36話 リヒテンフェルス海戦3
リグルード王国 東部メット軍港
日本の技術支援により造られた、小型艦向けの小さな補給基地。ここは今、バハルス共和国海軍の臨時司令部となっていた。
「たった一隻しかない、バハルス共和国海軍の仮基地とはな。」
小さな港に停泊する、朝風のような駆逐艦一隻。
簡易ドックに、乗組員がのんびり過ごせるよう建てられた兵舎。
かつて戦争した相手とは思えないくらい、王国は共和国海軍に手厚く援助してくれている。
周囲を山に囲まれたリアス式海岸に加え、近場の町は王家直轄地。完全に監視下に置かれ、市民からも見れないようなこの場所。
事実上隔離されているとはいえ文句を言えるような立場では無い。
「あの状況下で逃げきれただけでも奇跡です。奇跡の英雄ホルティ元帥」
「戦わずに逃げた卑怯者の間違いだろ。栄えある帝国海軍の末路がこれか」
ホルティ ポツダムは、唾を吐き捨てた。
先の戦争で捕虜としてニホンに連れてこられ、ニホンを学んだ彼は、帰国後バハルス共和国海軍の再興に尽力した。何とか二葉重工業と契約を取り、造船所を建設。この共和国海軍最新鋭艦である駆逐艦 ポツダムを竣工させた。
開戦前に共和国海軍はこの駆逐艦を主力に、旧式艦30隻を保有していたが、皇国との開戦により旧式は一瞬で壊滅した。
多勢に無勢。海戦初期から勝てないと判断したホルティは、無断で造船所及び軍港、周辺の研究施設と建造中の2番艦駆逐艦を爆破させ、無断で王国海域まで逃亡。他国の領海に無断で侵入した事による領海侵犯という事で王国にわざと捕まり、ここまで運び込まれた。王国も条件付きでこの港を共和国に貸し出すということで、これまた本国と無断で契約を交わした。
「もし仮に皇国に技術が渡ってしまうと不味かったですからね。あれが最善だったと私は思います。ホルティ元帥。」
「元帥か。あと1年生き残れれば、大元帥になれるかもな。いや大統領か?廃墟の最後の大統領だな」
ホルティは笑っていたが内心は笑えなかった。捕虜が元帥になるなど帝国軍ではありえない。
捕虜になったその時点でいかなる理由があろうとも出世への道は閉ざされる。捕虜になるようなマヌケは将校にいらないのだ。それがなぜ元帥になれたのか。理由は単純。
「わしの代わりがいればいいんだがな」
あの戦争で大半の提督は死んだ。そのあとの軍事裁判で軍上層部も死に。共和制への移行後も、元貴族の反乱やテロにより次々将校は殺され、艦隊を指揮した事がある将校はわし以外にいなくなってしまった...
「どうなるんですかね?この戦争は?バハルスは滅びますかね?」
23歳にして唯一の海軍大将。ホルティが育てあげたマクシミリアン・ミュースは言う。
「それも今起きてる海戦次第だな。」
「ホルティ元帥はニホンが勝つとお考えで?」
「勝つか負けるかで言えば日本が勝つ。だが相手はあのリッドシュタッドだ。無傷では済まないだろうな」
「リッドシュタッドはどんな方ですか?」
ホルティは、少し考え、語る。
「奴は一言で言えば、軍服を着た政治家だ。物事を軍という1面では見ず、ありとあらゆる角度から見て判断する。」
「軍人政治家は沢山いますが...」
「いや、奴のような非常にいやらしい方法で攻撃してくるような者はいない。的確に状況を分析し対抗策を考える。オマケに罠を大量にしかけてこちらの作戦を読んでくる。ほら、ニホンの将棋で例えるなら、奴は飛車角金銀がない上に目隠しで打ちながら、10手先まで予測して罠を張って勝つような男だ。今回なら王手までかけて負けるだろうがな」
そう言いながら、ホルティは空を見上げる。
◇◇◇◇
「敵艦隊、ゼール大砲台通過!距離20」
「主要砲台、7割壊滅!」
「各艦隊との通信途絶!通信妨害効果の範囲に入りました」
敵艦隊との距離が近くなってきている。リッドシュタッドは、気を引きしめる。
「なぁ、ゼルンよ。」
そばにいた、碧髪の弟子であるゼルン大佐はリッドシュタッドに向く。
「はい!」
「ロケット、いや、物体を噴出、飛翔させる技術を知っているか?」
ゼルンは、20歳の若さで将校になったが、軍内で疎まれ、燻っていた所にリッドシュタッドに拾われたのだ。彼の元でメキメキと力をつけたのだ。
「ゾット王国のボルト社が短距離飛翔砲を作ったという話なら。ただ、射程、信頼性、命中精度に欠け、武器の高さからほぼ売れなかったと聞きますが」
「それがあの国ではミサイルだのロケットだの呼ばれて進化している。ほら、見てみな」
目の前の船が突然、爆発する。巡洋艦ソーラが被弾。真っ二つに砕け散る。
通信が行えないため、正確な被害は分からないが、目の前で次々と日本によるミサイル攻撃により沈んでいく。
「提督、なんて威力なんですかあれは...」
「一発が概ね戦艦の砲撃、いやそれ以上かもしれないな。この船のような超大型艦なら数発は耐えられるだろうが、我々の攻撃は絶対に届かない。それどころか位置すら掴めない場所から正確に当てられるこの兵器。なぜ皇国では研究すらされなかった?」
ゼルンはそれを聞き考える。いや、考えるでもない。先程口に出したのだから。
「ニホンも、最初はゾットと同じような使えない兵器を研究し続けて実用化させた?」
「半分正解だな。だがこれは恐らくニホンの技術のみで作ったものでは無いだろう...これは、通常兵器、いや、大砲が使えない国でしか作ることが出来ないものだ。」
ロケット兵器の歴史は西暦世界においてかなり古い。1000年頃には既に中国において火薬と共に発明され、モンゴル帝国や、近世イギリス。アメリカの南北戦争でも使われていた。
だが、精度の悪さもあり、精度や射程で勝り、進化していった大砲により姿を消した。
だが、WW1で負けヴェルサイユ条約により色んな兵器開発を禁止されたドイツでは、この条約の抜け穴であったロケット技術に力を入れ、人類初の弾道ミサイルV1を開発。各国も次々ロケット技術に力を入れ、ロケット砲やミサイルが目覚しく進化して行ったのだ。
その背景を知らないリッドシュタッドだが、その推理はほぼ正解だったのだ。
「この戦い方といい、兵器を始めとした技術発展といい、常識では考えられない戦争をしたに違いない。それこそ、国家予算の大半を戦争につぎ込むような事をな。」
ゼルンはそれをきき、唖然とする。
転移する前の皇国はその技術力の高さと、職業軍人による精鋭軍の創設に力をいれ、それなりの軍事費をつぎ込んでいた。だからこそ、周辺諸国に圧勝し覇を確立。他国の賠償金や属国のお金で軍隊を維持しているような状態であった。
それを転移により失い、さらにあらゆる経済危機が起き、それを解決する為に周辺諸国に戦争を仕掛け、ドニラスに敗北。
それ以後は、ドニラス打倒を方針とした軍拡を続け、増税と社会保障の削減を行い財政は常に火の車状態であった。
だが、皇国は一度も国家予算の大半を使うような戦争をしたことはない。そんな事をすれば、戦中、戦後経済において甚大な被害が起こり、社会不安が起こることが目に見えていたからだ。
「そういえば、アレクシア殿下は国家予算の大半を注ぎ込み、ありとあらゆる物を戦争に投入していくような経済を総力戦と言う。とニホンで学んできたと仰ってたな。なるほど。このような事をしたからこそ、このような兵器が生まれたという事か。このような兵器があるなら、戦艦等の大型艦は不要。速度を活かした一撃離脱戦法か長射程による攻撃が基本となるだろうな。」
「提督、勝てますか?」
ゼルンは声を震わせる。聞く限り対処法なんて思い浮かばない。勝ち目なんてないと断言出来る。そんな敵だ。だが、リッドシュタッドは断言する
「勝つさ。敵の狙いは単純だ。大陸最大の軍港にして唯一の補給基地への攻撃だ。このロケットは弾数は多くない。さらに、長射程があるなら最初っから基地を狙えばいい。それをせずにこの海域に侵入した。即ち奴らの射程ではそこまで届かないという事だ。更にいえば、弾数に限りがあるからこそこの艦隊を全滅させることも不可能だろう。更にこの攻撃の頻度から、高速で動ける我が軍の機動艦隊は5割ほど残った状態で接敵できるだろう。そうなれば、近接に持ち込んでの殴り合いができる。きっとニホンの船は高いぞ。沈められなくても、被害さえ出せればかなりの経済的な攻撃へ繋がるはずだ。ただし、皇国海軍は半壊し、講和する最後のチャンスとなるだろうが。」
「一撃講和論ですか...それってあまりにも愚作では」
「それしかこの国には生き残れる道筋がないのだよ。まともにやり合って勝てる敵では無い。最早、講和で少しでも皇国が有利になるには、ここでニホンに少しでも打撃を与える。これしかない。」
リッドシュタッドは、敵艦を撃沈させるのではなく、損害を与え相手の経済にダメージを与える戦術に切り替えるべきだと判断した。
「あまり悠長に話している暇はないぞ。」
観測兵が声を上げる。
「ゼール艦隊、敵艦と接敵!交戦に入る!」
ゼール艦隊、第2主力打撃艦隊だ。既に何千という航空機を陽動に飛ばし、その隙に接近させるこの戦法。隠した砲台からの砲撃も加わり、敵艦隊の対処が追いつかず接近する事ができている。
だが、「ゼール艦隊、第3、第4打撃艦隊全滅、第8艦隊戦艦リヨン、大破!続けて空襲部隊、第7航空艦隊全滅。」と、次々と撃沈の報告が飛んでくる。
「敵艦隊の速度は?」
「は!22ヤード。」
「速いな」
このままいけば、10分ほどで敵艦隊と接敵するだろう。既にこちらの前衛艦もかなり沈められている。
「戦艦オズウェル、第2砲塔被弾、続けて機関部も被弾、制御不可、艦隊から離脱」
「敵め、一撃で破壊できない船は機関部や砲塔を集中して攻撃してるな。こちらの艦隊の位置をかなり正確に把握した上で攻撃するとは。だが、これで奴らの火力では、一撃で大型戦艦以上を沈めることは出来ないと分かった。」
激戦は続く
モンゴル帝国が使っていたとされるてつはうを始めた兵器に関しては諸説あり。




