何かが始まるニュービギニング
大好きな人がいる。それはきっと素敵なこと。世界が色を持つということ。
だけど大好きな人がいつも振り向いてくれるとは限らないから。
だから精一杯、手を尽くそう。
いつかその時に、後悔しないように。
―――
日差しが強いのだ。
学校へ続く平坦な道を歩きながら、そう毒づいてみる。
もう10月だというのに、この高温と紫外線はいったいどういうことなのだろうか。太陽さんは年中無休かな?
いや急に寒くなるよりはいいんだけどね?俺氏季節の変わり目には必ず腹を壊すタイプだしね?
いやいやそれにしたってこんなに暑かったらうれしくない。やっぱり太陽さん空気読むべき。
なかば足を引きずりながら歩いているせいか、はたまた朝特有の頭の回ってない思考を繰り広げているせいか、まったく学校に近づいている気がしない。
そもそもうちの高校は最寄駅から遠い。遠いうえに駅から学校までの間に足を止める場所も目を留める場所すらもないのだから、この登校の途はとにかく冗長なんである。いやなんも無さすぎでしょう横須賀……。
商店街を越えると辺りには同じ高校の生徒しかいなくなり、しずかな住宅地の中には朝から学校に駆り出されている憐れな高校生たちが放つ生温い空気に包まれていた。
そんな気怠い日常風景の中で、しかしなおこの目はいっそうの負のオーラを放っているのだろう。とにかく周りに人が寄ってこなかった。
べべ別にぼっちとかじゃねえし!単にATフィールド張ってるだけだしっ!
なんて言い訳しても1人なのは変えようのない事実なんだよなあ。
なにこれつらい……。
いや、なに、つまり、アレよ、アレ。
不肖朝桐道地、高校でぼっちをやっています。
―――
教室に入ると、みんなの様子がいつもと違っていることに気づいた。
なんだかそわそわして教室の入口を……つまり俺の方を見てくる。
なんだよとうとう俺氏の机の上に花が咲いちゃった?スレ立て待ったなしか?【悲報】俺氏クラスでいじめられている模様。なにこれTSURAIが止まらない。
そんな被害妄想は置いといて、何やら向こうの席のほうが騒がしい。
「聞いたかよ!びしょーじょ転校生が来るって!?」
「聞いた聞いた!やっぱ高校生活ってこうでなきゃなー!!いやこれもしかして…ワンチャンあんじゃね!!?」
「あるべあるべ!!?いんやぁー、やっぱこれでこそ高校生だよなぁー!」
いやねえよ。
何かはわからんがとりあえずない。
「ワンチャンあるべ!!?」とか言うやつは往々にしてワンチャン無いのだ。
ていうかなに?この頭詰まってなさそうな会話。情報量少なすぎでしょ。ウチのクラスメイトっていつもこんな会話してんの?頭がふやけちゃうよぉふぇぇ。
美少女転校生って単語が無かったら俺のペ○サス流星拳で星にしてるところだったぜ。あぶねえあぶねえ。
んーしかし、美少女転校生ねえ……。
確かにトキメク心にコネクトする素敵な単語ではあるんだけど……。
こういうのって期待したわりにガッカリってオチが定石だからなぁ……。
「人生諦めが肝心」とは心に留めておくべき言葉であって、人生のだいたい半分くらいはこの言葉で乗り切れる。あとの半分はあれだ。「もっと熱くなれよ」とかで乗り切れる。たぶん。
まあとにかく、期待はしないでおこう。
ていうか先生おっそいよ!なにしてんの!転校生はよ連れてこんと!はよはよ!
……いやあれだよ?きっと新入生の子だって新しい学校不安だろうからね?そういう気遣いだよ?
「はいみんな席につけー」
ガラッと扉が開いて担任の先生が入ってきた。
ああみなりんてんてー、あいあわらずの高身長・ハイエンドなスタイルでありがとうございます。三十路であることを除けば完璧だよぉ。
小島美奈先生(通称みなりんてんてー)は婚期を逃したのではないかと焦りだし、今婚活への意欲が人一倍つよい女性教師として人気(?)だ。
そのみなりんてんてーは教室へ入るなり生徒たちをまず静かにさせると、自分が入って来た扉の方をチラチラと伺い出した。
あー、ウチのクラスなのかぁ。
先生の挙動不審さから察するに、転入生が扉の外にいるのだろう。
例の美少女転校生とか言うやつか。胸が熱くなるな。
うーん、いや、でも、違うか。うちのクラスはなんというかほら、見た通りみんなちょっとアレだし……。なんかもっとマトモなクラスに編入されてそう、というかされるべきだ。転校生のためにも。
「みんな、おはよう。実は今日はみんなに話すことがあってな。」
先生の言葉に教室の空気がにわかに熱を帯び始める。
おおお。マジで来るのか。
「【速報】びしょーじょ転校生が内のクラスに降臨」
「やっぱり!転校生は本当にあったんだ!!」
「うっへへ。びしょーじょ転校生、、、。びしょーじょ転校生!!!」
すかさず騒ぎ出した男子諸氏のおかげで教室内はカオスの様相を呈していた。
さぁ、ステキなパーチーをしましょう!!とばかりに数人の男子などはウォームアップを始めている。なにする気だよ。
そんな教室内の様子をどこか虚ろな目で見ていた先生が、ゆらゆらと左右に体を揺らしながらつぶやいた。
「いやぁ、昨日人生ではじめて婚活パーティーとやらに行ったのだがな。見事にひとりも男が捕まらなくてなぁ……。ハハッ、やはりああいうパーティーに参加するには私はまだ若すぎたようだ。」
「「「………」」」
何の脈絡もない絶望が生徒たちを襲う!!
ば、バカな、、!!?このタイミングで身の上話だと、、、!?何考えてんだこの教師……さては三十路か!?(三十路です)
しかもなんかすっごい重いやつ放り込んできたぞ!おいおい自分の不幸に生徒を巻き込むんじゃないよ!!
ていうか転校生ウチのクラスじゃないのかよ!!
男子諸氏と俺の期待を返せよ!!!
それとそんなに辛い現実を高校生に見せつけないでぇ!やめてぇ!僕らはまだ夢見る十代でいたいのぉ!
教室中から向けられる怨嗟と恐怖の混じった視線を受け、三十路はケッと唾を吐いた。
「おめェらも15年後にはこうなンだよ………」
「「「………」」」
もうほんとやめてマジで怖いから。マジで。
みなりんてんてー(第二形態)はしばらく据わった眼で我ら小市民ことクラスメイトを睥睨していたが、気が済むとふっと息を吐いて扉の方へ手招きした。
「はいってらっしゃい」
先生にうながされて入ってきたのは小柄な女の子だった。
黒髪、良し。ショートカット、良し。ぱっちりおめめ、良し。貧乳、……うん。
貧乳はともかく、そこに居たのは紛れもなく美少女と呼ばれる類の女子であった。
親方ぁ!扉から美少女が!……いや扉から入って来たなら別に親方呼ぶほどのことでもないな。
そして案の定、美少女の登場に教室は大変な惨事となった。
「ああ^~かわいいっすね^~」
「美少女転校生のイカヅチを喰らえええええええ!!」
「自分、見抜きいいっすか!?ハア、ハア、ハア」
……大変な惨事となった!
日本の警察は優秀って聞いてたんだけどそんなことはなかったZE☆ていうかホントに通報した方がいいんじゃないのこれ?自分のクラスメイトなのにすでに擁護できないキモさなんだけど。
クラスの男子(獣)の野性に満ちた視線にさらされ、転校生はビクッと肩を震わせた。ちょっと男子~。
やはりと言うか、理性のタガが外れたように狂うクラスの面々を見て、俺は思う。この学校やめたい。もしくはこいつら辞めないかなぁ。
しかし残念ながら、非常に残念なことながら、俺はこの学校をやめることはできないしこの獣っぽい(理性がない的な意味で)クラスメイト達もこの学校から消えることはない。
別にプリズンなハイスクールであるとか、果実とか楽園とかでもない。単に潰しが効かないのだ。
この学校の名前は私立大和魔法学院高等学校。
そして俺たちは魔法使いの見習い、である。
潰しが効かないとはそういう意味だ。つまり、魔法使いの勉強してたやつが今更ほかの進路を選ぶのは非効率、というか非現実的だし、他に魔法使いの専門学校なんて聞いたことがない。そもそも世間の需要に対して魔法使いの数というのはとにかく少なく、なれれば一生食っていけるのである。
ならば選ぶ道は一つ。単位取って卒業。これしかない。
「ハァ、ハァ、て、転校生ちゃんかわいしゅぎィ!でゅふw」
「ヒャッハー!もう我慢できねえ!おぱんちゅの色はなんじゃろなァァァァ!!」
……つまり彼らも魔法使いの見習いなのだ、悲しいことに。悲しいなァ。
え?偏差値が低そう?ハハッ、ここ超エリート校だから。
一握りの秀才しか入れないのに入学した奴らはみんなこんなのばっか……日本の闇って深いなあ(しみじみ)。
自分たちの罪を巧妙に世間になすりつけていると、今まで放置していた先生がプルプルと震えだした。おや?三十路の様子が……。
ていうか先生、となりの転入生がみんなになにか言いたげな顔してますよ。おおかた静かにしてとかそういう注意だと思うけども。
しかし残念。そんな転入生ちゃんの思いが言葉になる前に、我らがクラス担任の火山が噴火してしまった。
「うるっせえんだよ小僧どもがァッ!!そんなにアタシの婿になりてェのかァ!?ああん!?」
「「「「………」」」」
うん、こういうこと言う先生も先生だけど、ここで黙っちゃうみんなもみんなだよね。
あと先生、涙目になるくらいなら言わないようにしようね。酒でも飲んだかこの人……。
「こ、小島先生!自己紹介、してもいいですか?」
「あ、ああ、そういえばそうだった。自己紹介をしなくては」
盛大に自爆死……もとい自爆し、息苦しい的な意味で焼け野原になってしまった教室の雰囲気を振り払うかのごとく、転入生が一歩前に出た。どうしてこの子が尻拭いしてるんですかね……。
転入生は前に立つと、臆することなく教室中を見回した。
なかなか肝が座っていらっしゃる。みなりんてんてーが勝手に自滅した後の沈黙を打ち破ってくれたことと言い、おそらくは優しくて強い子なんじゃないだろうか。
そして少女は一言。
「あっ、その……はじめまして! 快道 鈴鹿と言います。 よ、よろしくお願いします!」
内気な女の子の精一杯の大声。 +114514点。
どうやら教室の野郎どもも健気な快道さんの姿にすっかり骨抜きになっているらしく。そこかしこで「ああ^~」という恍惚の声が聴こえる。きたない。
汚い声が教室銃で反響する中、自己紹介を終えたはずの快道さんはまだ教壇に立ってもじもじと顔を伏せていた。トイレ行きたいのかな?
もじもじくんと化した快道さんは意を決したように顔を上げると、
「わ、わたしっ、婿探しをしに来たんです!」
と言っ………は?
「いま婿探しって言ったか?」
「いやそんなわけないだろう」
「ラブリーマイエンジェル鈴鹿たそ^~」
途端に教室は大きなざわめきの渦に飲まれ、そこかしこで快道鈴鹿の発言の真意を問うつぶやきが聞こえる。
俺なんか完全に思考回路がショートしてしまっていた。寸前とかじゃなくて。正直、言っているイミがワカリマセン。
野郎どもすら困惑する中、ただ一人先生だけが快道さんをものすごい形相で睨みつけていた。
「…………アタシの花園に土足で踏み込んできたと思ったらやっぱりそういうことだったの……。
いい!?ここの男子は全員私のものなの!!! 高校生のガキに先越されてたまるかあああああああああああああああ!!!!!」
「「「「「………」」」」」
はい。もう解散。
つーかおばさんそんなこと考えてたのかよ……。
結婚はなるべく早めにしたいなあと思いました。