プロローグ 刃の災禍
今まではハーメルンなどで二次創作を中心に書いておりました。
小説家になろうでは初めての投稿となります。
よろしくお願いいたします。
それは決して忘れてはならない人類の記憶。
満点に広がる星空の下。オレンジ色の光が煌々と夜を照らしている。明滅する光は闇と混ざりあってどこか幻想的にも見えた。
けれど、光の中では多くの命が失われている。闇を照らすオレンジの光は、大地を焦がし人々を焼く災禍の炎。天を突くように聳えていた摩天楼の多くは瓦礫の山へと姿を変えていた。
ゴウゴウと燃え盛る炎は、全てを飲み込み、街を灰に変えていく。生存者の影はない。避難が間に合わなかったであろう人々の多くは、瓦礫に押し潰され、炎に焼かれている。
既に滅んでいるといっても過言ではない街を、倒壊を逃れたビルの屋上から見やるのは、腰に刀を下げ、何かを抱えている老年の男性。眉間に濃く皺をよせ、町の中心部を睨みつける表情は、悔しさと怒りが滲み出ている。
男性の背中には、うら若い女性の姿がある。まるで眠っているようにも見えるが、それは間違いだった。
彼女は既に事切れている。
肌の色はまだ暖かみがあるものの、呼吸もなく、心音もない。だらんと下がった腕が息絶えていることを物語っていた。
男性は中心部から一度目を離し、自身の腕の中にある温もりを見やる。
そこには厚手のブランケットに包まれた赤ん坊が静かな寝息を立てていた。この赤ん坊は、男性が背負っている女性が事切れるその瞬間まで必死に守っていた彼女の実子だ。
赤ん坊の右眉には僅かな切り傷があり、少しだけ出血が見られる。けれども、それに痛がる様子もなく、幼子は静かなものだ。
穏やかに眠る幼子の姿に、男性は僅かに口角を上げるものの、彼の表情はすぐに先ほどまでの硬いものに変わることとなる。
轟音が街の中心部で響いたのだ。弾かれるようにして男性がそちらを見やると、一際大きなビルが崩壊をはじめていた。が、爆発や他のビルの巻き添えで倒壊しているのではない。
斬られたのだ。横にではなく、縦真っ二つに。
ゆうに二五〇メートルは超えていたであろうビルが、縦に斬り裂かれた。明らかに常軌を逸脱した光景ではあったが、男性は決して驚くことなく、崩壊してゆくビルの真下を見やる。
けたたましいビルの崩壊音が響く中、何かが吼える声が崩壊する街全体に轟いた。
獣のそれと人間の雄叫びが混ざり合ったような咆哮は、音圧となって男性を襲う。大気を揺らすほどの轟音を、微動だにせず一切表情も変えずに受けた男は、腕の中の赤ん坊を見やる。
赤ん坊は小さくうめきながら目を覚ました。あれだけの轟音が襲ったのだ、当然といえば当然だ。けれども、決して泣くことはなく、男性のあごひげが気になるのか短い腕を必死に伸ばしている。
『こちら作戦本部。作戦行動中の刀狩者各員に通達。本作戦は現時刻をもって中止、各員は現在位置から退避、作戦本部まで後退せよ。繰り返す、作戦本部まで後退せよ』
腰から下がっているインカムから漏れ出たのは、災禍の対処を考えあぐねていた作戦本部からの撤退命令だった。
男性は小さく息をつくと、赤ん坊の視線を自分から目の前に広がる災禍に向けさせる。
「赤子のお前に見せるのは酷かもしれぬ。だが許せ。これが刃災……一振りの刃によってひきおこされる災禍だ。そして、炎の中の影、あれこそが――」
途中まで言ったところで、瓦礫の山と燃え盛る炎の中からあがる咆哮。炎の中には、何かが蠢いている。人間よりもやや大きな体躯を持つそれは、体全てを使って炎の中で暴れている。
「――斬鬼だ」
言い終えると、彼は赤ん坊の顔を一瞥する。赤ん坊は決して目の前の光景から視線を外してはいなかった。むしろ、凝視するように崩壊する街と炎の中を蠢く影を見ている。
やがて男性は、斬鬼と呼んだ存在に背を向け、ビルの屋上から飛び降り、作戦本部へと足を向けた。
けれどその最中も、斬鬼の咆哮は止むことはなかった。
一夜明け、災禍は終結した。
朝日に照らされた街は、原型を留めておらず、都市機能は完全に崩壊、後に残ったのは瓦礫の山と辛うじて倒壊を免れた建物がぽつぽつと残っている程度であった。
総被災者数三万人を超えたこの災害を、後に人々はこう語る。
『斬鬼・村正の災』と。




