第三話 小さな赤鬼(後)
ボリボリと次々に口へ運ぶ。
それは一粒ずつではなく二、三粒と多く手に取り。
正式な名前を知らなかったにも関わらず大威張りに食べている。
「ハウラの居場所は?」
誰が口を挟むのか、そう考えていると淡々とした声が耳に届く。
視線をやるとルカが椅子に座ったまま天邪鬼を見ていた。
「ああ、それは……」
食べる手を止め、困ったかのような顔する。
チラッとルカの腰にある剣を見ると、なぜか顔が青くなった。
「そんなもの、知らない」
今まで黙っていたサトリが間に入ってくる。
「知らない?」
サトリの言葉に反応し、顔をしかめるルカ。
「いや、知ってるよ」
「そいつ誰だ」
ルカの反応を見て慌てた天邪鬼は冷や汗をかきながら否定した。
にも関わらず、天邪鬼の否定は虚しくも無かったことにされてしまう。
ルカの視線はサトリに注がれている。
じっと怪しむような眼差し。
「この子はサトリ。偽りのない心を読むことができるんだよ」
二回目のレオの説明。
「嘘か」
チラッと天邪鬼を見てから一息つく。
「う、うそじゃえねよ」
ルカの言葉に慌てながら否定するところを見ると、信用性がなくなる。
「おもしろそうだった。期待させてから裏切るのが。どんな顔をするのか、それを考えるだけで楽しかった」
裏切り……。ルカが嫌いな言葉のような気がする。
したくなくてもネコミミくんのため、本人にしてしまったこと。
今はどう思っているんだろう。
後悔、してるのかな。
あの時、ああすれば良かったとか。他に解決方法があったのに……って。
「でも、後悔している。このまま殺されるんじゃないかって怖い。もしかしたら、それだけじゃないかもしれない」
綺麗な声で残酷な事を言うサトリ。
これは天邪鬼の偽りのない心なんだ。
それを読んでいるサトリはどんな感情で口にしているんだろう。
どこまで心が読めるんだろう。
少し思ってしまった、ルカの心を見たいと。
ネコミミくんとの関係を直したいとは思ってないのか、それとも……このままでいいと思ってしまっているのか。
もし、どちらでもなかったら私はどうしたいんだろう。
ーー重たい空気
誰かが嘘をつくと誰かが必ず
嫌な思いをする。
ーー食べかけの金平糖
ハウラの居場所を教えてもらえると、せっかく出した物なのに。
「つまり……知らないってことだね」
「わ、悪いか。オレは暇で暇で仕方ないんだ」
レオが一つのものとして完結させると、天邪鬼は反省の色を全く見せずに逆ギレをする。
気まずさから出た反応かもしれないが、聞いていていい気はしない。
「だったら用はない。さっさと出て行け」
椅子から降りていたルカが天邪鬼を後ろから見下ろす。それは冷たい目で。
怒るのも無理はないと思う。けれどそういうものじゃないように見える。最初からこうなることを分かっていたかのような冷静さ。
「おい、やめろっ」
何も発さない天邪鬼の襟を掴むと、どこかへと向かう。
自由のきかない身でジタバタとする天邪鬼だが、ルカは離さない。
窓を開けるとそのまま……。
「ルカ、ここ二階ーー」
ボーッと眺めていただけだった。
気づいたときにはもう遅い。
天邪鬼の襟を掴んでいたルカの手が、ぱっと離された。
ルカたちは高い所から落ちても大丈夫だと、あの時……ネコミミくんと初めて会った時に知った。
二人は学校の三階から自ら飛び降りたんだ。
でも、天邪鬼のような小さな妖怪は違う。
家の二階からとはいえ、高い。
人間の半分以下……いや、膝の高さまでない小さな天邪鬼がここから落ちてしまえば、最低でも無傷では済まされない。
ただ見ているしかできない私とは違って、隣にいたレオは瞬時に兎の姿となり、窓から飛び降りた。
天邪鬼を助けてくれるんだと分かった時には少しだけホッとした。
窓の外を冷たい目で眺めているルカ。
「……どうしてこんなことするの?」
ベッドから立ち上がり、聞いても意味のないことを訊く。
「理由はない」
「理由がないのに窓から落したの?」
信じられない。
理由もないのに窓から落とすなんて。
怒りで自身を無くしてしまったのならまだ分かる。
それが何もないって、おかしいよ。
問い詰めるようにルカとの距離を縮めていた。
そこに割りはいってくるように戻ってきたレオがポンっと兎の姿になる。
天邪鬼がどうなったのか、心配しながらレオを見つめるとニコッと笑った。
「大丈夫だよ。天邪鬼は無事」
「良かった……」
強ばっていた身体から力が抜ける。
でもまだ問題が残っているんだ。
何もなかったかのように背を向けるルカ。
その背中に声をかける。
「もしレオが天邪鬼のことを助けてくれなかったら、天邪鬼のことをルカは傷つけていたんだよ?」
歩みを止めるルカに対して言いたいことを言う。
ちゃんと聞いてくれるかなんてどうだっていい。
心に閉まっておいたらモヤモヤしてしまうから口にしている。
「誰かを傷つけるのって苦しいものでしょ?」
何も言わずただ私をじっと見ているルカはこの言葉を受け止めてくれているんだろうか。
もしそうであっても、そうじゃなくてもどうでもいい。
ルカが分からないからこんな気持ちになってしまうんだ。
ルカが何も教えてくれないから、知ることを諦めてしまうんだ。
ルカが悪い。
ルカが……、なんて考えてしまっている私はどうかしてる。
「ごめん、ちょっと出かけてくる」
何を思って何を感じているのか。
その前にルカに感情があるのか疑ってしまう自分がいる。
誰にでも感情があるはずなのにそれが感じられない。
そんな行動ばかりするんだ。
もう、ルカが分からないよ。
「どこも怪我してなかったんだね」
「悪いか?」
「悪いわけないよ。良かった」
小さな身体をした天邪鬼について行く。
歩幅は小さく、天邪鬼が五歩進んだら一歩踏み出す形。
ふいに何を思ったのか振り向いた。
「オレは嘘をついた。なのにどうしてオマエはオレにかまう?」
「どうしてって……」
特に何も考えずについてきた。
天邪鬼の身体が無事だと知った時に、心のほうが心配になったんだ。
あんな事をされて、ひやっとしたに違いない。
自分と同じ妖怪にされたということも大きい。
「それにオマエ、さっきはオレのこと見て怖がっていたくせに、どうして今は平気なんだ?」
確かに何でだろう。
最初会った時はすごく怖くて逃げてしまったほどなのに。
「分からない」
柔らかく左右に首を振る。
「分からない?」
「いつの間にか平気になってた。答えはこれでいい?」
「……勝手にしろ」
不満そうな天邪鬼に曖昧な事を言うと、プイッと前を向き歩き出した。先程までとは違って早歩きで。
いつの間にか森の中まで来ていた。
特にやることもなく、かと言って話題があるわけではない。
今日会ったばかりの天邪鬼の事、よく考えたら全然知らないから沈黙状態。
「天邪鬼、さっき暇って言ってたよね?」
「だったら何だ?」
「何かして遊ぼうよ」
「は?」
暇だからルカに嘘をつき、相手の反応を見て楽しもうとしていた。だったら何かして遊べば暇ではなくなる。
自分ではいい事を思いついたつもりだが、天邪鬼にとってはおかしな事だったみたい。
「何して遊ぶ?」
相手の反応なんか気にせずに遊ぶ前提で訊く。
このまま話を進めてしまおう。
「勝手に決めるな。オレはやるなんて言ってない」
「でも暇なんでしょ?」
「暇じゃない。オレにはやることがある」
「やることって?」
さっきは暇って言ってたのに。
些細な矛盾が生まれる。
「妖怪共を脅かしてくる」
「……」
得意げに笑む天邪鬼を引いてしまう。いつもそんなことをしているんだろうか。小さな企みだ。
「それってつまり、暇ってことだよね」
「暇じゃないと言ってるだろ」
天邪鬼は名前の通り天の邪鬼。
ひねくれ者だ。
自分が暇だってこと、認めたくないのか。
だったら……
「じゃあ、鬼ごっこやろうか」
「オマエ勝手だな」
「どっち鬼やる? やっぱり天邪鬼のほうがいいかな」
どうせ暇ならと押し切る。
家に帰っても気まずい空気になるだけだし。
こうやってテンション高めにしているけど、実はけっこう落ち込んでいるんだ。
ルカが分からなくて。ルカのことを知れないもどかしさがある。
楽しいことをして、少しの間そういう難しいことを考えたくない。
「そこまで言うなら仕方なくやってやる。逃げるよりは追いかけるほうがマシだしな」
「決まりだね。じゃあ逃げるよ」
こうして森の中での鬼ごっこが始まった。
「ちょ、オマエ待て。逃げるの速いぞ」
「天邪鬼が遅いんじゃないかな」
「なんだと……っ」
小さな身体の天邪鬼がいくら頑張ったって、私に追いつくわけがない。
数分後。
「またオマエが鬼だ」
立場逆転。
鬼ごっこは手加減なしに逃げていたため、ずっと天邪鬼が鬼だった。
そのため、逃げてもいい範囲を縮め、地面に円を描いた。
そこまでは良かったんだ。
影鬼という選択ミス。
大きな影ができてしまい、天邪鬼には簡単に踏まれてしまう始末。
「これ、なんか私に不利じゃない?」
「これでやっと平等だ。それより速くオレを捕まえてみろ」
奮闘している私とは真逆で、面白そうに素早い動きで逃げ続ける。
「影の面積、狭すぎる」
そう、天邪鬼の身体が小さいため影も小さい。踏みづらいのだ。
それに意外にも反射神経が良く、左右に避けられてしまう。
まさかここで天邪鬼より大きいことを恨むなんて思わなかった。
影鬼では私の惨敗。
息を切らすほど疲れてしまったため、木の下で休む事にした。
手を地面につき、両足を伸ばして脱力する。
ざわざわと風で靡く木の葉。
なんだか落ち着く。
「確かじゃないんだがハウラに関係ありそうな情報があるんだ。聞くか?」
さっき嘘をついた天邪鬼。
その横顔はどこか真剣そうで、どうせ信じてもらえないと気まずさも入っているように見える。
「うん。聞きたい」
天邪鬼のほうから教えてくれるなんて言ってくれるなんて思っていなかった。
ハウラの情報が天邪鬼にあるとも思っていなかったけど。
本当のことかは分からない、けど信じたい。
たぶん……話してくれるものをただ受け止めたいのかもしれない。
私はしっかりと頷いた。
速くレオたちに知らせなきゃ。
『近くの神社に狐がいるって噂があるんだ。ソイツらが力の石を探しているんだと』
天邪鬼が教えてくれたことはレオたちも知っているのかもしれないけど。
『オレが知ってるのはこれだけだ。とにかくどっかの神社に行けばちょっとした事が分かるかもしれねえ』
おじいの神社以外にもどこかの神社に行けば何かが分かる。
『ありがと、天邪鬼』
『お、おう』
わざわざ教えてくれた天邪鬼にお礼を言ったら、照れたような返事が返ってきて少し可愛かった。
天邪鬼から聞いた話を二人に伝えると、レオは予想しない反応をした。
「やっぱりそうだったんだ」
「やっぱり?」
ルカは椅子に座り、レオは私の隣に座っていていつもの定位置。
「ルカが毎日巡回していて気になる所を見つけたんだって。そこが神社なんだ。それと関係があるかは分からないけど、怪しいでしょ?」
初めて知った。ルカが毎日いろんな所を回っているなんて。
私の目に入った氷力石を取るために、ハウラの居場所を探してるんだ。
ハウラについての情報が全くないから、そうするしかない。
でも今回天邪鬼が教えてくれたことを信じてレオの言う怪しい神社に行けば、少しはハウラの居場所について分かるかもしれない。
「天邪鬼の言ってることは本当っぽいね」
一度嘘をつかれて信じていないだろうルカに向けて言うかのように、レオはルカの背中を見続ける。
「明日、そこに行くよルカ」
「……ああ」
二人だけの会話。
そこに入る隙はあるのかな。
「私も……一緒に行っていい?」
駄目だとしても訊くだけ無駄じゃない。
二人に頼りっぱなし状態になるのは嫌なんだ、特にルカには。
これまで見てきた印象で、ルカは目的のためなら何でもする。
だからできるだけ傍にいたい。
過ちに陥りそうになった時、止めるために。
「いいよ。でも約束は守ってね」
思いもしない許し。
私を真っ直ぐ見つめる瞳の奥には、強い想いを感じる。
「うん」
嬉しかった。
足手まといになるかもしれないけど、少しだけ認められた気がしたから。
約束、危険な行動は取らないこと。
守るよ。
だから仲間外れにしないで。
仲間外れ
仲間からのけ者にされること。
ねえ天邪鬼。
天邪鬼の記憶、見ちゃった。
鬼ごっこしたり、影踏みをしたあと休憩したよね。
天邪鬼に「楽しかったね」って言おうとした時、天邪鬼を見たらなぜか頭の中に映像が流れてきたんだ。
『これ赤鬼にあげる』
『なんだソレ?』
『これはね“あられ”って言うんだよ』
『ふーん……あられ、ね』
金平糖のことをあられと間違えていたのは、黒髪の少年にそう教えてもらったからなんだね。
『はい』
『……いらねー』
『なんかこれゴツゴツしてて赤鬼に似てるんだ』
『オレに?』
その少年はものすごく正直者で。
『うん! 赤鬼って性格がひねくれてるっていうかトゲトゲしてるでしょ?』
『オマエな……』
『ん?』
笑顔が眩しい。
『なんでもねーよ。つーかオレにかまっている暇があったら人間どもと遊んでこいよ』
『んー……そうしたいんだけど、ボクって気持ち悪いんだって』
とても悲しい少年だった。
『だからボクはいつも仲間外れなんだ』
何も言わなくてごめんね。
だってびっくりしちゃったんだもん。
天邪鬼の記憶が私に流れてくるなんて。
……氷力石の力、なのかな。
これは私だけの秘密。




