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第十一話 この刻(後)

ここから人称変わります。

 変わる事のない景色。森の中を歩く三人。

 特にどこへ行くとは決まっていない。ただ、真っ直ぐ行き、この森を抜ける。それがハウラの居場所を突き止めるための一つの方法であり、今はそれしかできる事がない。


「ハウラのヒントって、何なんだろう」


 里桜は思わず呟く。並木道のような道のできている森の中を歩きながら。

 本当にあるのだろうか。この森を抜けた所にハウラの居場所となるヒントが。

 ハウラについて何も知らない里桜。知っている事とすれば自分の右目に入ってしまった『氷力石』はハウラのものだということ。それ以外は、何も知らない。本当に何も……。

 首から下げる双眼鏡を軽く握る。


「ヒントはともかく、こういうの良いよね。何喋る訳でもなくただ三人で歩くの」


 ね、そうでしょルカ。と、純粋な笑みでレオはルカに同意を求める。

 確かに前にもこんな事があった。こういう並木道で、里桜がルカとレオの二人に会ったばかりの頃。自分の事、つまり里桜の事を守れと言われたという二人。

 その者が誰なのか里桜は気になり確かめに行くことになって、並木道を歩いた。


「別に、良くもないし悪くもない」


 淡々と言ってのけたルカに、五分五分か……と、レオは半分分かっていたかのような笑みを浮かべながら呟いた。

 良くもないし悪くもない。つまり、普通。まあ、ルカの答えにしては良い方か、と微かに思うレオだった。

 前までだったら、『良くない』の一言で終わりのはずだから。

 かなり進んだ。けれど一向に森を抜けられる気配がない。

 暇を持て余した里桜は望遠鏡を覗く。レンズ越しに見る景色。三月の今は冬を過ぎ、気温も暖かくなってきていて、草木が生い茂始める、そんな時期である。

 滅多にじっくりとこんなにも景色を見ることはなく、里桜は意識を持っていかれる。

 その時。

(ーーうわっ)

 視界が揺らぐ。

 この並木道の右側には小さな崖がある。そこで足を滑らせたのだ。

 落ちる瞬間、里桜の瞳に映る二人の後ろ姿。全くこちらに気づいていない。

 いつの間にかだいぶ開いていた距離。そのせいで、崖から落ちて酷い音がしたとしても、気づかれないかもしれない。

 一応持ってけと言われ渡された双眼鏡。そのせいでこんな事になるなんて。

 一瞬、おじいこと祐介から双眼鏡を受け取った場面が脳内で再生される。


「ーーっ、いった……」


「わぁお。上から人が派手に転げ落ちてきた」


「え?」


 尻餅をついた格好。下腿を外側へずらし、足をハの字にしたまま振り返る。

 そこにいたのは赤髪の少年。少年というほど体が小さい訳ではないが、戯けた喋り方は少し幼さを感じさせる。


「大丈夫?」


「……はい、なんとか」


 彼は木に寄りかかったまま、首を傾けた。里桜は反射的に答え、立とうとする。が、立てない。少し足を強打しすぎてしまったか。


「はい」


 立ち上がる事に苦戦していると、急に横から現れた手。

 それは差し出されたものだった。


「あ……ありがとうございます」


 お礼を言いながら立ち上がる。軽く引いているように見えて、ちゃんと力の込められている力強い手に引かれながら。


「あの……」


「ん?」


「ありがとうございます」


「ん、さっき聞いた」


 まだ繋がっている手。里桜はその事を言おうとしたのだが、何故か失礼かなと思い途中で言うのをやめた。そのせいで馬鹿な女の子としてじっと見られ始めたのか、里桜は居心地の悪さを感じ何もない所を眺める。


「……何か、近くないですか?」


 先程まではそう近くはなかった。彼が一歩近づいてきて、顔を覗いてきた時は里桜も相手の事を考えずに後ずさろうとした。だがそういう事はできなくて、訊ねる事に。


「君の左目って、綺麗だね」


「左目?」


 返ってきた答えはそれ。

 里桜は左目に手を伸ばそうとする。

 左目に特殊な事はしていない。どうして左目だけなのだろう。右も左も同じなのに。


「そっちじゃなくてこっち」


 相手から見ての左、つまり、右。左目に手を当てようとすると、右目に指を差された。


「私、別に特別な事してませんよ」


「うん、そうだろうね。目をどうにかするなんて事、できないもんね」


 だったらなぜ綺麗と言う、それも右目だけ。里桜は疑問だらけだった。

(それに何か、怪しいーー)

 赤髪男に疑いの目を向けかけた時、どこからか声が聞こえてきた。

 それは遠くから。段々と近くなって……。


「リオちゃーん」


 というような声が。

(レオ?)

 さっき、自分の落ちた小さな崖上を見る。

***


「ルカも呼んでよ」


「一人で十分だろ」


 もう……といった感じで一度は諦めたものの、もう一度繰り返す。


「もしリオちゃんが妖怪にでも襲われていたりしたらどうするの」


「……。りーー」


「あ、いた」


「あー……。じゃあバイバイ」


 そう聞こえて、里桜が振り向いた時にはもう赤髪男子はいなくなっていた。


「大丈夫? 後ろ振り返ってみたらいなくなってたから。……どこか怪我とかしてない? 足とかちょっと、汚れてるけど」


「汚れているだけだから大丈夫だよ」


 駆け下りてきたレオに笑みを向ける。いつも以上に心配しているようだ。


「それにしても水で洗い流さないと」


 里桜はその言葉とその顔に、瞳から光をなくす。

(ーーいつも、レオに心配と迷惑どちらもかけている)

 そういう事が少し嫌だった。

 陰る顔。

 それを遠くで見つめるルカは何を思っているのか。


「このまま行こ。私、大丈夫だから」


「え」


 意外だったのかレオは目を丸くする。


「このまま行くぞ」


「だってリオちゃ……」


「ソイツは気にするなと言っている。特に問題ないという事だろ」


 冷めた口調でルカが言う。


「でも……」


「本当に大丈夫だよ」


 納得しない様子のレオに、里桜も続けて。


「でも、リオちゃんは普通の人間」


「……っ」


「何かあったら心配するのは当たり前だよ?」


 普通の人間。

 一瞬、里桜はこの言葉に目を見開いた。まさかレオの口からそんな言葉が出るなんて。

 ーー優しい言葉。だけど、それは私の中で小さな棘と化す。

(私は別に、心配されるのが嫌な訳じゃない。ただ、レオは過剰すぎると思う)

 ーー私に何かあったら必ずレオは心配する。……それは、おじいに頼まれたから?


「馬鹿げた事を言うな。お前がそうやっていつも甘やかせるから、こいつはいつまでたっても危機感を感じ取れないんだ」


 的確な事を言うルカ。

 確かにそうだと思った。

 心配されすぎているから、どこかで安心しているのかもしれない。何があっても助けてもらえると思っているのかも。

 でも、成長はしている。


「でも」


「“でも”が多いぞ。心配しすぎだ」


 冷ややかで鋭い目。

 それでレオは黙る。


「後もう少しかもしれないし、早く行こ。ごめんね、足引っ張って」


 異様な空気。

 空元気でこの場を取り繕う里桜。


「……うん」


 ーー何故かは知らないけど、今日はいつも以上にレオが過保護になっている気がした。

 森を抜けた場所に待っていたのは広大な光景だった。わー、と感嘆の声を漏らす。


「やっと抜けたね」


 建物が並ぶ街。里桜たちはそれらを上から一望する。


「あれかな?」


「どれ?」


 望遠鏡を覗く里桜、代わり、レオが覗く。

 こんな場所にヒントが隠されている。それを解明するため望遠鏡が渡されたのだとしたら、こういう使い道しかなかった。

 望遠鏡で街を見渡し、その中にあるハウラのいるとされてるビルを探す。無謀に見えてこれが一番良い探し方法かもしれない。

 まあ、望遠鏡の使い方は間違えているが。


「確かに、そうかも」


 一つだけ、ビルと思われる建物が突き出ている。だが。


「これって、別に望遠鏡じゃなくて双眼鏡で良かったんじゃ……」


「クダンがくれたヒント。これにはきっと理由があるんだよ」


 レオの言葉に曖昧に納得する里桜。


「ーーそれじゃあ、行ってみようか」


「待って。まずは家に戻ってから、ね?」


 仕切り直して望遠鏡を片付けようと里桜が手をかけると、レオは静止させるように言い、里桜の手から望遠鏡を取った。

 肯定せざる終えず、里桜はぎこちなく頷く。

 それを見ていたルカは、心の中で微かに溜め息をついただろう。

 家へと戻ってきた。

 里桜の膝などについた土の汚れを洗い流してほしいがために、レオが言った一言が原因である。ルカは何も言わずについてきた。

 いつものようにドアに手をかけ開ける。


「ーー? ……誰?」


 その部屋には、黒髪女の子がいました。



(私の部屋には見知らぬの女の子がいました。ーーって、……ありえない)

 里桜はドアノブに手を当てたまま固まる。

 その後ろにいたルカとレオ。どうしたのだろうと不思議に思い、半分まで開いている扉をルカが手をつけ開けた。

 里桜の目の先には黒髪ロングの少女の後ろ姿。どうやら見覚えがないらしい。

 途端、こちらの気配に気がついたのか黒髪少女が振り向いた。


「おかえり」


 ぱっと、にこっと笑った少女はあまりにも純粋そうで。


「えっと、どちらさまで?」


 強気に立ち向かえない。


「私だよ。忘れちゃったの?」


「(忘れちゃったもなにも、会った事ないと思うんだけど……)」


「キクリだよ」


「……え、キクリ?」


 キクリーー。聞き覚えのある名だった。けれどそれは、身長がわずか何センチくらいかの人形の名で、今目の前にいる人間の子の名がそうであっても、あの子ではないはず。

 今でも十分に小さな子かもしれないが、とにかくキクリという名の持ち主は人間ではなく妖怪。目の前にいるのは、人間。


「ま、まさかあの日本人形のキクリとか言わないよね? 私が前髪を切ってあげたあの妖怪とか……」


「言っちゃダメ?」


 可愛らしげに首を傾げた。


「うそ……。キクリもーー人形も、人間の姿になれるものなの?」


 人の姿に化けられるのは前世から動物の妖怪だけだと思っていた。まさか人形も人の姿に変われるなんてと思ったけど、キクリは。


「さぁ。わからない」


 と、首を横に振った。


「リオに会いたくて」


 可愛らしい黒髪ロングの女の子がふわっと笑う。こんなにも可愛い子だったなんて、と里桜は直視してしまう。


「人間の姿で」


 確かにキクリだ。紅葉柄の浴衣を着ていて和装の格好をしている。


「どうして、人間になれるの?」


「分からない」


 またもやキクリは首を横に振った。


「もしかして、何かが崩れてきている……」


「もしかしてって?」


「分からないけど、そうなんじゃないかって」


 『何かが乱れている』ーーそう、顎に手を当て、真剣そうにレオは言った。

 不思議そうな顔をしたままの里桜。


「あそぼ」


 それなのにキクリは幼い顔をして希望の持つ音色(声)で聞いてくる。


「ね、いいでしょ?」


「でもこれからハウラの元にーー」


「ダメ?」


「……。あ、あそぼっか?」


 幼い子供にせがまれるのってこういうものなんだ。

 里桜は、小首を傾げて自分の事を見るキクリを見つめ返す。

 え、というようなレオの声はキクリの元気の良い返事によって消された。

 良いよね、ごめんね、というような申し訳ない顔でこちらを見る里桜に、レオは微かに笑いながら頷き了承した。


「遅くなっちゃったね」


 五時の鐘が鳴る。気づいたらこんな時間になっていた。電車をつかい、あの場所で見下ろした街へ行く。もう六時になってしまう。急いであのビルへ向かう。


「ここで望遠鏡使ったら、星、綺麗に見えるかな」


 着いたビルの屋上で、見上げる。夕方、まだ明るい空を。

『ちょっと待ったー。望遠鏡は持った?』

『望遠鏡?』

『望遠鏡は持たないとダメだよ。あー、あとハウラは屋上にいるって』

 途中、待ち伏せしていたのか、木の上にいるネコミミと会った。必要な事だけを言ってバイバイと行ってしまったのだが。クダンにでも頼まれたのだろうかという考えが、レオたちには浮かんだ。

 里桜が何気なく言った一言。


「じゃあ夜になるまでここにいようよ」


「俺は帰ーー」


「帰さないよ、ルカもここにいるんだよ。ね?」


 有り無し言わせない物言いに、立ち去ろうとしていたルカは珍しくもその場に立ち止まった。剣を閉まう鞘に触れたのは何故か。

.

(ーー暇かも……)

 体育座りしながら夜を待つ。辺りはもう暗くなってきてはいるが、星が綺麗に見える時間までまだある。


「昔話でもしようか。リオちゃん、小さい頃どんな子だった?」


 ……どんな子?

 いきなりすぎる質問に里桜は戸惑う。

 あれこれ考えて。


「んー……たぶん今より素直な子だったんじゃないかな」


 無難な答えを。

 子供なら皆誰しもそうだ。

 どこに笑いどころがあったのか、レオはくすくすと笑い始めた。


「え。どうして笑うの」


「だって今よりも素直な子って……」


 ーー相当素直なコ。


「今でも相当素直なのに、これ以上素直な子ってどんなコなのかなって」


 ずっとくすくすと笑いながら続ける。会ってみたかったな、などとも言っている。

 レオの笑いのツボは分からない。そう思った里桜だった。


「そういえば……ルカもネコミミくんとの秘話を話してくれたよね。僕も、話そうかな。僕の、親友のこと」


 とてもさりげなく発しられた一言。その横顔は穏やかであり、どこか切なげで。

 レオの親友はルカだと思っていた里桜は、とても新鮮味を感じた。

 ルカの昔からの親友はネコミミ。レオの親友は一体どんなヒトだったのだろう。それより、今どうして親友と呼べる者が傍にいないのか。

 色々と質問したいことが出てきたが、これから話してくれるんだと気持ちを抑えた。

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