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誰も来なくなった病室で、僕は頭に包帯を巻かれた状態で寝台に寝かされていた。個室の病室に設けられた窓から、枝先がピンクから緑になりはじめた桜が覗ける。今はその背景に夕陽の町並みが見える。
僕は、否、僕の家族は雨天の下高速道路を走っていたとき、車がスリップしてガードレールに衝突した。何一〇トンもの圧力をもってして。
運転席の側からコンクリートへ衝突した車はひしゃげた。その瞬間を見たわけではないが、母さんのお兄さん――つまり伯父さんから話を聞いた。伯父さんは、悲しみと困惑の混じった顔をしていた。
「悲しいとは思う。だけど、惺は強く生きなきゃいけない。解るかい?」
伯父はそう言って涙した。だけど、そのときの僕には、一体何が起こっているのかが解っていなかった。だが、理解の範疇を超えていた、というわけではない。
僕は記憶を失くしていた。
僕の反応から、僕を診てくれた先生が気付いた。側には警察官や伯父さんがいて、それぞれの顔を見合わせていた。
伯父はぎこちなく笑みを浮かべ、それならそれでもいい、と言った。僕はぼんやりしていてなぜ伯父がそんなことを言ったのか、そのわけを考えもしなかった。ただただ、ぼんやりとしていた。
帰り際、伯父は僕に言った。口にしたとき、大人たちの表情は強張った。そして、僕を哀れみの目で見た。
「惺のお父さんとお母さん、お姉ちゃんの睦ちゃんは、ついさっき……お別れしてしまったよ」
僕はいまだにぼんやりがやまず、その言葉を受け流してしまった。
無言のままでいると、大人たちは部屋から出て行った。僕は一人取り残された。そして、窓から外を眺めたのだ。夕陽が町に陰影をつけている。……怖い。
「酷いのね」
外から声がした。驚くよりも先に、声の主が窓から顔を見せた。女の子だった。
「……君は、誰?」
目が覚めてから初めて声を出した。自分の声は覚えていた。
「あたし? あたしもこの病院に入院しているの」
彼女は窓から室内へ入って来た。その行動を見て、僕はどうして彼女が入院しているのか気になった。見た限りではどこも悪そうではない。だが、パジャマを着ている。元気に出歩いているのだから、病気だとは思えない。
彼女は僕の疑問に気付いたのか、無言で右腕の袖を捲った。
瞬間、僕は目を見開いた。
「ね、酷い恰好でしょ?」
彼女は目を細めた。
彼女の腕には包帯が巻いてあった。肩まで袖を上げているのに、掌にしか肌色が見当たらない。
「顔と両手両足の先以外、全部包帯で巻かれているの。きみと同じ。事故に遭ったの」
微笑のまま彼女は袖を下ろした。スリッパが床を擦った。彼女が近付いて来る。寝台の隣まで来ると、更に微笑を深めて顔を近付けてきた。僅か鼻先五センチ足らずに彼女の微笑が広がっている。
「惺だっけ? これから毎日、この時間に遊びに来てあげるからね」
そう宣言して一歩下がった。淡く甘い匂いがして、頬が赤くなった。
彼女は背を向けて窓へ向かった。僕はその背中へ、無意識に問い掛けていた。
「君の名前は?」
立ち止まり、彼女は静かに振り返った。口元が歪み、言葉を生んだ。
「忘れていたわ。あたしの名前はシズク。シズクよ」
窓から外へ出てシズクは手を振った。手を振り返すと、シズクは窓の風景の中から退場した。
淡く甘い匂いだけが、まだ鼻先を漂っていた。
これから徐々に全体の誤字脱字を修正していきます。




