15話 異世界の国、ニホン後編
碧天町
軍人合わせて人口4万人の町。
軍を中心に形成された町であり、市民は何かしら軍に関わる形で生活している。軍にご飯を出すお店、軍の娯楽施設、軍の衣服を売る店、軍の細かな日用品を売るお店など。さらに大きな特徴として、計画的に作られた都市であるため碁盤の目のような構造となっている。
道幅は、戦車が横に4台通ることを前提とした広さとなり、大通り以外も道幅が広めに作られている。
通りの建物は、一つ一つは普通の民家のような建物だ。大きさも特にない。コンクリート製の普通の一般の家。
(なるほど。建物は確かに少し独特ではある。木造でも石でもレンガでもない。そして、どの家も似たような建物だ。)
アレクシアは街を見ながらそう感じた。機能的な町。非常に良く計算された建物。これがニホンの一般的な建築なのだろう。
◇◇◇◇
町の中心、役場の隣にある異世界方面軍統合司令部。機能性のみを求められた為、見た目が完全に豆腐のような、コンクリートの建物。
ここにアレクシアは連れてこられた。
「どうも姫様。私は異世界方面軍総司令官を仰せつかってる 横田将軍である」
いきなり大物がでてきた。普通、こういう場ではまず最初に副官や、秘書なりを宛てがうことが多い。事実、皇国なら立場をハッキリさせるためにまず下の役人を当てる。それに対してニホンは、現地の軍の総大将を出てたきた。それほど重要だと認識しているのか。あるいは...
「こちらこそ初めまして。私はハーデンフェル皇国の皇女であり、キャハバニシュキュルの部隊長です。」
流子は、アレクシアのこの態度の豹変に驚いていた。
アレクシアは今まで日本を蛮族の国だと思いたい、かなり舐めた態度をとっていた。しかし、ここに来るまでに見た、体験した事を通じて列強国、いやそれ以上の国と認識し、それに相応しい対応をし始めたのだ。
「ほぉ、皇女殿下でありながら部隊長殿とは。皇国では当たり前なのですかね?」
「いえ。私のわがままで作った部隊であり、女性が指揮している唯一の部隊であります。日本ではどうなのですか?」
皇国は男尊女卑は当たり前だ。皇女であるが、継承権なんてない。そして、女は目立つことなく歴史に埋もれていく。それがアレクシアはとても嫌であった。少しでも歴史に名を刻みたかったのだ。あの騎士のように生きてきた証が欲しかった。だから部隊を作り、皇国を勝利に導き、女将軍として歴史に名を刻みたかったのだ。
(それが今や捨て駒のように使われるとはな。いや、捨て駒の方がマシか。本国にとって私は戦争のための生贄だ。)
「いえ。我が国は女性でも活躍している指揮官はおります。ちょうどこの基地におりますゆえに、後ほど案内させましょう。」
「お気遣い痛み入ります。」
「さて、本題に入るとしましょう。貴殿を本国に届ける任を受けています。しかし、既に夕方。疲れもあるでしょう、なので、日本への入国は明日となります。さて、慣れない環境でしょうし、案内は同性の方に任せます。浅田かおる大佐、入れ」
「はい!」という大きな声とともに、やや体の大きな女性が入ってきた。
「大佐、この方にこの基地を案内してやれ。礼儀を持ってな」
そういい、横田将軍は部屋を出た。
「初めまして。私は異世界方面軍、第334独立駐屯部隊部隊長 浅田かおり大佐です。かおりとお呼びください。女性同士、仲良くしましょう」
と手を出してきた。確かこの国の挨拶だったな。私も手を出して握手する。
「わらわはハーデンフェル皇国皇女アレクシア。アレクシアとお呼びください。よろしくお願い致しますわ。」
この方が先程ヨコタ将軍が言ってた女性の指揮官か。若く見える。
「敬称は不要ですわよ。かおりさん。」
アレクシアは、かおりに親近感を覚えた。
「なら私も敬語は要らないわ。」
かおりも、アレクシアに親近感を覚えた。女性隊員は軍の中でもそれなりにいるが、事務が多い。志願で入った女性は大抵、事務や炊事等後方を望む。むしろ、進んで前線希望する私はかなり異常だと自覚はしている。
だからだろう。アレクシアみたいに部隊長している人を同類と感じてしまうのは。
かおるは、部屋やトイレやお風呂等案内した後、アレクシアと共に基地の外にでた。
この街は軍の町だが、もちろん民衆向けのエリアもある。
基地から西へちょっと出た場所。主に民家と商業区画の境にある大きな、舗装されてない通り。幅20m、長さ1kmにも及ぶ道路、その内に大量に並ぶ露店。通称平成通り。軍の街と違い、庶民の民家となるこのエリアは木造である事。火事の際、燃え広がらないように対策した為というこの道は、碧天町の中で1番賑わってる場所だ。
アレクシアは、この人の多さに驚いていた。皇国の大都市のような人の賑わいが、まさか本国でもない、僻地のようなところにあるとは思ってもいなかったのだ。
こうしてアレクシアは、かおると一緒に屋台巡りをし、二人は打ち解けていった。
◇◇◇◇
「かおりはなぜ、軍に入ったのですわ?」
アレクシアは疑問に思った。この街で見たり、ニホンの憲法を知る限り、確かに職業選択の自由は確立されている。現に、この街では女が土木作業していたり、軍に所属していたり、他にも力のいる仕事に就いていたりと我が国では見ることなんてない光景が広がっている。
「そうね。家庭の事情ってのもあるわね」
かおりの家庭はシングルマザーだった。
父はモラハラ男で、母によく暴力を奮った。5人の子供の長女であった私にも暴力が振るわれた。
父が元々プロボクサーだった事。不況で職を失い、さらに父方の母が認知症で失踪、亡くなった事が原因だった。
「かおりは俺を超えるプロボクサーになれる。なんたって俺の娘だからな」
そう言って、娘を愛し、プロボクサーの技を教えたり、色々な所に連れて行ってくれた父は、やがて私をサンドバッグとして殴り始めた。
3年間の虐待に耐え、高校生になった私は、法律の知識を得、母と協力し父を訴えた。離婚し、晴れて自由を得た。しかし、専業主婦だった母に収入はなく、慰謝料もそのうち底を突くことが見えていた。
母がパートを始めたが、とても5人の子供を食わせられるようなお金は稼げなかった。
そこで私は、持ち前のガタイの良さと、虐待によってではあるが、鍛えられた精神と必死で学んだこの学力で、防衛大学に入った。
防衛大学は、帝国大学レベルの学力と身体能力が要求されるがその代わり、学生なら学費、食費無料、寮付きのさらに平均的な20代後半の月給が貰える。
彼女にとって大事なのは、家族だ。
「国だ、国民だ、そんなの助ける気はない。私にとって守るべきものは、家族。次に仲間だ。私が知っている人だけでいい。それだけは絶対に守る。それを守る為に私は戦う。」
アレクシアは考えた。守るべきものの存在を。
アレクシアは、国を守りたいのか?否。
彼女にとって皇国は、酷く生きにくい。
特にニホンという国を知ってしまったら。
男尊女卑が激しく、女だからと出世も、仕事も、何かも選べない国。わらわを戦争の道具としてしか見てない家族。
彼女にとって守るべき存在とは?
彼女の部下と、わらわが信じる神話の騎士の像しかいない。
わらわが守りたいのは部下だけなのか?いや、女であっても、男と同じように活躍できると証明したいのもある。
いや、最初はそれが目的で部隊を作ったんだ。あの騎士のように、自力で社会常識を覆し、神でありながら騎士になったその生き様を。わらわができる精一杯の、この社会に対する反抗として。
アレクシアが抱いていた、漠然とした愛国心は、だんだんと崩れていき始めた...