対面
「七名家」への完全なる宣戦布告、にも取れるレンの発言。その発言にホール内は困惑の声が上がった。無名の彼が、何を思って彼ら「七名家」にそんな発言をしたのかを分かるかなんて誰にも分からない。彼が壇上を降りた後、次に壇上に上がった茶髪のノーフレーム眼鏡の青年はマイクの前で小さくため 息をつくと「バカレン……」と低い声で呟いたのを何人かが聞いた。
「……生徒会長のソーウィレムク・ニーヴォルフだ」
生徒会長の彼はレンにチラリ、と視線を向けて前を向き直る。一応、睨んではおいた。が、当人であるレンは気づいているのかはたまたスルーしているのかは分からないが完全にどこ吹く風の涼しい顔である。正直、ウィレムにとってもレンがそんな発言をするなんて思ってもみなかった。思わぬ誤算である。
「本校への進級、おめでとう。ここで話を長々としてもただ退屈なだけだろうから、簡潔に済ます」
聖エスチアーノルド学園は全寮制14年制である。また、初等部からしか入学できず、6歳から入学できる。彼らの契約精霊によって寮が決まり、そこで一年過ごす。
学年が上がる前に試験があり、その試験の結果によっては寮が変わることがあるがそれは東西南北に存在する四寮の中のみにおいてである。なお、高等部 の学年は1年から5年。
初等部5年、中等部4年、高等部は――――つまりは彼ら、ウィレム達が所属しているのは高等部である。この学園はかなり厳しいところがあるため、上に上がるには膨大な努力が必要であり、決して生易しい社会環境ではない。この高等部の中で最も多く契約しているのは「中位精霊」だろう。
もしかしたら運良く「高位精霊」と契約している者もいるかもしれない。しかし、「七名家」は例外である。
彼らが契約しているのは「高位精霊」だが、その実力は最早「幻精霊」級である、らしい。代々が引き継ぐ契約精霊との契約の儀を交わしたばかりの未熟者達ではあるが、秘めたる実力はかなりのものであろうも予想される。
「知っての通り、この学園は全寮制だ。精霊のランクによって分類される」
ちなみにウィレムの契約精霊は数少ない「幻精霊」の1人だ。他にもこの学園には「幻精霊」と契約している者が10人いる。
「幻精霊」と契約できるのは「黒魔力」持ちであることが必須条件とされる。「幻精霊」と契約している者は絶対として「聖獣寮」に入ることになっている。
今回、その「聖獣」寮の管理人がついた。それが彼、ウィレムの友人であるレンイ・アスフェルトルークスである。
事情は何であれ、彼がこの一年、特待クラスから離れていたことには変わりない。わざわざ「黒い魔力」を隠してまで普通クラスに行った理由はわからないがそもそも奴が真面目に特待クラスに居たのかと言えば微妙なところだ。馴れ合いを好まなかった奴であるからか、クラスに顔を出すことは少なかった。たまに無理やりにでもウィレムやティーフェが引きずって連れてきていた、といった方が早い。
「先に呼ばれた生徒は『聖獣』寮に所属することになる」
今から呼ぶのは「七名家」だけである。それは彼らは「黒魔力」持ちであり、「幻精霊」に近い「高位精霊」と契約しているという情報が手元にあるからだ。
現在、「聖獣」寮には7人が所属している。高等部2年にして「聖獣」寮の寮長であるレンイ・アスフェルトルークス。
同じく高等部2年、生徒会長のソーウィレムク・ニーヴォルフにイスティオ・ティルディア、ティーフェリエ・ノルアーティ。
4年で元生徒会長のルフォルト・セーリムス。彼が生徒会長を早々に辞した理由はまた別の話としよう。
それから同じく3年コルゼナ・ルゼルッタとミストレーラ・シェクスター。
レンを除く彼らは学園の有名人である。なお、ここに属していない3人は現在他の寮に意図的に在籍させている。
「レスェア・チファーゼ、ツィオーネ・フェストラル、ヒノト・イシュトリアーゼ、ウィレル・クリストノール、ゼスト・ネルヴィオ、フェルローテ・カルヴィラ、リンディリーナ・マルシェリオン」
呼ばれたのは全員「七名家」である。ザワザワ、とホールが騒めくが特にウィレムは何も言わず「それでは学校生活を規律を乱すことなく楽しむように。これで挨拶とする」と締めくくった。
これ以上言うのは得策ではないとしたらしい。締めくくりにしてはおかしいが、この状況では何を言っても仕方ない。席に戻ると隣にいた栗色の髪の可愛らしい顔立ちの少年……イスティオ・ティルディアが満面の笑みで覗き込んできた。
「お疲れ様ー、ウィレム!」
「なんでお前はそんなに楽しそうなんだ……」
項垂れて座るウィレムが居るのは生徒会役員指定席ではない。「聖獣」寮所属の寮生だけが座る指定席である。
理由としては、生徒会役員よりも彼らの方が何かあった時に瞬時に対処が出来るから、という理由である。その反対でわしゃわしゃとウィレムの頭を掻き回しているのは赤いリボンでピンクブラウンの髪を二つに括り愛嬌ある顔立ちの少女、3年のコルゼナ・ルゼルッタである。
「いやー、かっこよかったよぉ!」
「ゼナ、思ってないだろ」
「こらこら、ここは寮じゃないんだから敬語使いなさい、敬語!」
「2人とも、静かにしないとフォルが怒るよ?」
コルゼナの隣に座るこげ茶髪のロングストレートに綺麗な顔立ちの少女、ミストレーラ・シェクスターが注意し大人しくなる。
その隣、くつくつと静かに笑いを押し殺しているのが加減によっては青に見える黒髪に中性的な顔立ちの青年、ルフォルト・セーリムスだ。
その隣にいる紅茶色の髪にあどけない寝顔を見せるティーフェリエ・ノルアーティは一番奥に座るレンイの肩にもたれて落ちていた。当の本人であるレンイと言えば瞳を伏せて座っているだけである。
「それでは新入生は退場し、各寮に行ってください」
司会の声にレンイの瞳が開く。肩を借りて寝ていたティーフェが起きた。
ミストが立ち上がると、ゼナがカタン、と椅子を鳴らして立ち上がり、フォルとウィレム、イオが立って出口に向かう。それに気づいた司会が「待て!」と言うが、それにウィレムが振り返った。
「悪いが、俺らは戻る」
「っ、生徒会長までもですか?」
「当たり前だろう、俺らが出迎えるのは『七名家』だ……なあ、レン?」
「一応な」
ばっさりと切り捨てたレンイはそれから何を言うことなく、ホールを出て行く。それに続くミスト、ゼナ、ティーフェ、フォル、イオ。
1人残されたウィレムはあまり良くない視線を全身に受けていたが特に気にすることなく一言だけ落とす。
「俺らはお前らとは違って全く暇じゃないんでね」
「っ………!!」
皮肉めいた言い分。それにホールは凍りつく。まるで、司会者――――「生徒会」が暇人の集まりだというような言い方である。それだけ言い残して彼はホールを出て行く。
騒然、呆然となったホールに残された生徒たちはただ出口を見るだけだった。
*・*・*・*・*・*・*・*・*・*
「聖獣」寮。学園の端にある東西南北にある寮を五芒星に繋ぐとその真ん中に位置する。ここに所属しているのは現在7人、そして新入生を迎えて14人となった。
「仲良くなんてできるわけないよねー」
「イオ、それ言ったら終わりだと思わない?」
「聖獣」寮の多目的室とも題名しているリビングルームにて。レンイと一年を除く彼らはすでに集まっていた。
「だってさー、え、ティーフェ仲良くできんの?」
「……うーん……」
唸るように困った顔をするティーフェにイオは笑顔で「でしょー?」と同意した。それを見てウィレムは呆れ、フォルに至っては欠伸をする。
「イオ……どれだけ好きじゃないんだ」
「もしかしてウィレムは彼らのこと気にしてるのー?」
いや、それに関しては全くと言っていい。気にしてない。むしろ、面倒ごとの種が増えたとしか思ってない。眼鏡を外して目頭を揉むウィレムにミストが「大丈夫?」と顔を覗き込む。ゼナに至っては何やら楽しそうである。何故か、ではあるが。
「暫くはストレス発散でっきるかなー」
「お前は何を言ってるんだ!?」
とんでもない発言が聞こえた気がする。それにいち早く反応したのはやはりウィレムだった。お願いだから、これ以上面倒ごとなぞ増やして欲しくない。
「んー、俗に言う新人いびりというやつ?」
「するな、しなくていい!面倒ごとを増やそうとすんじゃねぇ!」
もほや叫びに近い。それにゼナはえー?つまんないーと言うがそこでミストからの鉄拳が下った。痛そうである。当の本人であるミストはと言うとゼナに威圧感満載の笑顔を向けていた。
「ゼナ?」
「はーい、さーせんしたーミストさーん」
悪びれた様子はない。それにため息をつくのはやはりウィレムだった。ミストはただ注意しただけだし、彼女は女子に甘い。男子には異様に厳しいが。その時、リビングルームのドアが開く。そこに居たのはレンイと――――『七名家』の7人。
「悪い、待たせたな」
「おっそーい! 何話してたの?」
「別に何も」
ゼナの問いはいつものようにスルーされ、彼らはリビングルームに足を踏み入れる。
「……じゃあ、これで全員揃ったな」
「君たちが、ねぇ……」
「ティーフェ」
「よろしくね?」
「お前ら、静かにしろよ……」
やはりいつも通りの彼らにレンイは小さく笑みをこぼし、彼らには向き直る。
「――――ようこそ、『聖獣』寮へ」
受験の為、次回の更新は3月を予定しております。