屋上で
高橋咲耶の様子で、鈴木愛莉は今回の告白から諦めない宣言をした一連のことを、どうやら全く話してないようだとわかった。
まあ、実際に言ってないからこそ彼女が朝から俺にからんでいても、変な詮索をされることがなかったのだろう。
鈴木愛莉は人気者だ。
告白されて振ったなんて知られたら注目されるのは目に見えている。
目立ちたくない俺としては、そんなことが周囲に知られるのはマジで勘弁してほしいところで。
だから。
つい、高橋の疑問に過敏に反応してしまった。
けれど、あれでは逆に変に詮索されるネタを提供してしまったようなもので。
しかも、逃げるように教室を出てきてしまったから。
鈴木愛莉に余計なことを言うなと釘を刺したところで、彼女はうまく躱せずにすべてを話してしまうのではないかと思った。
・・・失敗した。
誰もいない屋上で、ひとり食後に紙パックのお茶を飲みながら、ストローを噛む。
6月にもなると屋外は結構な暑さで、さすがにこの陽気の屋上で昼食をとるような奇特な人間はいない。
ひとりになりたかった俺にはちょうど良かったが。
・・・それにしても暑い。
すぐに涼しい教室に戻りたいところだが、前述の理由から教室に戻るのも億劫で。
せめて日陰に移動しようかと、背中を預けていたフェンスから立ち上がろうとしたところに。
「お~、居た居た」
聞きなれた木村の声がして、顔をしかめる。
「何しに来た」
「うわ、そういうこと言う?」
と、言いながらもさほど気にした様子もなく、俺の真横にどかっと座ると「あちーな」と、零す。
「んで? 愛莉ちゃんと何があったワケ?」
突然のそれも直球の質問に、つい睨み付けるが、木村は平然と返事を待っている体で。
なんだか脱力する。
大抵の人間は俺のそっけない言動に呆れたり怒ったりして近づかなくなるものなのに、木村はまったく気にせずに声をかけてくる。
だから唯一、この学校で付き合いがある人間なのだ。
つーか、このへこたれなさは鈴木愛莉に近いものがあるよな。
そんなことを思って、余計に口が重くなる。
それに、俺が教室を出た後で鈴木愛莉がすべて言ったのかと思ったが、そうではないのだろうか?
ぷいっとそっぽを向いてお茶を飲むと、木村は逆にニヤニヤと笑みを浮かべて。
「お、言いたくないってか? ・・・ふーん、なるほどね」
その笑いも言葉も聞き捨てならないものがある。
もう一度睨むが、そんな俺の態度など奴はお構いなしで。
「ついに愛莉ちゃんに告白されたか~」
続いた言葉に驚いて、ごくりとお茶を飲み込んだ。
「うぐっ」
お茶が変なところに入りかけて、ゲホゲホとむせる。
マジ苦しいっ。
てか、今こいつ何て言った?
「おい、大丈夫か?」
心配されるけど、そんなことよりも。
「なんだよ・・・ついにって」
なんとか息を整えつつ言うと。
「あ~、なんか最近、愛莉ちゃんお前のことばっか見てるなって思ってたんだよ」
お前は周り見てないから気づいてなかっただろうけど、と続けられて。
突然だと思っていたあの告白が、そうでもなかったのだと知る。
だけど、それだとクラスの中には気づいている奴もいるってことか?
渋面になると、木村は苦笑して。
「安心しろよ、気づいたのなんてお前の近くにいた俺くらいだろうから」
木村との付き合いはなんだかんだ言って1年以上、さすがに俺が何を気にしているかわかっている様子で。
「愛莉ちゃんが今日になってお前にからんでるのも、あの子の場合、誰とでも仲良くしようとするから、あんまり目立ってないしな。・・・で、どうすんの?」
木村の質問に嘆息する。
「俺はちゃんと断ったんだよ」
「え? マジで? って、え、でも愛莉ちゃんの態度って・・・マジで?」
さすがに、断ったのにあの態度とは思ってなかったらしい。
「嫌いじゃないなら諦めないとか言われた」
「はー、さすがっつーか・・・」
さしもの木村も驚いた様子だ。
「そっか、まあそうだな。・・・愛莉ちゃん、友達になるときも、ちょっとくらいじゃ諦めないもんな~」
腕を組んで、したり顔になる。
俺は木村の言葉に少し驚く。
鈴木愛莉はその可愛らしい容姿と言動で、自然と誰とでも仲が良くなるのだと思っていたから。
さっき木村にも言われたが、今まで周囲に気を配ることがなかったから、言われたことを鵜呑みにするつもりはないが、違うとも言い切れない。
けれど。
朝の鈴木愛莉の様子を思い出す。
そっけない態度をとっても、またすぐに変わらない人懐っこさで近づいてくる。
あのどこか無邪気なポジティブさを目の当たりにすると、大抵の人間は受け入れてしまうのかもしれない。
ほだされるってやつか・・・。
「で、ほだされてみんの?」
ニヤニヤと顔を覗き込まれた。
それがむかつくよりも、俺が思っていたことと同じセリフを言ったことに驚いて。
こいつにはたまに変に聡くて驚かされることがある。
俺と普通に付き合えるだけでも木村は十分に変わり者だと思うが。
「ほだされる気はないな」
「うわ、一刀両断かよ。って、もしかして愛莉ちゃんの告白もそんな感じで断ったのか? うわ、可哀想」
じろっと睨むと一旦は口を閉じたけれど、またすぐに顔を覗き込んで。
「目立つのが嫌なだけで振るなんてもったいないと思うけどな」
「・・・ほっとけ」
口に出したことはないが、俺が目立つのが嫌いだというのはやはり悟られていて。
でも、軽い調子でそんな話をしても理由を聞いてきたりはしない。
・・・だからこそ、俺はなんだかんだで木村とだけは付き合えているのかもしれない。
この絶妙な距離感だから。
けれど、鈴木愛莉は違う。
彼女の積極性は、あれだけ周囲に受け入れられているのを見れば悪いものではないのだろうけど。
俺にとっては苦痛だ。
本気で放っておいてほしい。
・・・また、あんな思いをするのだけはこりごりだ。
俺のつれない返答に肩をすくめる木村に、さっきから気になっていたことを訊いてみることにした。
「さっき、俺が教室を出た後・・・あいつ何か言ってたか?」
木村の口ぶりでは具体的なことを話してはいないようだが、それでも何も言わないでいるとは思えなくて。
木村はその問いに、少し驚いたように目を丸くして。
「・・・お前、マジで全然、愛莉ちゃんのこと見てないんだな」
「は?」
「あの子は、お前が言うなって言ったことを、簡単にしゃべるような子じゃないし、高橋たちとの付き合いもそんな薄っぺらくないんだよ」
木村は呆れたように言うと立ち上がって。
「・・・本気で嫌なら仕方ないけどさ、もっとちゃんと相手と向き合ってから決めてもいいんじゃねーの?」
木村はいつになく真面目な顔で言葉を落とすと「つーかマジ暑すぎ、先に教室に戻ってるな」と言って、屋内へ戻って行った。
ひとり残された俺は木村の言葉を反芻する。
『全然、愛莉ちゃんのこと見てないんだな』
それは否定できる言葉ではない。
実際、昨日までの俺は鈴木愛莉に全く興味がなかったし、どちらかというと近づきたくないと思っていたから。
可愛くて人懐っこくて、ただ人に好かれている女の子。
そんな印象しかもっていなかった。
・・・本当は違うのだろうか。
でも、それを知ったからといって俺の答えが変わるわけではない。
・・・ない、はずだ。
不意に脳裏に鈴木愛莉の笑顔がよぎる。
ふんわりと微笑んだ、少し大人びた笑顔。
今までのイメージを覆す表情だった。
彼女に興味が湧いてないと言ったら嘘になる。
・・・だけど。
そのときちょうど予鈴が鳴って。
俺は慌てて教室に戻った。
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愛莉ちゃんの出てこないシーンはどうしてこうも筆が進まないのか・・・(^_^;)
っていうか、陸君の頑なさに作者のクセに、先の展開が読めないかも。
でもキャラの自主性に任せて書いていった方が良い感じになるので・・・更新は劇遅ですが、よろしくお願いします。