爺①爺、未だに強すぎる問題
とにかく俺の爺が強すぎる。その一言に尽きる。
俺、シェルト・バルターは勇者の孫にあたる。だが、俺は三代目勇者として活動していない。
そう、私は大工のお手伝いをしているのだ!勇者として大物魔物を倒さず、日々街の繁栄に身を粉にして働いている。
え、なんで三代目勇者として家業をつかないのかって?
そんなこと、言わなくてもわかるだろう。
爺がいつまでたっても強すぎるからだよ。
齢60半ば、70に突入しかけの爺の癖に、まだ現役はってんだぜ?しかもまだ全盛期が日々更新されているんだ。
俺の親父なんて40前半で相当な戦闘の才を持っているのに、腕相撲から剣技、魔法に至るまで爺に勝っていないんだよ。
親父はもう酷い有様だよ。二代目勇者として魔物と日々奮闘し、戦場を駆け巡り、爺を越えようとしても届かないんだからな。むしろ爺のほうが能力の伸びがなぜか大きい。
親父はその現実に失望して勇者という職業から足を洗ってしまったよ。そして大工の棟梁になってるわけだ。
今の親父はいい年こいた中年のおっさんになっちまいやがった。死んだ魚のような目をして日々家を建てていく毎日だ。
そんな親父を17年も見て育ったんだぜ?勇者の夢を諦めて定職に就くってもんよ。あの哀愁漂う背中を眺め続けたんだ。夢ですらなかったかもしれん。
子供染みた夢想は早々にけりをつけて、安定した生活を手に入れるんだい!
―――別に、虚しいと思ってないからな!
「おーい。シェー坊。そこの木材持ってきてくれや」
「あれだな、ちょっと待ってろよ」
俺の親父の部下、ガルドがちょいちょいと脇にある木材に指を指す。
俺は木材の総数を目算で確かめながら近づいていく。
「一、二、三、四、五、と。ん?まだ下にもあるな。計八本か。余裕だな」
俺は身体の全身に【生気】を巡らせていき、能力の底上げをしていく。
【生気】とは、読んだ字の如く生きるものの持つ潜在的な力だ。自身の肉体の強度に比例して使える【生気】の大きさが増大する。
一般的に【生気】は自身の成長に比例し、だいたい30代をピークに減衰し、60、70には【生気】が扱えなくなるはずだ。
なのに、あの爺は…、何故か今も尚指数関数的に上がり続けてるわ!
意味がわからん。
「ったく。もう17ってのに、シェー坊はもうねえだろ」
普通の人なら到底持ち上げられないものを紙でも拾うがの如くヒョイと肩に担ぐ。
「あとは縛るだけっと」
俺は木材を担いでない方の手の人差し指の先から魔力で糸を紡いでいく。
魔力とは、【魔法】を引き起こす為に必要となるエネルギーだ。魔力は万人皆体内に保有している。魔力の保有量は個人差はあり、大抵は遺伝によって決まる。極稀に天才と呼ぶ魔力量馬鹿高いバケモンも生まれるらしい。
爺もその口だ。だから、俺の親父も、俺も大した量の魔力を保有していない。ま、普通の人よりは当然多いが。
【魔法】とは、森羅万象自然法則を人の手で捻じ曲げる力だ。例えば天候をいじってみたりするとか。
俺が無詠唱で紡いだ糸は魔法名【ゲウィンデ】だ。詠唱も堅苦しいので事象を頭の中で形とって発現させている。
あの詠唱、めちゃくちゃ恥ずかしいもんな。アホみたいだ。
「うし、しっかり縛れたな。さて、さっさと行くか」
木材の両端を灰色に輝く糸で縛り上げた俺は、ガルドの方へ足を向ける。
「おーシェー坊、ありがとね。そこに置いといてくれ」
ガルドは俺が近づく気配を感じ、背を向けながら顎を使って置く場所を示す。彼も仕事の真っ只中だ。両手はクッソ重い魔導コンロを持って家の中に入ってる。いや、普通男3、4人かけてやっと持ち上がるもんだぞそれ…。
「わかった。てかもう坊や呼ばわりはやめてくれ。もう17だぜ?」
「まだまだ若いわ!12歳の頃と全く変わらんわい!」
「外見はだいぶ変わってるだろう…」
「筋肉が全く足りん!せめて俺ぐらいにならないとな!」
「そんなゴリゴリになりたくねえよ!」
ガルドはニィと笑い、魔導コンロを持ち上げながら器用にサイド・チェストを決め、胸筋をプルンプルン動かす。上半身裸体なので盛りに盛り上がった筋肉が俺の目を汚しにかかる。
俺はそんな彼にゲンナリする。なんでこんな奴ばっかりなんだよ。
軽く見回しても、上半身裸体下ブリーフのマッチョが家を建築している姿しかない。
「ウォラーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」
「こんな重量、クマの方が重いわーーー!!!!!」
「俺の筋肉が負けるとでもっっ!!!!???」
「筋肉流、木材上手投っっっ!!!!!!!」
「俺の手刀で切り刻んでやんよ!!!!!!!」
「伐採など斧とかいるかっ!!!!筋肉で充分だ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
正に筋肉のパレードだよ。
紙みたいに木材が飛び交い、支柱になるクソでかい木材でさえ上手投で設置しやがる。おかしいだろ。
しかも地面に3メートルはめり込んどる。先っちょ全然鋭くないのによ。もはや周りは筋肉しかないわ!
「いやいや、周りが筋肉だらけでそれが普通に見えちゃうけど!明らかに異常だから!俺が普通なの!」
「マイノリティーが黙っとれい!ここは筋肉で始まり筋肉で終わる!万事筋肉で解決できるわ!筋肉社会がここの理よお!!」
「頭まで筋肉になってどうするんだよっっ!!!」
「もういいわっ!筋肉論をわからんやつはこれだから…。次は屋根の調整をやってこい!皆んなそこやりたがらないからな!」
「そりゃそうだろ!力技のしすぎで屋根ぶっ壊すからだろうが!」
ガルドに怒鳴り散らし、屋根のない家々(計20件少々、筋肉は高速で建築してしまう)に向かって歩き出す。
見ての通り俺はこの中ではダントツで筋肉量最下位。友達もできやしねぇ。
俺とすれ違う度に
「あれ?筋肉は?」
「わり、筋肉ないから見えなかったわ!」
「ムッキーン!!ムッキキーン!!」
「やはり俺の筋肉は美しいなっっっ!」
「筋肉=俺、俺=筋肉。そうこれは俺の中の真理!」
「筋肉無き者はすなわち亡き者、テメエは筋肉つけて出直してこい!」
と自身の筋肉美談に花咲かせてポージングを決めてくるからな。もはや人語を喋ってないやつもいるし。
俺は親父のコネでここに働かせてもらってるが、親父はこの筋肉方針をとったわけじゃない。親父は経営専門で部下のガルドが現場担当で、俺が割り当てられたのが現場になる。
頭が良かったら経営に回れたのに、頭が良かったら…!!!
まず一つ目の家に到着。平屋の家だな。綺麗にまあ屋根だけ涼しい状態になってるわ。
「調整役は俺だけだからな。さっさと終わらせねえ、と!!」
俺は足に【生気】を纏わせ軽々と平屋の屋根の骨組みの上に着地。
そして地面の脇に置いてある屋根用の木材を【ゲウィンデ】で引き寄せ、屋根の骨組みの所に置いていく。
―――骨組みの所々に手のめり込んだ跡は見なかったことにしよう…。
ちなみに俺がガルドのとこに運んでた木材はこれだな。
あの筋肉オバケたちが
「こんな軽量物、重ねても何の足しにもならんわ!刺激の無い物は運ばねえよ!!!」
と運ばれない可哀想な余り物たちだ。
基本はまだマッチョになってない新人が筋肉刺激の初級として持ち上げているが、皆んな意気込みが違う。一ヶ月もするとマッチョ陣の仲間入りしやがった。
俺は五年もかけてこの仕事をやってんのになんも筋肉つかなかったよ、なんでだよ!
「そりゃあオメエ、筋肉愛が足りないに決まってんだろ!筋肉を愛し、筋肉に愛されなきゃあな!」
「なんで俺の心を読めんだよ!」
「筋肉に国境はないのさ!!」
「せめて心のプライバシーは破ってこないで!!」
もうやだこの現場…。
屋根は意外と重要で繊細さを要求される場所だ。少しでもズレたら雨漏りの原因になってしまう。慎重に取り掛かろう。こんな作業、筋肉オバケ達には任せらんないからな。
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「ふぃーー!終わったー!これで37件目」
ようやく屋根の調整作業が終了し、空を見上げる。辺りはもう夕焼けで赤く包み込まれていて、東の方は夜の帳が下りてきている。
あぁ、今日も働いたなぁ。屋根を敷き詰める作業は結構肩に来るわ。
コテンと上体を屋根に預け仰向けになり、空と向き合う。鳥の群れが夕焼けの中を優雅に飛んで山の方へ向かっていく。自由はいいなあ…。
ビュンビュンビュンビュン!!!!
俺の耳元で風を切るような音が鼓膜を震わせた。
ん?と思い下へ向けると、そこにガルドが何かを投げた態勢で地面が片脚めり込んでいた。
「おー、お疲れさん!今日はここまでだぁ!後2日でこの仕事は終わりそうだ!100件は簡単だな!!余裕で終わるぜ!」
「あんた何したんだっ!!せっかくの感傷的な気分を返せ!てかその態勢でなにもなかったように話しかけんな!」
「あぁ、空に獲物がいたからな。撃ち落とした!こんばんは焼き鳥だお前ら!!!!!!!」
「「「「「焼き鳥、ウェーーーーイ!!!!筋肉の素ゥゥゥゥ!!!!!」」」」」
ま、まさか…。
俺はバッと空を見上げると鳥の群れは跡形も消え去っていた。そして、ガルド及び筋肉達のとこへ落ちていく鳥の肉塊がボトボト落ちるのを力なく眺める。
「嘘だろ…勘弁してくれよ」
そう、これはいつものこと。空の鳥を見かけたら撃ち落とすのは恒例だった。
我らマッスルインダストリーのこなす仕事はつまり村づくり。短期間で村を提供する芸当をする頭のおかしい会社だ。
表向きはそういうことになっている。だが、裏の稼業は傭兵。武闘派の集団として恐れられている傭兵集団だ。
自らの身体が武器そのもの。遠距離近距離問わず相手を喰らい尽くすのだ。
「今日もマッスルお疲れ様でしたっ!!明日も50件立てるぞっっっ!!!」
「「「「「了解マッスルッッッッッ」」」」」」
「じゃあ宴の始まりじゃぁ!!!」
「「「「「うおおおおおおおっっっ!!!」」」」」
ガルドの一声で今日の仕事は終わりを迎え、最後のあいさつで皆ダブルパイセップスで締める。
異様な光景がもはや普通に見える俺の目はもう腐ってしまったのかもしれない。
ポージング宴の始まりを背に俺は宿に帰るのだった。
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宿の個室に入り、腰が砕けたように身体を崩れ、ベッドにダイブ。俺は枕に顔をうずめて地団駄を踏む。
「あぁー。今日も筋肉のオンパレードだわ。目が腐るぅぅ。屋根作業中に10軒以上建てんなよな。残りは俺の担当なんだからよお!」
今日一日の事を愚痴っとかないと本当にやってられない。筋肉と【生気】の相乗効果で建物ができるわできるわ、仕事が無限に増える図は見てて地獄だ。
「もうこんな生活は勘弁してほしいわ!俺は普通の生活をしたいんだよ!!!」
「なら辞めてしまわれれば如何です?あなたにはそぐわない場所だと私は考えますけれど」
ん?ここは個室だろ?なんで俺以外に誰もいないはずなんだが。
疲労で鉛のように重い身体をググッと持ち上げ、後ろを振り向く。
そこには言葉にできないほど美しい少女が悠然と椅子に座っていた。どっから持ってきたか、紅茶を啜りながら。