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名前

予定よりも更新が遅くなりました。すみません。

「陸君?」

「掃除しねーと。遊んでたらいつまでも帰れねえから」


 言ってから、なんか言い訳っぽいなと気づいて、余計に居心地が悪い。

 さっさと片してしまおうと、ユキのケージの掃除をはじめる。


 鈴木愛莉が手伝おうかと聞いてくるが、それは普通に断った。

 いろいろ手順を説明するのも面倒だし、一人でやった方が早い。

 それは、彼女もわかったのか、邪魔にならないようにユキのそばで大人しくしていてくれた。


 掃除が終わって、ユキをケージに戻し、次にカメの水槽を洗うために、水槽のふたを開けると。


「その子はなんていう名前なの?」


 聞かれて、固まる。


「陸君?」


 名前を聞いただけなのに、俺が逡巡しているから驚いた様子で。

 俺はかなり躊躇った後、どうしたのかとこっちを見ている鈴木愛莉を見返して。

 言わないわけにはいかないか・・・と、覚悟した。


「カメゴン」

「え?」


 声が小さかったから、聞き取れなかった様子で聞き返されて。


「カメゴンだよ。言っとくけど、俺がつけたわけじゃないからな」


 つい大きい声で言い訳をしてしまう。


「こいつら、もともとあった生物部で飼われてたやつらだから、名前とか、誰がつけたかわからないし、適当なんだよ」

「そうなんだ。でも、カメゴンも可愛いよ」


 その笑顔は嘘を言っているようには見えなかった。

 名前が・・・というより、カメ自体を可愛いと思っているような様子に、少し驚く。


 ウサギのユキを可愛いと言うのならわかるけれど、動物を飼ったことがないと言っていたわりに、嫌悪感もないし。

 なんだろう、好奇心に満ちた様子は嫌な感じがしない。

 水槽の中で、黒々とした甲羅から精一杯首を伸ばしてこっちを見ている姿は、まあ可愛いと言えなくもないが。


「言っとくけど、こいつたぶん20歳超えてるから」

「え」

「神谷も言ってたし、生物部の古い資料とか見ると確実に20年前から居るんだよ。名前もその頃の生徒がつけたんだろうな」


 ゴム手袋をはめると口を開けた段ボール箱を持ってくる。


「へー、私たちより年上なんだね」

「まあ、カメは長生きだからな、普通に30年とか生きるらしい」


 カメを箱に入れて箱ごと外に持って行く。

 途端にコケーッと叫ばれて、つい「うるさいっての」と文句を言うと、俺のあとをついてきた鈴木愛莉が。


「ときどき聞こえてた鶏の声って、この子だったんだね」


 また興味津々といった様子で、でも少し距離を置いている。

 さすがに敵意丸出しな奴には鈴木愛莉も近づけないらしい。

 苦笑して。


「そいつはボス。名前は神谷がつけたらしい」


 正確には名前がなかったのが不憫でつけてやったというところらしい。

 大きくなって、今のように自分がボスだと主張する様子を見て、名付けたという安直なものだが。

 鶏小屋の横の物置小屋から網を取り出すと、カメの入った箱に乗せてフタにする。

 更に段ボールの板で半分ほど隠して日陰をつくってやる。


「それは?」

「掃除の間、日光浴させてやるんだよ。暑すぎるとヤバいから日陰」


 室内に戻って、水槽を外の水道に運んできれいにする。

 その間、鈴木愛莉は日光浴をしているカメを珍しそうに観察していた。

 きれいになった水槽をいつもの場所に設置して、カメの足場用の石などを戻して水を足すと、外に戻って段ボール箱の中のカメを捕まえて水槽に戻す。

 普段は俺のことを餌だと思っているような態度のこいつだが、俺がゴム手袋をしているときは掃除で捕まえられるとわかっているから、首を引っ込めて大人しい。

 どこまでも現金な態度には苦笑が漏れる。

 ゴム手袋や箱を片付けて、外の小屋の鍵をかけて手を洗って終了。


「日光浴ってそんなに短くていいの?」


 終わったのを見計らって、鈴木愛莉が声をかけてくる。

 掃除をしている間だけなので、たかだが10分かそこらだ。

 さすがに短すぎるけど。


「今日は暑いから、熱中症とかのほうが危険なんだよ」


 自然の日光浴にはリスクがある。

 カメの健康のためには必要だが、日光浴が足りないからって死んだりしないから、そこまで無理にさせる意味はないと俺は思っている。


「そうなんだ。・・・じゃあ、カメさん飼ってる人ってけっこう大変なんだね」


 本気で長時間の日光浴となると、熱中症対策で水を入れておいてやらないといけないし、目を離すなら脱走とか猫とかの外敵にも注意が必要だし、かなり面倒。

 だが。


「いや、今は日光浴用のライトとかあるから、水槽の中で安全に飼育するのが普通」

「そうなの? ・・・じゃあ、なんでカメゴンにはしてあげないの?」


 その言葉に渋面になる。


「・・・金がかかる」

「お金?」

「ライトもただじゃないし、電気代もかかる。・・・こいつらは、もともと生物部が飼育していたからって理由だけで、ここに居ることを許されているから」


 神谷が生物部になれば楽だという言葉は、単純に人手が増えれば楽とか、餌代がまかなえるとかそういうレベルの話ではないのだ。

 間借りの居候のような状況では、あまり大掛かりなことは許されない。

 できれば、こんなふうにリスクのある日光浴はやりたくはないし、生物部になればライトだけじゃなく、もっとほかにもいろいろ環境をよくすることができる・・・のだが。


「じゃあ、生物部になればいいのに。そしたらカメゴンたちも住みやすくなるってことでしょ」


 無邪気な鈴木愛莉の言葉に渋面になる。

 生物部を復活させた方が、ユキたちのためになるということはわかっている。

 だけど。


「一緒にやる人がいないなら、私、部員になってもいいよ?」

「いらねーよ」


 反射で答える。

 と、彼女の表情が笑顔のまま固まった。

 言い方がまたきつかったと自覚もあって、目を逸らす。


「今のままでもちゃんと飼育できてるんだから、無理に部活にする必要ないだろ。・・・お前だって無理に付き合う必要ねーから」


 人と関わりたくないという思いがどうしても先に出てしまう。

 生物部を復活させたとしたら、今後も継続させるためには部員集めをしないといけなくなる。

 後輩を勧誘して部を運営していくとか・・・自分にできる気がしない。


「無理なんて・・・」

「動物、飼ったことないんだろ? 興味本位で手を出して、やっぱり無理とかならないとも言い切れないだろ」

「そんなこと・・・」


 鈴木愛莉が自信なさげな顔になる。

 きっと、彼女ならそんないい加減なことはしないだろうと思うけど、経験がなければ自信がないのなんて当たり前。

 そこにつけこんでいるのだから、嫌な言い方をしていると自分でも思う。

 彼女が純粋にユキたちへの好意で言ってくれているのに、それを足蹴にする自分に呆れる。

 結局は自分本位な考えでしか動けない自分に。


 ・・・どうして鈴木愛莉は俺なんかに構うんだろう。


 そんな気持ちが湧きあがった。

 最初に付き合ってほしいと言われたときにも思った。

 どうして、俺なのかと。

 鈴木愛莉は話してみると少し意外な一面もあると感じたけれど、やっぱり人に愛される人間なんだと言う印象は変わらなかった。

 そんな彼女がどうして?


「・・・なあ、なんで俺なんだよ」

「え?」

「お前なら、もっとふさわしい奴がいるんじゃねーの? 俺なんかより」


 驚いたような視線を返される。

 でも、どうしたって不思議でならなかったから返答を待っていると。

 ムッとしたように顔をしかめて。


「なんか、なんて言わないで」


 急に怒り出すから、面食らう。


「・・・なんだよ急に」


 鈴木愛莉はふくれっ面でこっちを睨んだまま。


「陸君が変に自己評価低いのってわかってたけど・・・」

「は?」

「なんでもない。・・・それより、今度は『お前』ってなに?」

「え」

「呼び方。名前で、愛莉って呼んで」


 なんの関連なのか、急に話を戻されて対応に困る。

 躊躇っていると、急にまたにっこり笑って。


「ユキちゃんたち、本当に可愛いよね。・・・別に陸君のことがなくてもお世話のお手伝いとかしたいなって思った」


 と、また話が変わる。

 なんなんだ、いったい?

 目を白黒させていると。


「だから、神谷先生に、私は部員になってもいいですよって言おうかなって思って」


 なんてことを言いやがった。


「な、お前!?」

「あ、またお前って言った。・・・陸君が部長になるのが嫌なら、私がなってもいいんだよ?」


 話が具体的になってんじゃねえか!

 焦った俺は。


「わかった。・・・名前で呼べばいいんだろ」


 と、頭を押さえながら言う羽目になった。

 まあ、いいか呼び方ぐらい。

 そんな軽い気持ちだったのだが。

 鈴木愛莉は途端に、ぱっと明るい笑顔を見せると。


「じゃあ、呼んで?」


 今度は本当に嬉しそうな笑顔で詰め寄られ、きらきらと期待した目で見つめられる。

 さっきまでの変な迫力はなりを潜めて、まるで子犬がおやつを目の前に目を輝かせてるみたいな様子に。

 なんだろう、そのギャップが逆に愛らしく感じてしまう。

 つい、苦笑をもらして頭を撫でて。


「愛莉。・・・これでいいか?」


 顔を覗き込むと、急に彼女は顔を真っ赤にして。


「・・・うん、ありがとう」


 言いながら、後退る。

 その態度に、あれ? と思って。

 後退られて離れた自分の手を確認する。

 無意識に撫でていたということに気付いて、慌てて腕をおろした。


 今まで、つい手が伸びそうになることはあってもなんとか自制していたのに。

 鈴木愛莉の真っ赤な顔を見て、俺もなんだか顔が熱くなる。


「あ、あのね」


 そんな雰囲気に彼女も耐えられなかったのか、慌てたように口を開いて。


「部員とかは冗談だけど、ユキちゃんたちのことが可愛いのは本音なの。だから、また放課後ここに来たいんだけどいいかな?」


 言われて、ケージの中のユキを見る。

 鼻をひくひくさせてこっちを見上げていた。

 すでに警戒心はなくなっている様子に。


「別にいいけど」


 と答えると、鈴木愛莉は嬉しそうに顔を緩めて。


「ありがと。・・・あと、代わりってわけじゃないけど、教室ではあんまり話しかけないようにするね」


 少し驚いて見返すと。


「みんなの前で話しかけると、陸君すっごく嫌そうな顔をするんだもん。ここではそんなことなかったから・・・」


 言われてみれば確かに俺は人目を気にしていたから、教室では話しかけられるたびにしかめっ面をしていた気もする。


「好きにしろよ」


 もともと目立つのが嫌なだけで、鈴木愛莉のことが嫌いなわけではないから。

 その方が助かるなって単純に思って。

 だから。


 鈴木愛莉の少し寂しそうな様子に俺は気付けなかったんだ。



**********

また4000文字くらい。

思った以上に長くなってしまって(^^;

ちなみにカメゴンは作者が飼育している実在するカメです。

もう23歳は超えているはず。

カメって長生きだなあと思う今日この頃。

名前については本当に適当に付けちゃって(っていうかなんとなく呼んでいて)もうちょっと考えればよかったなと今になって反省してたり(^^;


このシーンで出てくる動物たちの選定にはちょっと悩みました。

学校で飼育していて違和感がなくて、そんなに難しくない動物ってことで決まりましたが。

なのであんまり飼育経験のないウサギを出してしまったんですが・・・。

犬猫なら書きやすいんですが、学校で飼うって違和感あるし・・・ヘビとかも考えたけど、餌とか面倒(見た目に問題も有り)なので断念。

まあ無難なところに落ち着いたかなと。


次回更新はまた時間が開くと思います。すみません。

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