短編:織姫と彦星
――また会えるだろうか。もし、会えたなら、私は謝りたい、「ごめん」と。
彼女が他界して2年。今でもあの言葉が忘れられない。「残念ながら」から始まる医者の言葉。いつも脳内で反響し続ける、あの言葉。一文字たりとも、忘れたことはない。
―――突然の交通事故。仕方なかった、と言えば、それで全て終わる。そうとも、仕方なかったことだ。細道、曲がり角、夜…。「なんでそんな時間に外に出たんだ」と怒鳴っても、返ってくるのは静寂のみ。言葉は、返ってはこなかった。
あの時はどうしたら帰ってくるんだと医者に何度も言ったさ。なんでもするからと言った。でも、無理な物は無理なのだ。人間は、神にはなれず、逆もまた然り。神は全能故に感情を忘れ、人間は全能でない故に、失う事を経験する…。
失ってから一年、今思えばずっと鬱だった。死んでやろうかとも思った。
―――でも、それは違うと、彼女が言うのだ。
「そうじゃないでしょ?私の分まで、楽しむんでしょ?」と。
彼女は死んでいる。ここにはいない。でも、そこにいた。それでいいじゃないか。幻覚だろうがなんだろうが、いいじゃないか、と。
それからと言うもの、学校では仲間が増え、心も落ち着きを取り戻していた。
毎日が涙で溢れていた、そんな日々はもう、なかった。そんな自分とは、別れた。
失って、深く、深く心に刻まれた彼女。でも、会いたいと願う私もいる。
「今日、行くか?」
「何にだよ」
「明日は7月7日だろ?七夕だよ」
「あぁ…今日はそういう気分じゃ…」
「何だよ、ダメなのか?」
「―――お前には言っただろ?今日は彼女の命日なんだよ」
「…あ、そっか。―――ま、そういうことなら、一緒に過ごしてこい」
去年とやることは変わりない。彼女と一緒に過ごす。それだけ。
命日が七夕と言うこともあり、自室には短冊など、色々ある。そこには、記念として撮った彼女との写真もある。窓から見える景色は良いもので、この日は花火も打ち上げられる。
家に帰り、自室に戻る。
「ただいま」と一言、誰もいない空間に告げ、ベッドに横たわる。
頭で巡る、彼女との思い出―――。…一緒に食べに行ったり、映画を見て楽しんだり…、そんな懐かしい日々…。思い出すたび、涙が頬を伝う。
「なんでなんだろうな…」
また一言、言葉を漏らす。
逝って欲しくはなかった。ずっと一緒にいてほしかった。彼女は私にとって、良き理解者であり、良き友であり、良き恋人だった。彼女は私の求める全てだった。
「どうしてなんだろうな…」
そしてまた、言葉を漏らす。
こんな日が、この日が後何回続くんだろうな、と。
何年、こんな人生を送ればいいんだろうな、と。
―――でも、彼女は私がそちら側へ行くことを許してはくれないだろう。それが、最後の約束だから。
「私は、どうすればいいんだろうな…」
最後に一言、そう漏らし、体を起こす。
彼女が映る写真の前、短冊が二枚ある。私はそのうち一枚、青い方を手に取り、机で願いを書き始める。
―――そして、書き終わる。
右手で握るペンを、彼女の前の短冊の上に置く。
「―――…なんて書く?」
彼女にそう聞いた。
それは返ってこないとわかっていての発言だった。
しかし…。
「私なら、『彼に会う!』って書く」
「!?」
振り向くと、彼女がそこにいた。
何故かは知らない。現実ではなく、夢かもしれない。―――でも確かに、彼女はそこにいて、彼女は答えてくれた。
「…どう、して」
「わかんない。願ったら、ここにいた」
満面の笑みを浮かべる彼女。手を後ろで組んで、にっこりとしていた。
すたすたと歩いてきて、短冊とペンを手に取り、書き始める彼女。
「やっぱり、夢じゃないんだな…」
「そうっぽい。ペンも持ててるし」
彼女も不思議そうだった。何故今、この世界にいるのか、わかっていなかったようだ。
「それで?」
「へ?」
「それで、私の彼は何て書いたの?」
「え、そ、それは…」
「なーんで?教えてよー!」
まるであの時のようだ。そう、二年前の。二人で一緒だった、あの時のよう。
これは夢だろうか。ならば、永遠にこのままでいて欲しい。叶えて欲しい。
…あぁ。わかっている。無理だ。そんなものは、叶えてはくれない。
―――と、ドーンと、花火が打ちあがった。
「―――綺麗だね」
「うん。いつもより、綺麗だ…」
「――…それは私のこと?」
「バカ、花火のことだよ」
「えー?ほんと―?」
「はいはい可愛くて綺麗ですよホント」
「感情がこもってない!やり直し!」
「…、――綺麗だよ…」
「よく言えました」
薄々わかっていた。
こうしていられるのには限りがある。一生このままなわけがない。
私は生きていて、彼女は死んでいる。ずっと一緒なわけがない。
時計の針は進み、もう午前3時だった。
あと数時間で太陽も昇る。
「ねぇねぇ、何する?」
「―――と言われてもな…」
こんな日なんて、もう訪れることはないだろう。一度きりだろう。それが例え夢であっても。
だから、楽しむ。今を、今と言う時間を。
「ゲーム、しよっか?」
「ふふふ。わかってんじゃん」
彼女は笑い、コントローラーを握る。
生前は良く二人でゲームをしたものだ。そして、よく喧嘩し、よく謝り、よく笑った。
テレビをつけて、ゲーム機を起動させる。
前はよく見た、メニュー画面。これを開けるのは二年ぶりだろう。
そして、横スクロールのアクション。協力型のゲームだ。
「変わらないな」
言葉を零す。それは彼女の動き故に。
二年前と、全く変わることのない動き。
「これが一番だって、知ってますから」
私を手助けするかのような、私の背中を押すかのような。そんな、動き。
彼女がそこにいるんだと、改めて感じる。そう思った瞬間から、涙が出てきてしまう。
「…大丈夫?」
「うっ…大丈夫、目にゴミが入っただけ」
「ここはそんなに汚くないし、例え入っても、鼻水は出ないよ?」
「っ…そう、だね…。――全く、うちの彼女はいつになっても意地悪だな」
「それでこそ、あなたの彼女ですから」
笑顔が飛び切り可愛くて、意地悪で。これでこそ彼女。――やっぱり、涙が出てきてしまう。
「―――あーもう、何秒かけたの!?」
「ごめん…」
タイムは協力プレイしてきた中で最低のモノだった。本当に、時間をかけすぎた。
「ちょっとぉ、動き悪くなったんじゃない?」
「うん、私が悪い」
「そう、あなたが悪いっ!―――ぷっ」
吹き出す、彼女。
「どうしたんだよ」
「だって、この会話、前にもしたことあったから…。いつだったっけな」
「懐かしいな。付き合い始めて、すぐだっけ」
「そう!何するか悩んでて、ゲームってなって、それでやってみたら面白くて…」
「でも、今じゃ、それも過去の話、か…」
「空気悪くなるから、そんなこと言わない!」
「はいはいすいませんね」
何となくわかっていた。きっとそうではないだろうかと。
太陽が昇ると共に、彼女は消える。それしかないだろうと思ったから。そして、今日が七夕だから…。
「―――不思議…、こんな感じになって初めてわかったの。自分がいつ消えるかが、なんとなく、わかっちゃう…」
「――私もだよ。なんとなく、わかってしまう…。」
時刻は既に4時30分を指していた。あと、30分がいいところだろう。
「最後に聞かせて、短冊にはなんて書いたの?」
「ちょっと、言えないこと…」
「何?浮気?」
「ちげぇよ私は万年あなたにぞっこんですわい」
「じゃあ何?」
私はふと、笹の葉に飾った短冊を見た。青が私で、赤っぽいピンクが彼女。
「―――…そうだな、まぁ、ただの願い事だよ」
「そりゃ願い事書くからね」
「ありゃりゃ…」
「嘘下手だね~」
「嘘が下手な彼氏ですいませんねどうも」
会話会話に出来る、間。それが、別れが近いことを感じさせていた。
「私には、言えないこと?」
「恥ずかしくてね」
「そ…っか…」
太陽が昇り始める…。
朝の光。いつもの朝。―――でも、悲しい朝。今までこんなにも辛い朝は味わったことがない。
そして彼女は消えていた。たった一つの言葉を残して…。
そして私は答える。
「―――うん、私の願いは、叶ったよ…」