花子さんと十三階段
俺は部室で相談者が来るのを待っていた。部室にはいつ相談者が来てもいいようにお菓子や飲み物を用意している。ここは『お悩み相談部』の部室であり、俺は唯一の部員だ。
悩みを受ける部活だが、生徒からの悩みは一切受け付けない。学校の七不思議専門の相談部なのだ。
何とはなしに窓の外を眺めていると、引き戸が開き、一人の少女が入ってきた。おかっぱ頭に赤色のスカートを履いている。俺は椅子に腰かけるようにすすめ、少女はペコリと頭を下げてから椅子に座った。
「お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
「あ、はい。私はトイレの花子と申します」
少女――トイレの花子さんは答えた。
「それで花子さん、どういったお悩みでしょうか?」
俺はトイレの花子さんにお菓子とお茶を差し出しながら悩みを聞く。
「彼氏に関する悩みなんですけどね。私は十三階段と付き合ってるんですよ。彼は約束を守らないところがあって、校門の前で待ち合わせをしてもぜんぜん来ないんですよね」
トイレの花子さんはムスッとした表情だったが、差し出したお菓子を食べた途端に頬が緩んだ。どうやらお口に合っていたようだ。お菓子を用意しておいて正解だった。
「まあ、階段ですからね。その場から動けないでしょうし、自分から会いに行けばいいんじゃないですか?」
「私って待ちたい派じゃないですか」
「それは知らないですけど」
初対面なのだから知っているわけがない。トイレの花子さんは十三階段さんを思い浮かべているのか、ほんのりと頬を染めていた。
「悩みはそれだけじゃありません。私というものがいながら、女子生徒のスカートの中を覗いてるんですよ」
「そうでしょうね。見たくなくても見えるでしょうからね。それは不可抗力ってやつじゃないですか?」
「言われてみればそうですね。十三階段の視線ではどうしたってスカートの中は見えちゃいますよね」
トイレの花子さんは納得したように頷き、小声で十三階段さんに謝っていた。それからトイレの花子さんは喉を潤すかのようにお茶を飲んだ。
「一番の悩みどころは女子生徒を自分の家に引き込む事なんですよ」
「それが十三階段さんの仕事ですし、仕方ないんじゃないですか?」
十三階段さんの仕事は夜中に階段を上がって十三段目を踏んだ生徒を自分の家というか空間に引き込む事だ。ちなみにトイレの花子さんの仕事はドアをノックした生徒をトイレに引きずり込む事だ。
「私だってそれが十三階段の仕事ということは重々承知しています。ですが、好みの女子生徒の場合は長い事引き込むんですよ。普段よりも内装をオシャレにしてますし、公私混同だと思うんですよね」
学校の七不思議の一角として好みの女子生徒を長い事引き込むのはどうかと思う。トイレの花子さんの言うように公私混同かもしれない。仕事とプライベートを一緒にしているように思える。
「確かに公私混同の気がしますね。花子さんとしてはたまったものじゃないですよね」
「ええ、私は十三階段を愛しているというのに」
トイレの花子さんはため息をついた。心の底から十三階段さんを愛していることが伝わってきた。ここからが俺の腕の見せ所だ。悩みを解決するとしよう。
「花子さんは待ちたいタイプなんですよね?」
「そうですけど、それが何か?」
トイレの花子さんは訝し気な表情で俺を見てきた。
「待っているだけでは何も始まりませんよ。時には自分から歩み寄ることも必要です」
「歩み寄る……ですか」
「ええ、今夜にでも十三段目を踏んで十三階段さんの家に行ってみてはどうですか? 十三階段さんの家で過ごせばより親密になれるかもしれません。思いの丈をぶつければ十三階段さんも引き込む時間を短くしてくれるかもしれませんよ」
「……自分から歩み寄らなきゃいけないですよね。今夜、思いの丈をぶつけてみます。ありがとうございました!」
トイレの花子さんは大きく頭を下げた後、部室を出ていった。
俺は窓の外を眺めながら、次の相談者が来るのを待った。
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