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第九話 謎の少年~後編~囚われし者


「今日は、天邪鬼に会ってもいいよね?」


 今週の休みの日は外に出るな、ということで昨日ーー日曜日はずっと家の中にいた。

 遊びに来てくれたネコくんやコンとギンが構ってくれて暇はしなかったけど。

 なんか……な。


「いいよ」


 登校前。鞄を持ったままふと振り返り、レオに許しをもらった。

 許し、って言うほど重いものではないけど。監禁されていたわけでもないし。

 行ってきます、と言って家から出た。

 タッ、タッ、タッ。

 とこちらに向かってくるあれは天邪鬼。

 道路脇を走りながら森の中を見ている。一体何をしているんだろう。


「天邪鬼。何してるの」


 目の前まで来た所で声をかけると天邪鬼は止まる。そして私を見て恐い顔を一層恐くした。つまり、驚愕しているようだ。


「お、オマエ!」


 見開かれた目。

 少し、恐い。


「どうしてオマエが? あいつから逃げたのか? いつ?」


 ああそっか。

 天邪鬼でもこんな反応するんだ。


「助けてもらったんだ。一昨日、外出禁止されたから天邪鬼に言えなかったけど」


「ああ、あいつか……」


 天邪鬼はホッとした様子。


「もしかして心配してくれた?」


「は、はああ? 誰が?」


 誤魔化す必要ないのに。


「今何してたの? 走ってたみたいだけど」


「ら、ランニングだ」


「天邪鬼のは、ジョギングしているように見えるけどね」


 歩幅が小さいから。


「どういう意味だ?」


 理由を言ったら天邪鬼は絶対に怒るから、言わずにおいた。


「天邪鬼に話したいことがあるんだけど、歩きながらでいいかな?」


 学校だからと鞄を少し持ち上げる。

 すると天邪鬼は不思議そうな顔をしながらも了解してくれた。


「お、おう?」


***


「ーーというわけで、天邪鬼の知っている少年はあの男の子だったわけで……。

如月くんはもう」


「妖怪が嫌い、か」


 全てを話した。私を襲ったあの狼は如月くんと面識があったこと。木の下で一度出くわした如月くんは天邪鬼ことを瞳に映さなかったけど、本当は妖怪が見えること。

 そして、如月くんはもう天邪鬼がーー妖怪のことが嫌いなこと。

 たぶん如月くんは妖怪の誰よりも、天邪鬼のことを憎んでいる。

 なんとなく、目で分かったんだ。

 自分を裏切った天邪鬼のことを、本当は恨んだりしたくないけど恨むしかほかなくて。

 でも天邪鬼はそういうことをしようとしたわけじゃない。

 ただ、如月くんのことを思って……。

 違うのに。


「天邪鬼。気にしてる?」


「別に気にしてねえよ。オレがしたことが原因だし……。そもそも最初からあいつは」


 そう言っているわりには寂しそうだよ、とは言わず静かに聞き流した。.

 教室。如月くんの姿を見つけるや否や、彼の元へと向かう。


「如月くん」


 席替えをして変わった席。列は変わらず、後ろから二番目の席で窓際ではなく通路側。その席に佇んでいる彼。

 あんな事をしておいてどんな顔をするかと思いきや、私を見て数秒無表情だった顔をいきなりふっと緩ませた。


「どうしたの? 立花さん」


 愛想笑い。悪魔でもあの時ことはなかったことにするつもりか。

 まあ、私にはそんなことどうだっていい。


「放課後。会ってほしいヒトがいるんだけど。分かるよね」


 あの日、天邪鬼と会うって約束したのにあの狼の事があって結局如月くんは天邪鬼と会うことはしなかった。

 いや、最初から会うつもりなんてなかったんだ。口実に私をおびき寄せたにすぎない。

 彼は分かっている。

 私が如月くんに会わせたいヒトが誰か。


「悪いけど、今日から日直だからこの一週間は無理」


「……そっ、か」


 それじゃあ仕方ない、のかな。

 日直は一週間ごとに班が変わってやる仕事。他の生徒が全員帰るまで待って、教室の鍵を閉めるまでが班のメンバーの役目。

 帰る時間が少し遅まるだけで、一緒に下校して天邪鬼に会わせる事は可能。だけど、短時間でいろいろ考えてそこは引いておいた。

 自分の席について考える。席替えしたはずなのに私の席は変わらなかった。

 天邪鬼と仲直りしてほしいと思っている。

 けど、第三者の私が無理に仲直りさせるわけにもいかない。

 ただ、仲裁の中に入るのはいい範囲だと思っている。

 でもそれでは傍観者みたいで嫌だ。

 天邪鬼はああ見えて傷ついているから。

 分かりあってほしい。

 天邪鬼は如月くんを嫌な目にあわせようとしてあんな事をしたわけじゃないと。

 天邪鬼は名前の通り素直ではないから、このままじゃ……。

 一生分かり合えないかもしれない。

 二人がそれでいいならいいのかな。

 そう、思ってきてしまう。

(あー、もう考えるのやめた)

 机に伏せ、外界からシャットアウトした。

 机に伏せ、空を見上げる里桜。

 それを真っ直ぐ見据える如月。

(仲裁にでも入るつもりか)

 特にこれといった感情はない。

 もやもやする何かがあるだけ。

***

 お疲れ様でした、と先生の前に六人集まって解散の挨拶をする。

 如月の面倒に思っていた日直は終わった。

 後は帰るだけ。

 班のメンバーと先生以外、誰もいない教室を見て思う。

 里桜は意外にも呆気なく身を引いたと。

 あんな必死になっていたのにもう興味が失せたか、と鞄を持って教室から出た。

(……最悪)

 家に帰るためいつもの道を歩く如月の視線にあるもの。いるものは天邪鬼。

 そのまま通り過ぎようとした時。


「どうしてリオに手を出した?」


(は?)

 天邪鬼の言ってきたことが意味不明すぎて、如月は足を止める。


「オレを恨んでいるならオレに当たればいいだろ。なのに」


(なに、こいつ)

 天邪鬼を一切見ず、静かに聞いている如月はイラつきを増す。

 どうせ自分の事は大抵里桜が天邪鬼に話しただろうと予測はしていた。

 けれど、第一声がこれなんて。


「勘違いしているみたいだけど、僕は彼女を狙ったんじゃなくて彼女の持っている氷力石を狙ったんだよ」


「氷力石? そんなのあいつが持ってるわけないだろ」


 どうやら彼女は話していないみたいだ。自分の目にある氷力石のことを。

 どうして話していないのか分からないが、それではどうやっても話が噛み合わない。


「君は、何も分かっていないね」


 自嘲気味の笑みを浮かべると、如月は歩みを進めた。それはすぐに無表情になる。

  本当に……何も分かっていない。


「んー……」


 ベッドに寄りかかりながら、さきほどから唸っている。

 そんな私を気にかけてくれるレオ。


「どうしたの? さっきから。それと溜め息ばかりだけど」


 癒しである白兎が、ベッドの上から覗く。


「何か、もうどうしようって」


 曖昧なことを言いながら、上の空で天井角を見上げる。


「天邪鬼は妖怪だけど私の友達で。

でもその友達が仲のいい友達と喧嘩した場合すぐに仲直りさせようとするはずなのに、今回は違うなって」


 私の友達である若葉と幼馴染の斗真。

 前に喧嘩したことがあった。

 喧嘩というほど大げさなものではないが、若葉が斗真のことを避けるという今までにないことが起こって。

 理由を聞いてみたら斗真は分からないで、若葉は知らないわよで……。

 とにかくいろいろ説得するよう話して、仲直り的なとこまで持っていった。

 今でも避けていた理由は分からないけど。


「やっぱり妖怪と人間は違うのかな……」


 人同士だと相手のことをよく分かっていなくても簡単に首を突っ込もうとする。だけどそこに妖怪が関わると、過去に何があったのか分からないから簡単に首を突っ込めない。


「話合えば、妖怪も人間も変わらないのかもしれないけどね」


 レオの声は私の心に響かないうちに消えた。.


「行ってきまーす」


 今日は何だかやる気十分。

 家から出て学校へ向かった。

 それからはちゃんと授業も受け、長い一日の学校は終わる。

 いつものように家へ……。


「天邪鬼ーー」


 帰らない。

 日直を終わらせて帰る如月。

 今日も里桜は潔く帰った。

 ……と、思ったのに。

 木の陰から出てきた。

 それも天邪鬼と。


「如月くん、やっぱりちゃんと話し合ってほしいんだけど」


 控えめに言ってくる里桜。その横ーー足元には、そっぽを向いている天邪鬼。


「僕には話すことなんて何もないけど」


 でしゃばりかもしれないと思いながら言ってくるの、迷惑。

 なんて思いながら軽くあしらう如月。


「天邪鬼にはあるんだよ。ね、天邪鬼」


 里桜はそう言って足元にいる天邪鬼を見下ろす。だがーー。


「は? なんでオレが」


「だって私に話してくれたじゃん、あの時はわざとやったんじゃないって。それをそのまま話せば……」


 素直ではない天邪鬼。


「無理に話し合わせようとさせようとしなくてもいいんじゃない? そいつ自身、僕と話す気ないみたいだし」


「でも……」


「鬱陶しいよ」


 ひやっとくる一言を如月は言い放った。

 それも無表情で。

 いつも穏やかな表情をしているのに一瞬無表情を見せる時がある。

 そういう時は空気が凍りつくほど怖い。


「もう僕に近づかないで。そこにいる彼女から聞いたでしょ、僕は妖怪が嫌いだって」


 天邪鬼に浴びせられる言葉。


「君も、近づかないでくれるかな」


 それは里桜にへと。

 如月くんは言いたいことだけを言って、じゃあと私たちを通り過ぎる。

 なんか……なんか、虚しい。

***

 天邪鬼はどうして話さないの?

 妖怪に如月くんの存在を教えたのは如月くんのためであって、如月くんを傷つけようとしたわけじゃないと。

 ただ、妖怪とも遊べたら一人じゃなくなるだろうとしたことだって。

 全て話せば何かは必ず伝わるはずなのに。


「何でもないよ……」


 ベッドの上から覗く白兎ーーレオの姿が微かに視界に入って、そう答えていた。

 それから二日間は天邪鬼と話すこともせず、如月くんに声をかけることもしないでただただ学校に通って授業を受けていた。

 あの日から三日。

 特に何事もなく過ごしている。

 たまに里桜の後ろ姿を見たりしながら。

***

 今日で日直も終わり。

 後は帰るだけ。

 鞄を手に取り、教室を出た。.

(……)

 前と同じところで天邪鬼の姿を発見する如月。だが、何も言わず黙ったまま横を通り過ぎる。それは天邪鬼も一緒。

 一度合った目。

 ここに里桜がいれば、『どうして二人共話そうとしないの?』とか言うだろうなと思いながら如月は足を止めない。

 そして五歩ほど進んだ時。

 風が舞う。

(なっ……)

 視界がぐらつく。バタッという音とともに背中や肘に痛みを感じた如月。

 目の前には金色の瞳をした、人の姿に化けている妖狼ーーシキ。

 全身真っ黒で、暗黒を漂わせるシキは真っ直ぐと如月の事を見下ろす。

 その鋭く輝いた目で。


「……何しにきた」


 意図の掴めない行動をとるシキを見上げる。いや、如月には何か心当たりがあった。


「お前の命を貰う約束だ」


 その言葉に驚くことはせず。如月はあの日、約束した事を思い返す。

*

『氷力石を手に入れたら、この辺にいる妖怪共を消滅させろ』

『対価は?』

『僕の命だろうと魂だろうとくれてやる』

『もし、失敗したら?』

『失敗しても構わない。とにかく何でもいいから妖怪を消してくれ』

*

 あの時はここに戻ってきたばかりで、気が立っていた。

 だからあんな約束をしてしまった。

 そんな言い訳は通用しないだろうと、如月はシキを見上げたまま押し黙る。


「……でも、お前は氷力石を手に入れていない。妖怪を消し去ろうとしたもことないんだろ? だったら失敗したことにはーー」


「そこまで聞いていない。俺はただ、どちらにしろ失敗してもお前は対価をくれるものだと思っていた。それは今でも変わらない」


 右手にずっと持っていた剣を、シキはゆっくりと前に動かす。普通の剣より短いそれは、如月へと向けられ……ーーなかった。


「どうして庇う?」


 シキの手が止まった原因。

 それは天邪鬼。

 小さな体で庇うように如月の前に立つ光景は、無意味すぎて笑えてしまうだろう。

 でも、シキの手は止まった。

 それは間違いない。


「こいつはオレの友達なんだ」


 ……一応、前まではな。

 と付け足す天邪鬼は悪魔でも真剣。


「よく分からねえけど、絶対に傷つけさせねえ」


(赤鬼……)

 ずっと素直になれなかった天邪鬼が、こんなにも自分の気持ちを正直に出している。

 そんな天邪鬼の行動に心打たれた如月は、その赤くて小さな背を見ながら久しぶりに彼の名を心の中で呼んだ。


「お前が代わりに死のうと?」


 天邪鬼へ向けられる刃。


「だめだ!」


 庇うように天邪鬼を自分自身で覆う如月。

 地に膝をつけながらも必死に天邪鬼を守ろうとしている姿。

 自分のことより相手のことを考えて。


「こいつは僕の……」


 そこまで言って留まる言葉。

 その先に繋ぐ言葉は一体何か。


「ーーそうか。だったらこれ以上自分に嘘つくな」


 剣をしまう音。


「え……」


 思ってもみないことを言われ、如月は下げていた顔を上げるが。

 シキは颯爽に森の中へ帰って行った。.

 そして土日を挟んでの学校。

 里桜は下を向きながら登校していた。

 最初に視界に入ったのは誰かの足。

 そして天邪鬼。


「よっ」


 片手を挙げて挨拶。

 天邪鬼と一緒にいる人って……。

 目線を高く持っていき、その人の顔を見たところで固まる。


「き、如月くん!?」


 ありえもしない人物。


「え、な、なんで一緒に」


 身長の高低差がありすぎな如月くんと、天邪鬼とを見比べる。


「一応、前までの友達だったから」


 ーーそう微笑む如月くんが、少しだけ眩しかった。仲直りした理由は分からないけど、心がほんのりと暖かくなって。もう秋が終わってしまうなんて思えなかった。

 静かな森の中。

 シキともう一人の人物がいた。


「芝居うったね」


 その声は明るくて元気な男の声で。


「何であんなことすんの?」


 シキにタメ口を聞くほど親しいーー。


「無視ですか」


 関係でもなかった。

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