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第九話 謎の少年~後編~囚われし者

『ーー憎いよ、妖怪のおまえが』



 ……暗闇。

 眠たくて目を閉ざしたわけじゃないのに。

 真っ暗。

 ーーなんだっけ。

 どうしてこんな暗闇にいるんだろう。

 目を開ける。

 瞬きを繰り返して、焦点をあわせる。

 誰かの足。

 誰の?


「きさ……らぎくん?」


 目の前にいたのは如月くんだった。


「やっと起きたね」


 屈託のない表情で私の寝起きを向かえる。

 どうしてここに?


「シキにはお手柔らかに連れてきてって言っておいたんだけど……」


 結構手荒な真似されちゃったんだね。

 そう、悪びれた様子もなく笑ってすませる。……それより、どうして如月くんが? 如月くんが彼に私をここへ連れてくるように頼んだの? どうして?

 会う約束をしていたんだから、何もこんなことしなくても。

 私はすぐにあの時のことを思い出した。あの時私はルカのような漆黒な彼に気絶させられたんだ。それでここまで連れてこられた。

 でも、おかしい。

 だって如月くんは妖怪が見えないんじゃ……見えなくなったんじゃーーないの?


「如月くん……」


「ん?」


「妖怪が、見えるの?」


 嘘だと言ってほしい。私をここへ連れてきた彼と繋がりがあるなんて。

 だってそうでなければ如月くんは、如月くんは私に嘘をついたことになる。


「見えるよ」


 何ら気まずさも見せずにそう答えた彼は、最初からバラすつもりだったのだろうか。

 こうやって。

 でも、どうして。


「どうしてこんなことするの?」


 私に、妖怪がもう見えなくなったと嘘をついて、わざわざ妖怪に頼んで私をここへ連れてきたのか……分からない。

 如月くんは視線下げた。


「どうしてーーか」


 そして……。


「妖怪を抹消するため、かな」


「抹消……?」


 妖怪を消しさろうとでもしているの?


「妖怪なんていないほうがいい。君も、そう思ってるんでしょ?」


 如月くんの瞳と表情に影が落ちる。


「何も考えない動物以下の無能なイキモノ。そんなものいったって意味ないって」


「そんなこと……」


「ないって言える?」


 私は如月くんの思っているような人間じゃない。私は妖怪のことが見えるようになってまだそんなに経っていないんだ。

 君の思っているように、私は前々から妖怪のことが見えていたわけじゃない。

 だから、君の気持ちが分からない。

 幼い頃、妖怪にどんなことをされていたかは天邪鬼に聞いた。それは天邪鬼が知っていることだけで、如月くんはもっと妖怪に酷いことをされたのかもしれない。

 だけど……私には分からないんだ。


「その右目にあるハウラの力の欠片、僕がもらってあげるよ」


「えっ……」


「それさえなければ危険な目に合うこともなくなる。それにあいつだって、立花さんの傍にいる理由もなくなるでしょ?」


 木に寄りかかって地に座っているような状態の私の前に、腰を下ろし私の顔を窺ってくる如月くんの言葉。

 氷力石のこととか、ハウラのこととか、どうしてこんなにも詳しいんだろう。妖怪の間では有名な話だってレオに聞いたことがあるけど、人間の如月くんがこんなに……。


「どうして、知っているの?」


 氷力石が私の右目にあること。

 それに、あいつって誰?

 心の中でもう一つの質問をすると、如月くんは立ち上がった。

 まるでこの事を聞いてくると分かっていたかのように、彼は単調に話す。


「昨日、君ん所の護衛役に言われたんだよ。立花さんには手を出すなって」


 護衛役……?


「見えないフリをしていたせいか、何か疑われたんだろうね」


 はっと閃く。

 それってもしかしてあの時ーーキクリを迎えに学校に行こうとしていた時。狼のことがあって心配してくれたレオも一緒について来ることになったんだ。

 それで二人で談笑をしていると道端で如月くんに会った。

 ーーってことは、如月くんはレオのことを言っていることになる。

 そういえばあの時、レオがおかしかったような。如月くんの去る背中を見ていて。


「はじめそう言われて意味不明だったけど、いろいろ推測してみて分かったんだ。君が氷力石を持っているって」


「それだけのことで……」


「シキと一度会ったよね。その時にシキが氷力石の気配を感じたって言っていたの思い出してさ、ビンゴだって思ったわけ」


 私の前にしゃがみ込み、私の様子を窺う。

 シキってあの妖怪のことを言っているのかな。私をここへ連れて来た彼のことを。

 “危険な目に合うこともなくなる”

 如月くんがいろいろ説明する中で、この言葉が印象的に残っていた。

 如月くんは私が危険な目に合っていると思っているんだ。

 私が妖怪から危害を加えられていると思って言ってくれているのかもしれない。


「でも私、そんな危険な目にーー」


「シキ」


 如月くんが彼の名と思われる名を口にすると、木の影から彼が現れた。

 目の前にいた如月くんが立ちあがり、一歩下がると同時に彼は狼の姿となる。

 やっぱり、あの時の狼だ。

 何の目的があってか私の傍まで来る。

 そして顔を近づけてきて、右目を……。

 右目を食べようとしている!?

 今日までそんなに危険な目にあったことないのに、まさに今がそうだ。


「いやっ」


 恐怖で彼のことをーー狼の姿をした彼のことを押し飛ばし、走り出した。

 森の中。一目から避けた所。

 早くこの森から抜け出さないと。

 必死に逃げてようとしているのにふらつく身体のせいで上手く走れない。


「……っ」


 肩に何かが触れる。思いっきり引っ張られる感触。

 何が起こっているのか分からないまま、背中に激痛だけが走る。目を開ければ、そこには人の姿をしたあの狼がいた。

 私を見下ろしている。

 彼は私の上に馬乗りをした状態のまま、鞘から出した普通の剣より半分くらいの長さの剣を私の真横にーー地面に刺した。

 そして逃げられないようにと、もう一本の剣を私の服に刺す。


「逃げたって同じだ」


 ーーいや……いやだ。

 怖い。金色に輝く目が。

 漆黒の髪から覗く金色の瞳が。

 殺意を感じるわけではないのに、これから右目を取られてしまうんだって恐怖が、勝手に、彼の瞳に殺意を見せる。

 自然と思い浮かぶのはあの二人。

(助けてーールカ! レオ!)

 私はこんな時でも頼ることしかできない。こんな時だからこそなのかもしれないけど。


「あーりゃ。人間を襲っている欲求不満なヤカラがいるわ」


 どこからともなく聞こえてきた声。

 誰?

 私の上にいる人の姿をしている狼の視線をたどると、そこにいたのは……。

 ーーえ。

 木の上にいたのは私の知っているヒト。ルーファスだった。

 彼、ルーファスは木の上から飛び降りる。途中、虎の姿に戻ったルーファスは私の上に被さるように着地した。

 いつの間にか離れた、金色の瞳をした彼。

 また……助けてくれた。


「お前は?」


 虎の姿から人の姿に戻ったルーファスに、金色の瞳の彼が問う。


「んなもん聞いてどーする」


「同じ側の者がどうして人間なんかを助けるのか、聞きたいだけだ」


 自潮気味に返したルーファスは、彼の言葉に目を閉じて笑む。


「同じ側の者ねー。

ホント面倒くさいね、妖怪ってもんは」


 まるで馬鹿にしているようだ。

 ルーファス自身も妖怪なのに。

(ーーわっ)

 どうしてルーファスは私の背中と膝裏に手を回すのか不思議に思って見ていると、言い終えると共に持ち上げられた。

 ……またこの格好。またお姫様抱っこ。

 いつしか、レオにこんなふうに持ち上げられたのを思い出す。


「いいか。俺は前まで普通の動物だったんだ、それが死ねない体になっただけのこと。お前もそうだろ?」


 見上げると真剣な表情。羞恥を味わうところだがルーファスの言うことに聞き入った。何かもどかしさとイラつきを感じる声。


「俺には妖怪なんてそんなもん、ただの名前ってだけにすぎない」


 ーーあれ?


「ルーファス?」


 いきなり俯き加減になった彼の名を呼ぶと、少し驚いているような彼と目が合う。

 でもすぐに、大丈夫だというかのような弱い笑みを向けられた。


「だから……。まあ、難しい話はここまでにしといて」


 視線をゆるっと横に向けながら話を続けるルーファス。私を持つ両腕に力が入ったかと思うと顔を近づけてきて小声で言った。


「逃げるぞ」


 逃げるって?

 このまま?

 そう思っているうちにルーファスは私を抱えたまま彼に背を向ける。そして木の上へ飛ぼうとしてた時だろうか。


「あぶなっ」


 背後からきたであろう剣が、目の前の木に突き刺さる。ルーファスが間一髪で避けたから当たらなかったもの。


「マジで刺そうとしてたのかよ、あいつ……怖っ」


 さっき私に使った剣の一つ。

 彼の手にはもう一つ剣がある。


「ルーファス、私を降ろして」


「はあ? んなことできるかよ」


「でも、でもこのままじゃーー」


 関係のないルーファスまで……。


「そうする必死はないよ」


「……レオ」


 突如どこからか現れたレオ。

 風が髪を靡かせる。

 その横にはルカもいた。

 どうして私がここにいるってこと……。


「お助け参上ってところか」


 ルーファスが呟いたところに、顔だけ向けてくるレオ。


「トラシマくん、リオちゃんのことよろしくね」


(トラシマくんって……、どんなネーミングセンスだ)


「いや、俺の名前はルーファスだ」


 一応突っ込っむルーファスだが。

(俺自身がトラで、シマシマな服を着ているからトラシマくんか)

 一応納得するルーファスだった。


「レオ」


 里桜が彼の名を呼ぶと、レオは大丈夫という笑みをする。

 それを最後にその場を後にした。

 里桜を抱き上げ木の上を走るルーファス。レオたちのいる後ろを見ながらに呟く。


「とんだ奴に狙われてるもんだ」


 それから里桜はルーファスに連れられて家に戻ることになり。


「あ、窓空いてる」


「不用心だなって……ああ、あの二人か」


 全開に空いている二階の窓から家の中へ入った。


「ーーで、俺がお前の存在を知ったのは」


 里桜の部屋。

 床の上であぐらをかき、腕を組んでルーファスは話を始める。

『やべえ。やべえよ』

 木の上を渡っているとどこからか焦っているような声が聞こえてきたんだ。

 で、見てみたら道の真ん中でちっさい赤鬼が頭を抱えて何か悩んでいてよ。

 一応話しかけてみたら。

『どーした?』

『アイツが、リオが妖に攫われた』

 お前が攫われたとか言ってて。

『マジか』

 目を見開いた。

 同じ名前のやつかと思いはしたけど、ほおっとく訳にもいかなくて。

『どこ行った?』

『たぶん森の奥だ』

『そうか』

『助けてくれるのか?』

『ああ。お前のためにじゃないからな』


「お前を探し出した」


 話し終えたルーファス。


「天邪鬼が……」


「ああ、相当焦ってたぞ」


 天邪鬼に会わせたい人がいるって呼び出したのに、心配させてしまった。

 今天邪鬼はずっとそこにいるのかな。

 その時、ふわっと風が吹く。

 現れたのはレオだった。窓から入ってきたようだ。後に続いてルカも。

 レオは私に早急に近づいてきて、両手で私の顔を固定し持ち上げた。


「良かった。目は無事?」


(ーーえ)

 近い。顔が近い。

 綺麗な水色の瞳に真っ直ぐ見つめられて、固まってしまう。


「だ、だいじょうぶだよ」


「そーそ、俺が守ってやったおかげでな」


 腕を組みながら得意げに言う彼。


「ありがとう。ルーファス」


「僕からも礼を言うよ」


「オトコから礼なんて貰っても嬉しくねーけど。ま、受け取ってやるよ」


 嬉しくないとか言いつつも、ルーファスは穏やかな表情をしている。

 もしあの時ルーファスが助けに来てくれなかったらと考えると、怖い。

 天邪鬼とルーファスが会っていなければ、私の所にルーファスは来なかった。

 伝えてくれた天邪鬼のおかげとも言える。


「そういえばレノは?」


 ルーファスだけここにいて、レノがいないなんておかしい。

 いつも一緒にいるのかと思っていたけど。ルカとレオみたいに。


「ああ、あいつはーー」


『神社にいる』

 ーー……

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