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突然の告白

 それは突然だった。

 放課後、教室で学校指定のカバンに荷物をつっこんで、帰ろうと席を立ったところで。

 急に声をかけられた。


「ねえ、浪岡なみおか君」


 振り返ると、少し下げた目線の先に、彼女はいた。

 クラスの中でもかなり小柄な子で、くりくりとした小動物を思わせる大きな目がこちらを見上げている。

 肩口で切りそろえられた髪が艶やかで、撫でてくれと言わんばかりだ。


 事実、彼女はクラスのマスコットキャラというか、妹キャラという感じで可愛がられている。

 本人もそういう扱いを嫌がるどころか喜んでいる様子で、男女問わず撫でられたりしているのが日常茶飯事だ。


 だけど、俺は。

 なぜ急に声をかけられたのか、まったく心当たりがなかったから。

 ちょっと首を傾げて、彼女を見下ろした。


「・・・なに?」

「急にごめんね。・・・あのね、えっと・・・付き合ってほしいの」


 普段、けっこうなんでもはっきり言う彼女には珍しい口調で、だけどどこか必死な様子だったから驚いて。


「え? どこに?」


 って聞いたら、彼女はすごくびっくりしたみたいに目を丸くして。


「その付き合ってじゃなくて・・・」


 彼女、鈴木愛莉すずきあいりは急に顔を真っ赤にすると目線を下げる。

 いつも人と話すときは目を見て話す彼女にしては珍しい。

 なんて思っていると。


「その・・・私と恋人として付き合ってほしいの」


 彼女は小さな、俺にだけ聞こえるくらいの声で、そう言った。


 俺は、その言葉を反芻して。

 意味を理解した途端。



「はあ!?」



 気付いたら、教室に残っていた奴らが全員こっちを振り向くくらいの大声を上げていた。


「なになに? どーしたの?」


 女子の一人が興味津々といった体で近づいてきたから、俺は慌てて。


「なんでもねーよ。てか、お前ちょっと来い」


 教室にはまだほかにも人がいたし、このままじゃ話もまともにできなくなると判断して、鈴木愛理の手首を掴む。


 とりあえず、教室を出ると近くの空き教室に向かった。

 授業中だと、サボったやつの溜り場になったりする教室も、放課後は誰もいない。


「あの、浪岡君・・・」


 教室に入って扉を閉めると、小さな声に呼ばれる。

 顔を向けると、少し赤い顔で彼女はうつむいて。


「手・・・」


 また小さい声で言った。

 掴みっぱなしだったことに気付いて、手を離す。


「ああ、悪い。痛かったか?」


 強く掴みすぎたかと思って聞いたが、そうではなかったようで。


「ううん、そうじゃなくて」


 慌てて顔を上げて、目が合うと、またうつむく。

 普段の彼女とは違いすぎる様子に意味がわからない。

 っていうか、こんなところに来たのは話をするためで。

 さっさと本題に入ろう。


「・・・あのさ、さっきの本気?」

「え?」

「さっきの、付き合いたいっていうの」

「う、うん」


 コクコクと頷く、彼女。

 どうやら聞き間違いではなかったようだ。


 普通、男子高校生(ちなみに高2、16歳)だったら、喜んで、表面上はともかく、内心ガッツポーズを決める展開だろう。

 なにせ、鈴木愛莉は美人とまではいかなくても、普通に可愛いし、性格は明るくて、男女ともに友達が多い。

 付き合ってと言われて断る人間のほうが少ないだろう。


 だけど、俺は。


「悪いけど、ムリ」

「・・・え」


 驚いたように目を丸くした後、徐々に目じりが下がっていく。

 まるで捨て猫のような悲しそうな顔をされて、さすがに罪悪感が湧く。

 泣くかな? って、思ったけど、意外にも彼女は泣かなかった。


「・・・なんでムリなの?」

「理由? ・・・だったら、逆になんで俺? ほとんど話したことないし、好かれる理由がわからない」


 と、本音を言うとそれだけではないのだが、そこまで言う必要はないと思った。


 だけど、それは失敗だった。


「じゃあ、付き合えない理由って、私のこと嫌いだからじゃないのね?」

「・・・まあ、そうだな」


 確かに、嫌いかと言われればそんなことはない。

 実際、この鈴木愛莉という少女は、人に好かれる人間なのだ。

 というか、嫌っている人間を見たことがない。


 まずは見た目も行動も小動物的な可愛さがある。

 それだけで、初対面の人間も警戒心が薄れるというのに、彼女自身、初対面でもなんでも気さくに話すし、クラスメイトは特に仲が良くなくても目が合えば笑顔で挨拶は当たり前で、それこそ、存在感の薄い男子とか、逆にノリで生きているようなチャラ男にも態度が変わらない。

 女子はもちろんで、たいてい仲がいい奴らでグループをつくるところなのに、鈴木愛莉だけはその枠にはまらない。

 誰とでも仲良く話すし、一見あわなそうなギャル系でも、大人しくていつも本を読んでいるような委員長系の子とも仲がいい。

 それは教師に対してもで。

 気弱でなんとなく生徒から馬鹿にされているような教師にもきちんと敬語で挨拶をするし、授業態度も真面目。


 そんな彼女はとにかく周りから愛されるキャラで。

 不思議とどこにいても人の中心にいるような人間だった。

 でも、だからこそ。


 ・・・なんで、俺?

 って思ってしまうのだ。


 クラスでは地味な方だと思う。

 休み時間はいつも本を読んでいるか、寝ているか。

 たまに割と仲がいい木村と話すくらいで、鈴木愛莉とはそれこそ挨拶くらいしかしたことがない。


 そういえば前に「なんの本を読んでるの?」って、声をかけられたことがあったけれど、タイトルを教えて終わりで、会話らしい会話をした記憶がない。

 そんな俺に特別な好意を寄せる理由が本気でわからなかった。

 なのに。


「じゃあ、これから好きになってくれる可能性があるってことだよね」

「・・・は?」

「今は嫌いじゃないけど好きでもない。話したことがあんまりないからわからないってことでしょ? じゃあ、これから浪岡君に好きになってもらえるようにがんばる」


 急に彼女は満面の笑みで。


「いや、ちょっと待て」


 嫌な予感に俺は焦って声をかけたけれど、すでに遅かった。


「ごめんね。私、諦め悪いの」


 さっきまでの、ちょっとおどおどした様子は鳴りを潜めて、彼女本来の明るさと、少し押しの強い調子で。


「今日は、急にごめんね。もう帰るから。また明日」

「おい、ちょっ・・・」


 言いたいことだけ言うと、さっさと教室を出て行ってしまう。

 俺はそれを半ば呆然と見送って。


「マジかよ・・・」


 がんばるって何をだよ・・・嫌な予感しかしない。

 溜め息を吐いて、荷物を取りに自分の教室に向かった。



 **********



「・・・失敗しちゃった」


 ぐっと握りしめていた手を広げる。

 途端に震えだして、苦笑する。

 浪岡君の前にいる間中、震えないように手を力いっぱい握っていた。

 広げた手のひらには爪のあとがついていて。


「ちょっと、痛かったな・・・」


 手のひらを胸に押し当てた。

 胸がドクドク鳴っているのを自覚する。

 意識して深呼吸をした。


 新鮮な空気とともに気持ちが切り替わる。

 手の震えも止まって、ホッと息を吐く。

 いつも、こうして気持ちを落ち着かせるのが習慣だった。


「うん、大丈夫。私はまだがんばれる」


 言葉に出してみると、前向きになれる。

 意識して笑顔をつくって。


「明日から、ガンガン行くからね! 覚悟しておいてよ、浪岡君!」


 ひとり宣言をして、駆け出した。



 **********

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