22話 回避不可
4月25日
バハルス共和国首脳部
カーゼル大統領は、自国の軍人が皇国へ密入国した上で少女を殺害した事件の対応へおわれていた。
皇国からは猛烈な抗議文が来ている。
「犯人は誰なんだ!!」
「は。調査結果により、共和国軍北方軍第33師団234部隊所属のゼレス軍曹です。」
「やはり軍人か。動機は?」
「不明。少女を射殺後、逃走し、たまたま見つけた別部隊により射殺されました。ただ、当人は極右集団の帝国復権派の集会に行っていた事があり、自宅からそのようなものが見つかっております。また、家宅捜索にて、とある手紙を見つけ、その手紙によると、皇国内に極左勢力のミータの本部があると。その場所が当人が向かった先と合致。しかし、その組織のリーダーがその少女と明記されており、5歳の少女にそのような事が出来るわけが無いということから騙された可能性が。」
「普通気付くだろ。差出人は?」
「書かれてません」
「差出人不明にありえないことが書いてある手紙。デマと何故分からなかったのか?」
「そもそもそれが分かる程の知能があれば、こんな事しないでしょう」
カーゼル大統領は、頭を抱える
「う...起きてしまった事にこれ以上言っても無駄か。原因究明は別のに任せて、どう皇国に説明すればいいんだ?」
戦争に発展しかねないこの問題。さらに、皇国軍が国境に軍を配置している。まさに開戦の口実としてこれ以上の最適なものは無い。
「そのままありのままお伝えすればよろしいのでは?」
「それが出来ないから困ってるんだ。一般市民がやったならともかく、軍人が無断で越境して、市民を殺しました!は通用するとは思えない。むしろ舐められてると思うだろう」
既に詰みとしか言えない状況。さらにここに追い打ちをかけるような物が届く。
「失礼します!」
要件すら告げずに入る部下。
「何だ?」
「皇国から最後通牒が届きました」
それは最悪を知らせる案件であった
◇◇◇◇
「ははは、 はぁー」
「ふざけてるのか!?」
カーゼル大統領は叫ぶ。それはその最後通牒の内容に対してだ。
1 バハルス共和国はコッコ金1億を賠償としてハーデンフェル皇国に支払う事
2 バハルスは皇国の軍隊通行を認めること
3皇国の治安維持のため、バハルスは皇国との国境から南に30kmを非武装地帯とする事
4 3の非武装地帯に平和維持軍として皇国の警察の駐留を認める事
5 4の維持費はバハルスが負担する事
6 バハルスは皇国の調査団を受け入れる事
「ほぼ従属の要求ではないか!」
回答期日は5月1日12時まで。
それは、バハルスの滅亡までの残り時間...
「拒否するのですか?」
「それしかなかろう。」
ハーデンフェルの統治は苛烈だ。皇民化政策を敷いており、植民地であっても現地人をハーデンフェル人として扱う。しかし、言語、文化の強制に、逆らった者。従わなかったものには容赦なく死刑をする。ハーデンフェルによって滅びた文化も多い。事実、旧バハルス帝国領だった北部地域は、ハーデンフェルになった今やその文化も宗教も、文字すらも消え失せた...
亡くなった人は推定80万人以上とされる。
バハルス帝国民と言えど、北部地域は民族的にも宗教的にもバハルス人とは違う。むしろ独立思考の激しいハーメニア人の地域であったため、戦争に負けハーデンフェルに渡ってもバハルスとしては大した損失はなかったのだ。
しかし状況は変わった。それが今この国を襲おうとしている。目に見えた大虐殺。それに抗うなら
「戦わなければ生きれない」
勝算は皆無。壊滅的な打撃を受けた陸軍。機能不全な海軍。士気はあるが装備もない民兵。各都市への武器食料の振り分けすらまともに出来てない。状況は最悪。
「それでも精一杯の抵抗はする」
◇◇◇◇
アルヌ市
短期間でありながらこの街は要塞化に成功していた。
それが成せたのは、ひとえに市民の力であった。
ポツダムでの市街地戦において、避難勧告よりも都市攻略を優先したとして戦犯とされ、ここに流刑となったガルツ大佐。
ガルツ大佐を追って付いて来た元部下達数百名。
徴兵されて帰った予備役数百名に、愛国心高い地元民。そしてなによりもグロー市長の演説が特に大きかった。
数日前...
日本の占領下にあった時に日本が設置した巨大なテレビ。さらに数名の日本人技術者や日本人達により整備された放送局。
幸いな事に、暴動により衰退してしまったこのテレビ放送システムは、ここアルヌ市において生き残っていたのだ。
しかし、各家庭への配備は不可能であり、4箇所の広場にこの巨大なテレビが置いてあるという状態であった。
そのテレビ放送にて、グロー市長が放送局から演説する
「敬愛するアルヌ市民の皆様。お忙しい中、この放送を見聞きしてる方々に深い感謝を。わしはこの市の市長 グローである。」
この市のみであるが、テレビとラジオ放送を使い演説する。
ラジオもまた、日本からもたらされ、安価版を各家庭に配置することには成功した。
「今この街は危機的状況に陥っている。それは先日起きた皇国での1件だ。」
グロー市長は、地図をもって話す。
「確実に戦争が起きる。この街は間違いなく最前線になるだろう。この街は皇国に近過ぎる。」
「故に、避難を勧める」
「すまない。ワシは無能だ。流されるままに市長になり、部下の進言をそのまま聞くことしかせず、ワシ自ら政策を行った事はほぼない。市長失格だ。しかし、ワシは恥知らずでは無い。この生まれ育った街でワシは死にたい。そして市長として、男爵家として最後の務めを果たそうと思う。ここでワシ1人だけでも篭城戦をする。死ぬのはワシだけで良い。だから、避難したものを責めるつもりも資格もワシには無い。どうか、無事に生きてくれ....以上だ」
こうして放送は終わった...
街は混乱に陥る...はずだった。
しかし、それは起きなかった。
「なぁ、どうする?」
「逃げるっつったてよ、どこに逃げるんだよ?」
「首都か?」「なら連邦か?」「アイツらバハルス人見つけたら射殺するって噂があるぞ」「王国は..遠すぎて無理だ」「仮に逃げれたところで、どうやって生活するんだよ」
古今東西、難民問題は共通だ。難民が起きる原因は戦争と、そして逃げる場所があることが大きい。
しかし、逃げれる場所が存在しない場合、どうなるか?
「ハーデンフェルのしたことを考えてみれば降伏は論外だ。逃げる場所もない。ならワシはここで戦って死ぬぞ!」
「俺はこの街で生まれ育ったんだ!死ぬならこの街で死にたい」
「私も戦うわ」
「市長の言う通りだ!俺は恥知らずじゃねぇ!死ぬまで戦うぞ」
意思は広がり、街全体を覆う。人々は戦うことを選んだのだ。そこからは早かった。
市民たちは戦うことを選び、街周辺から色んな資材を集め、軍人の指揮の元、簡易的な要塞を作り上げたのだ。
さらにトラップも仕込んで...
◇◇◇◇
その市民の献身的な働きを見ていたグロー市長はつぶやく。
「篭城戦とは本来、味方が来るのが大前提でありそれで成り立つものだ。味方が来ることは無い。それは断言出来る。そんな死ぬ事が確定している篭城戦になぜ市民全員が参加しているんだ?それにここの生まれでもない元軍人や、日本人までも」
エリーゼはそれに答える。
「みんなこの街が好きなんですよ。自然も豊かで決して楽な生活は出来ないけど、それでもみんな生き甲斐をもって楽しく生活する。市長がどれほどこの街のことを好きなのかはみんな知ってるんですよ。毎回必ず祭りに参加してますし。しかも下っ端として」
「そ、そりゃ無能なワシが指揮なんてできるわけが無い。そういうのは他の人に任せて地道な事務仕事だけやっておくのが適材適所だと思って。そんな事より、エリーゼは逃げなくていいのか?」
「私が居ないと人事回りませんよ?それに、郷土愛っていうのかな?ここで死ぬのも悪くないなって」
「エリーゼ. ..」
「それよりも、ちゃっちゃとその辺のゴミ片付けて」
5月5日 ハーデンフェルは、バハルスからの返答無しと判断し宣戦布告した




