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米国派遣艦隊

本当は御前会議だとか、天使の存在を知らされた乗員の反応だとか、主人公である宮嵜の個人的な話とかも考えていたのですが、さっさと戦闘シーンに入りたいので、割愛できるところはごっそり削っていきます。


……それでも結構遠回りをしていると思いますが。

やっぱり短編だとしても、バックボーンはそこそこ固まってる方が良いと思うの。

1945年7月16日 4時30分

ニューメキシコ州 アラモゴード爆撃試験場


 その日は、早朝から雷雨が続いていた。

 まるで今後のアメリカの未来を、予言するかのように――。


 だが現代科学の頂点ともいえる科学者たちにとって、それは単なる水蒸気や静電気の織り成す騒音でしかなかった。

 彼らが恐れるのは、原子という神の設計図を書き換える所業に対する天罰ではなく、雷による誤作動や、有害な粉塵が降下してこないかということだけだ。

 それも1時間もすれば天候が回復し、いよいよ彼らは、神の領域へと人間の科学力を推し進めることとなる。


 そして5時29分45秒……。


 その時はやってきた。

 神が降臨したかのような真っ白な閃光。

 爆轟。

 そして見たこともないような巨大なキノコ雲


 神の御業、悪魔の所業、人類の英知、科学の愚行、さらなる改良の予感……

 万感の思いを科学者たちに焼けつけながら、人類発の核分裂実験は成功の裡に終わった。


「……上手くいったな」

 実験に対する、ロバート・オッペンハイマーの感想はそれだけだった。

 確かに圧巻といえる光景ではあるが、それは実験予想の段階から分かっていたことであり、あまり感動は覚えなかった。


 彼が思うことはただ一つ、この兵器による世界戦争の終結である。


 この兵器は、人の手に余る。

 このようなものを所有する国家に対して戦争を起こそうなどという敵性国家はいないだろう。

 侵攻した瞬間、その軍は原子の光によって焼かれ、消滅するのだ。

 ならば互いにこの核兵器を持ってさえしまえば、互いに国家侵略を行うことができない。

 故にかつての第一次世界大戦、そして今ようやく終わりが見えかけている第二次世界大戦のような悲劇も過去のものとなるだろう。

 今戦争を続けている大日本帝国も、この爆弾の威力を知れば抵抗を止めるはずだ。

 そうなれば――


「……なんだ?」

 恒久的な平和に思いを馳せるオッペンハイマーの瞳が、わずかに細められた。

 巨大なキノコ雲の向こうに、小さな光る何かが映ったのだ。

 舞い上がった粉塵か?

 彼は目を凝らし、その小さな粒へと両目の焦点を当てた。

 するとその粒の傍にも、同じように小さな粒が見えた。

 それは粒というよりも、やや細長い棒……いや、十字の模様をしていて――


「マイ・ゴッド……」

 と声を出したのは、オッペンハイマー自身だったか、それとも研究員だったか……。


 それはまさしく教会で、美術館で、学校で……。

 キリスト教徒ならば、幾度となく絵の中で見たことのある存在だった。

 ぞっとするほど白く、しかし病的さは皆無な肌。

 それを隠すは、一切の汚れの無い、ゆったりとした白い布。

 それらと同じほどに白に染まった、背中から生える翼。


 間違いなく、彼ら天使と呼んでいる存在だった。


「…………」

 だが彼らの表情には、絵画で見たような微笑は皆無だった。

 人形か、もしくは人類を超越した存在だとでも言うように、新しき英知の残滓を背景にして、オッペンハイマーら科学者たちを睥睨していた。


「ジーザス……!」


 信心深いのだろう。

 科学者の内数名が、耐爆壕から飛び出した。

 放射線被爆の事など頭にないらしく、一目散に天使の元へと走りだすと、その真下に到着するや否や、膝を折って両手を重ね合わせた。

 天使たちは10秒ほど、その光景を見下ろしていたが、やがてゆっくりと高度を下ろし、その科学者の前に降り立った。


「おお……っ!」

 神の使徒が眼前に降り立ったことに、科学者たちの両目が感激に見開かれ――


「え……っ?」

 そのまま永遠に、閉じることを禁じられた。

 天使は腰に掲げていた剣を抜くと、ただの1振りで、祈りを捧げていた5人の学者の首を切り落としたのである。

 呆けた声を上げながら、科学に邁進しながらも、神を信じ続けた男たちの頭部は、何が起きたのかもわからない、といった表情のまま、ニューメキシコの大地に転がり落ちた。


「……あ、……あぁっ!」

 突然のことにオッペンハイマーらが呆然としていると、天使の、生気を感じられない瞳が彼らを捉えた。

 彼らは新型のジープでもありえないような速度で地を移動すると、今度は最前で実験結果を観察していた実験責任者のケネス・ベインブリッジに刃を振り下ろした。


「……!!」


 声を上げる間もなく、彼の肉体は薪のように縦に真っ二つとなり、そのまま血しぶきをあげながら、左右に分かれて崩れ置いた。


「下がって!」

 そこに至ってようやく我に返った軍人が前にでて、天使に向かって発砲した。

 米軍の軍用拳銃であるM1911から発射された0.45インチの弾丸は、狙い違わず天使の胸元を貫いた。

 が――


「ぁ……っ!」

 天使は、胸元から血を流しながらも、それがどうしたというように兵士の眼前へと飛翔し、その断罪の剣を振り下ろした――




「……あとのことは、よくおぼえていません。軍人たちが応戦する中、私たち科学者は必死になってその場から脱出したのです」

 青ざめた表情で語られた体験記に、日本側の出席者は呻き声を上げることしかできなかった。


「その後天使たちは実験場から次々と姿を現し、軍民問わず、人間を見つけては殺戮を繰り返しているようです。すでにニューメキシコだけではなく、中部の大規模な都市はほとんど機能不全に陥っており、音信不通となっています」

 オッペンハイマー個人の報告の後に、ニミッツが米国の状況について補足した。

 湧き出た天使たちは東西二手に分かれ、西側はワシントン州まで、東側はウェストバージニア州にまで侵攻している……というのが一週間前の情報である。

 西海岸側はサンフランシスコが健在ではあるが、東海岸は完全に状況が不明な状態らしい。

 ウェストバージニア州はワシントンD.C.と目と鼻の距離だ。

 わずか3週間でニューメキシコからそこまで侵攻した天使たちの進軍速度を考えれば、楽観的な考えはできない。

 かくしてニミッツは、サンフランシスコにいて難を逃れたアーネスト・キング大将の指示によって、日本軍との休戦交渉に赴くこととなった……


 内容としては陳腐な三文小説も良い所だが、アメリカ側はその証拠とでも言うように天使の写真と、加えて原爆の設計図までをも日本側に提出してきた。

 概略図とでもいうような粗い設計図ではあったが、それでも米軍側にとっての最高機密のはずだ。

 それを惜しげもなく提出してくるあたり、米軍の必死さがうかがえた。


「……TNT2万トンの爆弾、ですか。科学には詳しくありませんが、そんなものが米国内で実用化目前だったとは」

 天使、という突拍子もない存在に皆の思考が向かう中、宮嵜だけはその背後に存在する原子爆弾の方に思考を向けていた。

 〔大和〕の零式通常弾ならば、炸薬量が約60kgに、弱装薬が165kgだから合計で225kg。

 無論、炸薬も装薬も単純にTNTと同威力とはならないが、単純計算すれば〔大和〕の主砲9万発となる。

 〔大和〕が1門あたり100発の主砲弾を装備しているからちょうど100隻分、それを一か所に集めて火を放った時の威力――。

 あまりにスケールが大きすぎて、笑いすらこみあげてきそうだ。


「ここ1年の米海軍の鈍さは、五大湖地震の影響だけでなく、原爆という切り札の登場待っていた、ということだったのですね」

 僅かな感傷を心の奥にしまいながら、宮嵜は皮肉めいた口調で言った。

 大地震と天使によって国を滅茶苦茶にされている、というニミッツたちに同情はするが、もしも完成していれば、米軍は確実に使用しただろう。

 概略図に示された重量では、大型重爆撃機にしか搭載できないとの話だが、敵に与える被害を考えれば、爆撃機1機を片道攻撃で使い捨にして、パイロットだけを潜水艦で回収するだけでも十分おつりがくる。

 米軍の前線拠点であるマーシャル諸島から、マリアナ諸島までは3000km。

 帝国内でも噂されている米軍の新型爆撃機を使えば、航空要塞であるテニアンやグアムを一方的に粉砕できる。

 その後は航空基地を失ったマリアナを制圧し、そこから原爆搭載の航空機を多数発進させれば、日本はあっという間に陥落するはずだ。

 大地震に加え、マリアナ沖での敗北、欧州大戦の終了と厭戦気分が高鳴る中、日本に痛打を与えるには、原爆はまさに最高の素材だった。


「天使騒動が終了して休戦協定が終了した直後、それを使用しないという保証は? もしもそんな事態が起これば、我が国はたまったものではありませんな」

「……私個人の意見としては、原爆などという兵器は邪道だと考えています」

 気まずそうに、ニミッツが答える。

 口調とは裏腹に、その瞳はまっすぐに宮嵜や山本を見据えており、それが彼の本音であることは宮嵜にもよくわかった。

「ニミッツ長官はそう考えるかもしれません。しかしながら我々は軍人です。最高指導者である天皇や、大統領に命じられれば――」

「……そこまでにしておけ、宮嵜先任参謀。未来のたら、ればの話をしていても仕方がない。今は米軍と休戦するか否か、それだけを考えようじゃないか」

「は……」

 山本がなだめるように言うと、宮嵜は小さく頷いて口を閉じる。

 それを見てニミッツもオッペンハイマーも、やや安堵したように溜息をついた。

 その表情を見て、宮嵜は交渉の主導権を手に入れたことを確信した。

 ニミッツらの立場には同情せざるを得ないが、こちらも国を代表する以上は私情ではなく国益を優先させ、出来る限りの譲歩を引き出さねばならない。

 自分があえて悪役となり、山本が妥協案を出すことで相手から有利な条件を引き出していく……というのは、すでに二式大艇の中で確認済だった

「……では、これより休戦内容について交渉をしていきたいと思います。まずは確認の意味も兼ねて、そちらの条件を再度口頭で提示していただきたい――」


 そこから暫く先は日米休戦、停戦内容の交渉となった。

 日本は元々首の皮一枚で生き延びていたようなものであったし、米国は米国で天使が国を蹂躙しており、互いに即座の戦争休止を望んでいたため、米軍が用意した案に加えて、日本側のいくつかの要求を押し込むことで合意された。

 休戦内容は以下の通りである


・日米は日本時間の8月16日、午前0時をもって全戦闘行為を中止する。支配地域はその時点で固定とし、以降、互いに侵攻してはならない。

・これは現地軍同士の確約であり、政府が関与したものではない。そのため休戦は8月25日までとし、これ以降の休戦は大日本帝国議会の了承の下、実行される。

・この休戦を破棄する場合は、破棄の10日前までにそれを宣言しなければならない。

・休戦後、仮に戦争が再開した場合、米国は原子爆弾を使用しない。

・天使が米国以外へ与える影響を確認するため、太平洋艦隊の米国救援作戦に日本側も艦艇を派遣する。この艦艇はたとえ休戦期間が過ぎた場合でも、日本支配地域に撤収するまでは攻撃、抑留してはならない。

・場合によっては日本軍が米国の対天使戦に参加する可能性もあるが、それについては後日、交渉によって決定する。

・潜水艦が支配領域を航行する場合は、事前通達を行わなければならない。事前通達が無い場合は、領域侵犯した側の過失とする。

・休戦中に保護した溺者、救難者は捕虜として扱わず、無条件に帰国させる。既存の捕虜に関しては、保留とし、後日の交渉によって決定する。

・休戦中ではあるが、特例として日本は食料、武器弾薬などの輸出を行う。

・フィリピンの処遇については現状維持とし、保留とする。

・米国以外の連合国とは日本が個別に協議する。


(ハルノートを提出してきた国とは思えないな)

 粗方まとまった内容を見て、宮嵜は苦笑した

 海軍根拠地であったトラック諸島、航空要塞であったラバウルを失ったが、その代わり絶対国防圏の要であるマリアナ諸島を取得し、さらにはマレー半島の南方資源帯も確保した。

 国防上目の上のたんこぶであったフィリピンとグアムも制圧下に置いている。

 あくまで一時的な休戦であるとはいえ、どう考えても破格の条件だった。

(……それだけ米軍は苦しい状況ということか)


「では、これは取り急ぎ本国へと持ち帰り、議会にかけましょう」

「ええ、良い返事を期待します」

 政治家ではない役職でありながら、何とか休戦交渉を取りまとめられたことに安堵したのだろう。

 山本が手を差し出すと、ニミッツはここにきてから初めて笑みを見せて、その手を握り返した。

「最後に、一つだけお聞きしたい。確かに大戦中で精鋭部隊は太平洋とヨーロッパに派遣されているとはいえ、貴国には州兵を合わせれば百万単位の兵力があるはず。博士の情報によれば、天使の武器はただの剣だと言うではありませんか」

 だがその笑顔は、山本の質問によってふたたび憂いのものになった。

「対応しているのは主に州兵と陸軍ですから、私の元にも詳しい情報は昇ってきておりません。ただ……彼らは全員が飛翔し、空から襲ってくるとのことです」

 米国に限らず、陸軍の武装は敵対する国家の陸戦兵器と闘うことを念頭に置いている。

 いくら武器が剣とはいえ、個々の兵士が飛翔し、空中から襲ってくる上に、補給も休養も必要ないという、常識では考えられない軍隊に対し、戦術、戦略的なドクトリンが存在するわけでもなく、対処できないのだ。


「我が国でも、対策を考えねばならんな」

「それは、陸軍の仕事で――」

 と言いかけ、宮嵜は小さく首を振った。

「どうした?」

「……天使は飛翔するとのことでしたが、海を渡れるのでしょうか?」

 宮嵜の言葉に、山本だけでなく、ニミッツやオッペンハイマーも息をのんだ


 二線級の戦力とはいえ、それでも莫大な兵力を持つアメリカ合衆国の陸軍と州兵を、わずか一か月で壊滅的な被害を与える天使軍。

 それがもしも太平洋や大西洋を超えたら――?

 アメリカ軍に比べて機械化の遅れている日本陸軍や、欧州大戦の被害が大きい英仏軍はひとたまりもあるまい。


 予想などしたくない、だがありえないとは言い切れぬ未来を想像し、彼らは、何の言葉も発することもできなかった……



1945年 8月25日

ハワイ ラハイナ泊地 巡洋艦〔大淀〕 艦橋


「……まさか、こうも簡単に事が運ぶとはな」

 休戦交渉から2週間後。

 宮嵜は交渉の地であったマリアナ諸島を離れ、ハワイ諸島までやってきていた。

 さすがに休戦交渉が終わっているとはいえ、数日前までは敵だった艦隊を本拠地には入れづらいのだろう。

 ハワイまでやってきた〔大淀〕以下の米国派遣艦隊は、真珠湾ではなくラハイナ泊地に停泊するように求められた。


 元々米国側は士官一人の派遣を要望したが、連合艦隊側は士官一人だけでは天使が日本の脅威たりえるか判断しにくいとの理由から、1個艦隊の派遣を要望した。

 急な出撃であったため、グアムへの輸送船団の護衛艦隊旗艦として、〔葛城〕と共に同地に在った〔大淀〕と、駆逐艦〔霞〕〔朝霜〕〔初霜〕を派遣することを決定した。

 艦隊の指揮は、書類上は〔大淀〕艦長の田口正一大佐が兼任となっているが、政治的判断が求められる場合は宮嵜が指示を出すとなっており、実質的な司令官は宮嵜と言って良い。

 新鋭の軽巡に加え、駆逐艦3隻、さらには連合艦隊先任参謀を独断で派遣したことに一部から文句が出たが、山本は「米軍が休戦を申し込んできているんだから、船団護衛の必要はないよ。もしも罠なら、その時は天使と一緒に米軍を挟み撃ちにするさ」と、本気とも冗談とも取れない発言を残している。


 無論、この派遣に関しては帝国軍側にも思惑はある。

 第一に、米軍に恩を売っておきたいという点。

 これは言うまでもない。

 第二に、間近で米軍の対空戦闘を間近で観察できる絶好のチャンスだという点だ。

 連合艦隊はこれまでの戦闘で、米軍の分厚い対空砲火によってかなりの出血を強いられてきた。その理由を間近で、狙われずに監視できるまたとない機会だ。

 そして第三に――これが一番の理由で、天使の情報収集である。

 ただの米軍、ないしは第三国の軍隊相手の戦闘ならば、態々宮嵜が前線に出張る必要はない。

 だが今回の相手は天使――未知の存在だ。

 飛翔するとの話だが、一体時速何ノットで飛翔するのか?数は?剣以外の武装は?行動パターンは?

 その全てが手探りなのだ。

 そもそもなぜ現れたのが、どうすれば駆除できるのか、彼らにとって日本が敵なのかも不明とあっては戦術どころか戦略の構築さえ成り立たない。

 それを知るためにはどうしても虎口に飛びいる必要がある。

 宮嵜はそう考え、自ら山本長官に訴えて、この派遣艦隊を編成したのだった。


 そして――。

「本国より、入電。『ヨドハシロヲイデタリ』です」

「そうか! これで一安心だな」

 通信参謀からの報告に、宮嵜はほっと溜息をついた。

 大阪冬の陣になぞらえたその暗号は、それは帝国議会が休戦を認めたことを知らせるものだ。

 ギリギリまで継戦派とやりあったのか、それとも外交的にアメリカを焦らすためかわからないが、休戦期限寸前となって、ようやく日本政府は米国との休戦を認めたのだ。


 宮嵜の与り知らぬところではあったが、実情は後者であった。

 連合軍との休戦交渉は、当然ながら最高閣議である御前会議に持ち込まれている。

 海軍大臣である嶋田は連合艦隊司令長官での山本との折り合いは悪かったが、これ以上の対米戦は困難であるという状況認識だけは一致していたし、軍令部総長の及川古志郎は学、政治、軍事に対して積極的な物言いをする人物ではないので山本、嶋田の両名の主張をそのまま丸呑みすることは宮嵜にも予想できた。

 彼が心配していたのは陸軍の継戦派の横やりだったのだが、意外にも彼らもまた、さほど抵抗なく、日米休戦を受け入れたのである。

 そもそも陸軍の主敵は米国ではなくあくまでソ連である。

 そのソ連とは日ソ中立条約を結んではいたものの、その効力は1946年4月――つまりは半年後なのである。

 その条約開けにソ連が進行してきた場合、陸軍は二方面作戦を強いられることになるし、なにより対米戦で消耗した戦力を再び支那方面に戻さなければならない。

 米英の支援があったとはいえ、日本が信奉していたナチス陸軍を破った相手だ、兵力は一人でも多く用意したいというのが本音だったのだ。

 ニューギニア方面では惨敗したが、南方資源帯とフィリピンを確保した以上、ある程度の面子を保てていたことも大きい。


 その結果、宮嵜が想像するよりもスムーズに、陸軍もまた対米戦休戦に賛成、ここに4年半にわたって続いた太平洋戦争は、一時休戦となったのである。


「あとは、この休戦を停戦に持っていけるかだが……」

「先任参謀。そろそろ出航の時間です」

 一人ごちる宮嵜の傍に、〔大淀〕艦長の田口正一大佐が歩み寄った。


「艦長は〔雪風〕〔初月〕の艦長を歴任したそうだが……、もしも天使相手に戦争になったら……戦えるかね」

「そうですな。無理だ無理だと言っていたアメリカとの闘いもなんとかなりましたからね。それに、私はキリシタンではありませんから、天使を討つことに躊躇はしませんよ……今は」

「ほう? 改宗するのかい」

「そりゃ……我々の勝利は天使様あってのことですからね。昨日の艦隊を見たら、信じてみたくもなるってものでしょう」

 宮嵜の問いに、田口は小さく肩をすくめて昨日、米国との打ち合わせのために上陸した、真珠湾での光景を思い出した。


 そでは米軍最新鋭のエセックス型空母、アイオワ型戦艦、ボルチモア型巡洋艦など連合艦隊もかくや、といえるほどの艦隊が湾内を埋め尽くしていたのだ。

 数は、見えるだけでも現存する大日本帝国艦隊の2割増しはあるだろう。

 さらにこの艦隊の恐ろしいところは、大半が日米開戦後に竣工した新鋭艦ばかりであり、さらに同規模の艦隊を大西洋側にも所有しているという点だ。

 五大湖大地震で被害を受けながらも、なおも日本を圧倒する工業力を持つ超大国――そんな国相手に、ほぼ勝利ともいえるような休戦条約を結べたことは、まさに天の思し召しとしか言いようがない。

「そう短絡的に転ぶのはお勧めしないぞ。天使という奴らは、自分たちに祈りを捧げていたキリスト教徒を皆殺しにしているそうだからな。あまり、信頼しないことだ」

「それは……そうですね。ま、サンディエゴの状況を見てから考えることにします」


 宮嵜らはこれからラハイナ泊地から出航し、米太平洋艦隊の母港であるサンディエゴへと向かう予定であった。

 米太平洋艦隊は、持てる戦力のほぼ全てを投入し、天使に追われた人々を救出し、同時に戦線を維持しているサンディエゴの救援に向かうと決定していた。

 〔大淀〕以下の帝国艦隊は、その米艦隊の最後尾につき、基本的には戦闘に参加せず、天使たちの行動分析に務めることになる。


 航海は極めて順調であった。

 出港して2日後に、高級士官だけでなく、全乗員に対して天使の存在と、米国の現状を伝えた際には、さすがに動揺が走ったが、それ以外は帝国派遣艦隊も、そして米艦隊も、特に何の問題なく6日の航海を終え、現地時間で9月1日早朝にはサンディエゴ沖300キロメートルの地点にまで進出していた。


「……雲が厚いな」

 その異変に気付いたのは、田口艦長だった。

「米軍からの気象情報は?」

「雲量は2と報告を受けていますが……」

「馬鹿な。どう見ても6はあるぞ……」


田口の疑問を聞きながら、宮嵜は空へと視線を向けた。

確かに、雲量が2、というのは明らかに間違った情報だった。

しかしそれは、天候不順や予想が外れたといった、そういう次元ではなかった。

「……なんだ、あの雲は」

 先任参謀である宮嵜も海軍兵学校で、また第五艦隊先任参謀として船にのり、数多の天候と付き合ってきた。

 だが、今日のような雲――白と黒を混ぜ合わせたような、マーブル模様の雲を見るのは初めてだった。


 一方で波は穏やかで平穏そのもの。

 似合うの、マーブルの内、白い雲の方だ。

 では、異変となっているのは黒い雲の方か……?

 宮嵜がそう考え、肉眼ではなく双眼鏡を雲へと向けようとしたときだった

「雲じゃない……」

 艦橋の横で、対空監視用の大型双眼鏡を覗いていた見張り員が、小さく声を漏らした。

「……です」

「なんだ? 何が見えた!?」

「天使です! 雲ではありません、天使の大群です!!」

 言われて、宮嵜も、また艦長の田口も双眼鏡を手に取り、その視線を真っ黒な雲の方へと向けた。

「……!!」

 そこにいたのは、何十、何百……いや、万、億すらも超えるであろう天使の群れであった……。


ファンタジーとの戦闘というお題なのに、2話に至ってもまだ戦闘がはじまらねぇ!

いや、これでも削れるところ削った急ぎ足なんですよ、本当。


……次回は、次回こそは頑張りますから!!

天使vs海軍艦隊やりますから!

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