表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/6

とある老人の寓話

架空戦記大会は終わったけど、この作品はまだまだ続くよ!!


そこ!

終わらせることも考えず、無計画に書き始めたな、なんて言わないで!

本当だけど言わないで!!(泣

「ここは――」

 米陸軍パイロットのジョージ・エイブラムス中尉は、見知らぬ家で目を覚ました。

 やや黄ばんだ、くたびれた天井。

 埃だらけの窓の向こうには、火事と見紛うばかりの真赤な夕焼けと痩せた木の影が映っている。


「目を覚ましたか?」

 眼前には、顔の半分を黄昏の光に染めた男がいた。

 夕陽に染まっていたが、その肌の色は白でも黒ではないのは確かだった。

 一瞬ジャップの捕虜になったのかと思ったが、掘りの深さが違うし、なによりその英語は非常に滑らかだった。


「インディアンか」

「ああそうだ。トホノ・オ=オダムだよ」

 ここはどこだ、と尋ねる前に、その男は彼の求めていたことを伝えた。


「……インディアンの自治区か」

 陸軍航空隊であれば地文航法は必須だ。

 エイブラムスはその地名から、即座に自分の居場所を理解した。


 トホノ・オ=オダム。

 サンディエゴから目的地のほぼ中間地点から、若干南にそれた位置にあるインディアン、パパゴ族の保留地だ。

 あるのは荒野とわずかな草木だけ。

 他のインディアンが白人入植者に次々と侵略、同化させられていったのに対し、この年代でも白人による変化を拒み、自分たちの言語を使用しているという稀有な地域だ。(無論、英語も話すことはできる)


「こんな所にパラシュートで落ちてくるとは思わなんだ。恰好から見るに陸軍らしいが……天使関係か?」

「そうだ。俺はホールの攻撃に向かって、やられた……」


 ニューメキシコに開いた巨大な穴――、それはホールと呼ばれている。

 直径1km、深さは不明の巨大な穴だ。

 天使たちはそこからやってくる。

 何故そんな穴が開いたのか?

 どうして天使という存在が現れたのか?

 末端兵であるエイブラムスは、その情報を未だにもらっていない。

 だが天使達は現れるとすぐに住民に襲い掛かった。

 男も女も、老人も子供も関係なく、その手で持った剣で切り付け、血祭にしていった。

 北米全体で、どれだけの人間が殺されたのか見当もつかない。


 だからこそ米軍は駆除を試みた。

 幸いにして天使達は常時ホールから湧き出ているのではなく、日中、それも太陽が天頂に輝く11~12時頃に湧き出ることが判明した。

 米軍はそこを一網打尽とするため、毎日ありったけ爆撃機を出動させ、ホールに対して絨毯爆撃を行っている。

 エイブラムスもまた、爆撃だけでは殺しきれない敵を、P38ライトニングで狩り続ける任務に当たっていたのだ。

 目視しただけでも50匹は殺した。

 ホールには数え切れぬほどの爆弾が投下され、それだけで何千、何万という天使を焼き殺した。

 だが、億とも兆ともわからぬ天使は、それでもまだまだ溢れ続けている。

 一部は襲撃している戦闘機や爆撃機に向かったが、大半は東西に分かれて進撃を開始する。

 また再び都市が襲われ、無辜の民が殺戮されるのかと思うと、悔しさで血涙が出そうになるが、彼らにはどうすることもできなかった。


 幸いにして天使は単独での性能は低く、旧式戦闘機でも撃墜は可能だ。

 しかし莫大な数による肉の壁と、死亡した際に上空へと向かう性質は意外に厄介で、その肉片や剣をプロペラやエンジンに巻き込んで墜落してしまうケースが多発した。

 エイブラムスも、戦闘中に下から飛んできた剣が操縦ワイヤーを直撃し、操縦不能になってしまったのである。

 P38は双発機であったから左右のエンジン調整で騙し騙し飛んでいたが、さすがに限界を感じ、途中で機体を放棄するに至ったのである。

 だが不運というものは続くらしく、彼をひっさげたパラシュートは、そのまま荒野の中にぽつんと立っていた木に向かって降下した。

 そして眼前に無数の枝がやってきた所で、エイブラムスの意識は暗転した――。


「助けてくれたことは感謝する、後で礼もしよう。だが俺は、一刻も早く隊に復帰しないといけない」

 今、こうしている間にも友軍は苦戦しているのだ。

 今は原隊に戻らなければ――


 エイブラムスはベッドから飛び起きると、部屋の扉を開けて玄関から飛び出した。


「ひっ!」

 その瞬間、目に入ってきたのは血のような夕焼空を覆う何羽もの巨大な鳥だった。

 鳥――?

 いや、違う。


天使エンジェル……!!」

 空を覆うのは、今まで嫌というほど見てきた災厄の根源だった。

 夕陽の逆光によって真っ黒にそまり、まるで死体を求めてさまよう烏を思わせる。


「もうじき日が暮れる。帰るのはそれからにしたらどうだ?」

 狩られる――!

 そう恐怖するエイブラムスの肩を、先のインディアンが軽く叩いた。

 そして今更になってようやく、エイブラムスはここの異常さに気が付いた。


「何故だ。何故奴らは貴様らを襲わない!」

 米国の西側で、海軍基地のあるサンフランシスコ、サンディエゴ以外はすでに人間は全滅――。

 そう聞いていた。

 だがここに、天使達が飛び交う下で生きている男がいる。

 見渡してみれば、怯えながらの速足ではあるが、何人かのインディアンが道路を横断している。

 ここでは、生活が保てている。


「逆に聞こう……。なぜ、彼らが我々を襲うと思うね?」

「何?」

「熊が人を襲うにも、蛇が人を襲うにも理由がある。何故天使にはそれが無いとおもうのだ」

 不思議がるエイブラムスに、老人は尋ねる。

 エイブラムスにはその意図が理解できなかった。

 理由だと?

 理由があったら殺して良いのか?

 女を、子供を殺した奴らを許して良いのか?

 そんなはずはないだろう!

 何を馬鹿なことを言っているのだ、この男は……!


「悪い事は言わない、今日は泊まっていきなさい。腹も減っているだろう」

 激高するエイブラムスの内心を知ってか知らずか、老人は軽く上を見る。


 空に舞うのは無数の天使。

 理由不明で降下してこないとはいえ、ここで大声を出して注意を引き付けるほどエイブラムスは愚かではなかった。

 心中で振り上げた拳をゆっくりと下ろしつつ、若き陸軍パイロットは老人に続いて家の中へと戻っていた……。



「その昔……我らの言葉は一つだった」

 老人の名はロバート・M・フォレストと言った。

 職業は「町の相談役」らしい。

 胡散臭いことこの上ない男は、トウモロコシと豆の和え物と揚げパンという質素な晩餐が終わると、奇妙な形のパイプをけぶらせながら、おもむろに物語を語り始めた。


 聞き流すこともできたが、まるで母親が子供に語り掛けるような柔らかい口に、エイブラムスは不思議と耳を傾けていた。


「かつて偉大なる神秘な力は、地上に降り立つと粘土から人間や動物たちを作り上げた。

熊、蛇、鷹、水牛……すべてが同じ言葉を話し、共に生活をしていた。太陽はもっと大地に近く、冬も寒さも無かった」


 あり得ぬお伽噺。

 語彙も単純で、詩的な要素も無い。

 だというのにエイブラムスの頭の中には、まるで教会に描かれたフレスコ画のように、幻想的な光景をはっきりと瞼の裏に描くことができた。


「水牛に角は無く、蛇に毒は無く、熊や鷹に爪はなかった。彼らは互いに食らうが、必要な分しか食らうなかったからだ。互いに互いを食らわねば生きていけないことを知っていたからだ。」


 フォレストはじっくりと、その楽園について語った。

 常に気候は温暖で、トウモロコシが地平線を埋め尽くし、人々も、また動物も笑顔で、争いも諍いもない。

 食べるための僅かな闘争こそあれ、それが終われば食われた者が親兄弟であろうとも恨みは持たず、友として日々を生きる。

 それはまさに理想郷。

 平和と安寧が約束されたエデンの園、その者だった。


「だが、人間は少しずつ傲慢になり、飢えを凌ぐ以上の植物や動物を狩るようになり、そのことに感謝すらしなくなった。それどころか、自分が全知全能であると思いあがり、偉大なる神秘な力にとって代わろうと、その証として珊瑚や真珠や宝石を埋め込んだ、巨大な塔のような屋敷を作り上げていったのだ」

「……バベルの塔か?」

「キリスト教にも似たような神話があったな。だが、それとは別のものだ」

 エイブラムスの問いに、フォレストは小さく首を振った。


「その塔が雲を超えたとき、偉大なる神秘の力が大地を揺らし、塔を壊した。その時になってようやく、人間たちは自分たちが動物たちの言葉を理解できないことに気付いた。動物たちが、自分たちから身を護るため熊が爪を、蛇が毒を、水牛が角をもっていることに気付いた」


 唾をのみながら、エイブラムスは思わず自分の腹部――、これまで幾度となく飽食を繰り返してきた腹部に手伸ばした。

 怒り狂った牛が鼻息を荒らしながら、自分のそこへと角を立てる瞬間が脳裏に浮かぶ。


「だがそれでも、人間は諦めなかった。偉大なる神秘な力を罵り、いつか復讐してやると罵った。水牛を、熊を、蛇を支配下に従え、お前たちも駆逐してやると……」

「…………」

「偉大なる神秘な力は、泣いた。かつて自分が生物を導くに相応しいと見込んだ者に反逆されたのだから……」

 まるで自分が「偉大なる神秘な力」であるかのように、フォレストは嘆くように、呻くように語る。

 ゆっくりと、静かな声だったが、その響きはエイブラムスの魂を揺さぶった。

 心の底から、表現しにくい激情が溢れ、この眼前の男に叫びたい衝動に駆られた。


「故に、偉大なる神秘な力は、新たな、光る鎧と剣を身に着け、海を越え空を飛ぶ人々が、我々の土地にやってくることを許した。傲慢なるもの達を殲滅させるために――」


 物語が終わると、フォレストはそれ以上何も語らなかった。

 同時にエイブラムスの中で膨れ上がっていた感情も、まるで穴の開いた気球のようしぼんでいく。

 まるで夢から覚めたかのように、心が冷静さを取り戻していた。


 いったい何だったのだ、今のは?

 催眠術か?

 魔術か?

 混乱しながらもフォレストの方を見たが、彼はただ、何かを待つようにパイプから煙を吐き出し続ける。


「……それが天使だと言うのか」

「それは知らぬ。だが、彼らはお前たち白い人々を襲った。だが、私たちを襲わなかった。私たちは、彼らを襲わなかった。お前たちはどうだ?」

 先のお時話が、ただの老人臭い説教ならば、エイブラムスもやれやれと首を振って、くだらない、と一言だけ発してベッドへと向かっただろう。

 だが質問に質問で返されて、彼は困惑した。


 敵だから、襲ってきたから、殺す。

 アメリカ人はそうやってフロンティアを開拓していた。

 この老人の祖先、インディアンを追いやり、ハワイとフィリピンを取り込み、自身の遠い祖先であるゲルマン人を屈伏させ、極東の日本をも屈伏させる勢いだった。

 それは正しい行動の、はずだ。

 この世は弱肉強食なのだ。

 強き者が生き残るのが自然の理ではないか――。


 もしも、自分たち人間が、その強者の座から落ちたら?

 人間国家ではない、会話すらまともにできない異種族が自分たちよりも上位に現れたら?

 例えば人間は、自分たちの生活のために数多の動物を絶滅させた。

 アメリカだけでも食料にするためリョコウバトを絶滅させた。

 バイソンも、戦争をしていたインディアンの食糧源を止めるという理由のためだけに壊滅した。

 人間が、その立場になる可能性がないと、誰が言いきれる?

 実際彼らは、目的こそ不明だが人間を絶滅させようとたくらんでいるようにしか思えないではないか。


 現実になりつつある未来に、エイブラムスは言葉を失っていた。

 しばらくの間、フォレストとエイブラムスの間には長い沈黙が流れた。


「ミタケオアシンだ……」

 やがて煙草が燃え尽きたらしく、フォレストはパイプから灰を取り出しつつ、意味の解らぬ言葉をつぶやいた。


「ミタケオアシン?」

「全てはつながっている……そういう意味だ。彼らが剣を振るうのは、彼らに振らねばならぬ理由があるからだ」

「理由だと?」

 言われて、エイブラムスは思考を絶滅した動物へと向けた。

 確かに人間は動物を絶滅させた。

 だがそれにはつまらなく、悪意に満ちている場合もあるが、動機があった。

 食料であったり、毛皮であったり、放牧や耕作の邪魔であったり……。

 天使というイレギュラーが外見と、一方的に人間を殺しにくる異常さに惑わされていたが、彼らも生物の一つであることには違いない。

 人を襲うのにも、理由があるはずだ……。


 その夜エイブラムスはベッドに潜ってから、延々と天使の思考について考えた。

 空戦中、何度も見たあの瞳。

 死んでいるどころか、過去に生物であったとしか思えないよな、冷たい石のような視線。

 一体アレは、何故ホールから湧き出た?

 どうして人間を狩り尽す?

 睡魔が意識を支配するまでの間、エイブラムスはずっと考え続けていたが、その答えを導くことはできなかった……。


「良いのか? 返せる保障は無いが……」

「困っている人がいたら、助ける。それの何に、躊躇の理由があるというのかね?」

 翌朝。パンと野菜のスープという簡素な食事を提供した老人は、エイブラムスに馬を差し出した。

 原隊のあるサンディエゴへの帰還のため、車を借りようとしていた所に、この老人はまるで読心術を持っているかのように、その望みをかなえてやったのだ。


「我々は色々と貧しくてな……。自動車などという洒落た者は持っていないのだ。それで満足してくれ」

「いや、これだけでも十分だ」


 つくづく不思議な男だ。

 平時であればもう少しこの地に滞在し、不思議な老人と友好を深めてみたいとも思ったが、今は非常時だ、そうもいかない。

 昼食のサンドイッチや、数日分の缶詰まで持たせられたエイブラムスは、この礼は戦後に返すことを約束して、その保留地を後にした。

 パパゴの保留地からサンディエゴまではおよそ400キロ。

 愛機であったP38ならば数時間で移動できる距離だったが、馬の移動速度を考えれば4日から5日はかかる旅が始まるのだった……。


「あれは……」

 エイブラムスがその異変を確認したのは、老人の家を発した日の夕方だった。

 日が傾き始め、そろそろ野営できる(上空の天使達に見つかりにくい小屋か、洞窟)を探そうと思っていたころだった。

 不意に、正面に煙が見えた。

 何かが燃えているらしい。


 エイブラムスは近くに枯れ木を発見すると、馬を寄せ、枝の上へと昇った。

 彼もパイロットだ。

 双眼鏡は無かったが、2.0を超える視力は、何が燃えているのかをはっきりと彼へと伝えてくれた。


「B25(ミッチェル)か……」

 そこには墜落した双発爆撃があった。

 左側の翼が第1エンジンから少し離れた部分から消滅しているようだ。

 操縦ワイヤーか翼かの違いはあれど、状況はエイブラムスと同じだろう。

 天使の剣で切られたか、それとも空中衝突したか。

 翼を損傷した状態で基地へ戻ろうとしたが、途中で断念して不時着した。

 そんなところだろう。

 他にもP38が2機、擱座している。

 どうやら被害を受けた機体を、まとめてここに不時着させたらしい。

 

 幸いにして傍は幹線道路であり、道の幅は大きい。

 エイブラムスの同僚もお世話になった救護機に回収されたか、それとも僚機が着陸してパイロットを回収したか……

 どちらにせよB25はエントリードアが、P38はコクピットが開いていることから、エイブラムスが救護に駆けつける必要はなさそうだった。


「……!」

 ほっとしてその場を立ち去ろうとした時、視界に無数の影が映った。

 天使達だ。

 東――ホールの方向からやってきた天使達は、木の上で観察しているエイブラムスには目もくれず、一直線に墜落していた航空機へと向かった。


 まさかB25に人が残っていたのか!?

 同胞を斬り殺される瞬間を見せられるのかと、一瞬恐怖したが、どうやら様子が違った。

 彼らはコクピットには興味が無いようで、剣を使って、ぶすぶすと翼やエンジンに穴をあけ始めた。

 やがて残っていた燃料が、どぼどぼと胴体からあふれ始めると――


「な……っ!?」

 天使達は、まるで飢え、渇いた旅人のように、その液体を貪り始めたのだ。

 そこには荘厳な外見から感じられる礼儀正しさは微塵もなかった。

 ただ樹液に群がる昆虫のように、死体に群がるハゲタカのように、ひしめき合っている同胞たちを押しのけ、一心不乱に航空機用ガソリンを飲み続けた。


 片道分以上消費しているとはいえ、B25にしろP38にしろ、残っている燃料は百リットルを超える。

 質量的に見ても、胃袋に収まる量ではない。

 だが天使達はそれら全てをもらうとでも言うように、次から次へと舞い降りては、品性の欠片も感じさせない動きで、がぶがぶと燃料を口にする。


 やがて――

「……死んだ? 死んだぞ!」

 石油を飲んだ天使の内、最初に群がっていた連中が天へと上り始めた。

 まるで、銃で撃たれ、絶命した時と同じように。


 あっけにとられている間に、死んだことで空いた空間に別の天使が入り込み、ガソリンを啜り始める。

 そしてその間にも別の天使が死に、そしてさらに別の天使が隙間を埋めていく……


「そうか……ガソリンか」

 アメリカという巨大国家を動かしてきた力は、豊富な重工業地帯がある。

 それを支えるのは、もちろん豊富な燃料――ガソリンだ。

 天使達がガソリンを主食としているなら、彼らにとってそれは子豚の丸焼きが無造作に、無尽蔵に置かれていたのと同じだろう。

 その傍にいる人間などは、食事を邪魔する害獣でしかない。

 だから殺されたのだ。


 皮肉にも保留地のインディアン達は、白人たちによる圧制によって貧困の極みであり、自動車の所有など夢のまた夢。


「だから、襲われなかったのか……」

 何故あの老人の住む街が無事であったのか、一つの理由が氷解した。

 だがそれでも疑問が残る。


「何故死んだ……?」

 天使達がガソリンを食っていることは見た通りだ。

 しかし彼らは死んだ。

 無論ガソリンをあれだけ飲んだら、死ぬのは当然だ。

 だが、彼らは自分から飲みに行ったのだ。

 まさか自殺願望者という訳でもないだろうに――


「……いや、今はいい」

 自分自身で何か答えを見つけようとして、エイブラムスは首を振った。

 そして偵察していた木から飛び降りると、馬の背へまたがり、基地のあるサンディエゴの方へと相棒を走らせる。


 偵察の仕事は、生きて情報を届けることだ。

 自分は生物学者でも、神学者でもない。

 考えたところで答えを見つけられるわけでもないし、それを正しいと証明できるわけでもない。

 今すべきは、報告だ。

 見たこと、知ったこと全てを基地に伝え、自分よりも天使に精通している学者や軍の上層部に考えてもらえばいいのだ。


 エイブラムスは天使達に気付かれるのも構わず、馬の腹を蹴った。

 何もない荒野では、その馬の駆ける音は遠くまで響いた。

 だが天使達は、遠方を駆ける彼のことなど見向きもせずに、ただ一心不乱に自らを死へと追いやる液体を飲み続けたのであった……。



――そして時を同じくして。



「まさか、こんなにあっけなく米本土に侵入してしまうとはな……」

 大日本帝国海軍〔伊400〕の晴嵐パイロットである高橋一雄少尉は、複雑な思いで米国はシアトル上空を飛行していた。

 本来ならば僚艦である〔伊401〕と共にサンディエゴのエルウッド製油所を攻撃する予定だったが、途中での作戦中止と北方への移動命令、そして日米停戦の情報が舞い込んだ。

 そこまでは、政治的な何かがあったのだと分かる。

 だがその後やってきた命令は、北米シアトルへの偵察任務命令だった。


 すでに戦争を止めた相手に対して、何故挑発するような行為が命令されたのか。

 しかも昼間に、出来る限りの回数、偵察してこいと言うのだ。

 艦長である日下敏夫中佐も首をかしげるばかりだったが、偵察するうちにその異常性が明らかになってきた。


「吉峰大尉、何か見えますか?」

 偵察員である吉峰徹大尉に尋ねたが、帰ってきた答えは小さな溜息だった。

 すでに高度は、シアトルのビル群に衝突しかねない高度まで降下しているが、それでも高橋も、また吉峰も動くものは見つけられなかった。

 だが所道路やビルの屋上に、黒い棒きれのようなものが散らばっているだけだ。


 ぶお、とアツタの水冷エンジンが重低音を響かせると、その黒い棒は突然バラバラになって、後にはもっと細い、白い棒きれが残った。

 死体だった。

 ほとんど白骨化している死体に、烏(高橋はそう思っていたが、実際はヒメコンドルである)が群がっていたのだ。


 それは海軍基地――ピュージェット・サウンド海軍造船所でも同じだった。

 高橋が機体を接近させても、対空砲火はおろか、人間の動く気配すらしない。

 動くのは死体を啄む鳥ばかりだ。


「一体何が起こっているんだ……」

 日本では本拠地呉ですら見られないような巨大海軍工廠を見ているというのに、感激も畏怖も皆無だ。

 ぞっとした何かが背中を伝う。


 正体不明の有翼生物が米国を襲った、などというお伽噺を聞いた時は、艦隊司令部は頭がイカれた(もっとも、地方都市にすら呉に等しい海軍工廠を持つ国に戦争を吹っかける時点で、最初から頭がイカれていたとも言えるが)のではないかと思ったが、どうやら本当に異変は起こっていたらしい。


 一方、高橋の僚機である僚艦である〔伊401〕から飛び立った浅村敦大尉もまた、米国を襲った異変をその目で確認していた。

 場所はシアトルよりさらに北の、カナダ領バンクーバー。

 地下資源の輸出で栄えたその港街では、石油タンクと思われる人工物に、無数の有翼生物が集まっていた。

 白と黒の違いはあれど、その姿はここに来るまでに見せられた鳥たちを連想させる。

 強大な米軍を前にしたときとは違う、形容しがたい不気味さと不快感を覚えながらも、浅村は機体を近づけてその仔細を確認しようとした。

 彼らの大群は内陸部から雲霞のようにやってきては降下し、しばらくすると垂直に空へと昇っていくらしい。

 さらに近づいて確認しようとしたところ、空中にいた個体が進路を変えて向かってきたので引き換えすしかなかった……。


 米国の反応と有翼生物――天使の存在から、ようやく連合艦隊司令部の正気を確信した〔伊400〕艦長の日下敏夫中佐は、大胆にもファンデフカ海峡へと進入し、米本土のさらに内側へと艦を向かわせた。

 さすがに湾が入り組み、身動きが取れなくなるシアトルやバンクーバーまでは進入させなかったが、その手前にある北方の街――(彼らは名前を知らなかったが、ビクトリアと呼ばれる街だ)の沖に投錨、上陸部隊を編成して街への偵察を部下に命じたのだった。

 一方僚艦である〔伊401〕は、〔伊400〕が天使の襲撃を受けた際に即座に離脱できるよう、海峡出口付近に停泊することになった。


 北方よりの石油タンクとそちら側の内陸では天使が跳梁跋扈していたため、それらとの接触は避けて南方を移動することになった。


「なんだ? あれは……」

 そうして3度目の出撃をした時だった。

 南東方面への偵察をしていた高橋は、とある施設に群がる天使達を確認した。

 シアトルやバンクーバーでの光景から、彼らが石油施設に群がることは確認できていた。

 だが石油プラントやタンクは、輸送の関係から、石油貯蔵や製油施設は海岸に作られるのが普通だ。

 こんな内陸部にあるとは考えにくかった。


「吉峰大尉、あの施設が何かわかりますか?」

「分かるわけないだろう。地図もないんだぞ」

 ここまできておいて今更ではあるが、〔伊400〕にはシアトル付近の地図はない。

 当然といえば当然で、元々はカリフォルニア州での製油施設の破壊を命ぜられていたのだ。

 規格外の大きさを持つ〔伊400〕型といえど所詮は潜水艦、艦内スペースに余裕はない。

 余計であり、しかも行けるはずのない地域の地図など、持っているはずもなかった。


「ただ、位置は覚えた。帰れば地名くらいは分かるだろう」

「何故です? 帰っても地図はありませんが……」

「だからこそ、艦長は上陸部隊を組織したんだろ? 廃墟となっても、地図ぐらいは残っているだろうさ」

 ああ、なるほど、と高橋は感服した。


 天使などという正体不明の生物がいるのに、何故湾内へと船を進入させたのかは理解できなかったが、ようやく納得ができた。


 実際、高橋が帰ってから暫くすると、上陸していた隊員たちが周辺の地図を見つけて帰ってきた。

 当然ながら英語の地図であったが、飛行経路から計算した結果、その土地の地名が判明した。


「ハンフォード・サイト……か。地図で見たところ砂漠地帯のようだが、連中、なんでこんな所に集まっているんだ? アメリカの秘密石油タンクでもあるのか?」

 〔伊400〕艦長である日下の問いに答えられる者は、誰もいなかった……。

当初の予定では、インディアンが呪術で天使やでドラゴンを呼び出して白人に復讐!という内容だったんだけど、それだと落としどころがつかなかったのです。

今回の話はその名残です。


べ、別に天使の正体の解明パートに行き詰ったからじゃないんだぞ!!


あ、今回は再び「魔王軍の戦場カメラマン」と同時投稿です。

そちらのほうもぜひぜひよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ