アネスティラ・ルークロイド
次は普通更新したい……
かの「エヴァルトエーロ高原」の闘いで「反七名家」側についていた家はとある精霊を筆頭に8家あったことを現在は誰も知らない。それは時間により薄れて行ってしまった事実。
その中の1つ、「ルークロイド」家。レンイの生家である「アスフェルトルークス」家の親戚に当たり、かの家とは犬猿と言われるほどである。
「アスフェルトルークス」家。「七名家」に名を連ねていないが、かの家は「七名家」と対等な名家として有名なのが世間一般の話。
「エヴァルトエーロ高原」の闘いは戦闘には参加せず怪我人の手当てと市民の誘導を自ら行い対立した最高位聖霊に1番硬い封印を施したのが彼らである。
「アスフェルトルークス」家の契約精霊獣はあまり知られてないが空龍という高位精霊の水色の龍だ。
一方、「ルークロイド」家。彼らは「反七名家」につき、最高位聖霊側についていた。
かの家の契約聖霊獣は幻精霊。幻精霊ともなれば容易にその名を口にしてはならない。
高位精霊と幻精霊の違いはその能力にあると言われているが明確な区別は分かっていない。が、唯一分かっているのは「秘めたる魔力量」である。
高位精霊の魔力量は7000が最高限度とされており、幻精霊はその3倍である21000とされている。それより上は最高位聖霊となってしまう。話を戻すと、かの家は幻精霊と契約し今代になって契約の更新をした。
それが、レンイの幼馴染とされるアネスティラ・ルークロイドであり、レンイや彼女を知る者が言うには「天然爆弾」と言われるある意味恐ろしい少女である。
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黒い制服を身に纏ったレンイは頭痛の酷い頭を押さえながら同様の服装のフォルと廊下を歩いていた。アネスが来ることには別に何とも思わない。ただ、まあ、問題が増えるということで。それはいいのだ、ウィレムやミストがその辺はどうにかするだろうから。
……問題はルークロイド伯だ。爵位、というものが一応存在しているがあまり重要視されてない。爵位を振りかざしていても、何の得にもならず実力社会の中では通用しないからだ。
「七名家」は七家とも侯爵の爵位を承ってはいるもののほぼ、お飾り的なものとなっている。
「……イヤだな、あの人に会うの……」
「珍しいな、お前がそういうのは」
「フォルは会ったことないからそう言えるんだ、一度会ってみろ、その理由がイヤでもわかるぞ」
半分遠い目を仕掛けているのには訳がある。レンイは確かにルークロイド伯が苦手である。だが、それよりも苦手としていることがあった。できるだけ、それは考えないようにして呼ばれた理事長室の前に着く。ドアノブに手を掛け、ゆっくりと開いた瞬間……
「レンイ!!」
「……ぅ、ぐっ!?」
何かがレンイに激突してきた。しかも、レンイの胸元目掛けて。咄嗟すぎてレンイはそれが来るのが分かっていたにも関わらず直撃してしまった。しかも、その衝撃はかなりのもので。思わず呻きに近い声が出てしまったのは不可抗力だろう。
「わぁぁ、レンイだぁ!! 久しぶり!」
「わ、かっ、た、から……アネス、離れろ、苦しい」
その身に衝撃を与えた少女はレンイに抱きつき、無意識の内に首に抱きついていた。それに何があったのか中々に息苦しい。お陰でレンイの顔は蒼白になりかけていた。
「おや、来たのかね」
「ゲホッ……ルークロイド伯」
アネスから解放され、穏やかな声の方に顔を向ければレンイが苦手とするルークロイド伯の朗らかな笑顔があった……。
「お久しぶりです」
「そうだね、かれこれ数年顔を出してくれなかったね……?」
「……それは失礼致しました、こちらも何分忙しかったもので」
「忙しかった、だと? お主はわさわざ普通コースに入ってその責務を一時放棄していたのにか?」
「……その件に関しては俺から言うことはありません」
確かにこの重圧から解放されたかったからこの身に負う責務を一時的に放棄した……が、それは『聖獣』寮の彼ら全員の許可・同意があってなされたことであり。個人の感情に振り回されて責務を方にしたわけではない。それだけは、言えることである。
「……そうか」
「はい」
2人の間に重苦しい空気が流れる。が、しかしこれをいとも簡単にぶち破ったのは例外なくアネスだった。フォルは空気を読むのに長けているため、こういうことに関してはまず自ら手を出さず見守るのみである程度時間が経ったら別の話題を出してくる。
「ねぇ、話は終わったのかしら?」
そんな時に空気を綺麗に壊したのはアネスだった。
「……アネス、お主はそろそろ空気を読むということをな……」
「話が終わったなら寮に行きましょう?ここは退屈で仕方ないわ」
「……アネス……」
「……変わってないな、アネス……」
フォルはそんな3人を見てまた1人曲者が増えた、としか思わなかった。ただ、レンイがルークロイド伯を苦手とする理由はわかった気がした。あの人は言葉の裏に別の思惑を巧みに入れ込んできている。レンイのような、そういうことに察するのが敏感な人間には苦手となる対象だろう。
「そう言えば、レンイ」
「何だ?」
「彼、誰?」
そう言って指差したのはフォルだった。まさかの今更。フォルとしてはいつしか空気になりつつあったので別に気にしてはいないがルークロイド伯とレンイに関しては頭を押さえていた。
「アネスや、気付いとらんかったのか」
「あら? 最初から居たの?」
「……すまぬ」
ルークロイド伯も振り回されているらしい。フォルはそれに無表情ながらも「構いません」と答えた。本当は少し吹き出しそうになってはいたが。
「えーと、自己紹介が遅れたわ。私はアネスティラ・ルークロイド。アネスと呼んでちょうだい」
「ルフォルト・セーリムス。フォルで構わない」
淡々と行われた互いの自己紹介をルークロイド伯はやや顔を顰めて見ていた。一方、レンイはこの部屋――――応接室に誰か来る気配を感じていた。それはフォルやアネス、ルークロイド伯もそうである。
しかし、その人物が誰であるかわかった瞬間にさして興味はないというように瞳をドアから逸らした。
「ふむ、やはり変わらんの」
「……そうですね」
変わらない、それが指す言葉の意味を察したフォルは瞳を軽く伏せた。
「フォルはあの人と知り合いなのかしら?」
「ああ、まあ」
「そう、私ねあの人嫌いなの」
さらりと爆弾発言。ルークロイド伯とレンイに至っては聞かなかったことにしている。よくあることなのだろうか、フォルはそうか、としか返さなかった。
「私はレンイを縛り付けるあの家が嫌い」
瞳に剣呑な光を宿し、アネスは呟く。彼を縛るかの家が嫌い。それは、フォルのみならず『聖獣』寮の彼らが皆思っていることだ。何も知らない「七名家」はレンイの存在をどう思っているのか。
「本家はこちら側だというのに」
その秘密を知る者は、限りなく少なく、そして。
「汚い血を持つ分家だということを忘れているのに」
かつて、アスフェルトルークス家は「七名家」側に付いたというのが世間一般の話である。しかし、その裏には知られていない話があった。
「アネス」
ルークロイド伯が話を遮るように彼女の名を呼んだ。その意図に気づいた彼女は肩を竦めて口を閉じた。どうやら、色々と言い過ぎたらしい。
「あやつが来るのだ、その口は閉じておきなさい」
「理事長様でしょう?あーあ、私あの人嫌いだもーん」
「アネス」
自由奔放、そんな彼女にまたもルークロイド伯はため息をついた。