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 病室へ戻って一人になると、空漠とした自分の記憶に途方もない当惑を覚えた。あの瞬間、今まで重要視していなかった記憶に対する渇欲が前面へと押し出された。

 寝台へ横になり、見えもしない記憶を見ようとした。勿論見えてくるのは瞼の裏とそこに浮かぶシズクの横顔――僕の脳は、それらにしか光を当てなかった。記憶を呼び戻そうとしても、闇の中ではどうしようもない。足元が見付かるまで、じっとしているしかない。

 記憶を積み上げるために必要な鍵……それはシズクなのか?


『酷いのね』

『あたしたちは生き残りなのよ。生かされてしまったの』

『記憶を取り戻そうとしていないんじゃないかしら』


 ――やっぱり、シズクは前から僕のことを知っていたんじゃ?

 ふたたび浮かんだ疑問。

 ――でも、仮にそうだとしたら、伯父さんとかが教えてくれるか。

 考えても埒があかないので、寝台横の棚の上で閉じているアルバムを手に取った。初めて眺めたときよりも真剣に見た。どこかにシズクの写っている写真があるんじゃないか、と注意した。

 これは家族で旅行へ行ったり遊びに行ったりしたときに撮った写真を集めた物らしく、家族ばかりが写っていた。釣りをしている写真、遊園地でアトラクションに乗っている写真――この中の僕はどれも、憂いなどない笑顔を向けていた。

 姉の写真。綺麗とも可愛いとも取れる微笑を浮かべている。

 父の写真。気難しそうな顔で僕を睨む。だけど、時々破顔している写真もある。

 母の写真。どうやら姉は母に似ている。笑い顔が似ている。

 伯父の写真もあった。他にもいろんな人が笑っている。幸福の瞬間がここに留められている。

 だが、目的の写真は見付からなかった。

 ――伯父さんに聞いてみるか。

 そう決め、アルバムを閉じた。

 伯父が来るまでのあいだ、もう一度頭の中を整理した。

 僕は交通事故に遭い、家族を失った。そして今病院にいる。

 意識が戻り、シズクに会った。シズクは全身に怪我を負っていた。シズクにも親がいない。

 そういえばシズクは言っていた。

『あたしたちは生き残りなのよ。生かされてしまったの』

 あれはどういう意味なのだろうか? 単に事故から生還したという意味だけなのだろうか?

 考え込んでいると伯父がやって来た。

「元気かい、惺?」

 笑顔で伯父は入って来た。といってもぎこちなさが垣間見えた。

 かなり気を使わせているのだ。

「はい。相変わらず」

 そうかそうか、と言って寝台横の棚にビニール袋を置いた。

「昨日から歩けるようになったんで、病院内を散歩したりしてます」

 そうか、と伯父はビニール袋からアイスクリームを取り出した。

「散歩をしていたら、ウタズミっていう人と親しくなりました」

 伯父の動きが一瞬止まった。

「それは良かったね……どんな話しをしたんだい?」

「全身に怪我を負っていることや、家族みんなが亡くなってしまっていることを話してくれました。それから、この病院の中庭にある巨木を一緒に見たりしました」

 本来変なはずはないのだが、伯父がどうして僕らの会話の内容を知ろうとしたのか不思議に思った。単純に、話のネタにしただけなのかもしれないが。

「そうか。その子も大変なんだね」

 伯父は顔を曇らせ、僕からさりげなく視線を逸らした。

「なぜかその人、以前から僕を知っているみたいなんです。おかしいですよね」

 無意識の内に、会話に僕は何かを仕掛けていた。自分では解らないのだが、脳の奥底で『仕掛けた』という感覚が沸いていた。

「それは不思議だね。ウタズミちゃんか……惺の友達にいたのかもしれないけど、伯父さんには解らないや」

 ――……なんだ!?

 何かがにたりと口元を歪ませた。僕はそれを抑制することが出来なかった。まるで僕の中にもう一人誰かがいるかのようだった。

「伯父さんは、本当は知っているんじゃないですか? シズクについて」

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