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斬閃の刀狩者  作者: 華月建
第四章 黒き胎動
103/421

3-3

 一日の試合が終わった夕刻、龍子は自分に割り当てられた部屋の端末から表示される、複数のホロモニタを眺めていた。


 彼女の隣には持っている端末からデータを送っている広魅がいる。


「とりあえずはこんなところだけど、どうしたわけ?」


 彼女はホロキーボードを軽く叩いて全ての作業を終了すると、龍子の顔を覗き込む。


「急に獅子陸黎雄の情報が詳しく知りたいなんて言い始めて、気になることでもあったの?」


「まぁ、それなりにね」


 二人の前に複数展開されているモニタには、獅子陸黎雄のプロフィールに加え、これまでの戦歴が事細かに知るされている。


 中には新聞やニュース、雑誌の切抜きと思しきものもある。


 最終戦が終わった直後、龍子は黎雄の情報を出来る限り揃えて欲しいと頼んだのだ。


「それなりって……ずいぶんあいまいな返事じゃない。これ揃えるの私だけでやったわけじゃないんだよ?」


「もしかして、舞衣ちゃん使った?」


「うん。あの子が知りたそうな情報と交換って言ったら受けてくれたよ」


「あの子すごいでしょー。ご両親がジャーナリストらしくて、ちょっと無茶なところもあるけど、いいところに目がつくし、情報収集能力も高いんだよねぇ」


「知ってる。というかジャーナリスト界隈じゃ柚木って名前結構有名だからね。私も舞衣のフルネームを聞いた時は納得したわよ。……って、今はその話じゃなくて」


 広魅は腕を組むと睨むまではいかないものの龍子を見据えた。


 視線に対して龍子は「あぁ、ごめんごめん」軽く謝りながらモニタの前に立つ。


「獅子陸くんの情報を集めてもらったのは、ちょっと疑問に感じることがあったからなんだよね」


「疑問?」


「うん。広魅ちゃんさ、正直に言って獅子陸くんってそこまで有名?」


「え……。うーん、はっきり言っちゃうとそこまでじゃないかな。武帝の弟子ってことは確かだけど、公の舞台にあんまり出てこないし。一応ハクロウ主催の大会で優秀な成績は残してるっぽいけど」


「だよねぇ」


 龍子もそれに頷くと、履歴書のように映しだされた黎雄の写真を見やる。


 龍子自身も彼のことは知っていることには知っている。


 しかしだ。


 知っていると言っても名前と、大会で優秀な成績を収めていること程度。


 なにせ彼は今回の戦刀祭が初参加なのだ。


「なんか妙だと思わない? ハクロウ主催の大会って言えば、出場者だって手馴れ揃いのはず。そんな人たちを破ってハクロウから一目置かれてるのに、戦刀祭には初参加なんてさ」


「まぁ言われてみればそうだけど……。あえて出なかったって場合もあるんじゃない? 戦刀祭は刀狩者志望の生徒にとっては重要なイベントではあるけど、絶対に参加しないといけないわけじゃないし。興味ない子だっているでしょ」


 広魅のいうことは正しい。


 刀狩者のルート自体は様々あり、育成校に在籍して卒業条件を満たした状態で卒業すれば、あとはライセンスを取得するだけでいい。


 その後はすぐにハクロウに所属するのもよし、己を高めてから所属するも良しだ。


 五神戦刀祭出場がイコールでハクロウ所属というわけではない。


 だから育成校の出身であっても一度も戦刀祭に出場せず、刀狩者となって斬鬼対策課の部隊入り果たした者もいる。


 とはいえ、ほぼ無名の状態からのスタートなので、その道は過酷を極め、殆どが部隊入りできずに終わる。


 その点で言えば黎雄は即部隊入りできるかまではわからないが、武帝の弟子だったという事実を引いても、実力でスカウトを受けることは可能だろう。


 龍子も最初は彼がそういう風に考えているものだと思っていた。


 とあるデータを見るまでは。


「そう言うと思ってこんなデータを仕入れてみましたー」


 龍子は懐からホチキスで止められた紙の束を取り出して広魅に渡す。


 ややそれに驚きつつも受け取った広魅は眉をひそめた。


「これって……」


「そう。轟天館の選抜戦の戦績表。獅子陸くんのやつ」


「こんなのどこで仕入れ……って、もしかして涼香?」


「もち。他に見せないことと、今日中の破棄を約束して多少お金――もとい、情報のやり取りをしてもらいました」


「今お金って聞こえたよ!?」


「気のせい気のせい。で、一旦それは置いといて、そのデータ見れば変なとこに気付かない?」


 軽くはぐらかした龍子に対し、広魅は「このお嬢様はホント……」とぼやきながら資料に視線を落とす。


 しばらく眺めていた広魅であるが、段々と眉間に皺がよる。


 やがて顔を上げた彼女は小さく息をつく。


「気付いた?」


「うん。確かにこれは変っていうか、妙だね。獅子陸くん、五神戦刀祭に興味がないのかと思ったけどこれは……」


 広魅が龍子を見やると、彼女は満足げに頷く。


「私も最初は戦刀祭に興味がないだけかと思ってた。だけど彼、この三年間に轟天館で行われた戦刀祭の選抜戦に全部出場してる」


「しかも、戦績は殆ど白星。黒星なんてないに等しい。これだけの戦績なら、戦刀祭にだって余裕で出られるはずなのに、一昨年と昨年は()()()()()()()()退()してる」


 黎雄の戦績表を見ると、殆どを勝利で飾っていることは明らかだった。


「なーんか引っかかるよねぇ」


 龍子は肩を竦めると、モニタに再度視線を向ける。


 戦刀祭に興味がないのなら、最初から選抜戦に出る必要性はないはずだ。


 もちろん自分の鍛錬として学生相手に戦うのも分かる気はするが、彼の場合はこれまでの戦歴から見ても外部大会の方を選びそうなものだ。


 それなのに戦刀祭の出場条件を満たした上で辞退するというのは、やはり妙としか言いようがない。


 さらに拍車をかけているのが最終学年になって初めての出場だ。


 二年間辞退していたというのに、なぜ今になってなのか。


 ――最終学年だから? 一種の思い出づくり? いや、そんなセンチな雰囲気はなかった。


 彼が纏っている雰囲気からして思い出作りのために出場するような性格には見えない。


 龍子は「うーん」と唸りつつも、ポロッと思いついたことを口にする。


「誰かが出場してくるのを待っていた……?」


「誰かって?」


「それはわからないけど、考えられるとすればそれくらいじゃない? これまでずっと参加を蹴ってたのに、いきなりの参加。なにか裏がありそうなものだけど……」


 モニタを眺めながら龍子はソファに腰を下ろす。


 正直に言ってしまえば彼が何を狙っているのかは、今のところどうでもいい。


 ただ、引っかかることをそのままにしておくのも気持ちがよくないので、ある程度の予想は立てておきたいのだ。


 表示されている彼のプロフィールを見やる龍子は口元に手を当てているが、不意に何かに気がついた素振りを見せる。


「ねぇ、広魅ちゃん。獅子陸くんの師匠の情報って仕入れられる?」


「不動恒義の? まぁできなくはないけど、多分学校の端末から送ってもらうから明日くらいになると思うよ。そろそろ皆寮に戻ってるだろうし」


「じゃあ、仕入れられたら教えて。急がなくてもいいけど早めに」


「了解。けどなんで今更武帝のことを?」


「ちょっとね。ホラここ、もしかしたらって思ってさ」


 龍子が自身の目の前に持ってきたモニタにあったのは、数年前に起きたとある大規模な刃災の記事だった。






「斬鬼・左門字の災?」


 雷牙は自室で筋トレをしながら問い返す。


 片手で腕立て伏せをしているものの、彼の上には瑞季と舞衣の姿があった。


「それが、どうしたんだ?」


「だぁからさ、アンタが戦う獅子陸先輩の師匠のことよ。この刃災で不動恒義は亡くなったの」


「名前がつくってことは、そんなにでかい刃災だったのか?」


 刃災はその規模によって後々名前がつけられる。


 その多くはこれまでの歴史上に登場した妖刀や名刀、名剣などの武器の名前から取られることが殆どだ。


「規模自体は村正と比べればそこまでではなかったが、街一つが地図から消えた。不動恒義は要救助者を斬鬼の一閃から救うため、盾になったことで致命傷を負って落命してしまった。

 しかし、その際に放った彼の一撃が斬鬼へのダメージとなり、結果的に街一つの犠牲で刃災は終結したんだ」


「なるほどな。立派な人だったってわけだ。よっと……!」


 雷牙は腕を変えて再び腕立てを始める。


「で、あの獅子陸先輩が現場に駆けつけた時には、彼の師匠、つまり不動さんは処置が間に合わないくらいの重体で、あの人はそのまま師匠の最期を看取ったんだってさ」


「……目の前で師を失うとは、辛かっただろうな」


「……」


 瑞季の言葉に雷牙は内心で頷いた。


 雷牙は母親も父親も村正で失っている。


 しかし、悲しいかと問われると幼すぎたせいでよくわからないのだ。


 村正自体に怒りは感じているものの、そのあたりは今のところどうもはっきりとしない。


 とはいえそんな彼でも師匠を目の前で失う苦しさは理解できるつもりだ。


 目の前で宗厳が殺されれば、憎悪や怒りに燃えるだろう。


 黎雄もそうだったのかもしれない。


 が、それだと余計に気になるのは、自身に向けられたあの視線と不快感が隠し切れていなかった態度だ。


 やはり思い返してみても恨まれる筋合いはない。


 一応試合後に宗厳に連絡をしてみたものの、例によって繋がらず、結局は美冬に連絡した。


 彼女の話では、光凛や雷牙の父も人から恨みをい買うような人物ではないとのこと。


 わけがわからない。


 まったく面識の無い人物から向けられた明確な敵意。


 加えてあの態度の豹変だ。


 敵意丸出しで、好感など殆ど持てなかったというのに、昨日対面した時の彼は非常に親しみやすかった。


 声もクールなものではあったが、優しさがあった。


「……なぁ舞衣、獅子陸先輩って双子とかじゃねぇよな?」


「双子ぉ? ないない。元々兄弟もいないみたいだし、ご両親を刃災で失って以降天涯孤独らしいよ」


「天涯孤独、か……」


 その点で言えば雷牙との共通点はある。


 が、恨まれたり敵対関係になる筋合いはやはり見当たらない。


 境遇は似ているかもしれないが、何度思い返してみてもやはり過去に会ったことはない。


 悶々としながらも雷牙は腕立ての目標を完遂し、二人に上から降りてもらう。


 すると雷牙の様子を見かねたのか、舞衣が首をかしげる。


「そんなに気になるのなら、いっそのこと直接聞くのは?」


「阿呆。聞いて素直に答えてくれるわけねぇだろ。第一なんて聞けばいいんだよ」


「なんで俺を睨んだんですかとか、過去になにかありましたか、とか……?」


「それで分かるなら最初から苦労しないだろうしな。けど用心するに越したことはないかもしれん。敵意を露にしてきたということは、試合でもなにか仕掛けてくる可能性は十分考えられる」


「だな。恨みや怒りの怖さは前のあれでよぉくわかってるし」


 前のあれというのは大城の一件だ。


 彼から向けられたのは雷牙に対する一方的かつ自己中心的な怒りと恨みだった。


 が、それでも命が危なかったのも事実。


 そんなことが起きるのは勘弁してもらいたいが、完全に起きないという確証も無い。


 瑞季の言うとおり何かあると思って試合に臨むべきだろう。


「それじゃあ、獅子陸先輩のことは一旦置いといて。明日の二人の対戦相手について少し分析しておこうよ。今日も誰かさんがピンチになってたし」


「わるかったな。ピンチになってて!」


 昼と同じジト目で見られ、雷牙は苦笑いで反論する。


 その後は雷牙と瑞季の明日の対戦相手、天一郎と刑丞の対策や彼らの分析などに時間を割いた。






 

 皆が寝静まった頃、黎雄は一人で屋外修練場に佇んでいた。


 一迅の風が吹き抜け、数枚の葉が彼の周囲を舞う。


 すると、彼の体に触れそうになった葉は、突然真っ二つに切り裂かれた。


 疾風による真空刃の影響だろう。


 が、それは決して長くは続かず、黎雄が「うっ……」と呻くと共に展開していた真空の刃が掻き消える。


 彼はそのまま地面に膝をつけるものの、ジャリッという砂を踏みしめる音に反応し、刃を向けてしまう。


「しまっ……!?」


 反射的に向けてしまったことに声を詰まらせる黎雄であるものの、刃の先には誰もおらず、パチパチとした光の明滅が起きているだけだった。


「おー、こわ。後ろに立っただけで刀向けるとか、どこの殺し屋やねんお前は」


 やや高めの声に黎雄が視線を向ける。


 そこにはお子様っぽい寝間着姿にナイトキャップを被った黒羽がいた。


「……なんの用だ」


 黎雄は息をつきながら刀を納める。


「別に。偶然見えたからどないなもんかと思っただけや」


「そうか。だったら安心しろ特に問題はない」


「さっき呻いてたヤツが言う台詞かそれ?」


 小首をかしげる黒羽であるが、黎雄が眉間に皺を寄せると「やれやれ……」と肩をすくめた。


「そない睨むなや。メンバーの様子を確認するんもリーダーの務めなんやぞ?」


「ならもう済んだだろう。さっきのはただの立ちくらみだ。俺はもう少し鍛錬をするから、さっさと戻ってくれ」


「へいへい」


 黒羽は大きな溜息のあと黎雄の隣を通り過ぎていこうとしたが、彼女はすれ違い様に黎雄に問う。


「獅子陸。なにで悩んどるのかは知らんけどな。私らは同じ学校の仲間や。少しは頼ってくれてもええねんで?」


「……機会があればこちらから言おう」


「そーかい。ほな、明日もあるから適当なとこで切り上げぇや」


 黒羽はそのまま宿泊施設へと戻っていく。


 その後姿を少しだけ見やった黎雄だったが、彼はすぐに興味がなくなったように鍛錬に没頭し始める。


 自身が敵と見定めた一人の少年の姿をイメージしながら。




「なにが何もないや。あの阿呆」


 部屋に戻る道中、黒羽は唇を尖らせて文句をたれる。


「あんな深刻な目ぇしとってなんもないわけないやろ」


 黒羽が思い出していたのは黎雄の瞳だった。


 口では何もないなどといってはいたが、あれは確実になにかを隠しているものの眼だった。


 出来るなら対処したいものの、原因が分からない以上下手に手を出すことはできない。


 自身のふがいなさを痛感しつつも黒羽ベッドに入って眠りについた。

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