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激闘!

戦闘パートということで、結構長いです。

本来は8月中に全部完結させる予定だったんだけど、多分これ9月まで食い込みそうだ……。

たとい千人はあなたのかたわらに倒れ、万人はあなたの右に倒れても、その災はあなたに近づくことはない。

あなたはただ、その目をもって見、悪しき者の報いを見るだけである。

あなたは主を避け所とし、いと高き者をすまいとしたので、

災はあなたに臨まず、悩みはあなたの天幕に近づくことはない。

これは主があなたのために天使たちに命じて、あなたの歩むすべての道であなたを守らせられるからである。

彼らはその手で、あなたをささえ、石に足を打ちつけることのないようにする。

旧約聖書 詩篇 第91篇より


「畜生、なんでこんなことに……!」

 アレクサンダー・タウンゼント中尉は機銃のトリガーを引きながら、正面に群がる天使に向かって叫んだ。

 彼の一族は敬虔なプロテスタントだ。

 だからか?

 カトリックに造反した信徒であるから、このような天罰を落したとでもいうのか!?

 ……いや、そんなはずはない!

「主よ、我らが罪を許したまえ……!」

 心の中で十字を切りながら、アレクサンダーは機銃の発射トリガーを引いた。

 ブローニング12.7mm機関銃は、神の使徒に対しても恐れることなく自己の機能を全うし、鋼鉄製の鏃を吐き出した。

 それらは天使の清らかな肉体を、グロテスクな肉片へと変貌させる。

 だがそれだけの冒涜を行っても、まだ破壊衝動が足りぬとでも言うように、銃弾はその背後、さらにその奥にいる天使をも貫き、それらを絶命させた。


 まるで氾濫した河川のような天使の流れに向かって、ありったけの弾丸を吐き出す。

 撃てば当たる、まさにそんな状態であり、濁流の中で血漿と羽毛がいくつも爆ぜているのが分かった。


「く……っ!」

 だがアレクサンダーに戦果を確認する余裕はない。

 天使たちは飛翔しているとはいえ、速度は100ノットが精々。

 武器は剣で、銃も撃ってこない。


 だが問題はその数だ。

 一部といっても反転してくるのは100人、200人程度。

 速度が遅くとも、また銃を持たずとも、空中に存在するだけで危険な壁となる。

 事実、アレクサンダーも今日だけで2機の僚機が天使と衝突し、墜落するのを目撃している。

 数度の手合わせでそれを理解したアレクサンダーは、ある程度余裕を持って旋回し、退避に入った。

 一部の天使が後を追ってきたが、プラット・アンド・ホイットニー社製の2千馬力エンジンは、彼らを容易く引き離し、攻撃圏外へと離脱した。


 しかし――

「……ガッデム!」

 アレクサンダーは気性のままに神へと呪詛を吐いた。

 弾がもうない。

 1門あたり400発、合計2400発の銃弾は、先ほどの攻撃で全て使ってしまった。

 こうなってはもはや、数多の日本軍機を屠ってきた性悪女も、ただ天使たちの蹂躙を指をくわえてみていることしかできない。


「いや、まだだ!」

 アレクサンダーは機首を翻し、天使たちに背を向けた。

 逃げるのではない、向かう先は空母〔バンガーヒル〕。

 米国の新鋭空母にして、彼の母艦である。

 幸いにも天使たちは外周の駆逐艦を襲撃してはいたが、輪形陣内部にはまだ入り込んでいない。

 補給はできるはずだ。

 その上で再度、天使達に攻撃を仕掛ける……!


 そう考えながら、ふと視線を向けた先で、小さな花火が上がった。

 TG38.1、TG38.2よりもやや離れた位置だ。

 あそこにいるのは確か――


「……ふん、ジャップどもか」

 真珠湾のだまし討ちで戦争を仕掛けてきたにも関わらず、米国が天使によって危機に陥ったのを利用し、まんまと優位な状況で休戦に持ち込んだ連中。

 それだけでは飽き足らず、艦隊を派遣してこちらの情報をかすめ取ろうとしている。

 だがそれが災いし、天使たちから攻撃を受けているらしい。

 ざまぁみろ。

 精々天使を引き付けてくれよ、ジャップ。

 そう心の中で呪詛を吐きながら、アレクサンダーはフラップを下ろし、〔バンガーヒル〕への着艦準備に入ったのだった……。


「左舷、天使3……撃墜!」

「撃ち方やめ!」

 アレクサンダーの思惑とは異なり、帝国海軍派遣艦隊は大きな痛手を負うことなく、襲い掛かった天使達を排除していた。

「天使群、米艦隊に殺到中。こちらに向かう天使無し」

「やれやれ、しのぎ切れたか……」

 田口艦長は大きく息を吐きながら、軍帽を取って額の汗をぬぐった。

 天使群はそこの9割9分が米艦隊へと向かったが、一部は帝国派遣艦隊へと襲い掛かってきた。

 その数500。

 数だけを見れば恐ろしいように思えるが、低速で防御は皆無、しかも武装が剣であり密集して突っ込んでくるのだから、それほどの脅威にはならなかった。

 一時〔霞〕の至近5mまで迫った個体があったものの、帝国海軍は被害を受けることなく、第一波の攻撃をしのぎ切ったのだった。


「米駆逐艦、2隻沈黙!」

「観測機より報告。天使群、米第1群の輪形陣を突破。巡洋艦に殺到しつつあり」

 一方で米艦隊が悲惨な状況にあるのは、帝国艦隊からも観察できた。

 第1群上空には水偵を飛ばしているし、米第2群に至っては視認圏内だ。

 米軍は確かに単艦ならば日本軍の3倍……もしかしたら5倍以上の対空能力を持っていたかもしれない。

 艦艇数を考えれば数百倍の差はあるだろう。

 だが、やってきた天使は日本艦隊に向かった数の千倍以上だった。

 突撃する天使たちは肉の壁となって次の天使たちへの血路を開き、さらにそれによって前進した天使たちがさらに血路を開いていく。

 盛んに対空砲を上げる駆逐艦に、白い集団が殺到すると、まず、それまで絶え間なく続いていた機銃の炎が一つ、また一つと消えていく。

 それから10秒もしない内に今度は12.7cmの主砲も沈黙し、そして最後は制御を失ったように艦そのものが迷走する……。

 しばらくすると、蛾が羽化でもするかのように次の獲物を求めて駆逐艦から飛び立っていく……

「……まるで鳥葬だな」

 真っ白に彩られた駆逐艦を見て、宮嵜は唸った。

 米駆逐艦は爆発もしないし、傾斜もしない。

 だが確実に砲火は止み、制御を失い漂流する……

 その異質な戦果に、宮嵜は背筋につめたいものが走るのを感じた。


「……戦闘報告は、常に送信しているな?」

「は。常に最新のものを送っています」

 宮嵜の質問に、通信参謀ははっきりと明言した。

「しっかりと頼むぞ。生きて帰れるかはわからんのだからな……」

「アトランタ型巡洋艦に天使殺到!」

「観測機より入電。米第1群、半数が沈黙!」

 呟く宮嵜の傍で、通信員が震えた声で読み上げた。

 宮嵜たちが視認できる位置にある第2群は、数を減らしたとはいえまだ艦隊の体を成しているが、どうやら先行した第1群は壊滅が近いらしい。


「第7艦隊、および第3艦隊の第3、第4群からは?」

「今のところ、被害報告はありません。天使は第三艦隊の第1群、第2群にのみに殺到しているようです」

 米太平洋艦隊は、ウィリアム・ハルゼー大将が率いる第3艦隊 第38任務部隊(TF38)と、陸上部隊を護衛するトーマス・C・キンケイド指揮の第7艦隊 第77任務部隊(TF77)とに分かれている。

 この内第38任務部隊は兵力を4分割し、第1群(TG38.1)と、第2群(TG38.2)を北方に、第3(TG38.3)、第4群(TG38.4)を南方に配備している。

 天使がやってきたのは北方からであり、南方部隊はまだ無傷だった。

 艦載機での相互支援が可能な距離ではあるが、100機、200機程度の戦闘機の支援では焼石に水であり、対空砲火の支援を行うため、現在は最大船速で北上中とのことだ。


「艦長、天使の第二波が来たとして、防ぎきれるかな」

「500で結構ギリギリでしたからね……。1000程度ならば頑張れなくはないですが、5千、1万となれば難しいでしょうな」

「……だろうな。自分もそう思う」

 田口艦長の言葉に、宮嵜もやれやれと首を振る。

 幸いにして天使には高度な知能は無いらしく、突撃一辺倒だ。

 それだけに対空砲火は狙いやすく、事実日本艦隊は500人ほどの天使を撃退している。

 だがそれでも一部の天使が駆逐艦まで5mという至近距離にまで接近したのだ。

 2倍程度ならばなんとかなるかもしれないが、5倍、10倍となったらまず防ぎきれないのは明らかだ。


「米第三艦隊の1群、2群が壊滅したとしたら、次に天使たちは第3、4群ではなく、より近い我々を狙ってくる可能性が高いと思われます。ここは反転し、第7艦隊の後方に移動すべきではないでしょうか」

 政治的な判断が必要だと思ったのだろう。

 艦隊司令官を兼ねている田口艦長は、あえて宮嵜に意見を尋ねた。

 この艦隊は日本側の都合で天使を観察するのが目的であり、米軍を支援することが目的ではない。

 日米は休戦協定を結んだとはいえ、同盟国ではないのだ。

 米軍と共闘しなければならない、という義務はない。

 加えて戦前の日本人への挑発や、戦中の日本兵への虐殺行為は田口や宮崎も知るところである。

 そんな彼らに対して、小規模とはいえ艦隊を危険に晒す必要は無いのではないか?


「……それも考えたんだがね」

 言外に撤退を促す田口の意見は、宮嵜にも理解できた。

 3年半もの間、殺し合ってきた連中と今すぐに共闘しろと言われても、今更なにを、と言いたくなる。

 ましてや日本人からすれば、戦前に散々挑発と威圧、そして無茶苦茶な要求を突き付けてきた恨みがある。

 天使にほろぼされて済々する、という感情が無いわけではない。

 だが――。


「本艦隊の目的は、米軍に恩を売るためでもある。ここで我が艦隊が逃げに徹したら、もしも日米で同盟を組んだ時に、色々と厄介だ」

「……同盟、ですか?」

「驚くことかい? 天使が日本人に手を出さない、日本には出現しない、などといつ、誰が決めたんだ?」

 帝都の上空に天使の軍団が現れた瞬間を想像したのだろう。

 田口の顔が、にわかに青ざめる。


「そういうわけで、我々には逃げるという選択肢はないんだ……。だから艦長。陣形を変形してみたいんだが、構わないかね」

「……変形、ですか?」

 現在帝国艦隊は、旗艦である〔大淀〕を中心に、駆逐艦3隻を三角形に配備した、いわゆる輪形陣をとっている。

 日米問わず、対空戦闘にはこれが最適の艦隊陣形……のはずだ。

 これ以外に一体、どのような防御陣形があるのだろうか……

「ああ、ちょっと変な形になるから、誰か紙と鉛筆を貸してもらえるか?」

 宮嵜は伝令から筆記用具を受け取ると、楕円で艦隊4隻の略図を書き、自身が構築した新陣形を田口へと見せた。

 それを見せられた田口は一瞬、この先任参謀は錯乱してしまったのではないかと疑った。

 その後、その理由も受けても不安だったが、かつてマリアナ沖で勝利をもたらした参謀の勘を信じようと、その奇妙な陣形を隷下の艦隊に命じたのだった。


 日本艦隊が陣形再編を行い始めた頃、米艦隊はいよいよ末期症状に陥っていた。

 北方からやってきた天使の軍団は、TG38.1とTG38.2に襲い掛かったが、先行していたTG38.1の方により多く集まったた。

 そのためTG38.2の方は南方側の駆逐艦隊を北方へと移動させることで、主力艦への被害はまだ防げていた。

 だがTG38.1は――

「〔ボストン〕、大爆発しましたっ!」

「馬鹿どもが!!」

 水平線の先で、取りつく天使たちによって真っ白に染め上げられていた巡洋艦が、急に火柱になったのを見て、司令官であるハルゼーは怒鳴り散らした。

 数分前までは、天使に蹂躙された艦はどれも火を噴かなかった。

 通信で「天使が艦内に侵入。これより白兵戦闘を行う」と伝えた後、沈黙したまま幽霊船のように、制御失って彷徨うだけだった。

 だが10分ほど前、TG38.1に所属する軽巡洋艦〔オークランド〕から、その末路が変わった。

 天使たちに取りつかれ、機銃や対空砲が次々に沈黙する……。

 そこまでは同じだった。

 だが彼女は、対空戦闘を中止してから1分ほど経過した後、突如として大爆発を起こしたのである。


 それを見た瞬間、ハルゼーも、また他の艦長たちも何が発生したのかを知った。

 自爆だ。

 どうせ戦えぬのならば、天使に切り刻まれるのを待つだけならば、諸共に吹き飛ばしてやる――。

 兵員がそう思ったのか、それとも艦長かその代理が命じたのかは分からないが、誰かが弾薬庫に火を放ったのだろう。


 それは、合理的にみれば正しい行動だ。

 砲も銃も止まった軍艦は闘えない。

 だが天使は彼らを見逃さず、最後の一人まで徹底的に殺し尽すのだ。

 自爆すれば、それだけで数百、数戦の天使を爆殺し、周囲の友軍への圧力を減らすことができるのだから。


 だが……自爆したということは、そこにいるのだ。

 弾薬庫に火を放った人間が。

 火が放たれることを知らず、その場で生きようと抗っていた人間が……!


「許さん……許さんぞ、クソッタレの鳥人間どもめ!」

 戦艦〔ニュージャージー〕艦橋の中で、ハルゼーの拳が防弾ガラスを殴った。

 その音は、対空戦闘で騒音だらけにも関わらず、何故か艦橋内に強く響いた。

 〔オークランド〕の自爆を皮切りに、TG38.1、38.2でも駆逐艦の自爆が相次いでいる。

 だが自爆という最終手段も空しく、TG38.1は彼らが守るべき最重要戦力に王手をかけられていた。

 軽空母〔モントレー〕と正規空母〔ワスプ〕の甲板の上には、死肉に群がる虫のように真っ白な羽によって埋め尽くされている。

 両艦からは白兵戦を開始した、という電文を最後に音信不通で、報告は周囲の艦艇からのものだけしか情報が伝わってきていない。

 つまり、しばらくするうちに彼らも、これまでの駆逐艦たちと同じ道を歩むのである。

 エセックス型ならば3千人以上、インデペンデンス型でも千5百人以上が火球に……


「クソ……! 天使の残存数は!?」

「総数は不明です。目視による確認のみとなりますが、3割程度は撃墜できたかと」

「3割か……! 畜生が!!」

 ハルゼーは再び怒鳴る。

 天使たちの理不尽な攻撃もそうだが、何よりも憎いのは自分自身だった。

 当然ながら、彼も米本土での戦闘報告については知らされていた。

 銃も爆弾も持たず、時速100ノット程度の速度で飛翔し、人間を狩る事ばかりに集中する……。

 中世ならばともかく、鋼鉄製の大鷲が、時速300ノット以上で群れを成せる時代だ。

 米軍――いや、世界で最強を誇るこの空母機動部隊の火力があれば、怖れるに足りない、そう考えていた。


 これについてはハルゼーを責めることはできない。

 事実米本土での戦闘レポートでは、戦闘機が落とされるのは不運な衝突だけでしかなく、大体は飛行場が天使によって蹂躙され、着陸が不可能になってしまったことが原因だったとされていたのだ。

 ならば移動する上に、陸上基地とは比べ物にならない密度の対空火力を持つ、空母機動部隊ならば……とかんがえるのも無理もない。


 だが一方で、ハルゼーは万が一を考えて、TF38を2つに分けた。

 何か予想外の事態が起きた時に備え、TF38が全滅しないようにするためだ。

 その保険は功を奏し、天使はTG38.1、TG38.2のみに攻撃してきており、TG38.3、TG38.4は無傷である。

 しかし、目の前で行われる殺戮に対して、それは何ら慰めにもならない。

 しかも被害が大きいのは、自分の所属するTG38.2ではなく、TG38.1なのだ。

 自分の指揮官としての見通しの甘さが、この結果を生んだ。

 そのことを、ハルゼーは誰よりも悔やんでいた。


「各艦より報告。残弾、5割を切りました」

 だが感傷に浸るのは後にしなければならなかった。

 天使たちは先行していたTG38.1の方に若干数が偏ったため、TG38.2は未だ駆逐艦以外の被害はない。

 だがそれでもすでに10隻が沈黙ないしは自爆しており、輪形陣右翼の駆逐艦を移動させて、何とか防御を保てている状態だ。

 だが天使はまだ半分以上が残存している。

 航空隊は未だ健在で、他艦隊の空母を往復しながら機銃掃射をしてくれてはいるが、それで減らせる数を差し引いたとしても、楽観視はできなかった。

 TG38.3やTG38.4と合流しようかとも考えたが、この半壊した艦隊を合流させたとしても混乱が大きくなるばかりで、デメリットの方が多いだろう。


「ちっ、ジャップ以上のクソッタレ生物がこの世界に存在していたなんてな」

 TF38の壊滅は時間の問題だ。

 だが、作戦目的は艦隊の保全でも、天使の撃滅でもない。

 キンケイドの率いるTF77の護衛する輸送船団をサンディエゴに到着させ、民間人を避難させることだ。

 たとえ、TG38が全滅したとしても……

「TG38.3とTG38.4はTF77の正面に移動するように伝えろ。俺たちを見捨ててでも、TF77を死守しろとな!」

「その海域には、帝国艦隊が遊弋中ですが……」

「あ? ジャップの連中、まだ逃げ出してなかったのか」


 ハルゼーとしては帝国艦隊など気にも留めてなかったし、期待もしていなかった。

 上官であるキング大将からは電文で、ニミッツ大将からは直々に彼らを米軍と同等に扱えと言われていた。

 非常に不愉快な内容だったが、キングはともかく、ニミッツには対日戦で十分な指揮権と行動を認めてもらった恩があり、無視するわけにもいかない。

 「ジャップの艦隊に伝えろ、これ以上は安全を保障しかねる。現海域を離脱せよ、とな」

 本音を言えば、「邪魔だ、どけ」とでも言いたかったが、流石に戦闘中とはいえ艦隊司令部がそのような電文を発信することもできなかったので、ハルゼーは渋々ではあるが、可能な限りオブラートに包んだ内容で、日本艦隊に撤退を促したのだった。


 だがハルゼーの思惑通りに、日本艦隊は動かなかった。

 彼の命令通りに立ち去るどころか、米艦隊よりもはるかに高速に、かつ効率的に天使達を空から駆逐していた。

「まさか、このような戦い方を思いつくなんて……。さすがは山本長官にならぶ軍神、と呼ばれるだけはありますね」

 目の前の光景を見ながら、田口艦長は半ば呆れたように言った。

 全艦を機関停止させ、〔大淀〕の左舷に〔朝霜〕〔初霜〕〔霞〕を、まるでコバンザメのように斜めに接舷させて迎撃する……

 そんな命令を受けた際には、この参謀は気でも狂ったのではないのか、そう思った。

 だが実際にこの陣形をとってみると、これが天使に対して非常に有効であることが判明した。


 まず停船したことで船の動揺が収まり、対空砲火の狙いが非常につけやすくなった。

 米機動部隊相手ならば自殺行為だが、爆弾も魚雷も積んでいない天使に対しては、回避運動の必要は無いのだ。

 だがそれ以上に効果が大きかったのは、敵が文字通り一直線になってこちらに向かってきてくれることだ。

 4隻とはいえ、艦隊を組めばその長さや幅はキロ単位となるが、接弦し、舫で固定したことで、帝国艦隊は200m前後の1つの艦艇となった。

 200mに満たない船体に対し、12.7cm砲が17門に、10cm砲が4門、さらに25mm機銃が29機に40mm機銃が2機……。

 戦艦クラスの対空火力を一気に集中できることは多きい。

 だがそれ以上に、天使たちを屠ったのは――


 〔大淀〕以下の艦艇が接弦したことで、天使の目標は“面”から“点”に代わった。

 その結果米艦隊上空から殺到してくる天使たちは、まるで西洋の槍――ランスのように鋭利な、殺意を持った陣形となって突貫してくる。


「天使群、射線に乗った!」

「主砲、撃て!!」

 その殺意の先端、先頭を進む天使に向かって、〔大淀〕の艦首に装備された15センチ砲三連装砲が向けられる。

 6発の鉄塊は、重力の影響をやや受けながらも、突貫してくる天使達をぶち抜いた。

 何しろ、翼と翼が触れ合いかねないほどの、文字通り一塊となって突っ込んでくるのだ。

 対空戦闘と言えど、主砲弾は面白いように命中した。

 さすがに最先頭を進む天使に直撃はしなかったが、その後方にいる天使に、砲弾はもろに突き刺さった。

 直径15.5cm、重量約60kgの鏃は、直撃した天使をその場で吹き飛ばすだけでは飽き足らず、その後方に続いていた者を100人単位で挽き肉へと作り替えた。

 被害は直撃した天使だけではない。

 砲弾が作り出した衝撃波と、それに乗ってくる天使の骨片が、周囲の天使達にも被害を与える。

 金属の塊である戦闘機ならば対した問題にもならない圧力だが、そのような野蛮な装備を持たぬ天使たちは、その高潔さの代償として、直撃した数よりもはるかに多い天使を、主の元へと送り返されたのである。


「着弾、今!」

 だが、それは前座だ。

 天使によって作り上げられた巨大なランスに食い込んだ砲弾は、その中央付近に達したタイミングで、己の役割を全うした。

 機械仕掛けのタイマーによって目覚めさせられた炸薬の癇癪は、密閉されていた鉄片を周囲へとまき散らした。

 6つの火球が生まれると同時に、巨槍は中央からへし折られたかのように分断され天使や、天使だった肉片が、周囲にはじけ飛んで空を汚した。


「残存天使群、突入してきます!」

「対空戦闘はじめ! 主砲は再攻撃に備えて待機」

 たった1斉射で数千……下手をしたら万に届きかねない天使が消し飛んだが、それでもまだ彼らは突撃をあきらめる様子が見えなかった。

 折れたランスの先端、15.5cm砲の起爆範囲よりも前方に布陣していた天使たちは、崩れたバランスを立て直すと、再び日本艦隊めがけて突撃を開始する。


 出迎えるのは〔大淀〕の主砲以外の対空火器だ。

 三年式12.7cm砲は〔朝霜〕以外は照準器が対空戦闘用でなかったが、手旗信号で〔朝霜〕からの諸元を伝達するという強引な手法を用いて、なんとか対応していた。

 100人単位の集団に分かれた天使たちを狙った砲弾は、昨年までの米航空機との闘いが嘘だったのではないかと思えるのほどの命中率で、天使達を駆逐した。

 無論高角砲だけでは敵を撃滅はできず、まばらに残った天使達には25mmと40mmの機関砲が対応し、血しぶきへと変えていく。

 それでも一部の天使は駆逐艦の上にとりつこうとしたが――


「まるで、長篠の戦いですね」

「そこは大阪の陣の真田丸と言ったところじゃないかね。我々が乗っているのは〔大淀〕だろう?」

「ああ、これは一本取られました。確かにそうですね」

 ウィングから、駆逐艦に援護射撃する兵士たちを見て、田口は戦闘中だというのに苦笑してしまった。

 彼らが打つのは25mmなどの対空兵器ではない。

 なんと陸戦隊用の三八式歩兵銃だ。

 米軍の戦闘を見ていれば、天使達に取りつかれたら白兵戦をしなければならない。

 そのようなことは田口にも理解できた。

 だがそれに対して白兵戦の準備だけでなく、接弦することで相互支援を可能にしようと思いつくまでには至らなかった。


 特に駆逐艦よりも高い乾舷――高所の利を得ている〔大淀〕からの援護射撃は予想以上に効果的だった。

 米駆逐艦との闘いを見ても分かる通り、彼らは艦に近づくと速度を落とすか、甲板に着陸する。

 おそらく高速で機銃座に突っ込めば、低空からならば艦上の構造物、高空ならば甲板そのものに衝突してしまうからだろう。

 それは鳥葬を思わせる不気味さだったが、逆にいえば至近距離で速度を大幅に落したり、止めてくれたりするのだ。

 そこを狙わない手はない。

 停船したことで手透きができた航海課、機関課の一部も参加して、着艦してきた天使達は今のところ全て撃退できていた。


「天使群後方部隊、再集結しつつあり!」

「砲術長、主砲だ!」

 田口が命令を下すと、数秒後、また〔大淀〕の主砲が再び吠えた。

 ほどなくして、空中には先ほどと同じく、中央部でへし折られる巨大な槍が再現される。

 そして散り散りになった天使達は、前方部分は小分けになった状態で突撃を開始し、後方は突撃しつつも再び槍を形成する……。


「……どうやら天使は、学習能力というものが無いようですね。先ほど大被害を受けたばかりだというのに」

「今日……いや、天使が出現してから初めてのラッキーニュースだな」

 米軍から提供されたデータと、実際に天使たちの動きを見て、宮嵜は彼らに知性というものが存在しないとほぼ確信していた。

 彼らは敵の陣形や支援などには全く見向きもせず、最も近い位置にいる人間にばかり向かっている。

 動物――いや、虫と変わらない知性。

 ならば誘蛾灯でおびき寄せ、一網打尽にするまでだ。


「弾薬の残りは?」

「本艦の主砲は8割、駆逐艦の主砲および本艦の高角砲は7割ほどです。機銃は……5割程度です」

「安心はできない、か……」

 とりあえず戦線の維持はできているものの、それは今だけの話だ。

 特に消火用ホースを使って冷却しながら、強引に発砲させいる機銃が危機的状況だ。

 発射速度の遅い12.7cm砲の負担がこちらに回ってきている。

 ある程度引き寄せてから、数匹まとめて撃ち落すように指示はしているが、それでも恐ろしい速度で弾丸を消耗している。

 天使の物量の前では、宮嵜の奇策も時間稼ぎにしかならないようだ。


「……あとは、天任せか」

 天使を相手にしているのに、天に行っている自分に、宮嵜は苦笑した。

 この少数の艦隊と、あまり性能が良いとは言えない対空兵器で、なんとかここまで善戦できた。

 戦闘報告は常に帝国海軍に常時送信している。

 やれるだけのことはやった。

 足掻けるだけは足掻いた。

 あとは、弾が切れるか、天使が倒れるか。

 根競べをするだけだ――。


「……ちっ、上手いことやりやがる」

 僅かな艦艇で、米軍から比べたら貧弱な対空砲火を有効に使うことで、帝国艦隊が確実に天使を誘導、撃滅しているという報告を、ハルゼーは忌々しく思いながらも、その有効性を認めていた。

 相手は天使であり、今までの敵とは全く違うことなど、考えてもみなかった。

 確かに輪形陣は知性があり、爆弾や魚雷を投下してくる航空兵器には有効だ。

 全方位、どこから来ても対応が可能だし、敵の攻撃を回避するためのスペースも確保できている。

 だが天使に対して求められるものは違う。

 彼らへの対処に必要なのは、攻撃力と囮、それだけだ。

 連中がやってくる方向のみに火砲を集中し、回避運動も放棄し、囮によって敵を一か所に誘導した後、固定した機関砲座のように撃って撃って撃ちまくる。

 それだけだ。


「……たしか、あの艦にはペシステント・ミヤザキが乗っていたんだったな」

 かつて絶対の自信を持って挑んだマリアナ沖での海戦。

 手ぐすねを引いて待ち構えていた鉄壁の防空網には一切無視して、航空機とそのパイロットのみを徹底的にそぎ落とすという戦術を行った。

 特に機動部隊への攻撃隊に偽装して、迎撃部隊を米航空隊の背後へと移動させ、その後に反転、基地航空隊と挟み撃ちにすることで米軍の航空機を徹底的に破壊した。

 攻撃を終えた航空隊への追撃はもちろん、墜落した彼らを救助しようとした潜水艦に対しても、駆逐艦や飛行艇を派遣して妨害してくる徹底ぶりだ。

 その執拗としか表現できぬ作戦ぶりによって、ついた二つ名がペシステント(しつこい)ミヤザキだ。

 ハルゼーの部下を何百人も殺した憎き敵が、その悪辣さを天使たちにもいかんなく発揮している……

「クソ……!」

 当時、幾度となく殺してやると叫び、罵った怨敵の頭脳を借りるのは非常に不愉快だった。

 だが今は、そのクソッタレジャップの策を利用しなければ、部下が全滅してしまう。

 ハルゼーは即座に決断した。


「TG38.1,38.2の戦艦は機関停止。他の艦艇は全力でTF77の方向へ離脱せよ」

「司令!?」

 だが彼らの戦法をそのまま使うことはできない。

 日本軍が米軍上空からやってきた天使を迎撃すれば良いから、迎撃能力を1方向へと集中することができた。

 その結果、細いランス状の天使を一網打尽にすることができたのだ。


 だが米軍の場合はすでに上空を天使に覆われている状態で、しかも距離が近い。

 天使を誘導できたとしても、その収束する角度が大きすぎる。

 天使達はランスではなく漏斗状となり、一網打尽できるほどに密度が高くならない。

 ならば――


「戦艦は対砲火が健在な限りは、通信で長音を流し続けろ。それが途切れた終わった場合は……他の艦はありったけの対地榴弾をぶちこめ!」

「なっ! 正気ですか!?」

「こちとら戦艦だ! 巡洋艦や駆逐艦の榴弾の千発二千発で沈むかよ!」

 これまでの通信から、天使たちは砲撃が止んだ艦だとしても、内部に人間がいる限りは、船体内部にまで侵入して徹底した殺戮を行っているらしい。

 であれば、戦艦の中に将兵が引きこもる限り、天使たちは戦艦へと攻撃をし続けるはず……


「戦艦〔ニュージャージー〕〔アイオワ〕機関停止。対空戦闘開始。弾が尽きるか、天使が甲板に降りてきたら、全員装甲区画へと退避せよ」

 足元で、急激に揺れが小さくなっていくのを感じながら、ハルゼはやや狂気じみた笑みを見せながら、艦橋の窓へと歩み寄った。

 窓の外には、未だに蒼天を埋め尽くすような天使が、対空砲火に阻まれながらもこちらに接近してきているのがよく見えた。

 これが全て、数分後には〔ニュージャージー〕と〔アイオワ〕に向けて襲い掛かってくる……!

 対日戦でも感じる事の無かった寒気を感じながらも、ハルゼーは仁王立ちになって天使達をにらみつけた。

「さぁ来いクソ天使ども! ここが貴様らの死に場所だ!!」


ファンタジーということで火を吹くとかビームを出すとか、天使との対話とか、そういうの考えていた人には本当すみません。

でも、何百万単位の集団が、飛行できて、ビーム打てて、知性があったら……

もう完全に無理ゲーなので。

まぁ一応知能が無いのもシナリオ上ちょっと意味があるので許してください。



ちなみに今回は「魔王軍の戦場カメラマン」と同時更新になります。

気が向いたらこちらの方も読んで、出来れば感想を頂けると嬉しいです!(露骨な宣伝)

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