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斬閃の刀狩者  作者: 華月建
第一章 鬼と刃
11/421

2-4

 大城の速さは瑞季には遠く及ばないが、十分に速い部類には入っていた。


 あの余裕はハッタリというわけでもなさそうだ。


「ハァッ!」


 気合いと共に離れた右の一閃を雷牙は難なく受ける。が、次の瞬間、上段からの振り下ろしを視界の端で捕らえる。


 瞬間的に判断を下した雷牙は、受け止めた刃を滑らせるようにしていなし、中腰の姿勢でその場から離脱する。


 と、同時に上段からの朝露が空を斬った。


「よく避けたね。判断は早いみたいだ」


「ついつい一刀相手の受け止め方しちまった。なるほど、二刀流。面倒くさそうだ」


「今回はこの朝露のおかげで少し余裕があるんだ。重さが殆どないからね」


「……あぁ、遠心力に引っ張られることもねぇってわけだ」


「そういうことさ。さぁどうする? この手数の多さについてこられるのかな!」


 再び真正面から突っ込んでくる大城。


 確かに彼の言うとおり、手数の多さはあちらが上だ。一刀と二刀ではどうしても対処が難しい。


 それに下手にこちらから攻撃しても、絡めとられて朝露を弾かれる可能性もある。


 とはいえ、対処が()()()だけで、()()()()()()()()()()()()()


 確かに大城の動きは、新入生の中では良いほうだろう。しかも二刀流という高度なテクニック。誰もがまねできるものではない。


 ニッと笑みを見せた雷牙は、片手で持っていた朝露を、両手で握ると、大城を向かえうつ。


「そぉら!」


 嘲笑じみた笑みを見せた大城は、二本の刀による連撃を雷牙に向けて叩き込んでくる。


 叩き込まれる連続する刃を、受けとめられるものは受け、回避できるものは回避している雷牙に対し、大城は余裕綽々と言った風な声を上げる。


「始まる前の余裕がないみたいだぞ? 綱源ぉ!!」


 自分が優勢に立っていることがうれしくてしょうがないのか、先ほどまでの人のよさげな表情はすっかり消えていた。


 どうやら本性が見えてきたようだ。


「そらそらそらぁ!! 防戦一方じゃないか!!?」


「そう見えるか?」


「防戦以外、どう見えるというのかなぁ!!」


 一際大きな声を発した大城の攻撃により、雷牙は大きく後退させられる。


 無論、大城も馬鹿ではない。この好機を逃がさず、更なる追撃するために迫る。


「やはり僕の予想したとおりだ! 君が僕より優れていることなんてありえないんだよ! エキシビジョンはただのパフォーマンス! 所詮は君はそこまでの男だったというわけだ!!」

 

 もはや彼には勝利が見えたのだろう。


 自分の中にたまっていた鬱憤を晴らすかのごとく捲くし立てる大城は、雷牙の目の前までやってくると、胴と首を同時に狙った一撃を放つ。


「終わりだ!!」


 勝ち誇った声は、確かに勝利を確信していた。


 けれど、次の瞬間、彼の表情は驚愕に染まる。


 振った朝露がいとも簡単に弾かれたのだ。


「なっ!?」


「うん、まぁ慣れれば問題ねぇな」


「なに……!?」


 渾身とも言える一撃を弾かれたことで僅かに後退した大城は、額に汗を滲ませていた。


「お前、中途半端なんだよ。両方の刀に集中してるせいで、俺に対する意識が殆どない。刀を振るだけで手一杯って感じだ」


「なにを……!」


「じゃあお前、俺がどうやって刀を弾いたのか、見えたのか?」


「……」


 雷牙に問いに、大城は言葉を詰まらせる。


 確かに二刀流は強い。一刀と比べて攻撃の手数も多いし、一刀のみを体得している剣士にとっては、戦法がわからず対処に時間を要する。


 防御においても、二本で押さえられたり、挟み込んだりされれば抜け出すのは面倒である。


 だがこれらは、熟達した使い手が扱っていた場合の話である。


 大城の動きからして、二刀流に傾倒を始めたのはつい最近、凡そ一、二年といったところだろう。


 故にまだ二刀流が持つデメリットを克服できていない。


 一刀両手持ちに比べて二刀流は手数こそ多いが、パワーとスピードは格段に下がると言われている。それこそ二分の一未満と言われるほどだ。


 彼の剣はまさにそれだった。隙を突くのは上手いが、パワーが殆ど乗っておらず、スピードもないため準備さえしていれば回避することは容易だ。


 そしてもう一つ、彼の欠点がある。


「大城。お前、右利きだろ?」


「……なぜわかる」


「やっぱりな。右の刀と左の刀の速度がかなり違う。フェイントでも狙ってんのかと、最初は思ってたけど、何回か避けたり打ち合ったりして大体わかった」


「くっ! 一度弾いた程度で調子に乗るな!! 次は渾身の一撃を食らわせてやる!!」 


 自分の欠点を理解したくないのか、雷牙を憎悪するかのように睨みつける大城。


 対し、雷牙は再び朝露を両手で握る。次で勝負が決まるだろう。


 駆け出したのはやはり大城で、腰を低くして刀を広げて迫ってくる。


 スーッと深呼吸をしながら腕をゆっくりと上げ、正面で構えた刀を頭上持ってくると、そのままの姿勢で静止する。


「喰らええぇぇぇ!!!!」


 絶叫にも似た声を上げる大城は、挟み込むようにして刀を振る――――はずであった。


 刀が振られるよりもはやく聞えてきたのは、酷く甲高い空気を斬るような音。


「え……?」


 音の後に皆の耳に届いたのは、大城のものと思われるひどく間の抜けた疑問符。


 雷牙はと言うと、刀を振りぬいた姿勢でとまっている。


 自然と皆の視線は雷牙から大城へ向けられる。


「そこまで! 勝負あり!! 勝者、綱源雷牙!」


 皆の視線が大城に集中すると同時に、この試合の審判役であった愛美からやや嬉しさの乗った判定が下る。


 大城の制服には、左肩からそのまま真っ直ぐ腰のやや上辺りまで、縦一直線に赤い線が伸びていた。


 これが本物の鬼哭刀であった場合、彼は致命傷を負っているか、即死だっただろう。


『やったー!』


『よっしゃあ!! ナイスだ、雷牙!!』


 フゥ、と息をついた雷牙の耳に届いて来たのは舞衣と玲汰の声だ。そちらを見やると、二人がグッとガッツポーズをしている。


 彼らの隣には薄く笑みを浮かべて微かに拍手を送る瑞季の姿もあった。


 朝露に霊力を通すのを止め、柄のみの状態に戻してから大城に対して軽く頭を下げ、バトルフィールドを降りようとするも、後ろからの声にそれを阻まれる。


「ま、待て! 綱源!! お前今、僕に何をした!!?」


「何をって……。お前の刀が届く前に両手で刀を振り下ろしただけだ」


 嘘は言っていない。腕を広げた状態で突っ込んでくる大城の肩を目掛けて、刀が届く前にこちらの刀を振り下ろした。


 見ればわかることだが、大城は理解が及んでいないのか首を振る。


「振り下ろしただけ、だと!? ふざけるな! そうだ、お前僕の服に細工をしたんだろう!! でなければ僕が貴様に負けるなんてことは……!!」


「細工って……そんな時間なかったし、素振りも見せてなかったってーの。第一、この制服にどうやって細工すんのかもわからねぇよ」


 あきれ返った表情の雷牙に対し、大城は頭をガリガリと掻き毟る。よほど自分の身に起きたことが理解できていないらしい。


「ありえるわけがない……! 七英枝族であるこの僕が! 選ばれた人間であるはずの僕が、貴様のような無名に……負けるなんて!!」


 ブツブツと呟きながら、大粒の汗を滲ませる大城は、端から見ると酷く不気味であった。A組の生徒は勿論、B組の生徒すらも怪訝な表情で彼を見やっている。


 B組の担任である中年の優しげな男性教師が僅かに焦った様子を見せながら「大城くん、落ち着きましょう」と声をかける。


 やれやれこれでようやく落ち着くかと思い、踵を返したとき。


 周囲から微かな悲鳴が聞えた。


 背後を見ると、大城が教師を振り払い、こちらに向かって来ていた。彼の手には、鈍く光るナイフが握られていた。


「おいおい。さすがに乱心しすぎだろ、お坊ちゃん!」


 こちらを殺さんばかりの形相で睨みつけ、低くうなりながら向かってくる大城に対し、徒手空拳で対応しようとするが、それは無駄に終わることとなった。


「ぐぎゃ……!?」


 カエルの潰れたような声を漏らしながら、大城がその場にうつぶせの状態で倒れこんだ。


 彼の背中には愛美が跨るようにして乗っており、腕は完全に押さえられて制圧された状態でいた。


「七英枝族ともあろう者が情けない。いい加減負けを認めなさい」


 朝のホームルームで挨拶した時とは別人のような低い声だった。


「大城和磨。鬼哭刀以外の刃物の所持、及び暴力行為未遂により、校則による処罰が下るまで寮外の罰則室での謹慎を命じます」


「そんな……僕は、ぼくはぁ……!! くそぉ……!」


 冷淡な声で告げられ、大城は目に涙を浮かべる。けれども愛美は一切容赦なく、彼の腕に拘束具を巻く。


 大城はそのままB組の担任にひき渡され、アリーナから出て行った。


 バトルフィールドを囲んでいた生徒達は目の前で起きた出来事に騒然としていたものの、愛美がパンパンと軽く手を叩いて落ち着かせる。


「はーいみんなこっち見てー。えっと、びっくりした子もいると思うけど、まだ演習は続けます。以後は私が進行するよー」


 大城を拘束したときの低い声はなりを潜め、朝の挨拶の時と同じような調子で言う愛美。


 雷牙も彼女に軽く頭を下げると、バトルフィールドから降りる。


「雷牙、大丈夫か?」


 降りてから最初に声をかけて来たのは瑞季だった。後ろには玲汰と舞衣の姿もある。


「ああ、先生がすぐに止めたから怪我はねぇよ」


「よかった。それにしても、まさかあんな行動に出るとはな……」


「精神的に追い詰めすぎちまったかな。いや、けど俺と言うよりは何か別に理由がありそうな気がしたけど……」


「あんなヤツでも七英枝族だからねー。親からの重圧とかもすごいんじゃない?」


「だから何が何でも勝ちたかったって感じなんかな。けど最後の方はもう見苦しくて見てられなかったぜ?」


「細工だのなんだの言ってた時か。勝ちにこだわるってのはわかるけど、アレは正直なぁ……」


 思い返し見ても、あの言動は現実を受け止められないにしても常軌を逸していた。


「だよねぇ。瑞季も枝族だけど、プレッシャーとかかけられないの?」


「特にはないな。父は『負けることも勉強になる』と言ってくれる。ただ、思い出したんだが、大城家は近年急速に枝族内での発言権が小さくなってきている。もしかすると、彼にはその重責もあったのかもしれん」


「五神戦刀祭でいい結果を残して家の発言権を上げようとしてるってことか」


「あくまで可能性だがな。とりあえず、この話題はもうやめよう。あまり深く詮索することじゃない」


 彼女の言うことも最もである。大城の行動は雷牙に負けただけにしてはおかしかったが、これ以上何か詮索しても意味はないだろう。


 周囲の生徒もショッキングな出来事から眼をそらすかのごとく、行われようとしている試合に眼を向けていた。





 罰則室。


 主に校則違反を犯した生徒が入れられるこの部屋は、作り自体は寮の部屋と殆ど同じである。


 ただし、寮のようにベランダはなく、小さな小窓には鉄格子が嵌められ、扉は鋼鉄製で決して中からは開けられないようになっている。


 室内では、問題行動を起した生徒、大城和磨が指の爪を噛んでいた。


「……僕は負けてない、負けてない、負けてない、負けてない、負けてない……」


 念仏のように『負けてない』を繰り返す。それだけ雷牙に負けたことが受け止めきれずにいるのだろう。


「……そうだ、アイツが悪いんだ。僕が弱いんじゃない、アイツがイカサマをしたからだ……」


 アイツとは間違いなく雷牙のことだ。


 噛みすぎた爪は殆どなくなり、出血を始めている指もある。


 影を落とした彼の心に、微かな闇がくすぶり始める。

 

「……アイツは絶対に――――」

  

 それから先の言葉は聞き取ることすら困難なほど小さかった。


 けれど、濁った瞳には怨嗟の念が小さく、だがはっきりと刻まれていた。






 測定と演習を終えた放課後、雷牙達は一年生寮の共同スペースに集まっていた。


 彼らが座っているソファの前にあるテーブルには、購買で買ってきたお菓子やら飲み物が並んでいる。


「それでは、測定と演習お疲れ様でしたということで、カンパーイ!」


「唯一負けたやつが音頭とるなー」


「うっせぇわ! こういうのは気分が大事なんだよ!!」


 舞衣からの文句に玲汰は「うがー!」とがなる。


 小学生のような反応を見た舞衣は小さく溜息をつく。


「ホント、いつまでたってもガキなんだから」


「だが、こういうところが玲汰のいいところでもある」


「えー、そう? ただやかましいだけだと思うけど」


「へへん、どうやら瑞季には俺の魅力がわかるみたいだな」


 キランと瞳を輝かせる玲汰に、舞衣は「ばっかみたい」と溜息をもらし、瑞季は僅かに笑みを見せる。


 彼らの様子を見ながら雷牙も笑うものの、その表情はどこかぎこちない。


「雷牙、どうかしたの?」


「ん、あぁいやなんでもねぇよ」


「その顔でなんでもないってことはないでしょー。なになに? お姉さんに聞かしてみ?」


「……まぁいいか。実は俺、小さな頃から山で修業ばっかしてて、同年代の友達っていなかったんだ。だからちょっと戸惑ってる」


 そう。雷牙は赤ん坊の頃から都会とは隔絶された山の中でひたすら修業に明け暮れていた。そのため、彼には生まれてこの方友人というものが出来たことがない。

 

 一応、処世術的なものは教えてもらったが、本音を言ってしまえば上手くできているのかわかってはいなかった。


「ふぅん、雷牙って見かけによらず細かいこと考えんね。そんなの自然体でいいんだよ。第一、私達は自然体のアンタに興味があったから友達になりたいって思ったわけだし」


「逆にここでへんな風に取り繕われたら、こっちが傷つくぜ。コイツが言ったみたいに、学校の時と同じ感じでいいんだよ。あ、でもコイツにはあんまり気を許すなよー? 個人情報ぶっこ抜かんせつがとんでもない音をおおおお!?!?!?」


「余計なことは言わなくていいの! まっ、そういうことだからさ、あんまり気負わずに行こうよ。友達なんだし!」


 ニッと笑う舞衣は親指を立てる。その下では玲汰の関節がメキメキと音を立てているが、気にしてはいけないのだろう。


 彼らの様子にフッと自然に笑みが零れる。


 それは決してぎこちないものではなく、雷牙が心から出した微笑みであった。


「さて、では気をとりなおしてじゃんじゃん行こう!」


「明日もあるのだから、ハメを外し過ぎないように」





 玖浄院に来て最初に出来た友人達との交流を終え、雷牙は自室へと戻ってきた。


「ふぅ……」


 先ほどまでの騒がしさとは打って変って静かな自室で一息つき、さてシャワーでも浴びるかと制服の上着を脱ごうとした時。


 カチャンと部屋の鍵が閉まる音が聞えた。


 しかし妙だ。部屋には自分しかいないはずだ。そして扉は後からロックが掛かるようなものでもなかったはず。


 すぐさま背後を見やると、そこには僅かな月明りに照らされた人影があった。


「……舞衣?」


 扉の前に立っていたのは、舞衣だった。彼女は口元に薄く笑みを浮かべている。


 だが、彼女に気付いたのも束の間、雷牙は突然彼女に押し倒された。


 あまりにいきなりのことだったので、雷牙であっても反応することができなかった。


「え、え? 何? なんだ?」


 突然天井が眼に入り、眼を白黒させていると、舞衣が雷牙に跨るようにして覆いかぶさった。


「やっと二人になれた……」

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