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瑠璃の火焔  作者: 呉葉 織
歴史Ⅱ:『七名家』と先輩達
9/13

過去に忘れた苦しみ


 それは仕方のないことだった、と誰かが言った。そう、仕方がなかったのだ。かの大戦は起こるべくして起きたと言ってもいい。そして、それは意図して起こされた。最高位精霊に不満を持つ精霊はごまんと居て、彼らを御せなかった最高位精霊が悪い。

 そう、歴史の中では綴られているのだろう。しかし、実際のところは違う。それは、歴史の中に意図して消された真実。誰かにとって不都合でしかなかった、事実。

 『七名家』という、彼の大戦にて名を馳せた彼らが消したその真実を知る者は、現代には居ないと思われて居た。たった1人と幾多の精霊たちを除き……。


*・*・*・*・*・*・*・*・*・*


 人気のない廊下を歩いていたレンイは前と後ろから来る気配に大きな溜息をついた。正直に言おう、かなり面倒である。それもそのはず、ニコニコ笑っているゼナと無表情のフォル、怒り半分呆れ半分なウィレム。詰まるところ、彼は授業開始2日目にしてサボろうとしていたのが早くもばれたのである。

 おそらく、勘づいたのはレンイの動向に敏感なウィレムだろう。いつもいつも勘が鋭いが、この場合に限ってはいつも以上に鋭いから厄介である。


「レン! お前サボる気か!」

「だったら何だ」

「何だ、じゃない!」


 ああ、煩い。いくら特待クラスとは言え、やっていることが何せつまらない。普通クラスのおそらく3倍は速いスピードなのだろう。しかし、それでもレンイにとってはすでに知っていることでありもはや彼の常識の範疇である。中身は難しい理論の話や応用的な精霊の秘めたる能力ちからの使い方なのだろうが、もう身についている。その辺だけなら最悪出てやろう、とでも思ったが極めつけに個人単位のテストがある。しかも、クラスメイトの前で。

 いくらレンイが契約精霊を明かしていないとしても、それだけは嫌だった。理由は目立つ、たったそれだけである。それ故、彼は早くも先手を打っていた。

 担任は昔からの知り合いでレンイの事情も何もかもを知っている。口は堅いし何より信用できる。もし、レンイの情報が外部に漏れていたらそれはその人物のせいだ。すぐさま、レンイの、もしくは彼の友人達のテによって消し炭となってしまうことを想像するのは簡単なことだ。むしろ、簡単すぎて怖い。そんなレベルである。


「ゼナ、取り押さえるぞ!」

「りょーかい!」

「……はあ」


 ウィレムの指示にゼナが乗り気で答える。こうなったらもう逃げるしかない。本当は体力使うし、面倒だしやりたくはない。が、授業で暇な時間をもてあますというのも嫌だ。それに、何よりやることが山積みだ。それを知っているくせしてどうしても授業に出させたいのか、とため息をついた瞬間。


「……。」


 ビュッ、と目の前で空を切る音が鼓膜をかすめる。ただただいつもの表情で目の前に来たゼナの跳び蹴りを一歩下がって避ける。ゼナが舌打ちをしたが気にしない。仕方ない、と思い足元に広げるは青灰の陣。いやく、避難用転移陣。瞬間リーローゼンフォア移動ティリフォレットとは違い、自分の知らないようなところでも適当に転移をする。そんな移動用の陣である。それが分かったゼナはさせるか! とまた飛びかかってくるがこの攻撃はよく食らっているからか、片手一本でゼナを軽く振り払った後、トゥーリを発生させて遠ざける。さすがに直撃によって体勢を崩したらしく、床に片手をついているうちに転移陣は光り出して朧気になっていく。が、


「甘いぞ」

「誰もお前らを忘れてない」


ゴゥ、と転移陣の周りに旋風を巻き起こす。トゥーリが壁となる。吹き荒れるそれはまるで嵐のような暴風で、精霊の力を借りて居るため、不用意に中に入れば切り刻まれる可能性がある。壁の向こう側に居るウィレムはそれが分かったのだろう。微かながらに舌打ちが聞こえた。

 精霊は命令に忠実だ。今回、レンイが精霊に指示したのはウィレム達を自分に近づけさせるな。その命を忠実に実行した精霊達に後で魔力を少しだけ渡してやろう。

 『黒』の魔力というのは精霊達にとってはごちそうらしい。余り与えすぎると力を持ちすぎてしまうため、ほんの少ししか上げられないが彼らにとってはほんの少しでもごちそうだ。満足するに違いない。

 転移した先は学園の裏にある森林だった。ここはレンイが一度普通科のクラスになる前に見つけた場所で全くもって人が来ない不思議な場所である。それもそのはず、ここはアスフェルトルークス家の魔力が馴染んだ場所であり、レンイにとってはホームのような場所だ。

 何故、ここに来たか。それにはちゃんと理由がある。そのためだけにやってきた。まあ、確かに授業をサボりたかったというのもあるけれど。


「出てきていいぞ」

「……失礼いたします」


 そう言って現れたのは、柳のようにしなやかな金の髪を静かに揺らす長身の女。着ているのはスーツのような礼服だ。そして、いつの間にかレンイの隣にも人が居た。灰色の髪にこちらはワイシャツに濃紺の細身のパンツである。


「本日はご対応いただきありがとうございました」

「別に、それで」


 ざわり、と木々が揺れ動く。金髪の女は底知れぬ恐怖に駆られながら口を開く。女は彼に会うのは初めてだった。その隣の男は知っている。旧知の仲でなければ嫌煙の仲でもない。ただの知り合い、顔だけは……いや、その実力さえも知っているが口には出さない。

 目の前の彼を正直侮っていた。まだ子共で、あの人の後継には全く足らないと思っていたが全く違った。十分すぎた。目の前で、その押さえられた特別な『魔力』に圧倒される。どれほど、その行為が高難度なものかこの彼は分かっているのだろうか? 無意識のうちだというのなら、相当なものだ。それを察したように、彼は口を開く。


「簡単にその行為ができるわけがないだろう」

「……っ、失礼いたしました」

「俺も、幼い頃に訓練をさせられた」


 身につけるには甘い考えは捨てなければならない。驕りなどなどもっての外だ。そんな甘い考えではいつまで経っても身につけられない。自分には簡単だ、と心の中で思っていればその反動が自分に返る。sの焦りが、成長を促す。自分がどれだけ慢心していたのか、自分がどれだけどれを甘く見ていたのか。全てが分かる。


「ハッキリ言うが、」

「アイツらに価値は見いだせない。今もこれからも」

「……お前」

「……。」


レンイが言う前に、彼以上に辛辣なことを言ったのは彼の隣の居る男だった。その瞳に感情は見えない。ただ、静かに冷たいそれだけが現れている。この男は慢心や自意識過剰を嫌う男だ。そして、彼が言うことは確かにもっともなことだ。言い返せない、例えそれが自分の主達のことだとしても。

 男はレンイに窘められる前に無言を貫く。完全に興味はないと言わんばかりの態度にレンイも諦めたのだろう。そういう男なのだ、この男は。しかし、その事実は悔しく、酷く胸を抉られた。

 彼らとて、まだ未熟で。これから先があるというのに。あの男から告げられたのは、それすらもないという宣告。


「……確かに、俺もアイツらに今以上の価値は見つけられない」

「っ、」

「驕りや慢心がどれほど自分の足を掬うか、見物だな」


 冷たく言い捨てた彼は、1人森林を出て行こうと女に背を向ける。それを男は何も言わずに見守り、彼の姿が消えてから女を見据える。女は彼に何も言えなかった。これからお願いします、とも。何故、決めつけるのか、とも何も。


「分かっただろう」

「……お前は、何で」

「……は、その答えは知っているくせに」


 まだ見てみないフリをするのか、その言葉の意味が分からないまま。女は男が目の前で気配を消したのに気づいたのはそれから数分後のことだった。


「……どうして、」


 どうしたって、答えは出ずに。いつかの過去に埋もれてしまっていたというのに。


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