放課後の日課
ここから、ちょっと雰囲気が変わります(^_^;)
シーンも長くなって中途半端で続きます。
放課後。
俺はホームルームが終わると同時に席を立って教室を後にする。
鈴木愛莉がこっちを見たのには気付いたが、目を合わせないようにした。
追いかけてくることも考えたが、そんな気配はなく、俺はいつもの場所に向かう。
彼女は友達が多い。
俺みたいに碌に挨拶もせずに教室をでるなんてことはできないのだろう。
・・・あいつもそうだったな。
いつも周りのことばかり気にしていた。
皆から好かれて、いつも人の中心にいて。
俺に一番に声をかけてくれた。
・・・けど。
ガタッと音が響いてきて、ハッと顔を上げる。
気付くと目的地の前だった。
生物準備室とプレートのかかった戸。
中から『ゴンッ、ガタンッ』と硬いものがぶつかる音が響いてくる。
聞きなれた音に、つい苦笑が漏れる。
ノックもせずに開けると、部屋には誰もいない。
「うるさいぞ」
つい、文句を言って、更にガタゴトと音を立てている奴を見た。
窓際の棚の上に40cmくらいの水槽がある。
5cmくらい入った水の中で首を精一杯伸ばして、手足をばたつかせているのは20cm弱くらいの大きいカメだ。
そして目線を下げると、大きなケージの中の赤い瞳と目が合う。
「お前は少し待てるよな」
返事をするように鼻をひくひくさせる様子に笑みを零して。
ガタガタと自己主張の激しいカメに餌を与えるために動く。
餌の入ったケースを持ってくる間も、水槽の中で首を伸ばして横目でじっとこっちを見ているから。
つい。
「お前、俺のこと餌だと思ってないか?」
水上に撒かれた餌をがつがつ食べているのを見て嘆息する。
それから、ケージの方に向かう。
餌入れをチェックして、残っていないことを確認して、新しい餌を入れる。
食べだしたのを横目に、今度は給水器の水を交換した。
後はトイレの掃除と・・・牧草も交換しないとダメか?
ケージの中をチェックしてそんなことを考えていると、今度は換気のために少し開けてあった窓の外から『コケーッ』と、これまた自己主張の激しい雄叫びが響いてきた。
あー、今度はあいつか・・・。
つい渋面になって、壁にかかっていた鍵を取って外に出る。
木枠と金網、トタン屋根で造られた鶏小屋の中から、白い鶏が横目でこっちを睨みながら『コココココッ』と鳴いていた。
白く大きい体に赤い鶏冠。
まぎれもない白色レグホーンの雄だ。
俺はまず鶏小屋の横にある別の小屋に鍵を開けて入ると、柄杓と箒を取り出した。
柄杓で鶏の餌をすくうと、箒を抱えて小屋を出る。
今度は鶏小屋の鍵を開けるが、扉を開ける前に柄杓はいったん小屋の外に置く。
箒を片手に扉を開けると、白い体が待ってましたとばかりに飛んできた。
俺はその一撃をまずは箒で防御する。
そのまま箒を向けて相手の攻撃を牽制しつつ、今度は箒とは反対の手で置いておいた柄杓を持つと小屋の中に入った。
その間も奴はこっちを見てコココッと狙いを定めている。
目を逸らさないようにして餌入れに餌を入れると、敵はとりあえずそちらに向かったので、少しホッとして鶏小屋から出ていこうとしたのだが。
背中を向けた途端、隙有りとばかりに白い体が飛んできた。
俺は慌てて小屋を出ると扉を閉める。
敵は扉に阻まれて、不満そうにコケーッと声を上げた。
ホッとして鍵をかけて。
「全く、毎日毎日いい加減にしろよな」
金網越しに睨むと、今度は餌に夢中になっていて、さっきまでの敵意はなんだったのか、まるっと無視をしてくれる。
そんな様子に少し呆れつつも餌を夢中で食べている様子は可愛いもんだと思って。
苦笑を落として箒と柄杓を片付けて、同じ小屋の中から牧草を取り出すと室内に戻る。
ケージの牧草を換えようと中を覗き込んで、少し考えて、室内にサークルを立てて円形状の場所をつくると、赤い目でこちらの動きを観察していた奴をケージから出して入れる。
掃除ついでに遊ばせてやることにしたのだ。
警戒心の強いこいつも、円形状のサークル内なら慣れているので、鼻をひくひくさせながらサークル内を動き回る。
しばらくするとごろんと横になって毛づくろいをはじめた。
俺はそれを横目に掃除に取り掛かろうとして。
急にユキが耳を立て後ろ足で立った姿勢で、部屋の戸口の方を向いたので驚く。
戸口を見ると、なんとなく人の気配。
放課後にこのあたりに来る生徒はまずいない。
この辺には文化部系の部室もないから、部活動で来る生徒はいないし、それにこの生物準備室の管理者である生物教師が、ちょっと変わり者で有名で。
下手に近づくと面倒ごとを押し付けられると思われているので、皆近づかない。
ただ、だからこそ俺にとっては逆に居やすい場所であるのだが。
そんな場所に近づく物好きなんて・・・今の俺には一人しか心当たりがない。
サークルの中のユキがずっと警戒しているように戸を見ているから。
「大丈夫だから、安心しろよ」
声をかけて、頭を撫でると、ようやく前足をおろす。
それでも、まだ戸口を見るのをやめないので、溜め息を吐いて。
戸に近づくと、外にいるだろう相手には声もかけずに開ける。
「きゃっ」
急に開いた戸に驚いた声を上げたのは、やっぱり鈴木愛莉。
眉間に皺を寄せて見下ろすと、彼女はさすがにいたたまれなかったのか、ごまかすように笑みを浮かべた後、ちょっとうつむいて。
「ごめんね、こんなところまでついて来ちゃって・・・怒ってる?」
恐る恐る言う様子が、いたずらをして叱られている子犬のような雰囲気で。
つい。
「怒っているわけじゃねーよ。ただ、そんなところをウロウロされると、あいつがビビる。来たんなら、ちゃんと声をかけろ」
許してしまって、そんな自分に少し驚く。
・・・いや、なんか伏せてる耳の幻が見えた気がしたんだよ。
心の中で誰に言うでもない言い訳をしつつ、俺は鈴木愛莉を室内に入れてやる。
すると彼女はすぐにサークル内のユキに気付いて。
「うわぁ、可愛いっ。白いウサギ? ねぇ!?」
いきなりテンション上がって声が高くなる。
その声にユキがびびって後ろ足で立ったまま硬直する。
ただ、鈴木愛莉はサークルに近づいたりはしなかった、が。
「うるさい、黙れ」
低い声で言うと、彼女はビクッとして目を見開いて見上げてくる。
「ご、めん、なさい。・・・やっぱり私、帰るね」
小さい声で言いながら、少し目線を下げた表情は昨日よりもよっぽど泣きそうな顔で。
驚いて固まると、鈴木愛莉はそのまま部屋を出ていこうとする。
俺は慌てて思わず。
「ちょっと、待て」
出ていこうとする彼女の腕を掴んで引き留めると、驚いて目を丸くした顔が振り向く。
その目はやっぱり少し濡れていて。
今までになくひどい罪悪感を感じた。
「・・・悪い、今のは俺の言い方が悪かった」
謝ると意味がわからなかったのか、きょとんとした表情を返されて。
真っ直ぐこちらを見る瞳に、なぜか動揺する。
俺は意識して目を逸らすと。
「あいつ、ビビりだから、女子とかの高い声で急に騒がれるとパニクるんだよ。・・・お前はそばに駆け寄ったりしなかったからまだマシだけど」
説明をしながら、掴んでいた腕を離す。
鈴木愛莉は目を数回瞬いて、それからユキの方を見た。
「あ・・・そうなんだ。ごめんなさい、驚かしちゃって」
小さい声で、ユキに対して謝るから、つい笑みを零す。
「さっきみたいな声を出さなきゃ、普通にしゃべっても大丈夫だ。ビビりだけど人間嫌いじゃないから。・・・触ってみるか?」
言うと、鈴木愛莉はまた驚いたみたいに目を丸くしてこっちを見上げてきた。
驚いた顔に驚いて見返すと、ちょっとハッとした様子で、慌てたようにユキの方を見る。
「いいの? ・・・でも」
興味はある様子なのに、躊躇った表情を見せる。
そういえば、さっきも声を上げただけで近づかなかったし。
「・・・もしかして、あんま動物に触ったことないとか?」
訊くと、ユキの方を見たままコクンと頷く。
触ってみたいけど、不安・・・ってとこか。
俺にはよくわからない感情だが・・・まあ、こいつもビビっているってことだよな。
苦笑して、俺ひとりでサークルに近づく。
ユキはさっきとは違い落ち着いた様子で、俺の方に近づいてきた。
頭を撫でてやると気持ちよさそうな顔をする。
姿が見えないときは警戒していたが、なんだかんだ人が多い学校での暮らしが長いこいつは、人に慣れるのが早い。
これなら大丈夫だろう。
「ゆっくり近づいて来いよ」
手招きすると、鈴木愛莉は恐る恐る近づいてきた。
俺の横にしゃがみこんで、ユキを見下ろして。
「・・・頭、撫でられるのが好きなの?」
「ああ、あと背中。撫でてみろよ」
「うん」
それでもしばらく躊躇っていたけれど、手を伸ばしてそっと背中に触れる。
ちょっと驚いたように手を引っ込めて、それからまたすぐに手のひらで背中を撫でる。
「すごい・・・温かいんだね。それに柔らかくて、気持ちいい」
温かいっていう言葉に驚く。
そうか、初めて触るときってそういうもんか・・・。
俺にとっては物心つく前から周りに犬猫がいるのは当たり前で。
だから、新鮮な感想だった。
「生きてるからな」
ぬいぐるみとは違う、確かに生きている証。それがぬくもりだ。
そんなことを改めて実感させられた。
だけど。
鈴木愛莉は急にビクッとして手を引っ込めた。
え?
俺はその表情を見て固まった。
無表情だった。
急に感情が抜け落ちたみたいに、呆然とただユキを見ている。
いつもニコニコと笑っているような鈴木愛莉しか見たことがなかったから。
いや、昨日と今日で拗ねている表情とか、悄然としているところも見たけれど、それとは全然違っていて。
しかも。
・・・震えてる?
ユキを触っていた手は空中で止まっていて、よく見ると微かに震えていた。
「おい、どうした?」
尋常ではない様子に、声をかけるけれど、こんな至近距離なのに彼女は気付かない様子で。
「おい、鈴木愛莉」
少し大きな声で呼ぶと、ようやくハッとしたようにこっちを見た。
目を数回瞬かせると。
「あ・・・ごめん、ちょっとぼーっとしちゃって」
さっきまでの無表情が嘘みたいに笑顔を見せる。
どう考えても無理に作った表情だった。
それを見て、何も言えなくなる。
めっちゃ中途半端ですみません。
どうしても、シーンが長くなってしまって、この小説は1話3000文字くらいと決めてたのに、4000文字いっちゃうし、次もそのくらいになりそうだったり(^^;
人間嫌いの気がある陸君、実は動物好きというお話し。
作者の実体験を元に書いてるところが大きいんですが(鶏とカメ)、ウサギは室内飼いをしたことがないので、妄想の産物です(汗)
ウサギを飼ってる人が見たら変なとこあるかも・・・変だったら教えてください。