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「それじゃあこれから、実戦演習を開始するよー。最初は各クラスのクラスメイト同士でやる予定だったんだけど、B組たっての希望で、A組、B組同士でやることになりましたー」
集まったA組の生徒に告げられたのは実戦演習の相手はB組ということだった。
他のクラスもどうやらその方式を取るらしく、他のクラスは別のアリーナで行うため、ここにはいない。
「さすが、根回しがはえーな」
「ああ。つか今もめっちゃ見られてる。視線感じるし」
雷牙は小さく溜息をつく。背後では「うわっ、マジだ!」と玲汰が驚く声が聞こえたので、案の定大城はこっちをガン見しているようだ。
我ながら変なヤツに目をつけられてしまったものである。
別に目立たないようにひっそり過ごしたいとか、スローライフが送りたいわけでもない。
というか、刀狩者にスローライフもなにもないのだが。
戦うことは好きだが、変なヤツに絡まれるのは勘弁だ。例えば周囲の人間、今回で言えば関係のないクラスメイト達と、B組の大城達以外には面倒ごとに巻き込んでしまうからだ。
心の中で両クラスに謝罪のための合掌をしておく。
「綱源くん、ちょっといいー?」
ふと前に立っていた愛美に呼ばれた。理由はなんとなく察しがつく。
「なんスか」
素直に彼女の下まで行くと「ちょっとこっち来て」と生徒の集まりからやや離れた場所に連れて行かれる。
「んと、綱源くんはB組の大城くんと勝負するってことでいいんだよね?」
「まぁ一応向こうから言ってきたので。断った方がよかったっスか?」
「いや全然、ただちょっと確認しときたくてね。むしろ、勝って欲しい。それはもうコテンパンにする感じで」
「は?」
最初は何かしら注意をされるのかと覚悟をしていたのだが、話は違うベクトルへ進んでいく。
愛美は拳を胸の辺りで握りながらB組を見やる。
「本当はA組で和気藹々とやりたかったのに、向こうの担任と大城くんが『競走を高めるために必要うんぬん』言って来たんだよ。確かに玖浄院は刀狩者を育成する学校で競走も時には必要だけど、クラス同士がギスギスする原因みたいなのは作りたくなかったんだよ」
彼女の言うことは理解できる。
確かに各クラス同士の能力や、意識を高めるために時には競走という手段をとるのも大事だろう。
しかし、ここにいる生徒の殆どは将来、ハクロウに所属して刀狩者となる。時には協力して斬鬼に立ち向かうこともあるだろう。
そうなった時、過去のいざこざやわだかまりが残っていれば、全体の士気に影響が及ぶ可能性すら考えられる。
愛美はそれを危惧しているのだろう。まぁどうしても相容れぬ人間は誰しもいるので、皆が皆仲良くしましょうは無理だと思うが、極力、変ないざこざはない様にするべきだとは思う。
「ん? じゃあ先生、コテンパンにしない方がいいんじゃないっスか? 変ないざこざ残るかも知れないっスよ」
雷牙の思い至ったことは最もであった。ここで雷牙が大城を倒せば、それはそれでまた面倒ごとになるのではないだろうか。
いざこざを残すかもしれないことを彼女に告げてみると、愛美はガシッと音がしそうな勢いで雷牙の両肩を掴んだ。
「そこはもうしょうがないよ、綱源くん。必要な犠牲だと思って切り捨てよう?」
「先生、顔が怖いっス。口は笑ってるけど眼が笑ってねぇです。瞳孔開いちゃってます」
「そんなことないよー。向こうの担任と大城くんに『新任の先生にはわかりませんかね』とか言われてもぜーんぜん気にしてないものー」
完全に私怨が混じっていた。
雷牙の肩を掴む腕に力が入る。かなり痛い。
どうやら実戦演習の申し出の時、嫌味ったらしいことを言われたようだ。
これも自分が巻き込んでしまったことを考えると申し訳ないことである。と言うかいい加減肩を解放してもらわないとえらいことに――――。
「あだだだだ!? 先生!! どんどん力強くなってるって!! 演習する前に肩がもげる!!」
「あ、ごめんごめん! つい我を忘れちゃって……。まぁとにかく、勝とう! もう向こうが再起不能になるまでメッタメタのバッキバキに!!」
「り、了解です……!」
正直教師が生徒に行っていいセリフではない気もするが、雷牙はあまり深く詮索すべきではないと考える。
仮に負けたら負けたで今の愛美に何をされるかわかったものではない。
シュッシュとシャドウボクシングをはじめ「むきー!」と金切り声を上げている愛美を背にし、雷牙は玲汰達の下へ戻る。
「先生はなんだって?」
「必ず勝てだってよ。向こうの担任と大城に嫌味でもいわれたらしい」
「先生も大変だよねぇ。けど、私も負けるのは釈然としないし、取りまきが相手じゃなくても勝つよ。ね、瑞季」
「当然だ。やるからには全力でやる。ではなければ相手にも失礼だからな」
「よっしゃあ! いっちょやってやりますか!!」
やる気に燃える玲汰は、拳を鳴らして意気込みを新たに、アリーナのバトルフィールドを見据えた。
「ごめんなさい……」
開口一番、どんよりとした雰囲気の玲汰が謝罪した。
「頑張ったほうではあった」
「ドンマイ」
「ないわー。『やってやりますか!』とかかっこつけてたくせに負けて戻ってくるとかマジないわー」
それぞれ三者三様の返答。
順番から言えば瑞季、雷牙、舞衣の順である。
結論から言ってしまうと、玲汰は負けてしまった。相手は大城の取り巻きではなかったが、朝露を大剣型に変異させた少年で、なかなかの実力者であった。
四人の中では一番意気込んでいただけに、かなりショックもでかいのかどす黒いオーラのようなものまで見える。
「しゃーねぇって、舞衣の話じゃさっきのヤツ、剣の大会で優勝経験のあるヤツだったらしいし。よく戦ったと俺は思うぜ?」
放っておくと負けたショックのせいで妖刀でも顕現させかねない勢いなので雷牙がフォローを入れておく。
「だ、だよな。向こうは実力が俺より上だったし、しょうがねぇよな!」
「私の相手も大会上位入賞者だったけど、勝てたわよ?」
立ち直りかけた玲汰を再びどん底に突き落とすかのごとく、舞衣が容赦のない一撃を入れた。
「け、けどお前のは入賞者で、俺の相手は優勝者だぜ? 入賞と優勝じゃ差もあるしさ」
「いや、私が見る限り、玲汰が戦った相手と舞衣の戦った相手は実力は拮抗していた。だから、今回の負けは単純に玲汰がよわ――――」
「やめてあげて!? コイツ涙目になってるから! なんかもう小動物みたいになっちゃってるから!!」
女性陣からの容赦のない口撃で、玲汰の涙腺は決壊寸前だった。
さすがに同じ男として、これ以上は放っておくことができなかったため仲裁に入る。
「ま、まぁあれだ! 今回は武器の相性もあったし、実力差もけっこうあったってことで、負けて当然! そういう考えで行ってみようぜ!!」
「雷牙、フォローしてるつもりなんだろうけど、多分傷口広げてるだけだよ?」
見ると、玲汰が地面に埋まる勢いで膝を折って倒れていた。
「……そっとしておこう」
「それがいい」
「異議なしー」
これ以上何か言ったとしてもなにかしらで地雷へつながりそうなので、これ以上玲汰の試合には言及せずにおくことにした。
とりあえず背後で黒いオーラを放っている人物を放置し、バトルフィールドを見やる。
バトルフィールドは大きな正方形となっており、四隅には戦闘時の余波が周囲に被害をもたらさないようにするための結界展開装置が配置されている。
ちなみに、人や物を斬ることができない朝露でどうやって勝敗を判断するかと言うと、剣閃の可視化である。
雷牙達が身に着けている制服には、鬼哭刀と同じ素材である霊儀石が繊維化されて織り込まれている。
朝露が構成する霊力の刃には、それと反応するように調整がなされており、斬られた箇所が赤い線になって見えるのだ。
とは言ってもこれは朝露に斬られた時のみの反応であるらしい。舞衣が詳しく聞こうとしていたが、「企業秘密」と愛美に一蹴され、深くは探れなかった。
「そういえばさ」
ふと瑞季と試合を眺めていた舞衣が肩を叩いてきた。
「雷牙から見て気になる奴はいた? 強そうとか、戦ってみたいとか」
「俺から見て? つっても、そんな立場じゃねぇしなぁ。なんとなくでいいか?」
「全然オッケー。で、誰だれ?」
「玲汰の一つ前の試合で戦ってた、A組のちっちゃめな女子。動きが速くて慣れるのに時間かかりそうだった。あと攻める時の迷いがなくて、いいと思った」
「あー、ってことは、陽那ちゃんだね。ぐふふ、お客さんいい眼をお持ちで」
口元に手をあててなにやら怪しげな笑みを浮かべる舞衣。なんだその客引きのおっさんみたいな笑いは。
「本名、大神陽那ちゃん。身長一三六センチで、体重は秘密。ブロンドっぽい髪はおばあちゃんからの隔世遺伝で、一部の男子からは既に人気になっているとかいないとか」
「一日でどれだけ調べてんだよ。つか、いいのか? そんなにベラベラしゃべって」
「本人には許可とってあるもん。「いいよー」って言ってくれたし」
「さいですか……」
まったく、入学してからまだ一日しか立っていないのに、どういう行動力をしているのだろうか。
この分だと学年全体の個人情報を掴むのに一週間とかからなそうである。
「あ、そうだ。雷牙に聞こうと思ってて聞きそびれたことがあったんだ」
「なんだ? 答えられる範囲でなら答えるぜ」
「あのさ、このど――――」
「――次。A組、綱源雷牙くん。B組、大城和磨くん。フィールドへ!」
舞衣が携帯端末の空間モニタを開くとほぼ同時に、雷牙と大城の名前が呼ばれた。どうやら勝負をつける時が来たようだ。
「番か。わるいな、舞衣。話は終わってからってことで」
「あ、うん。ちぇー、いいとこで逃げられちゃった」
残念そうに唇を尖らせる舞衣は、雷牙の試合が始まるまで再び瑞季と話をしようと、彼女を見やるが、瑞季はなぜかぼーっとしていた。
「瑞季? おーい。どうしたのー?」
目の前で手を振っていると、「え?」と驚いたような声が漏らした。
「なんだ、舞衣。大神さんのことなら私も注目していたぞ?」
「いや、誰も陽那ちゃんの話なんて振ってないけど……。あ、もしかしてさっきの話聞こえてた?」
「そ、そうだ! 雷牙と話しているのが聞こえてきてな。私にもその話を振ってきたのかと思ったんだよ」
「ふぅん……」
なにやら取ってつけたような口振りだが、とりあえず舞衣は納得しておくことにした。
今はそれよりも、彼女が今から始まる試合をどう見ているのかが気になるからだ。
「瑞季は雷牙と大城どっちが勝つと思う?」
「恐らく雷牙、とはいいたいが、大城の実力がわからないからなんとも言えないな。もしかしたら隠しだまを持っているかもしれない
「雷牙が負けることもあるってこと?」
「あくまで可能性の一つだよ。そんなことよりも、実際に見た方が速いだろう」
彼女が指差す方を見やると、雷牙と大城が向かい合い、試合が始まろうとしているところだった。
バトルフィールドに上がった雷牙と大城は、互いにある程度の距離を開けて向かい合った。
「さて、覚悟はいいかな。綱源くん」
「できてないって言っても見逃すわけでもなし、必要か? その質問」
雷牙は肩を竦めて答える。そんな雷牙の言動、もしくは行動に腹を立てたのか、大城の額に青筋が立つ。
「本当に君は身の程がわかっていないね。いいだろう、そこまで人をコケにした態度を取るのなら、相応の罰を与えてあげよう」
「罰って、お前は神様かなにかかよ」
大きく溜息を着いたあと、朝露に霊力を通す。チリッという静電気のような音がすると同時に、半透明の刃が形成された。
大城も同じように朝露に手を伸ばすが、彼は不敵な笑みを零す。
誰かが「あっ」と声を漏らす。恐らくギャラリーの誰かだろうが、雷牙もその声になんとなく理解がいった。
大城は朝露を両手に一本ずつ持っていた。つまり――。
「――驚いたかな?」
「へぇ、二刀流ね……」
鬼哭刀の二刀流。決して出来ないことではない。ただ、雷牙も生まれてこの方実際に眼にするのは初めてだった。
『うっそ、二刀流!?』
『さすが大城さんだ!!』
『負けを認めるなら今のうちだぞ、綱源!!』
驚いたような声は恐らく舞衣の声だろう、そのほかに聞こえたのは、大城の取り巻き達の声だ。
「さぁ、始めようか。結果は見えているけどね」
「やってみなきゃわからねぇだろ」
「その減らず口、いつまで叩けるか……なッ!!」
雷牙の試合は、大城が先制を仕掛ける形で開始された。




