2-5
これは一体どういうことだ。
――――なんで俺は舞衣にマウントを取られてんだ?
部屋に戻ってきたら、いつの間にか進入してきた舞衣が、雷牙に跨る感じで覆いかぶさってきた。
そして何故か彼女の頬は僅かに赤くなっているようにも見え、息も荒い。
あれだろうか、夜這いというヤツだろうか。しかし、それは男から女性にするものだった気がする。
「ねぇ、雷牙……」
なぜそんな甘い猫なで声を出すのか。
けれども、吐息がかかるレベルで密着され、そんな声を出されれば、何かしらが反応するわけで。
ぞくり、と甘い刺激のようなものが背筋をかけ上がるのを感じつつも、その刺激が下腹部に行かないように精神を落ち着かせる。
一度、生唾を飲み込んでから、目の前でなんだか艶っぽい笑みを浮かべている舞衣を見やる。
「あの、舞衣さん? 一旦落ち着いて。なんか顔赤いし、熱っぽくないっスか?」
密着しているので体温が殆ど直に伝わってくる。
頬も染まっているし、もしかして熱に浮かされているのか。だが、それでなぜ二人になり、押し倒す必要がある。
看病してもらいたいなら瑞季や他の女子生徒が適任だろう。
だめだ。完全に考えがまとまらない。果たして彼女は何がしたいんだ。
頭が混乱してきたところで、ふと視線の先の舞衣が制服の内ポケットから何かを取り出す。
僅かに見えた物の形に、雷牙は頬が引き攣るのを感じた。
「待て待て待て!! それはダメだって! 俺達今日知り合ったばっかりだし、第一俺には他に気になるヤツが――――」
言いかけたところで、その物体が目の前にズイッと突きだされる。
目の前にあったのは液晶画面と空間モニタの併用ができる携帯端末だった。
今は液晶モニタだけが起動しているようで、なにやら動画が再生されていた。
「は……?」
「さっきから何言ってるわけ? 私はアンタと話をしにきただけなんだけど」
「は、話?」
「そう。話。情報収集ってわけ」
「それならなんで押し倒す意味が?」
「逃げないように」
「じゃあなんか妙にほっぺたが赤くなって、声が熱っぽかったのは?」
「私って一番興味があることを取材する時、興奮しちゃって顔赤くなるんだよねー」
あっけらかんとした声音で言う舞衣に対し、雷牙は「はぁ……」と全身の力を抜くように溜息をついた。
「変に緊張させんなよ。ったく……」
「なんか誤解させちゃったみたいでごめんねー。ところで、さっき言ってた気になる人って誰かなー? 私すっごく興味があるんだけどなー」
むにょんという柔らかいものが胸板に押し当てられる。
それが舞衣の胸だということは理解できたが、既にいろんなことがありすぎたため、なにも感じなかった。
「とりあえず、どけ。逃げねぇからよ」
「りょーかーい」
舞衣は雷牙の上から退くと、身軽な動きで立ち上がった。
それに続いて雷牙も立ち上がると、雷牙はベッドに、舞衣は近場にあった椅子にそれぞれ座る。
「んで、話ってなんだよ」
「うん、さっきも見せたけどとりあえずこれ見て」
渡されたのは先ほど顔面近くに突きだされた携帯端末だった。
そういえばさっきは距離が近すぎてなんの動画かはっきりは見えなかった。
動画は若干ピンボケしており、音声は殆どが悲鳴だった。
けれど、シークバーの中ほどまで再生されてとき、雷牙の表情がほんの少しだけ固まる。
「その動画ね。昨日の朝にSNSにアップロードされたヤツなんだよ。ホラ、斬鬼が出たでしょ? あの時のやつ」
そう、ややピンボケ気味の動画に写っていたのは、昨日、雷牙が戦って倒した斬鬼だった。
「あ、あぁ。アレか。けど、こういうのってすぐにハクロウが削除するんじゃねぇの?」
「確かにこういうのってハクロウが規制してすぐに削除するんだけど、やっぱり削除されるまでに大多数の人が一気に拡散させるんだよね。元動画はもう消えてるけど、コピーされたやつはネットに拡散中。ちなみにそれは海外サイトから引っ張ってきたやつ」
「へぇ、そうなのかー」
「とまぁそんなことはどうでもいいんだよ。私が言いたいのはさぁ……」
舞衣の瞳がキランと光り、口元には悪戯っぽい笑みが浮かぶ。
「その動画の斬鬼を倒したのって、雷牙じゃない?」
「え゛……!?」
思わず変な声になってしまった。とはいえ無理はない。彼女の推察は正解だったのだから。
動画は人影が斬鬼に迫り、首を斬りおとしたところで終わっていた。周囲の風景もあの駅のもので間違いない。
まさか避難中の民間人に撮影されているとは思わなかった。
「けっこう話題になってたよー? 玖浄院の生徒が斬鬼を倒したみたいって。うちの制服って特徴あるし、すぐに特定されたみたい」
「た、確かにうちの制服みてぇだけど、俺とは限らねぇだろ? ホラ、他の奴って可能性も……」
「んー。それも一理あるとは思ったよ? 雷牙や瑞季の他にも遅れてきた生徒はいたし、けどアンタ以外考えられないんだよねぇ」
「どうしてだよ」
「うちの学校ってさ、鬼哭刀は個人で用意したものもオッケーじゃん? んで、動画に写ってる子は、自分の鬼哭刀で戦ってる。他に遅れて来た子全員に確認とったけど、その中で自前の刀を持ってる子はいなかった」
「お、おう」
「自動的にその子達は除外される。となると残るのは、自前の刀を持ってきた子だけなんだけど――」
彼女の視線が壁に立て掛けられている鬼哭刀へ移る。
「――遅くなった子達の中で、鬼哭刀を持ってたのはアンタと瑞季だけだった。瑞季は車でなおかつこの駅の近くも通らない。そうなると残るのは……雷牙しかいなくない?」
「ぐぬ……」
フフンと得意げな笑みを見せる舞衣。最初はあてずっぽうで言っているのかと思ったが、なかなか的を得た推理である。
雷牙は完全に追い詰められ、一瞬苦い顔を見せた後、大きなため息をついてから両手を挙げる。
「降参だ。お前の言ってることは合ってるよ。俺が斬鬼を倒した」
「お、やっぱりねー! エキシビジョン見た時からそうじゃないかなーって思ってたんだよ」
「はぁ……まさかこんな早くばれると思わなかった。で、そんなこと聞いてどうすんだ?」
「んー? 別に何かする気はないよ。これでアンタを脅す気もないしね。単なる好奇心と情報収集、あとは情報の裏づけって感じかな」
「その好奇心が変なこと呼び込まなきゃいいけどな……。てか、これやばくね? お前にバレてたら先生たちにもバレてんじゃ……」
「それは大丈夫じゃないかなー。こんだけピンボケしてるし。気付いてたらもうなにかしらの処罰があるでしょ。それがないってことはまぁ平気だよ」
かなり楽観的な意見ではあったが、実際ばれているのなら、彼女の言うとおりもう処罰が下っていてもおかしくはない頃でもある。
それがないということは、あえて触れずにいるのか、本当にばれていないかのどちらかだ。
「それならいいけどな。じゃあとりあえず、話は済んだんだしさっさと帰れって」
「うん、これに関してはね」
彼女の視線にゾクッとした。
ニタリと笑った口元は、なぜか嗜虐的にも見える。
「さっき気になる人がいるとか言ってたけどぉ、それってやっぱり瑞季?」
「それに関しては完全にノーコメントだ! 第一、あん時はお前に襲われそうになってたから、つい口からデマカセ言っただけだ!!」
「おーおー、必死になるところがまた怪しいなぁ。素直にゲロッっちゃいなよー」
「しつけぇ! ホラ、帰った帰った!!」
雷牙は舞衣を強制的に立たせると、そのまま背中を押して扉の前まで持っていく。
これ以上詮索されたら確実にボロを出すだろう。その前にこの情報収集マニアを追いださなければ。
「あーんもう、このケダモノー」
「勘違いされるようなこと言うなっての!」
ふざけ半分ではあるのだろうが、ここは男子寮である。壁はそれなりに厚いらしいが、女性の声というのは存外良く通るもので、壁の厚さは信用ならない。
既にそれなりの注目を集めているはずだし、ここに来てさらに『新入生女子に手を出した』とか録でもないレッテルが貼られるのは面倒でならない。
ガチャンと扉を開け「ホラ、速く帰れって」と彼女の腕をとって廊下に追い出す。
けれど舞衣は「あっ」と何かに気が付いたような声を漏らして立ち止まった。彼女に続き、雷牙も開けられた扉から廊下を見やる。
そこにはキョトンとした表情の瑞季が立っていた。
三人の間になんともいえない沈黙が流れる。
「よ、よう、瑞季。どした……?」
沈黙を破ったのは雷牙だった。けれど、声は緊張のためか若干枯れていた。
「すこし話をしたくて来たんだが、取り込み中だったか。出直すよ」
「いやいやいや、大丈夫だ。今終わった! なぁ、舞衣!」
「えー? あれだけでおしまいー? もっといろんなことしたかったんだけど……」
雷牙の腕を抱くように、尚且つ親指を可愛らしく口元に当てる仕草までする舞衣の顔は、愉悦感が満載であった。
この女、完全に今の状況を楽しんでいる。
「邪魔をした」
瑞季は短く言うと、弾かれるように女子寮へ戻っていった。
その背に声をかけるよりも速く、彼女の姿はなくなってしまい、雷牙の腕は虚しく伸びただけになってしまった。
「あっちゃぁ、ちょっとからかい過ぎちゃったかな」
「ちょっとじゃねぇだろ!? どうすんだよ、アレ完全に勘違いしてるぞ!?」
「うん、それは私もちょっと反省。けど、そんな反応をするってことは、やっぱり雷牙の気になる人って瑞季なわけ?」
先ほどまでのからかうような笑みはなく、真っ直ぐとこちらを見据えた舞衣に気圧され、雷牙は少し俯くと、返事をせずに小さく頷いた。
「……あいつには、言うなよ?」
「言わないよ。さすがにそういうデリケートなことはね」
「さっき完全に悪ふざけしてたヤツの言葉とは思えねぇ……」
「それはごめんってー。大丈夫、瑞季にはちゃんとフォロー入れておくからさ」
「わかった、頼む……」
やはりまだ気に食わない様子ではあるようだが、頼れる女子は舞衣しかいない以上、彼女に頼むしかあるまい。
「まっかせなさい。んじゃね! 明日もがんばっていこー。あ、ちなみになんだけど、大城和磨ね。心理カウンセラーが付いてしばらく自宅謹慎になったってさ」
短い栗毛のポニーテールを揺らしながら彼女は女子寮へと戻っていった。
彼女を見送りながら、今日何度目かわからない大きな溜息をつき、「シャワー浴びて寝よ……」と呟いて自室へ戻っていった。
逃げるようにして女子寮の自室へ戻ってきた瑞季は、自分の胸に手を当てる。
鼓動が早い。走ってきたから、というのもあるのかもしれないが、それ以上に彼女には思い当たることがあった。
フラッシュバックするのは、雷牙の腕に抱き着く舞衣の姿。
彼女のあの感じと、雷牙の性格のことを考えれば、二人がそういう関係でないのはすぐわかる。
ただ、なにかこう、胸がチクリと痛む気がするのだ。
二人の仲がいいのは良いことだと思う。けれど、なにか気に入らない。
雷牙とは昨日であったばかりで、お互いのことはまだあまり知らない。
けれど、瑞季は雷牙のなにかにひかれていた。最初に戦った時、何故か彼のあり方に、憧れや羨望のようなものを感じたのだ。
彼の闘い方は、瑞季のような型に嵌っていなかった。荒削りではあったが、自由奔放で一心不乱な姿は格好良く見えたのだ。
苦戦をしているはずなのに、笑みを見せ、闘いそのものを楽しむその姿が脳裏に焼き付いて離れない。
出会ってから立った一日しか経っていないが、彼女にとっては十分だった。
そして瑞季は思うようになった。彼のことをもっと知りたいと。
扉に背を預け、ズルズルとその場に座り込むと、ほう、と息をつく。
「雷牙……私は君のことが――――」
深夜。新都・東京の一角では、人振りの妖刀が出現した。
昨日発生した鍾魔鏡に反応がなかった妖刀ではなく、しっかりと反応を示した妖刀であり、観測後すぐに封印されたため、大事にはならなかった。
そもそも鍾魔鏡とは、ハクロウが開発した対妖刀、及び斬鬼の観測装置である。
妖刀が顕現する時、周囲の霊力は不自然に歪む。それこそ、戦闘での歪みの比ではないほどに。その法則を利用し、妖刀の顕現を予測、そして観測を行う。
歪みの大きさが大きいほど、より強大な力を持つ妖刀が顕れ、それぞれランクがつけられるのだ。だが、十五年前の斬鬼村正の災以降、アレを越えるものはいまだ顕れていない。
ちなみに村正は危険度『紫』であり、最上位に位置する。
「とりあえず今回は観測されたけど、次いつ出るかわからない……」
刀の柄尻を指でなぞりながら呟いたのは、現場検証に来ていた京極剣星であった。
刀狩者である以上、民間人を危険にはさらせない。
一刻も早く、反応がある妖刀と反応のない妖刀の相違点を探さねばならない。
「そろそろ何かを見つけないと刃災が起きてからじゃ遅い」
「たいちょー。そろそろ戻りましょうよー。報告書上げないとだし」
「うん、今行くよ」
同じ黒い制服を着た部下に呼ばれ、彼は現場を後にする。




