれ」
「いいけど、ん」
彼女は右手を出してきた。得意げな顔で。
その意図を理解した雷牙は、呆れたようにうなずいた。
「へいへい。情報料はお渡ししますよ」
「よろしい。まぁ秘密性が高くない情報なら友達として無償で教えてあげるから」
「ありがとさん」
軽く礼を言った雷牙は、視線を舞衣から戦闘を行っているチームに戻す。
ちなみに、別のクラスメイトから聞いた話だが、雷牙と舞衣が話している間に瑞季と彼女と組んだ玲汰の戦闘も終了したらしい。
曰く、擬似斬鬼が出現した瞬間、真っ二つになったらしいが。
その姿はまるで何かの鬱憤を晴らすかのようだったとかなんとか。
新都にある大城邸では、一日のカウンセリングを終えた新宮カイトが大城和磨の母に頭を下げていた。
「それではお母さん、私はこれで」
「はい。ありがとうございました、先生。それであの、和磨はいつごろ学校に……?」
「すぐというわけにはいきませんが、選抜戦が始まるまでには通えるようになるでしょう。彼も十分反省していますし」
人のよさげな微笑みを見せる新宮に、大城の母親は「あぁ、よかった」と胸を撫で下ろす。
新宮は「それでは」とつげ、ソフトハットを被って大城邸を後にする。
庭を出て、門をくぐったところで彼は視線を先ほどまでカウンセリングをしていた部屋に向ける。
「……心配しなくても、彼なら大丈夫ですよ。フフフ……」
先ほどまで見せていた暖かな笑みではなく、どこか冷たく、嘲るような笑みが彼にはあった。
新宮が帰った後、大城は歓喜に打ち震えていた。
カウンセリングが終わった後、自身で霊力を練り上げてみると、以前よりも格段に上がっていたのだ。
これならば、勝てる。
憎き怨敵を倒すところを想像し、思わず口元に笑みが出る。
だが、慌ててはいけない。新宮はまだ完成ではないと言っていた。
ならば待とう。自身の力が更に上がるその時まで。
「……覚悟しておけ、綱源雷牙……!!」




