強引な教師
続きです。
でも、まだ中途半端で更に続きます(^^;
今のは何だと聞くのは簡単だけど。
人のことに簡単に首を突っ込むことはできなくて。
俺自身、自分のことをあまり人に探られたくない。
そんな俺が人のことをあれこれ詮索するなんて失礼だろう。
そんなことを考えて、声をかけられずにいると、鈴木愛莉はユキを刺激しないようにだろうゆっくりと立ち上がって。
「それよりさ、陸君」
サークルの前でしゃがんでいる俺を見下ろす形で見て。
「さっき、私のことフルネームで呼ばなかった?」
「・・・あ?」
急に言われてぽかんとする。
「そういえば、お昼の時も呼んでたよね?」
なんだろう、笑顔が怖い気がする。
「ああ、つい・・・な。ダメだったか?」
「ううん、ダメじゃないよ? でも、それだと長すぎじゃない? だから、陸君にも名前で呼んで欲しいな」
ニコニコといつもの笑顔に見えて、なぜか有無を言わせない迫力があった。
「いや、それは・・・じゃあ、鈴木って呼ぶよ」
名前呼びは無理でも苗字なら、と妥協案を提示してみる、が。
「それはイヤ」
即答されてしまう。
まあ、そんな気はしていたが。
困っていると。
「ね、その子の名前はなんて言うの?」
急に鈴木愛莉はユキを見て訊いてくる。
「ああ、ユキだよ」
「ユキちゃんか。可愛い名前だね」
ニコニコとサークルを覗き込んで。
「ねえ、ユキちゃんのことを陸君はユキって呼ぶでしょ? じゃあ、私のことも名前で呼んでくれてもいいんじゃないかな?」
なんだかわからない理屈を言われる。
「・・・人間とウサギは違うだろ」
すると、鈴木愛莉は目を瞬いて。
「そう? 陸君にとってはあんまり変わらないのかなって思ったんだけど」
どういう認識だ、それは。
思わず口をへの字にすると。
突然、ガラッと戸が開いて、びくっとする。
それに合わせるように、ガタンッとカメが存在をアピールした。
鈴木愛莉が来てから、カメは警戒してずっと静かにしていたので、驚いた彼女は戸口と水槽を交互にきょろきょろ見ている。
で、入ってきた人物を見て、俺は更に渋面になった。
なんで、今日に限って・・・。
「ん、なんだ? 浪岡が女連れ込むなんて珍しいな」
ぼさぼさの頭でよれた白衣を着た・・・一応、ここの管理者である生物教師の神谷だ。
「連れ込むとか、人聞きの悪いことを言うのはやめてくれ」
もちろん、そんなことを本気で言っているわけではないことはわかっているが、だからといって否定しないでいると余計に面倒なことになりそうな気がした。
すると。
神谷はまじまじと俺を見て。
「ふーん?」
ニヤニヤと、なんだか不穏な笑みを浮かべた。
「あの、神谷先生。私、陸君と同じクラスの鈴木愛莉です」
神谷は俺たちのクラスの担当になったことはないから、変なところで生真面目な鈴木愛莉がきちんと自己紹介をする。
「おー鈴木か、よろしくな。ここにいるってことは鈴木もユキたちの世話してくれるってことだよな」
は?
「ちょっと待て、こいつはそんなんじゃ・・・」
「浪岡は友達いないから、心配してたんだぞ。っていうか、本当は生物部になれば、いろいろ予算も取れるし、こいつらの世話だって楽になるって言ってんのに、いっつも一人だしさ・・・あ、そうだ」
そこまで言って、なんだか楽しそうな笑みを俺に向ける。
ぞわっと嫌な予感がした。
「・・・おい?」
「活動員が2人以上いれば部活申請できるし、俺が手続きしといてやるから、心配すんな」
「は!? 何言ってんだ??」
なんだか勝手にどんどん話が進んで焦って止めようとするが、神谷は全く聞き耳を持たず。
「あ、俺、これから職員会議なんだわ。詳しいことはまた今度な」
言いながら、ここに来た目的だったらしい、戸棚の中からファイルを一冊取り出すと、さっさと部屋を出て行ってしまう。
追いかけたかったが、ユキをサークルに出していたから、そのままにするわけにもいかない。
くっそ、明日とっつかまえて、勝手なことをするなって言うしかないか。
ギリッと奥歯を噛みしめる。
すると。
「はー、神谷先生って噂では聞いてたけど強引な人なんだね」
なんだか感心した様子で、どこか他人事のように言う。
こっちは本気で焦ったのに、楽観的な様子に呆れて。
「お前、そんなこと言ってる場合じゃないだろ」
声をかけるが、鈴木愛莉は意味がわからないといった様子で、きょとんとする。
「あいつはあんな適当な感じなくせに、自分の思い通りに生徒を動かすのがうまいんだよ。・・・ほっとくと、いいように使われるぞ」
何を隠そう、俺がいい例なのである。
ちょうど一年前、高校に入学して一か月くらい経って、ようやく高校生活にも慣れてきたころ。
俺は神谷に出会った。
その頃、担当教諭でもなかった神谷とは特に接点がなかった。
でも、逆にそれがこんなことになった原因だったのかもしれない。
担当だったら、神谷の変人っぷりも知っていただろうし、知っていたらそうそう簡単に近づこうとは思わなかったはずだから。
もし、あの頃の俺に会えるのなら、気を付けろと言ってやりたい。
だけど、現実ではそんなことを教えてくれる人間はいなくて、がっつり関わってしまい、今の状況にある。
出会った時のことを思い出す。
あれは偶然だった。
ある日の放課後、一人で帰ろうとしていた俺は、大荷物を持った神谷と廊下でぶつかりそうになった。
荷物の一部が落ちて、それを拾った俺は深く考えもせずに「手伝います」なんて声をかけてしまったのだ。
そのとき神谷が持っていたのは袋に入った牧草で。
つまりユキの餌だったわけだが、それを神谷は何袋も、前が見えないほど積み上げて運んでいた。
後で聞いたら、格安で知人から大量の牧草を買い付けて、運んでいたところだったらしい。
そんな訳で俺は初めてこの生物準備室に足を踏み入れることになった。
で、その頃のユキたちの飼育環境は決して良いと言える状況ではなかった。
神谷も忙しくて手がかけられなかったらしく、ケージの汚れは目立っていたし、水槽もかなり汚れていた。
最低限、餌と水は換えていた様子だったが、つい「もっとちゃんと掃除した方がいいですよ」なんて言ってしまって。
「じゃあ、お前が今日から世話係な。あ~、これで俺も肩の荷が下りたわ。・・・あ、俺は今日から何もしないからな。お前がサボるとこいつら飢えるから、よろしくな」
と、あんな一言で、なぜか飼育係を言い渡されてしまい、今に至る。
まあ、実際は正式な部活動でもない俺は、土日祝など学校が休みの日に世話をしに来ることができないから、そういう日は神谷が世話をしているし、俺が来なければ飢えるなんてことはないのだが。
一年前の俺は神谷の一見だらしない格好や、生き物の世話を適当に人に押し付けたところを見て、信用ならないと思ってしまって。
つい、俺が世話をするしかないと思い込んでしまったのだ。
ちなみに、生物部は2年前に部員がいなくなって廃部になり、それからは神谷が残ったユキたちの世話をしていたということらしい。
「えっと、それって・・・ユキちゃんのお世話を陸君がしてるのも、神谷先生にやらされてるってこと?」
やらされているという言葉に顔をしかめる。
神谷の思い通りになってしまったことには、確かに腹立たしさを感じてはいる、が。
サークルの中にいるユキに目を向ける。
ユキは神谷が消えた戸口を向いて鼻をひくひくさせていた。
頭を撫でると気持ちよさそうに目を細める。
俺がやらなければきっと神谷は世話をしてくれるだろうけれど、すでにそんな問題ではなくて。
ガタゴトと俺を餌としか認識していないような奴も、いちいちケンカを吹っかけてくる問題アリなあいつも。
単純に可愛いと思ってしまっているから。
「・・・ごめん、そんな訳ないよね。陸君はユキちゃんのことが好きなんだよね」
鈴木愛莉もまた隣に来て、ユキの背中を撫でる。
その言葉は図星で、だからこそ頷くのも気恥ずかしくて。
返事をせずにいると、彼女はそれを肯定と受け取った様子で。
「・・・ユキちゃんがうらやましいな」
小さくつぶやいた声にドキッとする。
その言葉の意味がわからないほど、俺は鈍感じゃない。
居たたまれなくなってバッと立ち上がる。
動物好きな作者の趣味に走った結果、またもや中途半端で終わってしまいました(滝汗)
次で、このシーンは終わりますので(^^;