表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
瑠璃の火焔  作者: 呉葉 織
歴史Ⅰ:『黒』持ちの少年
2/13

タイムリミット


 ――――応接間、というにはかなり広い部屋。そこに立つ1人の青年は瞳を伏せてただ待っていた。豪華な装飾品の数々、洗礼された空気、それだけのことなのにひどくひどく嫌悪した。……どこか、縛られるような、そんな感覚に陥らないために固く瞳を閉じる。

 カチャン、とドアの開く音がして、うっすらと瞳を開く。現れた七人の男女の大人。その髪に宿している色を見てうっすらと開いた瞳を細めた。


「呼び出して申し訳ありません」

「……用件は、なんだ」


 ここに居る、意味すら分からない。呼び出された理由も聞かされずに来たこの青年は静かに言葉を吐き出した。黒と茶の中間色の髪をした男は彼の前に立つと彼の胸倉を掴む。それに咄嗟に手を離すように促したのは銀髪の女。胸倉を掴まれた青年はその冷たい色を宿す瞳を閉じた。

 苛立だしそうに青年から手を離した男は青年を蔑むような瞳で見る。口元にこぼれた嘲笑がそれをわかりやすく露わにしたが目を伏せている彼にとってはどうでもいいことである。


「あなたにお願いがあり、お呼びいたしました」

「用件は何だ、と聞いた。二度言わせるな」


 金髪の女の言葉に低い声音で返す。どうせ、よくない茶番に付き合わされるであろうことが分かったのだ。さっさと用件を聞いて帰りたいに越したことはない。それに……


「よく、呼ぶ気になったものだ」


 伏せた瞳を開く。目の前に映る七人の男女には見覚えがあった。けれど、別に思い出すほどのものでもない。ここに青年を呼んだ理由など、分かりきったことであろう。

が、しかし、それすらもどうでもいいと考える青年は気だるげに立っていたその姿勢から不可思議な威圧を放つ。逆らうことが、出来ないようなそんな威圧。そんな威圧の中で彼らは困惑し始めた。

 何が、青年の機嫌を損ねたのか。何が、青年を苛立たせているのか分からなかった。


「手短に言え」

「っ、はい」


 促されて、声に出す。その用件に青年は眉を顰めやがてまた瞳を伏せると「もういい」と言葉を遮った。溜息を吐き出して、「それで、」とまた促した。その続きを言えば、彼はもう瞳を開けなかった。

 開ける気すらもなく、七人の男女はその様子を見守るしかなく。


「……引き受けるが、条件がある」

「っ、はい!」

「最低限のことは身につけさせろ、そうでないなら引き受けない」


 最低限、それはどこからどこまでなのか。彼ら(・・)が契約を引き継ぎ、秘めたる『魔力』を完全に制御できるようになるまでなのか、それとも。どちらにせよ、彼がこの先の言葉を言うとは思えない。何せ……


「いい加減、帰るぞ」

「まだ話は終わってないのにか?」

「こちらの話は終わった。これ以上言うならばこの話はなかったことにするぞ」


ぐっ、と相手が詰まる。それを見て、彼は消えた。音なく、気配なく。それが一瞬過ぎて一瞬驚嘆したがすぐに冷静を保とうとした。


「……さすがは、彼ですね」

「ふん、ただ見栄を張っているだけだ」

「何を感心している、奴は裏切り者だぞ」

「だとしても、我らが彼の者には勝てぬ」

「まだ言うのか!」


 1人が声を荒げるがそれでもやはり、目の前で見せつけられた差は大きい。何事もただ義務のように淡々とこなす彼はかつての彼でない。それでも、彼は彼であってその『力《実力》』の差は目に見えてわかる。かつてもそうだった、そして今でさえも何を考えているか分からない。分からせない、悟らせない。 その面置いて、彼に秀でる者はいないだろう。……彼が忠実なのは、彼の相方パートナーだけであり、彼の『七名家』にだって従わない。彼らは、青年が消えた先をじっと見据えた。


 ・ * ・ * ・ * ・ * ・


 ゆらり、とカーテンがなびくのをほぼ寝起きの状態で見ていた俺はまだ働いてない頭を何とかして起こし、ベッドから出た。朝の空気がやけにすがすがしくて、思わずだるいと思う、つかそう思わざるを得ない、今日に限っては、だが。

 体がだるいのは仕方ない、いつものことだ。もう一度ベッドに沈み込みたい気持ちを抑えて自分の殺風景な部屋を見やる。ま、今日でこの部屋ともおさらばではあるが。寝心地はよかった、が仕方ない。そういう契約でこの一年は過ごしてきたのだ。何せ、帰る場所が元居た(・・・)なのだから。否が応でも帰らざるを得ない。正直な話、頭が痛いが。

 部屋を出て、食堂に向かう。そこに居る、ここ一年お世話になった煩い奴に言わなければならない。しかも今日になって。言っておけばよかったと後悔するも遅いに尽きる。

 ――――俺は『セントエスチアーノルド学園』の北西にある『フォーレウス寮』の食堂のドアを開けた。


 『セントエスチアーノルド学園』

ここはシューベレッツ王国唯一にして最大の『精霊』養成機関。シューベレッツ大国にはたくさんの『精霊』が存在し、『精霊』と契約コントラクトすることで『能力ちから』を共有することができる。

 『精霊』にも階級があり、一番上は現在この世界のどこかに封印されているという最高位精霊である『聖霊』。彼らが封印された理由は今から約100年前に起きたであろうといわれる『エヴァルトレーロ高原の戦い』である。

 『聖霊』の次に高い位を『幻聖霊』、『高位精霊』、『中位精霊』、『下位聖霊』、『最下位精霊』。この学園に入る条件は必ず『精霊』と契約コントラクトしていることである。そして、この学園は全寮制。

 北西にあるのは「フォーレウス」寮、東南にあるのは「ウェルフェルム」寮、南北にあるのは「カルティアル」寮、東北にあるのは「ミェスティーチェ」寮。そして、学園の中央にあるのが『聖獣』寮である。


 食堂のドアを開けると、そこに居たのは亜麻色の髪の女学生。そして、その隣に浮かぶのは彼女の契約精霊である風精霊フィンド スピリット。彼女の名をアルディリーナ・ティフェル。そして風精霊ウィンド スピリットの名をシルビア。


「あ、めっずらしー。あんたが1人で起きてくるなんて」

「……朝っぱらからそれかよ」


 まあ、何せコイツがいつも起こしにくるからな。とは言え、やはり面倒だな。


「……何よ、私の顔をじーっと見て」

「リーナ」


彼女の名を呼ぶ。リーナは俺を見た。そして、


「俺は今日、この寮を出る」


 告げたのは事実。前々から言えば良かったものを今日の今日まで言わなかったのには訳がある。

それは、俺が金輪際、この寮に来れないことを指し加えて俺が元のあるべき場所(・・・・・・・・)に帰るからであって関わりが一切なくなることを意味する。いや、違うな。俺から関わりを断つ。


「っ、は……?」

『レン、どういうことよ!』


リーナの契約精霊であるシルビアが喧しい。どういうことって、そういうことだろ。

理由を説明するまでもない。時間がない、別れを告げるのはこんなにも惜しいことなのか。


「……レン……?」

「俺が元のあるべき場所(・・・・・・・・)に帰ることは1年前から決まっていた」

「っ、聞いてないよ」

「その契約が切れた。つまりは、そういうことだ」


 もっと分かりやすく言えば、


「俺が帰る(・・)のはお前の知らなくていい現実だ」

「……訳分かんない」


 そうだ、分からなくていい。この先、こういうこと(・・・・・・)にならないために俺は帰る。ただ、それだけでいい。


「レン、」

「時間だ」


リーナの言葉を遮る。


「……じゃあな、アルディリーナ」

「まっ、」


 ボゥ、と足元に展開させた精霊術式が、淡く光る。これから先、何があろうとお前には関わらない。それを望んだのは俺自身で、仕方のないことで、感情なんて捨ててしまえる。


「……瞬間(リローゼンフォア)移動(ティリフォレット)


 瞬間、視界が揺らぐ。声が聞こえた。それを聞かないふりをした。瞳を瞑る。こんな感情、失くしてしまえ。……それは、楽しかったという俺にとって一番残酷な感情を。

瞳を開けば、目の前に茶色のドアが見えた。

 久々で、そのドアノブに手をかける。次に視界にあるのは、なんなのだろうか。あの日から逃げ続けた現実でないことを祈りながらドアを開いた。


「……レンイ・アスフェルトルークス、お呼びでしょうか、理事長」


 どうしたって、抗うことができない今がそこにある。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ