夜空の星と花火と
ある小さな町の夏祭りのお話。
「あの星は今どうなっているんだろう」
巧は夜空を見上げながら呟いた。
太陽から地球までの距離、およそ一億五千㎞。光の速さで八分と少しかかるという。だから、いつも自分達が見ているのは、八分前の太陽。今はギラギラと輝いて見える太陽も、八分前の姿。実は大爆発を起こしているかも知れない。そういう例えを聞いた事がある。
この宇宙に浮かぶ星達は、遠く遠く離れている。あまりに遠いから、光が一年かけて進む距離を一光年、みたいなとんでもない単位も作られた。光は一秒で地球七周半分を進むから、一光年がどれほど遠いかが分かる。
北極星は、地球から約四三〇光年離れていると昨日学校で教わった。今は健在らしいけれど、本当の現在の姿なんて誰も知り得ない。仮に四三〇年前に消えていれば、近いうちに見えなくなってしまう。もし今無くなったとしても、まだ届いていない光があと四三〇年は北を指し続けてくれる。
あの星、はどうなんだろう。さっきふと見上げた空でたまたま目に入っただけのあの星。巧は宇宙に詳しくないから、名前も星座も分からない。特に明るく輝いている訳でもなく、目立たないその星は、少しでも目を離すと、他の星に紛れてしまってもう一度見付けるのは難しいかな。
「待ちくたびれましたか?」
声を掛けられてそちらを振り向いた。
浴衣を着た美少女が、こちらを見ている。
「いや、考え事をしててね」
「ボーッとしてたから。それってもしかして、好きな人の事ですか?」
「いや、あの星の事」
そう言って再び夜空を見上げたけれど、やはり見失ってしまった。
「冷たいですね」
そこは肯定してくれても良いんじゃないですか? ということだろう。自分のカノジョの可愛いところだ。勿論それは一つではない。
「冷たいって、大袈裟な。それに俺はいつだって温かい」
それを証明するかのように彼女の手を握ったけれど、向こうの方が温かく感じる。
「やっぱり冷たいじゃないですか」
「じゃ、温めてくれ」
そう言うと巧は小さな手と指を組んだ。紗由理も指をそっと巧の手に重ねる。
「巧君、顔が赤くなってる」
「綺麗な女の子と手を繋いだら赤くもなるだろう」
「それ、本気で言ってるんですか?」
「嘘はつかないぞ」
「嘘っぽい」
彼女はそう言っているけれど、嬉しそうな顔をしている。
「お前も赤くなってる」
「カレシに手を握られたから嬉しくて」
そんなことで彼女が喜んでくれるなら、いくらでもしよう、と巧は思った。
「それは今度こそ嘘?」
「嘘じゃない、冗談だ」
「もう」
「綺麗な星空だと思わないか?」
紗由理はくすりと笑って答えた。
「私達は綺麗な花火を見にきたんでしょう?」
「まだ始まってない」
「ひどいなぁ」
「何が?」
「デートよりもお星さまなんでしょう?」
巧は別に天文学に興味はない。その時たまたま気になっただけだ。
「それも大袈裟だな、待ってる間ふと見上げたら星空が綺麗だったんだよ。ほら、見てごらん」
巧は笑った。紗由理も微笑んだ。
「店を廻るか」
「うん」
「どこがいい?」
「うーん、そうね、射的のお店に行きましょう」
紗由理は巧の手を引っ張った。
「そろそろ行きましょう」
「随分と早いな」
「善は急げ、よ」
巧達が来ている夏祭りは、終わりに花火が打ち上げられる。規模はごくごく小さいけれどこの辺りで花火と言えばこの祭りで、毎年沢山見物客が訪れる。ギリギリに行けば、人の頭の間から背伸びをして見るはめになるだろう。
他の人達もそうだけれど、巧達はこの花火を見に来たのである。
ここで一つ、巧は提案をした。
「そうだ、綿菓子を買って行かないか?」
「良いですね」
「じゃあ、先に行って場所を取っていてくれ。少し並ぶはめになりそうだから」
「分かった」
人混みの中に消えていく彼女を見送る。その姿が見えなくなった時、巧は何故か嫌な予感がして、そちらへ1歩踏み出した。
「お兄ちゃん、並んでるの?」
「すみません、並んでます」
慌てて列に戻った巧だけど、何だか落ち着かない気分で、もじもじとしながら順番を待った。
―――
花火は終わってしまっていた。
間に合わなかった。
「帰りましょう」
花火という明かりが無くなり、それに伴って出店がどんどんと畳まれていった。辺り急に静かになり、どんよりとした闇がニ人を包む。
巧は綿菓子屋の行列に加わったのだけれど、予想以上に長く、順番がくる頃に花火が始まってしまった。ニ〇分ほどしかない花火だ。急いでニつ注文した。でも、お金を払う時に財布が無い事に気付いた。
小銭入れだから大したお金は入っていなくても、紗由理から誕生日に贈られた大事なものだ。慌てて必死に探したけれど、結局見付けることはできず、巧はしぶしぶ途中で諦めて彼女の元へ走った。しかし、人垣に阻まれ、たどり着いた時には花火は終わってしまっていたのである。
勿論巧は真っ先に謝り、全てを正直に説明した。けれどもそれから彼女はさっきの一言を言ったきり、口を閉ざしている。
帰り道に何度か隣を見たけれど、目が合う事はなかった。いつも前向きな紗由理の視線の先は、ずっと数メートル先の地面。
そして見る度に彼女が今日どれだけ楽しみにしていたかに気付く。新しい浴衣、輝く耳飾り。どれ1つとして、褒めてあげられていない。
「じゃあ」
彼女はそう告げて家に入っていく。悲しげな背中に向かって、巧は言った。
「今日は悪かった」
彼女は玄関のドアノブに手を掛けて止まった。
そして髪をなびかせながらくるりと回って、つかつかとこちらへやってくる。
「なぁ」
「紗由理です」
「紗由理」
「何ですか?」
「申し訳無い」
「言葉ではなんとでも言えます」
そう言って何か言いたげな顔をしたけれど、また家に入ろうとする。
その腕を掴む。
そしてもう一度言う。
「悪かった」
「……」
「許してくれとは言わないし言えない。俺は君が楽しみにしていたデートをぶち壊し、君から貰ったプレゼントをなくしてしまったんだ。最低だ」
「……」
「だからただ謝りたい。すまなかった」
「……」
「じゃあな」
巧は腕を離して向きを変え、歩き出した。
その腕を今度は紗由理が掴む。
「許さない」
「……」
「だから、忘れる事にする」
「……?」
「今日は何も無かった。私達は夏祭りを楽しんで帰ってきた。そうでしょう?」
と言うことはつまり……
「許してくれるのか?」
「さっき許さないって言ったわよ」
巧は嬉しかった。体中が熱くなって、目には涙が浮かんだ。
感謝の言葉の代わりに、巧はそっと紗由理を抱き締めた。
紗由理は一瞬身を硬くしたけれど、すぐに力が抜けた。
「温かいね」
「お前……紗由理が温めてくれたからな」
如何でしたでしょうか。
私は新人で、大したお話は書けません。
この作品も、人様に見せられるような出来ではございませんが、書くことが大事というアドバイスを信じて投稿しました。
ご指摘等あればお教え下さい。
感想もお待ちしております。厳しいお言葉でも構いません。