第十二話 終局の告げ(後)
「いよいよだね」
ハウラが出現するという時間の三十分前。早めの時間にビルの屋上へ到着。
気張るレオもハウラのことを一度も見たことないのだろう。しかし、ハウラは一体どのように出現するのか。何もかも不明。
昨日、星を眺めた屋上を見渡す。
その時。
「ニャーオ。猫だぜ」
赤髪の彼が目の前に現れた。
彼は、手首を曲げ、招き猫のようなポーズを取り、猫の鳴き声を真似した。
「君は……」
「お久しぶりさん。お元気ですか?」
レオをじっと見て、告げる言葉。それはまるで、彼とレオが親しい関係のような。
「こいつのことを知ってるのか?」
割り込むルカ。
「知ってるも何も、お友達ですから」
「お友達……?」
見覚えがないのか、彼の言ったことを復唱するレオ。
「俺の名前はユキ。君のお友達。親友って言ってもいいほどの仲だったかも?」
「ーーユキ」
レオは目を見開いた。
「……君は、シキに殺されてしまったはず」
レオは二人に話した。自分の親友はシキに殺されてしまったのだと。その要因は分からず、レオはシキを恨んでいるようだった。それなのに、どうしてその親友が目の前に。
不敵に笑うユキ。
「ん、そう。実は俺、前まで兎だったのに、殺されて生きがえってみたら猫に生まれ変わっていたんだ」
「違う動物に生まれ変わることなんてできるの?」
「氷力石があったから、かもな」
その隣で、里桜は、あの時の人だと赤髪の彼を見つめていた。
森の中で会った人。
自分の不注意で小さな崖から落ちてしまった里桜、そこで偶然会った。レオの声がすると颯爽にいなくなってしまって……。
(まさか妖怪だったなんて。全然気づかなかった)
ただの人間のひとだと思っていた。
「今まで何してたの? 僕の所に来ないで」
彼は笑ったまま何も答えない。
「もしかして僕のこと、嫌いになった? あの時、僕一人だけ逃げたから。だから会いに来てくれなかったの?」
瞳を真っ直ぐと見ながら、何も。
「……これも答えてくれない?」
レオは悲しげに、不可解そうに、呆れ気味に。
「じゃあこれだけ聞かせて。どうして僕たちはシキに狙われていたの? 僕たちを殺す動機は?」
諦めずに聞き続ける。
「ーー俺、アイツの友人の恋人殺しちまったんだ。ハウラを襲って氷力石を手に入れて、力試しにやってみたらそいつ……殺しちまって」
やっと口を開いたと思ったら赤髪青年は、重たい話をし始めた。
「そしてその夜。お前と一緒にいた日、あいつはオレを始末しようと現れた。……計算外だった。まさかお前まで巻き込まれちまうとはな」
こちらもまた、先程のレオのように悲しげな表情を見せる。一つ違うところは、自潮気味な笑みを浮かべているところ。
本当に悲しそうだ。
「シキは氷力石を元ある場所に返すためとか言ってたけど、俺を殺す動機に入っていたと思う」
つまり、狙われていたのは赤髪青年ーーユキだけだったと。レオはただ巻き込まれただけだったのだ。
「俺さ、まだハウラに興味あるんだよね。まだ力が残ってんじゃないかって」
レオは嫌な予感を的中させる事となる。
「だから、またハウラを狙いに来た」
「どうして」
「力があればもう殺されずにすむでしょ。痛い思いしなくてすむ」
「だとしても、力のないハウラを今襲っても、取れるものは何もないよ。下手したらハウラを殺してしまうかもしれない」
「ああ、殺すのもいいかもね。俺が殺されたのはあいつのせいでもあるし」
「ーーユキ……」
「戦おうよ、ホラ」
戦うーーそれは戦闘。
「見ないで、リオちゃん」
レオは始めて里桜の前で剣を向いた。それはユキの攻撃を受け止めるためだが、レオにとってそれは一番したくないことだった。
前にルカが里桜を助けた時、とても驚いたような顔をし、怯えていた。それは妖怪を目の前で消し去ってしまったことが原因かもしれないが、たぶん、ルカが片手に持っていた剣にも怯えていたと思う。
だから里桜の怖がるようなことをしたくなかった。それも、目の前で自分の親友となる相手と対立しているとなったら、里桜は心苦しい思いをするだろう。
……でもーーでも、でも。
やはり、里桜は自分を止められない。
「ダメだよ」
対立している二人の間に一歩前に出た。そして、赤髪青年ーーユキに向き合う。
「どうして貴方はハウラを狙うの?」
「さあ。なんでだろう」
「貴方もハウラも妖怪ーー。どうして同じ類の者を消そうとするの」
赤髪青年は意表を突かれたかのように目を見開く。
「たぶん、俺も消えたいから。かな」
……消え、たい?
「消えたいって、どうしてそんな事ーー」
消え入りそうな弱々しい声に、里桜は強気にでた。が。
「もうこれ以上教える気はないよ」
ぐっと手が、里桜の首に回る。
「これで手出しできないっしょ?」
里桜を自分の向いている方向へ向かせるようにし、後ろから首に手を回すようにした赤髪青年。
「もしこのままこの子の右目にある氷力石を取ったら、どうなるかな」
わざとゆっくり、右手に手を伸ばす。でもそれはわざとらしそうで、本気そうで。本当に力が欲しいというのなら、もうこのまま取られてしまってもおかしくない。
「ユキっーーやめろ」
初めて聞いたレオの乱暴な口調に里桜は耳を疑った。今、まさにレオの口から出た発言だろうか。それほど焦る場面だということだろうか。
赤髪青年からは悪意的なものを感じられない里桜には、他人事のようにしか考えられていなかった。
「やめてほしい? だったら俺を殺してみなよ」
死ねないけどねーー。と口ずさむ彼は、何を考えているのだろう。
本当は何を思っているのだろう。
里桜から離れた赤髪青年はレオとの攻撃と防衛を始める。それがなぜか楽しそうに見えて、止めるにも自分との対話が必要だった。
ーーもし、親友同士が喧嘩以上のことでしか収まらない亀裂を生んでしまっていたとしたら、私は何かできるのだろうか。
ルカも、ここは入るべき場面ではないと思っているのか、二人の間に入るようなことはせず、眺めている。
ーー私もそうするべきだと一瞬思ってしまったのが、いけなかったのかもしれない。
ビルの屋上。レオの攻撃によって後退していた赤髪青年は、足を踏み外し、下へ落下してしまうところだった。それをレオは受け止めた。持っている剣など捨てて。
レオが手を離せば、赤髪青年は落下し、死んでしまう状況。
「殺せよ」
「殺せない。そもそも、死ねないでしょ?」
殺せーーつまり、手を離せという意味だ。だがそう簡単に妖怪は死ねない。
「また違う動物になるつもり?」
違う動物になるには氷力石が必要だ。それは赤髪青年にはもうない。
「違う動物になるつもりなんてない。俺はただ、消えたいだけなんだ」
(この世からーー)
赤髪青年の台詞に、レオは動揺した。どうしてそんな事言うんだろうか。
「どうして?」
「……」
「どうして消えたいの?」
「存在したくないから」
一度目の問いには何も答えず、二度目にはっきりと聞くと、彼は渋々答えた。
ーー僕と離れてから、ずっと消えたいと思っていたのなら、どのくらい彼は苦しんでいただろうか。
レオの予想だと彼は、自分のしてしまった事に悔やんでいる。ハウラの恋人といわれる女性を力試しにも殺してしまった事、それ以外の事全て。
彼は生きることに希望を持っていない。生きることに苦しんでいる。
「君の……未練って、何?」
レオは彼を見下げたまま、とても悲しげに聞く。
「お前が無事に笑って幸せな毎日を過ごせていたらーーそう……あの時、死ぬ直後から思ってた」
「僕は幸せだよ。毎日笑って過ごせている。君があの時、僕を守ってくれたおかげで」
笑顔で答えるレオは一体何をしようとしているのか、里桜には分からなかった。
「守ってねーよ。俺がまいたタネだ」
赤髪青年ーーユキもまた、笑んで。
「ばいばい」
「ああ」
別れの挨拶をした後、レオは彼の手を離した。先程まで落とすまいと必死に掴んでいた手を。本当に、里桜には訳が分からなかった。
ーー前世が動物の妖怪は、未練がなくなれば消えてしまう。それは良いことなのか悪いことなのか、私には分からない。分からないけど。
(ーーこれで消えれる。これでやっと)
赤髪青年の顔は清々しく、とても、これからなくなってしまうヒトには見えなかった。
「レオ……」
「大丈夫」
心配して声をかける里桜に、レオはいつもの笑みを向ける。それはいつもの笑みのようで、いつもの笑みではない。
無理をしている、そう感じる里桜だが、本人が大丈夫と言っているのならこれ以上言えない、とレオの心から一歩身を引いた。
親友である者をこの手で殺した……とまではいわないが、見殺しにしてしまったのだから、このくらいの違和感当たり前。
そんな事よりも、この状況で嘘でも微笑みを向けられるのはすごい事だ。
少しの沈黙。その時、里桜の背後に現れたものがレオの瞳に映った。それは鏡のような、扉の形をした光輝くもの。その気配に気づいた里桜は後ろを振り返った。
「これって……」
「ハウラの居場所だよ。きっと」
ハウラの居場所。ずっと探してた。
この先にハウラがいる。
「行ってくる」
「僕たち、待ってるよ」
緊張して体を強ばらせている里桜に対し、優しく声をかけるレオ。
里桜はルカに顔を向ける、と相変わらず無表情のまま視線だけを交わした。
鏡のようなものに触れる。すると吸い込まれるように指が入った。一瞬怖くなり行動を止めるも、二人に背中を押されているんだと心を引き締め、歩みを進めた。
その中に入ると幻想の世界。
「ハウラ……?」
少し先にあったヒトの姿。それは、ああ、と頷いた。
「あんたが来てくれると信じていた」
ーー私が来ることを知っていた……?
「私の目にある氷力石は、あなたのものなんですよね?」
確認として聞く。ハウラという妖はもっと恐いオーラの放ったものだと思っていた。だが違った。恐いというものとはかけ離れ、真逆。清楚で美しいーーずっと見ていられる一枚の絵画の様と言っても大袈裟ではない。
「ある日、俺の力目当てで一匹の妖怪が襲ってきた。その時、その君の目にある氷力石をあらゆる方向に飛ばしたんだ。
ただ悪用されずにとしたことなのに、迷惑をかけてすまない」
「……」
「正直に言えば、人間であるあんたの目に入ってくれてこっちとしては好都合だった。あんたには守ってくれるやつもいたから。だが、これ以上迷惑をかける気はない」
「……」
ハウラを襲った一匹の妖怪とは赤髪青年ーーユキのことだ。教える必要はないと思った里桜は何も言わずにただ聞いていた。
ユキはちゃんと、反省している。これでもかってくらいの大きな後悔も。だから消えたがっていた。
呆然と見上げていれば、ハウラは何を勘違いしたのか。
「俺の力だ、ちゃんと返してもらう」
「でも、また妖怪から狙われたりするんじゃーー」
「大丈夫だ、もしまた他の妖怪が来たとしても今度はやられたりしない。だいぶ前に散らばせといた力も集めてくれたようだしな」
「……」
里桜は思わず俯いた。
クウコとネコミミの身体から抜け出た氷力石が自分の右目に入ったこと。
井戸を覗く行為をして右目に入ってしまった氷力石のこと。
全て合わせれば全部で三つ。それがハウラの全てなんだ。
「失礼する」
ハウラは手を伸ばす。
里桜は素直に目を瞑った。
が、やはり体を後ろに引く。
「あ、あの」
「どうした?」
「氷力石が私の身体からなくなっても、今まで通りですよね……?」
右目に入ってしまっている氷力石をどう抜き出すのか、という事よりも、レノに言われたことが一番気になっていた。
ハウラはルカと同じように無表情だが、ルカよりも少し神秘的な要素がある。
「ああ。何も変わらない」
その言葉にもう一度目を瞑った。
ハウラの手は里桜の瞼に触れることなく、右目に手をかざすだけ。
時間が経ち、目を開ける。
すると……光の中に氷力石の欠片が三つ浮いている、ありえない現象を目にした。
「この三つの氷力石は元々一つのものだったんだ」
ふわふわと浮き続けていた三つの氷力石は更に輝きを増し、ハウラの言った通り一つの氷力石となる。
ガラスの破片のようだった三つの氷力石は一つとなり、丸い形となった。
それはハウラの手によってハウラ自身の胸元へ寄せられ、スッとそれは体内へと入っていく。
そして、跡形もなく消えてしまった。
里桜の右目にあったはずの氷力石は、今はもうハウラの体の中。
ハウラの力がハウラ自身に戻った。
ーー良かった。
里桜は安堵し、自身の体から力が抜けたのが分かった。
目を開けばさっきの場所に戻っていた。後ろを見てみれば、そこにはもうハウラの居場所へ続く鏡のような扉は存在していない。
「ルカ。レオ 」
良い知らせを伝えるように、前に振り向き二人の姿を探すが。
「ルカ、レオ……? 」
どこにもいない。
後ろや横を見回してみるが、誰もいない。
そこでひらめく。
ーーもしかして……、と。
「私、これでルカたちのこと見えなくなっちゃったんだ。もう迷惑かけずにすんだのに、やっぱりこうなっちゃうんだね」
どこかで分かってた。右目から氷力石がなくなれば、氷力石をハウラに返せば、見えなくなってしまうんではないかと。
何も変わらない。
そう、『前』と何も変わらない。これが普通。見えないのが当たり前なはずなのに。
「ねえ……ルカ、レオ。返事ぐらいしてよ。『良かったね』って笑いかけてよ。ルカも、その無愛想な顔で微笑んで見せてよ」
ーー私、これで良かったんだよね? ……と、問いかける自分がいる。元々妖怪なんて見えないもののはずだったのに、どこかで見えることが当たり前となっていた。
(二人共もうここにはいないのかな。私が守るべき存在ではなくなったから。おじいに報告にでも行ったのかな)
ーーあの日、出会ったあの日からあなたたちは私のそばにいてくれた。ずっと。
(なのに、なんで……なんでよ)
本当はわかってる。
「私にはあなたたちが見えなくなってしまったんだね」
感傷的になる里桜は、清々しく発する。
まるで、見えなくなったことに未練がないかのように。
すぅーっと息を吸い、想いを吐く。
「ルカ、レオ。もうここにはいないかもしれないけど、今まで私のそばにいてくれて、助けてくれて……ーーありがとう 」
◆
「ありがとう、か……」
変わらないビルの屋上。去って行ってしまった里桜の事を考え、レオは呟く。
そして、隣にいるルカの目を見る。
「ルカ。本当にこれで良かったのかな。
何も言わず、リオちゃんの前から消えるような真似して」
「別に俺たちは消えていない。ずっとここにいた。ただアイツの目に俺たちの姿を映さなくなっただけだ」
正論。二人は里桜のそばにずっといた。だから消えるような真似はしていない。ルカの言うように、ただ、里桜が二人の姿を瞳におさめられなくなっただけ。
「でも、僕たちはこうなること、知っていたよね」
「……」
図星、というようにルカは黙る。
「リオちゃんは知っていたのかな」
「知らない訳がない」
「もし、見える事がリオちゃんの中で当たり前になっていたとしたら、急に見えなくなった時びっくりするかと思ってたんだ。
だけど……」
ーー“案外、平気そうだね”
安心したような寂しそうな顔をして、最後の言葉を残すようにレオは言った。




